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第1話 あのひとが打ち上げに行かないなんて!
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「あ~もう~」
あはははは。ぎゃははは。幾つもの笑い声が舞台袖に響いた。
老舗ライヴハウスの袖は、何処か消えないかび臭さが漂っている。だがそれもまた一興というもの。
「HISAKA《ヒサカ》大丈夫かい? 足、もつれてるぜ?」
女にしてはたくましい腕が、ふらり、と倒れそうになる別の女の腕を掴んだ。
「だーいじょーぶ~」
あはははは、とまた笑い声が飛んだ。
誰か酸素、と声が何処からか飛ぶ。
携帯酸素がふらつくHISAKAと呼ばれた女と、それを支えるローディの所へと持っていかれる。
すーはーすーはーと呼吸をゆっくり繰り返すと、それまでたがが外れたように笑い続けていた女は、ようやくいつもの美女に戻った。
「ったくHISAKA、あんたは酸素近くに用意しておけって言うの」
「だめだめTEAR《テア》さん。そーんなことしたって、このリーダーさんは蹴り飛ばしてどっかやっちゃいますよ」
真っ赤な髪をしたギタリストの言葉に皆納得した様にうなづく。
蜂蜜ブロンドのヴォーカリストは、首にかけたタオルで汗を拭きながら、心配げにリーダーをのぞき込む。
「だーいじょうぶだいじょうぶ。少し休めば。いつものことでしゃ、MAVO《マヴォ》ちゃん」
「それはそうだけどさあ」
筋肉質だが細い腕が、蜂蜜ブロンドを優しく撫でる。それまで豪快に客を煽っていた声が、甘く揺れた。
「それよっか、どっか店、用意しといてよ。今日でライヴハウス・ツアー終わりなんだから、思いっきり打ち上げしましょ」
よっしゃ、とTEARと呼ばれた女は、むき出しの両腕を高く挙げた。そこにはくるりとタトゥが描かれている。
あんまり呑むんじゃないよ、とプラチナブロンドに民族衣装を着たギタリストが呆れたように言う。
「あんたに言われたくないけどなあ、FAV《ファヴ》さん」
ふん、とFAVは肩をすくめ、大きな目を細めた。
かなり大きめな衣装がだらり、と華奢な肩から落ちる。手にしていた派手な柄のギターをローディに渡すと、スタッフの一人から煙草を受け取り、火をつける。
「今から移動ですかね? HISAKA」
ざわざわと片づけの喧噪の中で、ぼそ、と真っ赤な髪のギタリストがリーダーに問いかけた。
「うん、まだSE鳴ってるでしょ。今のうちに移動しておいた方が楽だし。あたしもちょっと早く座りたいわ」
「んー…… そうですか」
「何?」
どうしようかな、と言いたげなメンバーに、リーダーは問いかける。
「ワタシ今日、欠席していいですかね」
ええええええ!
途端に周囲から驚きの声が上がった。
P子さんは別段表情を変える訳でもなく、首を傾げた。頭に巻いていたバンダナを取る。
ああ汗まみれだ、と彼女はぼんやりと思い、ひらひらと広げた。
「何ですねアナタ達。うるさいですよ」
「P…… P子さん、それホント、マジで言ってるの?」
FAVは大きな目を更に大きく開けた。
「いや、今日のPA、ちょっと調子悪かったし……」
TEARはややわざとらしい程にあごに手を当て、考え込むポーズを取る。
そして極めつけはヴォーカリストで。あの特有の声で。
「空耳よねっ!」
P子さんはふう、とため息をついた。それは確かに自分は普段が普段だから、驚かれるのも当然かもしれないが。
「ちょっと今日は、用事があるんですよ。申し訳ない」
ワタシにだって時にはあるんですよ、と付け加える。
「ま、アナタが言うんなら――― ねえ」
当惑していたのは同じだが、それでもHISAKAはリーダーらしく、メンバーを見渡す。
このひとがそういう風に言い出すなんてことは滅多に無い。特に呑み会を断るなんてことは!
だったらよほどのことなのだろう。そう思わずには居られない。
「ありがたい。じゃあ行かせてもらいますよ」
P子さんはギターのローディに、後頼みますよ、と言うと、あっさりとその場から抜けて行った。
「何なの一体」
「わ、わからん……」
「だってP子さんらしくないわよ~」
後ろ姿を見ながら、メンバーは一人一人勝手なことを言っていた。そしてしばらく沈黙が続く。はて、どう言ったものだか。
「今日は石川さんも来るって言ってたのになあ。インタビューの前哨戦とか言ってたのに」
「あれ、あのひとも来るの?」
「懲りずにねー」
MAVOは両手を広げる。そしてじっと黙っていたTEARに、どうしたの? と無邪気そうな顔で問いかける。
するとTEARはぼそ、とこう言った。
「……もしかして、男……?」
へ? とMAVOは問い返した。
「まさかー!! あのひとの目に叶う男なんてそうそういねえって!」
「う~ん…… あたしも判らないよぉ。HISAKAどう思う?」
「う、うううううん……」
この界隈でも才女として知られる彼女でも、すぐには答えが出ないようだった。
あはははは。ぎゃははは。幾つもの笑い声が舞台袖に響いた。
老舗ライヴハウスの袖は、何処か消えないかび臭さが漂っている。だがそれもまた一興というもの。
「HISAKA《ヒサカ》大丈夫かい? 足、もつれてるぜ?」
女にしてはたくましい腕が、ふらり、と倒れそうになる別の女の腕を掴んだ。
「だーいじょーぶ~」
あはははは、とまた笑い声が飛んだ。
誰か酸素、と声が何処からか飛ぶ。
携帯酸素がふらつくHISAKAと呼ばれた女と、それを支えるローディの所へと持っていかれる。
すーはーすーはーと呼吸をゆっくり繰り返すと、それまでたがが外れたように笑い続けていた女は、ようやくいつもの美女に戻った。
「ったくHISAKA、あんたは酸素近くに用意しておけって言うの」
「だめだめTEAR《テア》さん。そーんなことしたって、このリーダーさんは蹴り飛ばしてどっかやっちゃいますよ」
真っ赤な髪をしたギタリストの言葉に皆納得した様にうなづく。
蜂蜜ブロンドのヴォーカリストは、首にかけたタオルで汗を拭きながら、心配げにリーダーをのぞき込む。
「だーいじょうぶだいじょうぶ。少し休めば。いつものことでしゃ、MAVO《マヴォ》ちゃん」
「それはそうだけどさあ」
筋肉質だが細い腕が、蜂蜜ブロンドを優しく撫でる。それまで豪快に客を煽っていた声が、甘く揺れた。
「それよっか、どっか店、用意しといてよ。今日でライヴハウス・ツアー終わりなんだから、思いっきり打ち上げしましょ」
よっしゃ、とTEARと呼ばれた女は、むき出しの両腕を高く挙げた。そこにはくるりとタトゥが描かれている。
あんまり呑むんじゃないよ、とプラチナブロンドに民族衣装を着たギタリストが呆れたように言う。
「あんたに言われたくないけどなあ、FAV《ファヴ》さん」
ふん、とFAVは肩をすくめ、大きな目を細めた。
かなり大きめな衣装がだらり、と華奢な肩から落ちる。手にしていた派手な柄のギターをローディに渡すと、スタッフの一人から煙草を受け取り、火をつける。
「今から移動ですかね? HISAKA」
ざわざわと片づけの喧噪の中で、ぼそ、と真っ赤な髪のギタリストがリーダーに問いかけた。
「うん、まだSE鳴ってるでしょ。今のうちに移動しておいた方が楽だし。あたしもちょっと早く座りたいわ」
「んー…… そうですか」
「何?」
どうしようかな、と言いたげなメンバーに、リーダーは問いかける。
「ワタシ今日、欠席していいですかね」
ええええええ!
途端に周囲から驚きの声が上がった。
P子さんは別段表情を変える訳でもなく、首を傾げた。頭に巻いていたバンダナを取る。
ああ汗まみれだ、と彼女はぼんやりと思い、ひらひらと広げた。
「何ですねアナタ達。うるさいですよ」
「P…… P子さん、それホント、マジで言ってるの?」
FAVは大きな目を更に大きく開けた。
「いや、今日のPA、ちょっと調子悪かったし……」
TEARはややわざとらしい程にあごに手を当て、考え込むポーズを取る。
そして極めつけはヴォーカリストで。あの特有の声で。
「空耳よねっ!」
P子さんはふう、とため息をついた。それは確かに自分は普段が普段だから、驚かれるのも当然かもしれないが。
「ちょっと今日は、用事があるんですよ。申し訳ない」
ワタシにだって時にはあるんですよ、と付け加える。
「ま、アナタが言うんなら――― ねえ」
当惑していたのは同じだが、それでもHISAKAはリーダーらしく、メンバーを見渡す。
このひとがそういう風に言い出すなんてことは滅多に無い。特に呑み会を断るなんてことは!
だったらよほどのことなのだろう。そう思わずには居られない。
「ありがたい。じゃあ行かせてもらいますよ」
P子さんはギターのローディに、後頼みますよ、と言うと、あっさりとその場から抜けて行った。
「何なの一体」
「わ、わからん……」
「だってP子さんらしくないわよ~」
後ろ姿を見ながら、メンバーは一人一人勝手なことを言っていた。そしてしばらく沈黙が続く。はて、どう言ったものだか。
「今日は石川さんも来るって言ってたのになあ。インタビューの前哨戦とか言ってたのに」
「あれ、あのひとも来るの?」
「懲りずにねー」
MAVOは両手を広げる。そしてじっと黙っていたTEARに、どうしたの? と無邪気そうな顔で問いかける。
するとTEARはぼそ、とこう言った。
「……もしかして、男……?」
へ? とMAVOは問い返した。
「まさかー!! あのひとの目に叶う男なんてそうそういねえって!」
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