未来史シリーズ⑩レッドリバー・バレー~こんな所にやばい石が!

江戸川ばた散歩

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第3話 どうやら赤い河の谷に入ってはいるらしい

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「いやあ、私、こんな惑星に居るんでまず生で見ることはできないんですが、ASLの試合が中継されると、つい…」
「こっちでは、TV放送は夜しか無いんですけれど、結構その限られた時間の中で、ASLのベースボール・ゲームとか、ニュースは流すんですよ」
「ほー…」

 なるほど。矛先がだんだん判って来る。

「それでロクオン、お前何処のファンなんだ?」
「ナンバー1では、ファイティングスピリッツなんですが、ナンバー2ではロッキーズ、ナンバー3はやっぱりサンライズですねえ、今は」

 ふむふむ、とジャスティスはうなづいてみせる。

「そのサンライズの投手に、ノブル・ストンウェルっていうひとが居て、それがまたいい投手なんですよ。所長が同じ名前なんで、私は奇遇だなあ、と思ってました」
「ほう? どういい投手なんだ?」

 少しばかり、意地悪をしたくなってみる。

「それは」
「あのですね、何と言っても、あの投げる時の目なんです」

 いきなりバーディがロクオンの言葉を遮った。どうやら言いたくてうずうずしていたらしい。

「何って言うか、あれって、人殺しそうな目ですよね」

 眼鏡の下の目が、本当にうきうきしている。…少なくとも、そういう目で言う言葉ではないよな、とジャスティスは思う。

「…なるほど、そんなにそいつのことがいいか?」

 はい、と彼女はうなづく。

「…じゃあ今度、本人に言っておこう」

 え、と彼女の動きが止まった。

「弟だ」

 二人の動きが数分凍ったことは言うまでも、ない。



「…で、もう少し東に… 右寄りにお願いします」

 バーディの身体の硬直が解けてから十分後、二人はレッドリバー・バレーに向かうランドカーの中に居た。
 途中までは道を進んでいたが、ある地点から道は存在しなくなる。それまであった「道」にした所で、舗装がされている訳ではない。あくまで草や岩が取りのけられている、というだけだ。

「本当にこっちでいいのか?」
「大丈夫です! 私方向感覚悪いから、地図と磁石は読めるようにしたんです!」

 だとしたら、それは努力家と言えよう。自分が運転するからナビゲーターをしろ、と言ったら、彼女はひどく元気の良い声で返事をした。

「私、行ってもいいんですね」
「お前、社員だろう?」
「はい!」

 そして地図と磁石と、水も大急ぎで積み込むと、二人はランドカーに乗った。

「…でしばらくは、このまま真っ直ぐ、お願いします。やがて一本の七つ股サボテンがあるはずですので、そこまでは」

 太陽と時間と磁石の関係をきっちり把握しているなら大丈夫だろう。彼はそう思った。大学にも院にもフィールドワークの科目がなかった訳ではないだろう。

「…で、考古学だったはずが、何で鉱物なんだ?」
「え?」
「お前がさっき話してたことだ」
「…あ、はい。実は、シニア・ハイの時に、当時の究理学教授から借りた本が、すごく面白くて」
「本?」
「ゼフ・フアルトって言う地学者の方なんですが、教授が、帝大に進むなら、このひともその出身だし、私の好きそうな本かもしれない、って渡して下さったんです。そうしたら」
「ツボにはまった、か?」
「そうなんです!」

 ぱっ、と彼女はジャスティスの方を向いた。

「そしたら、考古学より、もっと鉱物の方に関心が向いてきてしまって。だって、鉱物は、その惑星の歴史なんですよ!」
「歴史?」
「その地の、どの場所にあった、ということと、その鉱物の状態から、その頃の惑星の様子が分かったりするんですよ! ひれって、ものすごいことじゃないですか!」
「確かに… ものすごいとは思うがな」
「でしょう!」

 だがそこまでの剣幕で言われるとは、さすがの彼も思わなかった。

「…ただ、そのフアルト助教授、って方、レーゲンボーゲンの方に行かれてから、行方不明だって言うんです。もしも何か機会があったら、何としても一度お会いしてみたいと思うんですけど…」
「レーゲンボーゲン? …っていや」
「あ、そーいえば、サンライズの本拠地じゃないですかあ! すごい偶然ですね! 私が大好きな本の著者先生が居るかもしれない所と、所長の弟さんで私達が大好きな投手の居るのが同じところなんて。何か運命を感じます」
「…運命って、お前なあ…」

 さすがに彼は、ハンドルに額をつきたくなってきた。
 自分に対してここまでべらべらべらべらべら喋る女は初めてだった。

「いつか絶対、レーゲンボーゲンにも行きます! あそこの鉱物も調べられたら、調べてみたいですし」

 そう言えば。先日弟が何かの鉱石の名前を口にしていたことを彼は思いだした。
 だがどんな名前だったか、すぐには思い出せなかった。ずいぶんと跳ねるような名前だったような気はするのだが。

「…それで、全部の鉱石を見たらどうするんだ?」
「そんな! まだまだどんな鉱石があるのかすらはっきりしていないんですから、そういうことは、夢のまた夢です」

 彼女はきっぱりと言った。

「ですから、まず私はここで、レッドリバー・バレーの鉱石をこの目で見て、どんなものか確かめたいんです!」

 わかったよ、とジャスティスは大きくうなづいた。
 確かに、こいつは企業にとっては自分以上のトラブル・メイカーになる可能性があるな、と思いながら。



「ふうん」

 耳を澄ませていたら、ランドカーの音が聞こえた。
 彼はよっこらしょ、とあえて口に出して立ち上がってみる。じゃら、と胸のシルバーのペンダントが揺れた。

「また、来やがったかな」

 言葉は時々口に出さないと忘れるよ、とあのひとは言っていた。
 帽子の角度を変えると、彼はつぶやく。

「少しは、退屈しのぎになるかなあ」

 へへへ、と笑みが浮かぶ。昼メシの前の一遊びだ、と彼はふい、と赤く透き通る岩の上から大きく飛び上がった。
 腕を広げたその様は、何処か鳥のようで。
 谷底へと、彼はゆっくりと下降して行った。



「ああ、レインさんじゃないですか」
「あ、マチネックさん、どうしました?」

 止めて下さい、とバーディは不意にジャスティスに言った。七つ股サボテンの所に、やや旧式のランドカーが止まっていた。その前で、一人の男が、汗を拭き拭き、どうしたものか、と立ち往生していた。

「誰だ?」
「…イリエ製作所の方です。コント・マチネックさん。マチネックさん、こちらはウチの今度の所長です」
「あ、どうも。イリエ製作所のマチネックと申します。どうぞよろしく」

 妙に腰が低い野郎だな、とジャスティスは思ったが、彼も一応営業ではあるので、それなりに笑顔を作って、左手を出した。

「パンクでもなさったんですか?」

 バーディは止まったままのランドカーを見て、首をかしげる。

「…いや、ウチの若いのが昨日、この先に行ってしまってねえ、まだ帰って来ないんだ」
「若いのって、イリエさんですか?」
「そうなんですよ。ちとそれは困ったなあ、ということで、とりあえずここまで来たんですが、…私もちょっと、この先に入り込むのは怖いなあ、と思いまして。ええ、正直」
「そんなに怖いことなんですかね」

 ジャスティスも口をはさむ。ええ、とマチネックは今度は眼鏡もとって汗を拭いた。

「でもイリエさんの若いほうの方、って、製作所長の息子さんでしょう?」
「ええ、だから困ってるんですよねえ…」

 なるほどな、とジャスティスは理解する。

「…あ、すみません、所長、イリエ製作所さんは、ここで一番長くやってらっしゃる所なんですが」
「おう、何となくそう思った。…地元企業ですな」
「は、はい。一応、開拓時代からここに作業所を開いている、ということです。私はつい十年前に入った人間なので、それくらいしか判らないのですが」
「ふうん」

 ジャスティスは前で腕を組む。

「で、その若主人、が今この向こうに行ってしまってると、そういうことですか」
「…はい。でも… ご存じでしょう?」
「大けがと、火傷ですか」
「は、…はい」

 なるほどなあ、と彼はまた思う。確かに次期所長も大切だが、自分の命も大切だ。それは非常に判る。判りやすい程、判る。

「…ま、仕方ないでしょうなあ」
「仕方… ないですかね、やはり」

 マチネックはやはり汗を拭きながら、苦笑する。

「ああ。仕方が無いだろうな。あんたはとっとと帰った方がいい」

 言いながら、ジャスティスはランドカーに乗り込んだ。

「…って、あなたは」
「おいバーディ、来い」
「は、はい!」

 慌ててバーディは助手席に乗り込んだ。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、『エイピイ』さん」

 マチネックはランドカーのウインドウに取りすがる様にして近づく。何だ、と丁寧さもかき消した様な口調で、ジャスティスは返した。

「あんたは帰ればいい。うちはうちで、調査したいことがある。それだけだ」
「…う、うちの若いのが居たら…」
「ああ無論、無事だったら、連れてくるさ」

 鬱陶しいので、彼は離れろ、と一言告げると、アクセルをぐん、と踏んだ。

「お前も残っても良かったんだぞ、バーディ」
「冗談は止して下さい! 私はずっと行きたかったんですから!」
「そうだったな」



「あ」

 二十分程、そのまま走らせた時に、不意にバーディが声を立てた。

「と、止めて下さい!」

 慌てて彼は急ブレーキを踏んだ。勢い余って、彼女は前の窓枠に額をぶつける。
 …何ってドジな女なんだ。
 彼はその日運転を始めてから口にしてなかった葉巻に火をつけた。

「…たたたたた。あ、眼鏡眼鏡」
「これか?」

 足元のそれを拾い上げる。

「あ、はい」

 照れくさそうに笑いながら、彼女は受け取る。

「お前視力、ひどく悪そうだな」
「判ります?」

 判らいでか。

「勉強のしすぎじゃねえのか?」

 そんな、スキップばかりしているくらいなら。

「そうかもしれません。でも、だったら仕方ないですね」
「コンタクトはしないのか?」
「こんな砂だらけの惑星でコンタクトはできませんよ」

 確かにそうだ。

「なら、仕方ねえな。…で、一体何で俺はお前に止められてるんだ?」

 あ、と彼女は忘れてたかの様に声を立てた。

「す、すみません。これを見て下さい」

 ん? と彼はバーディの差し出すものを見る。磁石である。

「あん?」

 針が、くるくると回っている。

「…磁石が、効かねえ、ってことか?」
「そ、そのようです…」

 彼は車を降りてみる。さすがにもう、アリゲータの街からは結構離れている。
 既に目的のレッドリバー・バレーも含まれているらしい山間に彼等は入っていたのだ。

「…あ、所長は目はいいですか?」
「俺か? 俺はいいぞ。何せ視力表の一番下より下のゴミまで見えたことがある」
「だったら、夜でも大丈夫です」

 あん? と再び彼は問い返した。

「惑星時と現在の日付と太陽や星の位置から、方角は割り出すことができますから…」

 なるほど、と彼は思う。そういう「知識」があるなら、何とかなるかもしれない。

「…ちょっと待て、お前、それでも一人で行こうとしていたのか?」
「え?」
「前所長の頃だよ」
「え? あ、はい」

 当たり前のことのように、バーディは答える。
 やっぱりこの女は無謀だ、と彼は思う。自分に星が見えるならいい、と言ってはいるが、見えなくても飛び出したのだろう、彼女は。

「…まあいい。ともかく明るいうちに、もう少し進んでおくか。お前は現在地点が何処なのか、地図にその都度つけておけ」

 はい、とバーディは元気に返事をする。

「ん?」

 急にがががが、と音を立ててランドカーが止まった。

「エンストか?」

 ジャスティスは降りて、車の後ろを開けてみる。だが格別変わった様子もない。燃料切れでもないし、内部が焼き付いている様子もない。

「…何だ?」

 バーディ、と彼女を呼ぶ。

「何ですか?」
「今現在は、何処の位置に居ることになるんだ? 俺達は」
「はい、今はですねえ」

 がさがさ、と地図を開きながら彼女は出てくる。

「所長、今何時ですか?」
「あん? お前時計持っているんじゃないのか?」
「いえ、車の方に時計はついているからと普段は…」
「俺のはまだ共通時仕様だ。…まさか」
「まさか…」

 はっ、と気付くと、二人して慌てて車の中へ戻る。そして同時にがっくりと肩を落とした。

「…何ってこったい」
「すみません、不注意でした…」
「や、これは俺の手違いもある。いくらお前が不注意だらけの女だって、これはな」

 それはまるでフォローになっていないかもしれない。

「まあいい。共通時とここの差を計算すればいいだろう。今は…」

 時計を見た時だった。

「な、何だ?」

 デジタルの数字が全て8に変わっていた。

「ど、どうしたんですか所長…」
「…お前が時計持っていても、何にもならなかったかもしれねえ、ってことさ。…まあいい。とにかくここを把握しねえことには、まるで動きは取れねえな」
「そうですね。でももうレッドリバー・バレーは目の前なんですが」

 彼女は地図を見ながらつぶやく。

「そうなのか?」
「私がさっきまで時計を確認できた時点で、ここだったんですが」

 ばっさりと、ランドカーの上に彼女は地図を拡げた。

「この赤い辺りがレッドリバー・バレーだと言われているんです」
「…ずいぶんと広範囲だな」

 確かにそこは、地図上でも赤く塗られていた。バーディが記したルートは、その手前で止まっている。

「と言うことは、地図上では、俺達は既にそこに入っている、と考えられるな」
「そう… ですね。あ、そうなんだ!」

 急に彼女は嬉しそうな声になった。

「そうですね! 私達、レッドリバー・バレーに来てるんだ」

 今にもわーい♪とばかりに踊りだしそうな彼女を見て、呑気なもんだ、とジャスティスは眉を寄せた。

「おいお前、俺達遭難しかけているんだぞ」
「そうですね。じゃあなるべく早く、この中を調べて、それから脱出する方法を考えましょう」

 …全然判っていない、と彼は更に頭を抱えた。
 だがその時。

「危ない!」
「え」

 ジャスティスは彼女の手を掴むと、思い切り引っ張った。

「な」

 そのまま、地面に押し倒す。ばたばたと彼女が暴れるが、知ったことではない。
 数秒後、背後で爆発音が起こった。

「え゛」

 くぐもった声が、彼の下で聞こえる。

「ろ、ろいてくらはい」

 彼は言われる通りにどいてやる。そして新しく葉巻に火をつけると、ふう、と大きく煙を吐き出した。彼女を押し倒した時に、それまでくわえていたものを飛ばしてしまったらしい。

「…しょ、所長… これって一体」
「さーあ、何だろうなあ」

 さすがにこうなってくると、ジャスティスの口調もやけになってくる。葉巻をぐっと噛むと、どっかりと地面にあぐらをかいた。

「とにかく言えるのはな、バーディ、何かがここより奥に行こうとするのを、邪魔してる奴が居るってことだ」
「邪魔」
「だいたいお前、今までの『事故』を何だと思ってるんだ」
「だから、ちゃんと、調べはしました!」
「同業他社は違う、か? だけどな、それ以外についてはどうだ?」
「それも一応、調べました! …と言うか、レッドリバー・バレーを開発することに関して、アリゲータの人々は皆賛成してるんです」

 バーディは身を乗り出して主張する。真っ直ぐにジャスティスを見据える目には、嘘は無い。

「本当か?」
「本当です!」

 言ってみろ、とジャスティスはうながした。
 彼女の言うことを統合すると、こういうことだった。
 アリゾナはこう見えても結構植民の歴史は古いらしい。ただ、長く続いた統合戦争の際に、一度かなりの地を焼かれてしまったのだ、という。
 何処が焼いたのか、ということは、現在住んでいる彼等はあまり口にしたがらないのだ、という。

「となると、現在の正規軍… 当時のアンジェラス軍だな」
「…そういうことになるんですか?」
「お前は、辺境はここが初めてだろう?」

 はい、とバーディはうなづく。

「俺は結構色んな辺境を回ってきた。そうするとな、元から辺境だった地と、辺境にさせられた地、というのがあるんだよ」
「させられた、地? ですか?」

 ああ、と彼はうなづく。

「それじゃあ、現在は『辺境』とされていても、植民そのものは元々はスムーズに行った所、というのは結構あるんですか?」
「あるな。少なくとも、俺にはそういう印象があった」
「私は… 聞いたことがありません」
「そりゃあ、普通学校では、教えないさ」

 ふう、と彼はまた煙を吐いた。
 知らなくて済むなら知らない方が幸せじゃないか、という歴史はあちこちに残っている。それが「辺境」と呼ばれる地であればあるほど、顕著だったのだ。

「…私は、知りたいです」
「本当に、知りたいか?」
「はい。所長がご存じのことでしたら、私も聞きたいです。教えて下さい! お願いします!」

 彼女はそう言って、ジャスティスのジャンパーを掴んだ。
 彼は少しばかり迷う。知的好奇心が旺盛というのは良いことだとは思う。
 だが度を越すと、時には身を滅ぼしかねない。
 だが。

「おいバーディ、聞いたら、忘れろよ」
「…」
「判ったな?」
「は、はい!」

 他言は無用だ。彼はそう言葉に含めたのだ。
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