14 / 51
第14話 真っ赤な髪との出会い。
しおりを挟む
さすがにDBはその言葉にはさあっ、と血が引いた。
この客は、三十代も後半で、いつも金払いは良い。ただあまり好きなタイプではないのは確かだ。
……何が嫌かと言って、……実に自分の良く知っている人間に似ているのだ。真面目そうな、きっちり分けた髪、銀縁の眼鏡、高い背、嫌みにならない程度のコロンをきかせて、服の趣味も決して悪くはない。
……だから、嫌なのだ。
彼はそんな人物を一人、良く知っていた。その一人は、故郷の自分の家に居る。そして今は、その家を我が物にしている、ただ一人の。
別に顔が似ているという訳ではない。だが雰囲気が同じなのだ。おそらく会社でも有能な方なのだろう。頭も良さそうだし、品も悪くない。
なのに何を好きこのんで、わざわざ自分など好むのだろう。しかも女装した自分を、だ。
そのあたりの心理も、考えたら考えられるかもしれないが、あまり考えたくはなかった。
「……酔ってますね。明日も早いのでしょう? お帰りになって、ぐっすりお休み下さい」
「ぐっすり休みたいよ。だから君、一緒に居て欲しいんだ……」
そう言って、そんな駅近くだと言うのに、男は彼を抱きすくめようとした。
やめてくれ、と彼はもがいた。酔っぱらいのはずなのに、何って力だ。しかし気付いていなかったのは彼のほうだった。
頭がぐらり、とする。
「君も、うまく立っていられないんじゃないのかい?」
その途端、頭に血が上った。DBは思い切り男の身体を突き飛ばしていた。もつれる足で、走り出していた。それはまずい、と頭では理解しているのに、そうせずにはいられなかったのだ。
酔いが身体に回っている時に走り出したりしたら。足にスカートがもつれる。心臓がこれでもかとばかりに早打ちする。やばい。やばいんだってば。
それでもすぐに止まらなかったのは、まだ理性が残っていたということか。彼はゆっくり、ゆっくりスピードを落とし始めた。
大きく息を吸って、吐いて。
ガード下のコンクリートの壁にもたれる。白い服が汚れてしまう、という意識は無かった。
頭の後ろでがんがん、と低い音の太鼓が鳴っているみたいだった。
ああきっと明日は二日酔い決定だ。
そのまま彼はずるずる、とその場にしゃがみ込んだ。青白い街灯の光が、目にうるさい。
……どの位経っただろうか。ひどく喉が乾いていた。だが立ち上がる気力も無い。……と言うより、自分がどんな体勢なのかも彼は気付いていなかった。
壁にもたれたまましゃがみ込んでいたはずなのに、いつのまにか道に寝そべっていたらしい。
石畳が頬に冷たくて、気持ちいい。でもついていない方の耳をかすめる夜風の冷たさは、少し寒気すら覚えさせる。
どうしよう、と彼は思った。このまま眠ってしまったら。
思いのほか、自分に今染み込んでいるアルコールは強かったようだ。身体を動かそうという気力が湧かない。このまま眠ってしまったら、風邪を引くだろうか。それとも。
それとも、二度と目を覚まさなくてもいいのだろうか。
ふっとそんな考えが頭をかすめる。それも、いいかもしれない。
ただちょっと、その原因があの男と言うんじゃあんまりかもしれないけれど。
甘い睡魔が彼を再び襲おうとしていた。
……のだが。
ぎゅ、と。
ぐっ、と胸に来る圧迫感に彼は目を覚ました。だが身体はすぐには動かない。
圧迫感はすぐに消えたが、かわりに微妙な刺激が背中を襲った。まだ熱を持っている皮膚は、ちょっとしたことでも敏感だ。
「もしもし?」
女の人の、声だ。彼は沈み込みそうになる意識の中で、そう認識した。その声は続けた。
「……こんなとこで寝てると、風邪ひきますよ」
判ってる。それは判ってるんだけど。
「んー……」
身体が持ち上げられる。
女の人だとしたら、結構強い力だ。彼は精一杯の力を振り絞って、声を出してみる。がくん、と首が後ろに倒れた。
「男!?」
ああびっくりしているな。彼は思った。でもいいや。それより。
「……水……」
唇が、そう動いていた。
「水…… ちょうだい……」
ああ、と自分を支えている女の人の姿がようやく視界に入る。
青白い照明の下でも、よく判る、真っ赤な髪。口元だけが、きゅっと上がった。
「……立てますか?」
彼女はそう訊ねた。そして彼に肩を貸した。
自分よりも背が高い、とぼんやりとした意識の中で彼は感じていた。上げている腕が少し疲れるくらいなのだから。
そして再び襲ってきた睡魔の中で、彼は何となく心地よいメロディが耳に入ってくるのを感じた。
翌朝は自分が何処に居るのか、さっぱり判らなかった。
この客は、三十代も後半で、いつも金払いは良い。ただあまり好きなタイプではないのは確かだ。
……何が嫌かと言って、……実に自分の良く知っている人間に似ているのだ。真面目そうな、きっちり分けた髪、銀縁の眼鏡、高い背、嫌みにならない程度のコロンをきかせて、服の趣味も決して悪くはない。
……だから、嫌なのだ。
彼はそんな人物を一人、良く知っていた。その一人は、故郷の自分の家に居る。そして今は、その家を我が物にしている、ただ一人の。
別に顔が似ているという訳ではない。だが雰囲気が同じなのだ。おそらく会社でも有能な方なのだろう。頭も良さそうだし、品も悪くない。
なのに何を好きこのんで、わざわざ自分など好むのだろう。しかも女装した自分を、だ。
そのあたりの心理も、考えたら考えられるかもしれないが、あまり考えたくはなかった。
「……酔ってますね。明日も早いのでしょう? お帰りになって、ぐっすりお休み下さい」
「ぐっすり休みたいよ。だから君、一緒に居て欲しいんだ……」
そう言って、そんな駅近くだと言うのに、男は彼を抱きすくめようとした。
やめてくれ、と彼はもがいた。酔っぱらいのはずなのに、何って力だ。しかし気付いていなかったのは彼のほうだった。
頭がぐらり、とする。
「君も、うまく立っていられないんじゃないのかい?」
その途端、頭に血が上った。DBは思い切り男の身体を突き飛ばしていた。もつれる足で、走り出していた。それはまずい、と頭では理解しているのに、そうせずにはいられなかったのだ。
酔いが身体に回っている時に走り出したりしたら。足にスカートがもつれる。心臓がこれでもかとばかりに早打ちする。やばい。やばいんだってば。
それでもすぐに止まらなかったのは、まだ理性が残っていたということか。彼はゆっくり、ゆっくりスピードを落とし始めた。
大きく息を吸って、吐いて。
ガード下のコンクリートの壁にもたれる。白い服が汚れてしまう、という意識は無かった。
頭の後ろでがんがん、と低い音の太鼓が鳴っているみたいだった。
ああきっと明日は二日酔い決定だ。
そのまま彼はずるずる、とその場にしゃがみ込んだ。青白い街灯の光が、目にうるさい。
……どの位経っただろうか。ひどく喉が乾いていた。だが立ち上がる気力も無い。……と言うより、自分がどんな体勢なのかも彼は気付いていなかった。
壁にもたれたまましゃがみ込んでいたはずなのに、いつのまにか道に寝そべっていたらしい。
石畳が頬に冷たくて、気持ちいい。でもついていない方の耳をかすめる夜風の冷たさは、少し寒気すら覚えさせる。
どうしよう、と彼は思った。このまま眠ってしまったら。
思いのほか、自分に今染み込んでいるアルコールは強かったようだ。身体を動かそうという気力が湧かない。このまま眠ってしまったら、風邪を引くだろうか。それとも。
それとも、二度と目を覚まさなくてもいいのだろうか。
ふっとそんな考えが頭をかすめる。それも、いいかもしれない。
ただちょっと、その原因があの男と言うんじゃあんまりかもしれないけれど。
甘い睡魔が彼を再び襲おうとしていた。
……のだが。
ぎゅ、と。
ぐっ、と胸に来る圧迫感に彼は目を覚ました。だが身体はすぐには動かない。
圧迫感はすぐに消えたが、かわりに微妙な刺激が背中を襲った。まだ熱を持っている皮膚は、ちょっとしたことでも敏感だ。
「もしもし?」
女の人の、声だ。彼は沈み込みそうになる意識の中で、そう認識した。その声は続けた。
「……こんなとこで寝てると、風邪ひきますよ」
判ってる。それは判ってるんだけど。
「んー……」
身体が持ち上げられる。
女の人だとしたら、結構強い力だ。彼は精一杯の力を振り絞って、声を出してみる。がくん、と首が後ろに倒れた。
「男!?」
ああびっくりしているな。彼は思った。でもいいや。それより。
「……水……」
唇が、そう動いていた。
「水…… ちょうだい……」
ああ、と自分を支えている女の人の姿がようやく視界に入る。
青白い照明の下でも、よく判る、真っ赤な髪。口元だけが、きゅっと上がった。
「……立てますか?」
彼女はそう訊ねた。そして彼に肩を貸した。
自分よりも背が高い、とぼんやりとした意識の中で彼は感じていた。上げている腕が少し疲れるくらいなのだから。
そして再び襲ってきた睡魔の中で、彼は何となく心地よいメロディが耳に入ってくるのを感じた。
翌朝は自分が何処に居るのか、さっぱり判らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)
水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」
無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。
ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。
だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。
「———えぇ、いいわよ」
たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました
つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。
けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。
会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる