女性バンドPH7②マイペースな女性ギタリストが男の娘と暮らしていた件について。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
1 / 51

第1話 あのひとが打ち上げに行かないなんて!

しおりを挟む
 「あ~もう~」

 あはははは。ぎゃははは。幾つもの笑い声が舞台袖に響いた。
 老舗ライヴハウスの袖は、何処か消えないかび臭さが漂っている。だがそれもまた一興というもの。

「HISAKA《ヒサカ》大丈夫かい? 足、もつれてるぜ?」

 女にしてはたくましい腕が、ふらり、と倒れそうになる別の女の腕を掴んだ。

「だーいじょーぶ~」

 あはははは、とまた笑い声が飛んだ。
 誰か酸素、と声が何処からか飛ぶ。
 携帯酸素がふらつくHISAKAと呼ばれた女と、それを支えるローディの所へと持っていかれる。
 すーはーすーはーと呼吸をゆっくり繰り返すと、それまでたがが外れたように笑い続けていた女は、ようやくいつもの美女に戻った。

「ったくHISAKA、あんたは酸素近くに用意しておけって言うの」
「だめだめTEAR《テア》さん。そーんなことしたって、このリーダーさんは蹴り飛ばしてどっかやっちゃいますよ」

 真っ赤な髪をしたギタリストの言葉に皆納得した様にうなづく。
 蜂蜜ブロンドのヴォーカリストは、首にかけたタオルで汗を拭きながら、心配げにリーダーをのぞき込む。

「だーいじょうぶだいじょうぶ。少し休めば。いつものことでしゃ、MAVO《マヴォ》ちゃん」
「それはそうだけどさあ」

 筋肉質だが細い腕が、蜂蜜ブロンドを優しく撫でる。それまで豪快に客を煽っていた声が、甘く揺れた。

「それよっか、どっか店、用意しといてよ。今日でライヴハウス・ツアー終わりなんだから、思いっきり打ち上げしましょ」

 よっしゃ、とTEARと呼ばれた女は、むき出しの両腕を高く挙げた。そこにはくるりとタトゥが描かれている。
 あんまり呑むんじゃないよ、とプラチナブロンドに民族衣装を着たギタリストが呆れたように言う。

「あんたに言われたくないけどなあ、FAV《ファヴ》さん」

 ふん、とFAVは肩をすくめ、大きな目を細めた。
 かなり大きめな衣装がだらり、と華奢な肩から落ちる。手にしていた派手な柄のギターをローディに渡すと、スタッフの一人から煙草を受け取り、火をつける。

「今から移動ですかね? HISAKA」

 ざわざわと片づけの喧噪の中で、ぼそ、と真っ赤な髪のギタリストがリーダーに問いかけた。

「うん、まだSE鳴ってるでしょ。今のうちに移動しておいた方が楽だし。あたしもちょっと早く座りたいわ」
「んー…… そうですか」
「何?」

 どうしようかな、と言いたげなメンバーに、リーダーは問いかける。

「ワタシ今日、欠席していいですかね」

 ええええええ!

 途端に周囲から驚きの声が上がった。
 P子さんは別段表情を変える訳でもなく、首を傾げた。頭に巻いていたバンダナを取る。
 ああ汗まみれだ、と彼女はぼんやりと思い、ひらひらと広げた。

「何ですねアナタ達。うるさいですよ」
「P…… P子さん、それホント、マジで言ってるの?」

 FAVは大きな目を更に大きく開けた。

「いや、今日のPA、ちょっと調子悪かったし……」

 TEARはややわざとらしい程にあごに手を当て、考え込むポーズを取る。
 そして極めつけはヴォーカリストで。あの特有の声で。

「空耳よねっ!」

 P子さんはふう、とため息をついた。それは確かに自分は普段が普段だから、驚かれるのも当然かもしれないが。

「ちょっと今日は、用事があるんですよ。申し訳ない」

 ワタシにだって時にはあるんですよ、と付け加える。

「ま、アナタが言うんなら――― ねえ」

 当惑していたのは同じだが、それでもHISAKAはリーダーらしく、メンバーを見渡す。
 このひとがそういう風に言い出すなんてことは滅多に無い。特に呑み会を断るなんてことは!
 だったらよほどのことなのだろう。そう思わずには居られない。

「ありがたい。じゃあ行かせてもらいますよ」

 P子さんはギターのローディに、後頼みますよ、と言うと、あっさりとその場から抜けて行った。

「何なの一体」
「わ、わからん……」
「だってP子さんらしくないわよ~」

 後ろ姿を見ながら、メンバーは一人一人勝手なことを言っていた。そしてしばらく沈黙が続く。はて、どう言ったものだか。

「今日は石川さんも来るって言ってたのになあ。インタビューの前哨戦とか言ってたのに」
「あれ、あのひとも来るの?」
「懲りずにねー」

 MAVOは両手を広げる。そしてじっと黙っていたTEARに、どうしたの? と無邪気そうな顔で問いかける。
 するとTEARはぼそ、とこう言った。

「……もしかして、男……?」

 へ? とMAVOは問い返した。

「まさかー!! あのひとの目に叶う男なんてそうそういねえって!」
「う~ん…… あたしも判らないよぉ。HISAKAどう思う?」
「う、うううううん……」

 この界隈でも才女として知られる彼女でも、すぐには答えが出ないようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...