女性バンドPH7②マイペースな女性ギタリストが男の娘と暮らしていた件について。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
2 / 51

第2話 彼女の可愛い同居人

しおりを挟む
 う゛ー、気持ち悪い。

 ごわごわとした髪の感触。何度やっても、慣れないものだ、とP子さんは思う。
 ステージでは必要不可欠な「メイク」という奴。普段でさえしたことが無いというのに、ステージのそれは、また一種特殊だったから。
 真っ赤にした髪は、今はバンダナで押さえ込まれている。
 いつかはこんなヘアメイクしなくてもいい時が来るのかなあ、と思わなくもない。時代は移り変わっていく。いつまでも同じ格好が格好いいとは限らない。

 まあいいか。

 その日が来ることをとりあえず胸の中に祈ることにする。
 裏口の扉を開けると、階段下に、それとなく追っかけの子達がたむろしているのが判る。

 はぁん。
 
 今あたりここに居る、ということは、アンコールを見ていない「客」だ。

 何しにライヴに来てるんだろうね。

 音楽を。百歩譲ってPH7のライヴを楽しみに来るんだろう、と彼女は思いたかった。
 だがアンコールも放ってここで待つというのは。
 判らないなあ、とP子さんは首を傾げる。だがその直後、まあ別にいいけど、と思い直す。
 知ったことではない。だいたい皆そんなこと予想して行動しているのだから、待った所で無駄なのだ。
 まあ確かに自分はこうやって出てきているが、自分のファンはそういう風には待たないだろうことを彼女は知っている。
 ポケットに手を突っ込んで、階段を下りると、下の気配が動いた。だが自分の姿を認めると、なあんだという顔をして、また元の位置に戻る。

 まあこんなものでしょう。

 彼女のファンは、彼女の気持ちをそのまま映したような者が多かった。だからここには居ない。少なくとも彼女はそう思っていた。
 皮パンのポケットに手を突っ込んで、地下鉄の駅の階段を下りていく。
 時々すれ違う人々も、別にそんな彼女にいちいち気を止めることはない。この街では、そう珍しい姿ではないのだ。

 地下鉄を数駅。別の線に乗り換えて、二つ目。
 降りるとそこは、まだ十時にもならないというのに、既にほとんど人気もなかった。開いているのは数軒の店だけ。その中には以前は良く夕飯を取っていた安い飲み屋もある。
 だが今日はそこにも行かない。その代わり、道の向こう側のコンビニに足を伸ばす。ビールを数缶と、ナッツを数袋カゴに入れた。
 店のバイト君は、彼女の真っ赤な髪に当初は驚いた様だった。金髪は多いが、真っ赤、というのはさすがにあまり無いのだ。
 茶髪金髪というのは当然になっても、熟れたサクランボの様なこの色は音楽だの何だの、理由ありの人間でないとしないだろう。
 しかし慣れというものは恐ろしいものである。
 やがて彼は、彼女達がお茶の間にも知られる様な存在になった時に、声の一つも掛けなかったことを心底悔やむだろう。

 だがそれは未来の話。

「1384円です」

 がさがさ、と音を立てる袋をP子さんは受け取った。



 がさがさがさがさ。
 階段を上る最中にも袋の音がやかましい。
 隣の家は早寝だからもう灯りが消えている。何度かごみ出しの時に彼女も見たことがあったが、八時前には家を出ているOLの様だった。
 他の部屋も、そんな女性の一人暮らしが多い。
 しかし。
 彼女は自分の部屋のチャイムを鳴らした。足音。すぐに内側のチェーンが外れる音がし、扉が開けられる。

「おかえりなさいっ」

 笑顔が、そこにある。つられて彼女もつい表情が動く自分が判る。
 チェックのパステルカラーのエプロンが、自分を出迎える。

「早かったね」
「うんまあ」

 曖昧に答えながら、はい、と彼女は相手にコンビニの袋を渡す。がさがさがさ。

「ああまたビールばっかり」
「ワタシは好きなんですよ」

 もう、と言いながら相手はその中の数本を冷蔵庫に入れた。

「いいけどね。今日は呑んできてないんだから」
「ああ判りますか」
「だってこんな時間じゃない。まっすぐ帰って来てるの丸わかりじゃない。いいの? だって今日楽日ラクびだって言わなかった?」
「まあそれはそうですがね」

 言いながら、羽織っていた上着をハンガーに掛ける。

「いいんですよ。ああゆうとこの席には、ああゆうとこが似合って大好きな奴がやってくれる」
「あー無責任。そりゃあ確かに、あなたのとこの、HISAKAさんってひとは、そういうひとらしいけどさあ」
「人には向き不向きってのがあるでしょう? あいつはそうゆうのがほんっとうに向いてる。ワタシには向いてない。だったら時間の無駄」
「まあそれはそうだけど。でもねえ」
「それより」

 P子さんはちら、とテーブルの上を見る。お玉を入れた鍋を始めとして、幾つかの皿がラップを掛けられてきちんとそこには乗せられていた。

「またアナタ、食事してないじゃないですか、DB。今日お休みでしょう? 晩ご飯としては遅いじゃないですか」
「だって一人で食事したってつまらないじゃない」

 P子さんは黙って両眉を軽く上げた。

「今日はたまたま打ち上げもさぼっただけで、出ることもあるんですからねえ」

 そう言えば、今日あたり、馴染みのライターも来ているはずだった。
 酒の席で次のインタビューについての「宿題」を出すことが多いそのライターに会わないと、後で怖いということもあることはあるのだが。

「そういう時には先に食べてなさい、とワタシ何度アナタに言ったことか」
「だからそれは向き不向きだって。僕は誰かとやっぱりごはんは食べたいもの」

 はいはい、とP子さんはDBと呼んだ相手の頭に軽く手を乗せた。だから、帰ってきてしまうのではないか。酒好き。もしくは、そういう場が好きな彼女が。
 リーダーのHISAKAもかなりそんな「場」が好きで、しかも酒に強いのだが、P子さんもかなりそれに匹敵する。
 しかもリーダーと違って、態度が豹変するということが無い。自分のペースを守って、あくまで気持ちよく、酒と場を楽しんでいるのだ。たとえ周囲がどれだけ騒ごうが、椅子や皿やしょうゆが空を飛んでいようが。

「ちょっと待って。みそ汁暖めるからね」

 はいはい、とP子さんは皮のパンツも脱ぐと、低いテーブルの前に腰を下ろす。
 同じギタリストのFAV程ではないが、あんがいすんなりとした生足がむき出しになる。
 その足であぐらをかくと、彼女は近くに置いたスポーツ新聞を手にとった。そういえばそろそろオールスター戦だ、とか思いながら。
 ちら、と台所の方を見ると、同居人がくるくると動いているところが視界に入る。よく出来るものだよな。そのたびに彼女は思う。
 この同居人ときたら、女の自分よりずっと家事一般が得意なのだ。料理・裁縫・洗濯――― 他に何か特技があるか、というとさあ、と本人は首を傾げるが。
 ちなみに同居人は三つ年下である。DBディービーと呼ばれている、と出会った翌日に彼女にそう言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...