反帝国組織MM⑥いつかあの空に還る日に~最後のレプリカントが戦いの末に眠るまで

江戸川ばた散歩

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第18話 「満足か?」

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 彼がその目的の場所についたのは、黒煙が空の半分をも覆ったかと思われる頃だった。広いファクトリイの中で、彼が最もよく過ごした場所。赤煉瓦作りの、中心部のその建物。その横の倉庫にあるというけれど。
 彼は銃で倉庫の鍵を撃つと、大きく扉を開け…… 次の瞬間、がっくりと肩と腕と膝の力を抜いた。
 そこには、何も無かった。

 そうだ。

 そういえば、そうだ、と彼は思い出す。そこに、何も無かったことは俺は知っていたはずだ。この中心の建物は、学校だった。そして倉庫は、その倉庫だった。
 レプリカのためのパーツなど、置いてある訳がないじゃないか。
 考えてみれば、当然なことだった。ただ、そこへ至るまでの記憶と考えの道筋が、塞がっていたのだ。頭の中の霧が、その時一気に晴れたような気がした。

 ……お前は、誰だ。

 彼はゴーグルを取り、コンクリートの床に向かって叩きつけた。

 お前は俺の記憶を隠していたな。俺の感覚すら狂わせていた。そうだよく考えてみたら、あの火線は、トラップだ。気配は確かにあった。だけど、それは、俺が勝手に気配を感じていた。いや、感じさせられていたんだ。

 ずっと前から感じていた。自分には、何か別の者が、その気配を隠して、取り付いているのだ。それが何であるのかキムには全く判らなかった。だが、それが自分というレプリカをある程度コントロールできる存在であるのは確かだった。
 そしてそれは―――
 彼は何かが、胸の底からふつふつと湧いてくるのを感じていた。
 それはひどく珍しく、そして、強い感情だった。
 何て言うのだろう。トロアならその言葉を知っているかもしれない。
 だけど彼はそれを彼女に聞く気はない。
 彼はその場に座り込んだ。服ごしに、コンクリートの凍り付いた表面の冷たさが感じられる。
 彼は、ぶる、とそれに震える自分を感じていた。

 何だ?

 震えが、止まらない。

 何なんだよ!

 両腕で、自分自身を抱え込む。力を込める。防寒服の、体温を移した温もりが感じられる。だけど、震えは止まらない。

 何だって、いうんだよ!

 彼は思わず頭を大きく振り、立ち上がり、倉庫を飛び出した。その拍子に、編んだ髪を留めていたハンカチが抜け落ちた。長い、さらさらとした髪は戒めを解かれたとばかりに、吹きすさぶ風に大きく広がった。雪が、髪に絡み付いた。彼はそれをかき上げながら、空を見上げた。
 黒煙が広がっていた。更に大きく。
 迷うことは無かった。彼はその方向へと走り出していた。もうどんな気配がしようと、関係なかった。トラップがあれば、それは反射的に撃つが、それ以外の気配については、全てを無視した。
 彼は理解していた。それが、その時であるということを。

 靴が重い。
 苛立たしい。
 足を上げるだけのことに、どうしてこんなに、いつも以上のエネルギーが必要なんて。
 俺は知らない。
 俺は知らない!

 もどかしさと苛立たしさの中で、彼は奇妙なまでに、泣くんじゃないよ、と言う首領の姿を、声を思い出していた。俺はそんなお前の顔は見たくないんだというあの姿を。
 あの泣き声を。

 ああそうだね。あんたはそう言った。

 吐き出す息はただ白い。吐き出されたと思ったら、すぐにそれは細かい結晶になり、風に舞い、跡形もなく見えなくなる。
 林の中に飛び込むと、風に舞う髪の毛が、針の葉を持つ木々に絡み付き、彼の動きを奪う。引きちぎってしまいたい衝動にかられるが、枝の方を折ることでそれは解決した。枝をはらいながら行くから、腕にも力が要る。

 ああどうしてこんなにエネルギーが必要なんだ。

 そして彼は忘れていたのだ。大切なことを。
 突然、全ての世界が逆転した。

 しまった。

 彼は目を大きく開いた。ぐらり、と身体がその場に崩れ落ちるのを意識は冷静に気付いている。
 顔が、雪に半分埋まるのを感じる。それを避けるために身体を反転させることすらできなかった。

 ……お前はまた自分の限界を忘れているんだから……

 記憶の中の首領の声が、脳裏に響く。

 ああ俺また、やっちまったんだ……

 オーバーヒートしたのだ、と気付くのには時間がかからなかった。そしてそれを再起動させてくれる、あの優しいのだかそうでないのかさっぱり判らないあの手がもうここにはないことを。
 半分埋まった顔、半分だけの視界の中で、彼は空が黒く染まっていくのをただ見ていた。

 ……黒いな。

 これがそうだというんだろうか。キムは奇妙に冷静な意識でそんなことを考えていた。

 ねえそうなの? 
 あんたの言った黒い魔物って?

 何かひどく、彼は胸がひどく痛んだ。オーバーヒートしているのだから、そんな痛みなんか無い筈なのに、おかしいくらい、何か自分の胸の奥底が痛かった。
 何だか、ひどく笑いたかった。大きな声を立てて、笑いたかった。

 何を一体俺はやってるんだよ。こんなところで。
 そうなんだよな、仕組まれていたんだよな。

「満足か?」

 彼は自分の中の何か、にそう訊ねた。強いテレパシイを、投げかけた。
 その時だった。
 ず、と自分の中から、何かが離れる気配が、あった。
 彼は思わず大きく目を見開いていた。
 手が動かせたなら、背中に手をやっていただろう。
 脇腹に手を置いていただろう。
 腕をさすっていただろう。
 そんなあちこちから、自分の中から何かが羽化するかのように、抜け出した気配があった。
 目に見えるものではなかった。
 だがそれは、そこに確かに、在った。
 横たわる自分の視界に、それは、見えないが、確かに、居た。

 ……黒だ。

 そう感じられた。
 何故そう感じられたのか、彼にもさっぱり判らなかった。
 ただその気配を、彼は、黒だ、とただ感じていた。
 眠りにつく寸前の一瞬の夢のような色合いで、それを黒だと感じ取っていた。
 「それ」は、ゆっくりと彼の前で、腕を伸ばした。
 彼はその方向へ視線を飛ばした。飛ばしたつもりだった。
 既に身体はぴくりとも動きはしないのだ。視線だけが、わずかな残存エネルギーを消費していた。
 次の瞬間、彼の脳裏に、情景が大きく浮かんだ。
 船の姿が見えた。機関部を撃たれ、炎上している。
 黒煙の中、仲間達が、応戦している。無謀とも言っていい程だった。
 得た武器の大半は、船の中だった。その中から急激な命令で飛び出した彼等は、手ぶらに近い状態だった。

 敵は?
 あああの軍服には見覚えがある。
 Gと同じ軍服。俺がたくさん殺した、あの天使種の連中の。
 指揮官は……Gと同じ黒い髪をしている。長い髪だ。綺麗な姿をしている。人形の様な表情。本当に「人形」なのは俺達なのに。

 視点を移す。
 首領は。首領の姿は何処に。
 キムはその姿をただ探した。どうして探しているのか、彼自身さっぱり判らなかった。
 自分を一人、こんなところへ置いて、あんたは勝手に、そんなふうに。
 ……声が聞こえる。

「……命令を、下さいハル」

 トロアだった。必死な声だ。
 あの冷静な彼女とは思えない。
 冷静に、首領にその立場を自覚させ、責め立て、そしてそれを自分の役目だと言い放っていた彼女の。それは必死な程の。

「……駄目だ」

 ハルの声だった。彼はその姿を脳裏に浮かぶ映像の中に探す。視点が下がる。トロアはずいぶんと下を向いていた。その先を探す。

「お前は指揮を取ってくれ」

 その姿は。
 キムは声にならない声で叫ぶ。
 彼の首領は、トロアの視線の下、赤に染まっていた。
 人工の血液も、やはり赤かった。
 服の大半が破れている。撃ち抜かれたのだ、と彼にはすぐに理解できた。
 いくらレプリカでも、これは致命傷だった。
 レプリカは確かにそう簡単に死ぬ訳ではない。ただしそれは、しかるべき処置をすれば、の話だった。そこに設備はない。
 身体の大半を撃ち抜かれ、人工血液の大半が流れ出せば、機能は確実に停止するのだ。
 そしてメカニクルの身体が停止すれば、HLMにつながる機能も途切れる。

「嫌です」
「トロア」

 それでも首領の声は、いつもと変わらなかった。
 乾いた声。どうしてそんな声でいられるのだろう。
 あの時と違って、それは、こんな時でも泣き声ではない。むしろ安堵の色を伴って。

「フィアも散りました。この状況下では、既に我々は終わりです」
「お前が望んだことだ」
「そしてあなたも望んだことです」
「そうだね」
「お願いですハル。あなたはそれでも私には『命令』を本当にはしなかった。『命令』を下さい。あなたの、仇を、とらせて、下さい」
「俺はねトロア。お前が人殺しをするのは見たくなかったよ」

 彼はそれを聞いて、目眩がした。

 それでは俺ならよかったっていうの?
 確かに俺は何か別のものだったのかもしれない。
 純粋なレプリカではなかったのかもしれない。
 だけど俺は。

「……でもそれが、お前の最後の願いというなら」

 ハルは一呼吸おいて、彼女と視線を合わせた。

「行け。お前に俺の仇を撃たせてやる。人間を、レプリカの敵を、殺せ」

 ぐらり、とそれを聞いた瞬間、彼は目眩がひどくなるのを感じた。これが、「命令」か。
 確かに彼の聞いたことの無いものだった。
 そして彼には、必要の無いものだった。
 トロアはそして素早く立つと、その場から飛び跳ねるような勢いで立ち去った。その場には首領が残され、そしてそこに近づく者はもういない。
 自分もまた、そこには手が届かない。

 もういいよ。

、彼は声にならない声でつぶやいた。
 彼を見下ろすその「黒いもの」は、腕をゆっくりと下ろした。
 
 ひどく、低い声に、感じられた。
  
 ……悪かった。

 彼はその瞬間、全てを理解した。
 「黒」は、その同じ色の煙の中へと姿を消して行った。彼にはその行き先が判ったような気がした。

 ―――時間の流れが、狂っているような気がしていた。風がいつの間にか止んでいた。
 だが全身にはもう力など入らない。
 長い髪が、雪の上に広がる。乱れても、それを直す手はもう動かない。頬の半分が凍りついている。
 目も――― 表面を覆う液体が凍り付いてしまう。
 閉じた方がいい。どうせなら。
 指先が、痛い程、こわばっている。手袋も、防寒着も、何ももう役には立たない。

 そうだよ目は閉じた方がいいよな。

 だけど、見える景色が妙に惜しくて、彼はなかなかそうできなかった。だが、それにも限度がありそうだった。
 そうしよう、と彼が最後の視線を空に向けた時だった。

 幻覚だ。

 思わず目だけでなく、口までぽかんと開いてしまう自分に気付いた。
 光の粒が、空へと昇っていく。
 いや光ではない。それは、水の粒子だ。
 あの惑星の、全てが一つで、一つが全てである生命体の身体の、分散されていた分子の、一つ一つが、きらきらと、雪に混じって、凍り、大気の流れに乗って、昇っていく。
 頭を割られたレプリカントの兵士の身体から、それは、ゆっくりと昇っていくのだ。
 遠すぎて、見えるはずはないのに。だがそれは本物だ、と彼は確信していた。
 還っていくのか、と彼はふと思った。
 灰色の空、黒煙、その中に、白い光が、ゆっくりと。

 ああそうか。

 キムはようやく彼の司令の言ったことの意味が判った気がした。

 あんたの願いは、これだったんだね。

 そしてその時、彼は、全身に大きく震えが走るのを感じた。

 何だこれは。

 それはねキム。

 トロアの声が、脳裏に響く。
 人間の持つ便利な言葉では、こう言うんだよ。

 ……寒い。

 遠のいていく意識の中で、彼は彼らの首謀者の安らいだ顔を見たような気がした。
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