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第13話 きっかけとなった危機
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「でもさあ、ホント、PH7のライヴ、これからは簡単に取れなくなると思うんだもん。だから今回はあたし、結構チケ取りにも必死だったんだからさあ」
「そんなにいいの?」
何食わぬ顔で、DBはトキに問いかける。
いいのよぉ! と彼女は拳を握りしめる。ほら始まった、とお葉さんがカウンターにひじをついてくっくっ、と笑う。
「だったら今度、MDに落としてくるわよ。兄貴なんかさあ、こうゆうのの良さ、絶対判ってくれないんだものね。音だけじゃないんだから。あたし女のひとで、あんな格好いい人たち、初めて見たもん」
「格好いい女のひと、ねえ」
ふうん、とたまきさんは首を傾げる。
「女に惚れさせるような女なら、それは結構本物かもねえ」
「そうなのよ! たまきさんもそう思うでしょ?」
ふふん、とたまきさんは口の端を微妙に上げて笑う。
あしらわれてるなあ、とDBはその様子を見ながら思う。そして自分がついている客が野球の話をし始めたので、そちらに付き合いだした。
無論彼は、自分が現在その話題のPH7のギタリストと同居している、などと口が裂けても言う気は無かった。そんなことを耳にしたら、彼女はきっと、「ライヴ友達」を連れてこの店にやってくるに決まっている。それは彼のプライヴェイトだった。そっとしておきたかった。
だいたいDBはP子さんのバンドの音など、つい最近まで知らなかったのだ。
あくまで彼が出会ったのは、真っ赤な髪をした、音楽をやっている「らしい」一人の野球好きな物好きな女、だった。そして何よりも、居心地のいいひとだった。
*
最初に出会った夜の記憶ははっきり言って、無い。
不覚だった、と彼は思う。
いくら客にすすめられた、とは言え、決して自分はアルコールに関しては強すぎる訳ではないのだ。いいところ人並みだ。しかもすすめた客は、普段から自分に対して、何かと理由をつけては触れて来ようとする男だった。
そんなこともあるのは判っている。ある程度は大丈夫だ、と彼も思っている。そういう店に足を踏み入れた以上、ある程度の覚悟はあった。致し方なかったら、誰かと寝る羽目になっても仕方がない、と思っていた。身元がはっきりしない自分を働かせてくれる場所を、そうそう失いたくはなかった。
だからと言って、無闇に自分を安売りするのも違う、と思っていた。夢路ママもそう言っている。綺麗な服を着て、可愛らしくお化粧するんだからね。それに釣り合った自分の値というものを考えなさい、と。
だからできるだけ自分の身は守ろう、と思ってきたつもりだった。やんわりとはね除ける術も、少しは身につけてきたつもりだった。
ただその日は、たまたまその馴染みの客が、会社でつまらないことがあったのか、ずいぶんと長く居座り、彼をそばから離さなかった。ちゃんとオーダーはするし、むげにあしらうこともできない雰囲気はあった。
それがまずかったのだ。
落ち込んだ相手に付き合う酒はつい量が多くなる。用心していても、時間が長引けば仕方なく増えてしまうものだ。とうとう相手は、閉店まで店に居座った。
「港屋」は週末以外は閉店の時間がそう遅くはない。夕方開店の、二時頃には閉店となることが多い。
さすがに金・土は夜が明けるまで、ということもあるが、それ以外の日は、客も翌朝の仕事があるだろう、ということで、長居はさせないのがママのポリシーだった。
ふらふらになった客が、いまいち足取りも怪しいので、駅まで送っていく、とDBは言った。気を付けるのよ、とママは言った。幾つかの意味が含まれているような気がしたが、とりあえず全部を肝に銘じた。
しかし、と彼はしばらく歩き出してから、自分のしたことを後悔し始めた。店で座ってぼやん、と相手をしているうちはいい。血中アルコールも、まだその力を充分出し切ってはいなかったのだ。
だが動き出すと、いきなりそれは彼の身体をかけ回り始めた。これはまずい。急に熱くなりだした身体、芯が回りだした頭に彼は舌打ちをした。
客もまた、足取りがおぼつかない。……ように、見える。だからそれでも一応、駅までは何としても連れて行こう、と彼は思った。ただしそこからは自分の知ったことではない。
駅が見えてくる。人々の喧噪が耳に飛び込む。助かった、とDBは思った。
これでこの客とも今宵はおさらば、だ。それにこの人混みの中、さすがにこの服でうろつきたくはない。自分がぱっと見には女の子に見えることは自覚しているが、じっくり見れば、男であることなどすぐに判るだろう。それで周囲の目を引くのは、やはりDBは嫌だった。
「……ほら駅ですよ、埴科さん」
客の名を呼んで軽く揺さぶる。ああ、と力無い声が耳に入ってくる。さあ、と軽く押し出す。
だが動けない。しまった、と彼は思った。手を強く握られている。
「ねえ君、頼むよ、今夜はずっと一緒に居てくれないか?」
「そんなにいいの?」
何食わぬ顔で、DBはトキに問いかける。
いいのよぉ! と彼女は拳を握りしめる。ほら始まった、とお葉さんがカウンターにひじをついてくっくっ、と笑う。
「だったら今度、MDに落としてくるわよ。兄貴なんかさあ、こうゆうのの良さ、絶対判ってくれないんだものね。音だけじゃないんだから。あたし女のひとで、あんな格好いい人たち、初めて見たもん」
「格好いい女のひと、ねえ」
ふうん、とたまきさんは首を傾げる。
「女に惚れさせるような女なら、それは結構本物かもねえ」
「そうなのよ! たまきさんもそう思うでしょ?」
ふふん、とたまきさんは口の端を微妙に上げて笑う。
あしらわれてるなあ、とDBはその様子を見ながら思う。そして自分がついている客が野球の話をし始めたので、そちらに付き合いだした。
無論彼は、自分が現在その話題のPH7のギタリストと同居している、などと口が裂けても言う気は無かった。そんなことを耳にしたら、彼女はきっと、「ライヴ友達」を連れてこの店にやってくるに決まっている。それは彼のプライヴェイトだった。そっとしておきたかった。
だいたいDBはP子さんのバンドの音など、つい最近まで知らなかったのだ。
あくまで彼が出会ったのは、真っ赤な髪をした、音楽をやっている「らしい」一人の野球好きな物好きな女、だった。そして何よりも、居心地のいいひとだった。
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最初に出会った夜の記憶ははっきり言って、無い。
不覚だった、と彼は思う。
いくら客にすすめられた、とは言え、決して自分はアルコールに関しては強すぎる訳ではないのだ。いいところ人並みだ。しかもすすめた客は、普段から自分に対して、何かと理由をつけては触れて来ようとする男だった。
そんなこともあるのは判っている。ある程度は大丈夫だ、と彼も思っている。そういう店に足を踏み入れた以上、ある程度の覚悟はあった。致し方なかったら、誰かと寝る羽目になっても仕方がない、と思っていた。身元がはっきりしない自分を働かせてくれる場所を、そうそう失いたくはなかった。
だからと言って、無闇に自分を安売りするのも違う、と思っていた。夢路ママもそう言っている。綺麗な服を着て、可愛らしくお化粧するんだからね。それに釣り合った自分の値というものを考えなさい、と。
だからできるだけ自分の身は守ろう、と思ってきたつもりだった。やんわりとはね除ける術も、少しは身につけてきたつもりだった。
ただその日は、たまたまその馴染みの客が、会社でつまらないことがあったのか、ずいぶんと長く居座り、彼をそばから離さなかった。ちゃんとオーダーはするし、むげにあしらうこともできない雰囲気はあった。
それがまずかったのだ。
落ち込んだ相手に付き合う酒はつい量が多くなる。用心していても、時間が長引けば仕方なく増えてしまうものだ。とうとう相手は、閉店まで店に居座った。
「港屋」は週末以外は閉店の時間がそう遅くはない。夕方開店の、二時頃には閉店となることが多い。
さすがに金・土は夜が明けるまで、ということもあるが、それ以外の日は、客も翌朝の仕事があるだろう、ということで、長居はさせないのがママのポリシーだった。
ふらふらになった客が、いまいち足取りも怪しいので、駅まで送っていく、とDBは言った。気を付けるのよ、とママは言った。幾つかの意味が含まれているような気がしたが、とりあえず全部を肝に銘じた。
しかし、と彼はしばらく歩き出してから、自分のしたことを後悔し始めた。店で座ってぼやん、と相手をしているうちはいい。血中アルコールも、まだその力を充分出し切ってはいなかったのだ。
だが動き出すと、いきなりそれは彼の身体をかけ回り始めた。これはまずい。急に熱くなりだした身体、芯が回りだした頭に彼は舌打ちをした。
客もまた、足取りがおぼつかない。……ように、見える。だからそれでも一応、駅までは何としても連れて行こう、と彼は思った。ただしそこからは自分の知ったことではない。
駅が見えてくる。人々の喧噪が耳に飛び込む。助かった、とDBは思った。
これでこの客とも今宵はおさらば、だ。それにこの人混みの中、さすがにこの服でうろつきたくはない。自分がぱっと見には女の子に見えることは自覚しているが、じっくり見れば、男であることなどすぐに判るだろう。それで周囲の目を引くのは、やはりDBは嫌だった。
「……ほら駅ですよ、埴科さん」
客の名を呼んで軽く揺さぶる。ああ、と力無い声が耳に入ってくる。さあ、と軽く押し出す。
だが動けない。しまった、と彼は思った。手を強く握られている。
「ねえ君、頼むよ、今夜はずっと一緒に居てくれないか?」
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