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第12話 「港屋」のひとびと
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「あーあ、つまんないー」
大きな声がしたので、DBは思わずカウンターの方を向いた。
「どうしたの? トキちゃん」
「んー」
いつもながらの派手な格好だ、とDBは思う。トキと呼ばれた少女は、この店のカウンターの常連だ。だが客という訳ではない。
放っておきなさいよ、とカウンターの中の彼女の兄は言う。着物をきりっと着こなし、長く伸ばした髪にゆらゆらとしたウエーヴを当て、綺麗に化粧をした「兄」は。
「だって兄貴、とうとう終わっちゃったのよー。今回のPH7《ペーハーセブン》のツアー」
「そりゃあそうでしょ。始まりがあれば終わりがあるんだわ。あんたもねえ、いい加減追っかけは止したらどう? せっかくのバイト代を、そんなことにばかり使っちゃって」
「せっかくのバイト代だから、そういうことに使うんじゃないの」
ぐい、とトキは兄に向かって迫る。くく、と周囲の常連客達は、また始まった、とこのきょうだいのやりとりを聞いていた。
「いいバンドなのよ! メジャーに出たばかりで、何か今一番勢いづいてる時なんだから、今を見ておかなくっちゃ、って感じなんだったら!」
さすがに「兄」はもうその言葉には背を向けていた。何せここは、彼の仕事場なのだ。
五年程前に、ここの「ママ」、通称「夢路」さんは、トップ・セールスマンの座をいきなり蹴り飛ばしてこの世界に入ったのだという。
一年、みっちり他店で働いた後、セールスマン時代の貯金を元手に小さな店を出した。
それがここ、「港屋」だった。
180センチ以上ある堂々とした身体は、学生時代は体育会系だったという。
筋肉をしっとりとした和服に包み、節くれ立った指は器用にグラスを取る。ほほほ、と笑い声を立てる時には、口元に手。とてもそれが訓練して身に付いたものとは思えないくらいに、板についた仕草。DBは日々感心してやまない。
その夢路ママは、DBが最初にこの店に入った時に、こう言った。
「あんたはそう気の利いたことはできそうにないから、とにかく綺麗な格好して大人しくしていれば大丈夫」
下手に女言葉とか使わなくてもいい、と彼は言った。
本当にそれで大丈夫なのか、と当初DBも思ったが、とにかく言われたことを心がけていたら、それなりに可愛らしい彼をお目当てに来る客も来るようになった。
喜んでいいのかどうなのか、やや複雑だったが、食べて行く手段は今のところ思いつかなかったので、一生懸命するしかなかったのだ。
そして今日も彼は、ブランドもどきの服を、兎にも角にも合わせ方にだけは気を付け、薄化粧をして店に出ている。
「この間はごめんよお」
と四十過ぎの男が、彼に手を合わせて謝る。
別に気にしてませんよお、とDBはにっこりと笑う。
「だけど僕あまり強くないんですからあまりそんなことしないで下さいね」
ふわふわとした笑顔でそんなことを言われてしまっては、相手もそれ以上無理強いもできない。無粋というものだ。
そう、この店では無粋なことは嫌われる。
そもそもこの店の「港屋」という名前も、ママの通称も、その昔の有名な画家の周辺から取ったものだった。
薄暗い内装、濃い色をしたむき出しの梁が白い壁に浮き上がっている。窓は幾何学模様に象られ、所々に色ガラスがはめ込まれている。
それはまるで、かつての「カフェー」を思わせるような、そんな空間だった。
「ずっとね、こんな場所を作りたかったのよ」
と夢路ママはとある開店前の時間にDBに言ったことがある。
「あたしはね、綺麗なもんが好きなのよ。小さい頃からそうだったわ。なのにこの身体だし、スポーツなんかもできちゃうから、そんなの自分には似合わないって思っていたのよねえ」
確かに似合わないかもしれない、と以前トキが面白がって持ってきた、「兄」のかつての写真を見た時のことを思い出す。
そこに妹と並んで居たのは、絵に描いたようなスポーツマンだった。
陸上の大会だったのだろうか。タンクトップにゼッケンをつけて、頭は五分刈り。青空の下で、緊張した面もちで立っている。
「でもどうしようもないのよねえ。好きなものは好き。そうそう人間、長くもない人生なんだから、好きなことに生きなくて、楽しまなくてどうするんだ、って言うのよ」
確かに、とDBは思った。
実際この店は、夢路ママの好みがそのまま反映している。
店の内装だけではない。カウンターのランプは植物のような曲線を描く、アンティークなものだし、ふんだんに使われた花は毎日きちんと取り替えられている。
その花を生ける腕前もなかなかなものだ。昼間の時間が空いている時には、時々習いに行くのだという。熱心なのは、スポーツマンだった時の習性だろうか。
そのママの態度は、店で働く「おねーさん」達にも伝わるようで、皆何かと自分を磨くことには熱心だった。
長い髪が綺麗な、くっきりした顔立ちの「たまき」さんは、エステではなく、スポーツジムに通っている。ただしそこでは男の格好で行くらしい。
「たまき」さんは、男の自分が美しくなる、ということを追求しているから、身体を人工的に改造させるよりは、筋肉を美しく保つことの方が大切らしい。実際、「彼女」の動きは、大型の猫科の動物のようにしなやかだった。腕なぞ、決して細くは無いのだが、鍛えられた筋肉ゆえ、それが暑苦しいものには見えない。
対照的に、ふっくらとした大柄な「彦野」さんは、外見はちょっとどうしようか、と一瞬目をそらして迷う類だったが、その気配りに、やってきた客の大半が気を許してしまう。「彦野」さんは、自分が「綺麗」ではないことを知っているので、そんな自分でも客の男性を楽しませることができるなら、ともう入ってきた瞬間に、そのひとが何を欲しているのか、観察をするのだという。
これはこれでプロだなあ、とDBは思わずにはいられない。その気配りが自分の化粧や服装に至らないのが不思議なのだが、それはそれで一つの味として取られているらしい。
この店の「女の子」の最後は「お葉」さんと呼ばれている。「彼女」は「彼女」でまた、見事だった。もっとも「彼女」はいかにも女性らしい格好をしているということは無かった。むしろ、ウエイターの格好を好んでしている。だがそんな男の格好をしている男だというのに、「彼女」はその化粧のせいなのか、ちょっとした動きのせいなのか、「男装の麗人」のように見えてしまうのである。意図して作っているとしたら、立派なものだ、とDBは思わずにはいられない。
そんな三人の中に居ると、自分なぞ所詮「男の子」が女装しているだけだよなあ、とDBは思う。だが実際、自分自身それ以上の努力をどうしていいものか判らないし、その努力を自分がしたいのか、ということもまた謎だったのだ。
そう焦らなくてもいい、というママの言葉に甘えてるだけだ、と感じてはいる。だがそれでは次にどう踏み出せばいいのか、まだそれも見えてこないのだ。
情けない、とは思う。
「それでもあんたはまだましよ。自分で食って行こうって思えるんだからね」
夢路ママはよくそう言って、落ち込みがちになる彼の頭を撫でる。
「トキなんてまあ。うちに居てのほほんと学生しているだけのくせに、バイトした金で遊び回っているだけなんだからね。それに比べれば、家出たからってちゃんと稼ごうとするだけあんたの方がずっとましよ」
でもねママ。
彼はそんな風に優しくされるたびに、くすぐったい気持ちを覚える。
僕はそんな偉くはないよ。
家を出たのは、そうしなくてはいられなかったからで、何かしらの目的があった訳ではないのだ。
もしかしたら、自分は家族や周囲の期待を全て裏切っただけの卑怯者なのかもしれないのだから。
だから彼はそんな時には、黙って頭を撫でられるままにされる。ただこうやってくれるひとの手というものは、何て気持ちがいいものか。
「何もしない」優しさというものが、どれほど心地よいのか、判らない人には判らない。
大きな声がしたので、DBは思わずカウンターの方を向いた。
「どうしたの? トキちゃん」
「んー」
いつもながらの派手な格好だ、とDBは思う。トキと呼ばれた少女は、この店のカウンターの常連だ。だが客という訳ではない。
放っておきなさいよ、とカウンターの中の彼女の兄は言う。着物をきりっと着こなし、長く伸ばした髪にゆらゆらとしたウエーヴを当て、綺麗に化粧をした「兄」は。
「だって兄貴、とうとう終わっちゃったのよー。今回のPH7《ペーハーセブン》のツアー」
「そりゃあそうでしょ。始まりがあれば終わりがあるんだわ。あんたもねえ、いい加減追っかけは止したらどう? せっかくのバイト代を、そんなことにばかり使っちゃって」
「せっかくのバイト代だから、そういうことに使うんじゃないの」
ぐい、とトキは兄に向かって迫る。くく、と周囲の常連客達は、また始まった、とこのきょうだいのやりとりを聞いていた。
「いいバンドなのよ! メジャーに出たばかりで、何か今一番勢いづいてる時なんだから、今を見ておかなくっちゃ、って感じなんだったら!」
さすがに「兄」はもうその言葉には背を向けていた。何せここは、彼の仕事場なのだ。
五年程前に、ここの「ママ」、通称「夢路」さんは、トップ・セールスマンの座をいきなり蹴り飛ばしてこの世界に入ったのだという。
一年、みっちり他店で働いた後、セールスマン時代の貯金を元手に小さな店を出した。
それがここ、「港屋」だった。
180センチ以上ある堂々とした身体は、学生時代は体育会系だったという。
筋肉をしっとりとした和服に包み、節くれ立った指は器用にグラスを取る。ほほほ、と笑い声を立てる時には、口元に手。とてもそれが訓練して身に付いたものとは思えないくらいに、板についた仕草。DBは日々感心してやまない。
その夢路ママは、DBが最初にこの店に入った時に、こう言った。
「あんたはそう気の利いたことはできそうにないから、とにかく綺麗な格好して大人しくしていれば大丈夫」
下手に女言葉とか使わなくてもいい、と彼は言った。
本当にそれで大丈夫なのか、と当初DBも思ったが、とにかく言われたことを心がけていたら、それなりに可愛らしい彼をお目当てに来る客も来るようになった。
喜んでいいのかどうなのか、やや複雑だったが、食べて行く手段は今のところ思いつかなかったので、一生懸命するしかなかったのだ。
そして今日も彼は、ブランドもどきの服を、兎にも角にも合わせ方にだけは気を付け、薄化粧をして店に出ている。
「この間はごめんよお」
と四十過ぎの男が、彼に手を合わせて謝る。
別に気にしてませんよお、とDBはにっこりと笑う。
「だけど僕あまり強くないんですからあまりそんなことしないで下さいね」
ふわふわとした笑顔でそんなことを言われてしまっては、相手もそれ以上無理強いもできない。無粋というものだ。
そう、この店では無粋なことは嫌われる。
そもそもこの店の「港屋」という名前も、ママの通称も、その昔の有名な画家の周辺から取ったものだった。
薄暗い内装、濃い色をしたむき出しの梁が白い壁に浮き上がっている。窓は幾何学模様に象られ、所々に色ガラスがはめ込まれている。
それはまるで、かつての「カフェー」を思わせるような、そんな空間だった。
「ずっとね、こんな場所を作りたかったのよ」
と夢路ママはとある開店前の時間にDBに言ったことがある。
「あたしはね、綺麗なもんが好きなのよ。小さい頃からそうだったわ。なのにこの身体だし、スポーツなんかもできちゃうから、そんなの自分には似合わないって思っていたのよねえ」
確かに似合わないかもしれない、と以前トキが面白がって持ってきた、「兄」のかつての写真を見た時のことを思い出す。
そこに妹と並んで居たのは、絵に描いたようなスポーツマンだった。
陸上の大会だったのだろうか。タンクトップにゼッケンをつけて、頭は五分刈り。青空の下で、緊張した面もちで立っている。
「でもどうしようもないのよねえ。好きなものは好き。そうそう人間、長くもない人生なんだから、好きなことに生きなくて、楽しまなくてどうするんだ、って言うのよ」
確かに、とDBは思った。
実際この店は、夢路ママの好みがそのまま反映している。
店の内装だけではない。カウンターのランプは植物のような曲線を描く、アンティークなものだし、ふんだんに使われた花は毎日きちんと取り替えられている。
その花を生ける腕前もなかなかなものだ。昼間の時間が空いている時には、時々習いに行くのだという。熱心なのは、スポーツマンだった時の習性だろうか。
そのママの態度は、店で働く「おねーさん」達にも伝わるようで、皆何かと自分を磨くことには熱心だった。
長い髪が綺麗な、くっきりした顔立ちの「たまき」さんは、エステではなく、スポーツジムに通っている。ただしそこでは男の格好で行くらしい。
「たまき」さんは、男の自分が美しくなる、ということを追求しているから、身体を人工的に改造させるよりは、筋肉を美しく保つことの方が大切らしい。実際、「彼女」の動きは、大型の猫科の動物のようにしなやかだった。腕なぞ、決して細くは無いのだが、鍛えられた筋肉ゆえ、それが暑苦しいものには見えない。
対照的に、ふっくらとした大柄な「彦野」さんは、外見はちょっとどうしようか、と一瞬目をそらして迷う類だったが、その気配りに、やってきた客の大半が気を許してしまう。「彦野」さんは、自分が「綺麗」ではないことを知っているので、そんな自分でも客の男性を楽しませることができるなら、ともう入ってきた瞬間に、そのひとが何を欲しているのか、観察をするのだという。
これはこれでプロだなあ、とDBは思わずにはいられない。その気配りが自分の化粧や服装に至らないのが不思議なのだが、それはそれで一つの味として取られているらしい。
この店の「女の子」の最後は「お葉」さんと呼ばれている。「彼女」は「彼女」でまた、見事だった。もっとも「彼女」はいかにも女性らしい格好をしているということは無かった。むしろ、ウエイターの格好を好んでしている。だがそんな男の格好をしている男だというのに、「彼女」はその化粧のせいなのか、ちょっとした動きのせいなのか、「男装の麗人」のように見えてしまうのである。意図して作っているとしたら、立派なものだ、とDBは思わずにはいられない。
そんな三人の中に居ると、自分なぞ所詮「男の子」が女装しているだけだよなあ、とDBは思う。だが実際、自分自身それ以上の努力をどうしていいものか判らないし、その努力を自分がしたいのか、ということもまた謎だったのだ。
そう焦らなくてもいい、というママの言葉に甘えてるだけだ、と感じてはいる。だがそれでは次にどう踏み出せばいいのか、まだそれも見えてこないのだ。
情けない、とは思う。
「それでもあんたはまだましよ。自分で食って行こうって思えるんだからね」
夢路ママはよくそう言って、落ち込みがちになる彼の頭を撫でる。
「トキなんてまあ。うちに居てのほほんと学生しているだけのくせに、バイトした金で遊び回っているだけなんだからね。それに比べれば、家出たからってちゃんと稼ごうとするだけあんたの方がずっとましよ」
でもねママ。
彼はそんな風に優しくされるたびに、くすぐったい気持ちを覚える。
僕はそんな偉くはないよ。
家を出たのは、そうしなくてはいられなかったからで、何かしらの目的があった訳ではないのだ。
もしかしたら、自分は家族や周囲の期待を全て裏切っただけの卑怯者なのかもしれないのだから。
だから彼はそんな時には、黙って頭を撫でられるままにされる。ただこうやってくれるひとの手というものは、何て気持ちがいいものか。
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