23 / 51
第23話 言葉を無くしたのは、HISAKAの方だった。
しおりを挟む
ふう。
何度目かのため息が漏れる。
まだ録りが終わっていない曲のリハーサルのために、彼女もスタジオへは毎日通っていた。
それを一時間ばかりで終えてしまうこともあれば、意外にもはまって、延々続けていることも時にはある。
ただ、時々そんな風に時間を忘れてしまっている時に、くらり、と眩暈がすることがある。確かに昔から喘息持ちで、決して身体は強い方ではない。ただ不調な時も、そんな出方はしたことは無い。
どうしたんだろう。
さすがに物事をあまり気にしないP子さんでも、そんな状態が続くと、おかしいという気になってくるものである。
小休止。ギターを置いて、スタジオを出る。がらんとした廊下には、何種類かのヤシ科の観葉植物が西日を浴びていた。その横を通り過ぎ、自販機の前に立つ。
どれもそう好きというものではない。甘いものが多すぎる。
いっそ茶類を充実させておいてくれればいいのに、と思う。だがまあ、置かれているということは、ある程度需要があるのだろう、と思い直す。彼女は自分の好みが必ずしも一般的ではないことをいつも心に留めていた。そしてそれは仕方がないことだ、とも。
仕方なく、小振りな缶のコーヒーのボタンを押す。これとて甘くない訳ではないが、まだましな方だった。
がたん、と落ちてくる缶を取りながら、マリコさんが居たらなあ、とふと彼女は思う。
HISAKAやMAVOと少し前まで同居していた「マリコさん」は、確か医者の資格を持っていたはずだった。
詳しいことは知らないが、少し前、急に、何やら新しい勤め先が遠いから、と二人の住処を離れてしまったらしい。
まあ確かに優秀な医者だったら、探せば何かと勤め先はあるのだろう。それまで職らしい職についていなかったことが不思議なのだ。
だが彼女だったらきっと、今の自分に、ある程度有効な答えを出してくれるだろう。
何せ何かと身体の使いすぎでオーバーヒートしてしまうHISAKAのことも、生理が重くてへたばっているFAVも、どうしてそんなところに、という所に何かと打撲やねんざをしてくるTEARも、時々アタマが切れてしまうMAVOも皆同じ様に診てくれた彼女だ。P子さん自身も、久しぶりに喘息の発作が来た時に、世話になったことがある。
……まあその前に自分が医者に行けばいいのかな。
さすがにそう考える様になっただけでも、進歩と言えば進歩なのだが。
ぷち、と開けた缶コーヒーの匂いが鼻につくようじゃ、どうしようもないのだ。
よし、とP子さんは開けたばかりの缶コーヒーを手にしたまま立ち上がり、別のスタジオに入っているHISAKAの元へと向かった。
「居ますか?」
「ん?」
ひょい、とのぞき込むと、きらきらとリーダーの髪は輝いていた。
スタジオにはやはり西日が入り込んでいた。その真ん中で、グランドピアノを前に、HISAKAは何枚かの譜面を書き散らしている。いつものことだ。
「コーヒー、呑みません?」
言いながら、とん、とP子さんは缶コーヒーをピアノの上に置いた。
「コーヒー?」
「いや、買ったんですが、開けたらどうにも呑めなくて」
「呑めない?」
くるり、とHISAKAは椅子を回した。
「何っか鼻について。で、やっぱり調子悪いから、医者に行って来ようと思うんですが、今、いいですかね」
「いいも悪いも、調子悪いなら、行ってらっしゃいよ。うん、確かに顔色あまり良く無いわね。いつも私が行ってるとこに電話しておくわ」
「アナタかかりつけなんてあったんですね」
「そりゃあまあ、ある程度は…… じゃなくて、そう言えばP子さん、割と最近ずっと調子悪そうだったものね」
んー、とP子さんは首を傾げた。
「別にこれと言って思い当たるフシは無いんですがねえ」
「疲れが出た、って言っても、今回は皆もうその波は過ぎているようなのにね。まあ暑くなってきたし、そのせいもあるのかしら。うん、ともかく連絡しておくわ。えーと」
HISAKAは白紙の譜面の一枚を取り出すと、裏返しにしてさらさらと何やら書き込む。
「そう遠くはないわ」
受け取ったそこには、住所と地図が書かれていた。よくまあさらさらと、とP子さんは感心する。
「確かに遠くないですね。でもいいんですか? 個人医院だったら混んでたりは」
「今日は基本的に休診のはずよ」
くす、とリーダーは笑った。
「休診のとこを叩き起こすんですかね」
「いいのよ」
P子さんは黙って肩をすくめた。
だがその数時間後、言葉を無くしたのは、HISAKAの方だった。
*
ノックの音が、スタジオの中に響いた。
はっと顔を上げると、時計の短針がいつの間にか何十度も動いていたりして、HISAKAを驚かせた。西日は既に全くなく、窓から見えるのは、遠くの灯りや車のライトばかりだった。ああもうこんな時間、とつぶやくが、誰に聞かせるということでもない。
扉の方を見ると、P子さんがぼんやりと立っていた。HISAKAは再びくるりと椅子を回す。
「何だP子さん。ノックだなんて珍しい」
「いやワタシ、何度かアナタ呼んだんですよ? でも気付かないから」
「あ、ごめんなさい。ちょっと集中してたから」
「まあそうでしょうねえ」
それはごくごくありふれたことだった。
このリーダーは、相棒のアタマの切れ方や飛び方を時々口にするが、当の本人にしたところで、決してそれを言える立場ではないのである。ただMAVOに比べたら、飛ぶ時のTPOをわきまえているだけのことだった。
「で、医者の方、どうだったの?」
「それがですねえ」
P子さんは腕を組む。
「何って言っていいんですかねえ」
「……って何か、あなた悪い病気でも」
「……いや、病気ではないんですが」
「病気じゃあないのね。ああ良かった」
「いや、でも」
「……何なのよ一体」
P子さんにしてみれば、その態度は珍しいことだった。
迷っている時には迷っている、と平たい言葉で表現するひとなのだ。それがあまりにも平たすぎて、本当にそうなのか、と問われることもあるのだが。
「ええと。言ってしまえば単純なんですが」
「単純なら早く言ってしまったほうがいいと思うけど。何にしろ対処が早くできるでしょう?」
「アナタのそういうとこ、好きですよ、HISAKA。何か、妊娠してるらしいんですが、ワタシ」
は?
途端、HISAKAの頭の中で「ラ・マルセイユーズ」が流れた。あ、逃避している、とこの賢いリーダーは瞬時にして気付く。
「えーと、もう一度、繰り返してくれないかしら? 何か私の頭が、勝手に逃避したみたいで」
「そんなことだろうと思いましたよ…… だからワタシ、子供が出来たらしいんですが」
「えーと」
「今度はちゃんと聞こえましたか?」
「聞こえた……」
しかしリーダーは、右を向き左を向き上を向いてなおかつ下まで向いて、それから聞いた言葉を噛みしめるようにして意味を確認しているようだった。これは完全に混乱しているな、と当のP子さんはそんなリーダーを見ながら、妙に冷静に考えていた。
いや無論彼女とて混乱しなかった訳ではない。
「そういえば」最近ナプキンを買った記憶が無い。忙しかったから忘れていた、と言ってしまえばおしまいなのだが、確かにそうなのだ。
無ければ無いで、まあ気楽でいいわ、という程度にしか彼女は考えていないから、つい忘れたら忘れっぱなしになっているのである。
しかし確かにそれはまずかった、と彼女も思わなくもない。
そして更によく考えてみれば、そういうことを考えてDBと寝ていた訳ではないのである。
回数が多い訳ではないが、その気になった時にだらだら、だから、当然用意もしていない。不注意とののしられても当然ではあるのだが。
のだが。
まあそれもありだよなあ、と考えている自分に、実はP子さん自身、静かに、実に静かに驚いているのだ。
それはおそらく、そんな身体の事実そのものより、彼女を驚かせるものだったに違いない。
何度目かのため息が漏れる。
まだ録りが終わっていない曲のリハーサルのために、彼女もスタジオへは毎日通っていた。
それを一時間ばかりで終えてしまうこともあれば、意外にもはまって、延々続けていることも時にはある。
ただ、時々そんな風に時間を忘れてしまっている時に、くらり、と眩暈がすることがある。確かに昔から喘息持ちで、決して身体は強い方ではない。ただ不調な時も、そんな出方はしたことは無い。
どうしたんだろう。
さすがに物事をあまり気にしないP子さんでも、そんな状態が続くと、おかしいという気になってくるものである。
小休止。ギターを置いて、スタジオを出る。がらんとした廊下には、何種類かのヤシ科の観葉植物が西日を浴びていた。その横を通り過ぎ、自販機の前に立つ。
どれもそう好きというものではない。甘いものが多すぎる。
いっそ茶類を充実させておいてくれればいいのに、と思う。だがまあ、置かれているということは、ある程度需要があるのだろう、と思い直す。彼女は自分の好みが必ずしも一般的ではないことをいつも心に留めていた。そしてそれは仕方がないことだ、とも。
仕方なく、小振りな缶のコーヒーのボタンを押す。これとて甘くない訳ではないが、まだましな方だった。
がたん、と落ちてくる缶を取りながら、マリコさんが居たらなあ、とふと彼女は思う。
HISAKAやMAVOと少し前まで同居していた「マリコさん」は、確か医者の資格を持っていたはずだった。
詳しいことは知らないが、少し前、急に、何やら新しい勤め先が遠いから、と二人の住処を離れてしまったらしい。
まあ確かに優秀な医者だったら、探せば何かと勤め先はあるのだろう。それまで職らしい職についていなかったことが不思議なのだ。
だが彼女だったらきっと、今の自分に、ある程度有効な答えを出してくれるだろう。
何せ何かと身体の使いすぎでオーバーヒートしてしまうHISAKAのことも、生理が重くてへたばっているFAVも、どうしてそんなところに、という所に何かと打撲やねんざをしてくるTEARも、時々アタマが切れてしまうMAVOも皆同じ様に診てくれた彼女だ。P子さん自身も、久しぶりに喘息の発作が来た時に、世話になったことがある。
……まあその前に自分が医者に行けばいいのかな。
さすがにそう考える様になっただけでも、進歩と言えば進歩なのだが。
ぷち、と開けた缶コーヒーの匂いが鼻につくようじゃ、どうしようもないのだ。
よし、とP子さんは開けたばかりの缶コーヒーを手にしたまま立ち上がり、別のスタジオに入っているHISAKAの元へと向かった。
「居ますか?」
「ん?」
ひょい、とのぞき込むと、きらきらとリーダーの髪は輝いていた。
スタジオにはやはり西日が入り込んでいた。その真ん中で、グランドピアノを前に、HISAKAは何枚かの譜面を書き散らしている。いつものことだ。
「コーヒー、呑みません?」
言いながら、とん、とP子さんは缶コーヒーをピアノの上に置いた。
「コーヒー?」
「いや、買ったんですが、開けたらどうにも呑めなくて」
「呑めない?」
くるり、とHISAKAは椅子を回した。
「何っか鼻について。で、やっぱり調子悪いから、医者に行って来ようと思うんですが、今、いいですかね」
「いいも悪いも、調子悪いなら、行ってらっしゃいよ。うん、確かに顔色あまり良く無いわね。いつも私が行ってるとこに電話しておくわ」
「アナタかかりつけなんてあったんですね」
「そりゃあまあ、ある程度は…… じゃなくて、そう言えばP子さん、割と最近ずっと調子悪そうだったものね」
んー、とP子さんは首を傾げた。
「別にこれと言って思い当たるフシは無いんですがねえ」
「疲れが出た、って言っても、今回は皆もうその波は過ぎているようなのにね。まあ暑くなってきたし、そのせいもあるのかしら。うん、ともかく連絡しておくわ。えーと」
HISAKAは白紙の譜面の一枚を取り出すと、裏返しにしてさらさらと何やら書き込む。
「そう遠くはないわ」
受け取ったそこには、住所と地図が書かれていた。よくまあさらさらと、とP子さんは感心する。
「確かに遠くないですね。でもいいんですか? 個人医院だったら混んでたりは」
「今日は基本的に休診のはずよ」
くす、とリーダーは笑った。
「休診のとこを叩き起こすんですかね」
「いいのよ」
P子さんは黙って肩をすくめた。
だがその数時間後、言葉を無くしたのは、HISAKAの方だった。
*
ノックの音が、スタジオの中に響いた。
はっと顔を上げると、時計の短針がいつの間にか何十度も動いていたりして、HISAKAを驚かせた。西日は既に全くなく、窓から見えるのは、遠くの灯りや車のライトばかりだった。ああもうこんな時間、とつぶやくが、誰に聞かせるということでもない。
扉の方を見ると、P子さんがぼんやりと立っていた。HISAKAは再びくるりと椅子を回す。
「何だP子さん。ノックだなんて珍しい」
「いやワタシ、何度かアナタ呼んだんですよ? でも気付かないから」
「あ、ごめんなさい。ちょっと集中してたから」
「まあそうでしょうねえ」
それはごくごくありふれたことだった。
このリーダーは、相棒のアタマの切れ方や飛び方を時々口にするが、当の本人にしたところで、決してそれを言える立場ではないのである。ただMAVOに比べたら、飛ぶ時のTPOをわきまえているだけのことだった。
「で、医者の方、どうだったの?」
「それがですねえ」
P子さんは腕を組む。
「何って言っていいんですかねえ」
「……って何か、あなた悪い病気でも」
「……いや、病気ではないんですが」
「病気じゃあないのね。ああ良かった」
「いや、でも」
「……何なのよ一体」
P子さんにしてみれば、その態度は珍しいことだった。
迷っている時には迷っている、と平たい言葉で表現するひとなのだ。それがあまりにも平たすぎて、本当にそうなのか、と問われることもあるのだが。
「ええと。言ってしまえば単純なんですが」
「単純なら早く言ってしまったほうがいいと思うけど。何にしろ対処が早くできるでしょう?」
「アナタのそういうとこ、好きですよ、HISAKA。何か、妊娠してるらしいんですが、ワタシ」
は?
途端、HISAKAの頭の中で「ラ・マルセイユーズ」が流れた。あ、逃避している、とこの賢いリーダーは瞬時にして気付く。
「えーと、もう一度、繰り返してくれないかしら? 何か私の頭が、勝手に逃避したみたいで」
「そんなことだろうと思いましたよ…… だからワタシ、子供が出来たらしいんですが」
「えーと」
「今度はちゃんと聞こえましたか?」
「聞こえた……」
しかしリーダーは、右を向き左を向き上を向いてなおかつ下まで向いて、それから聞いた言葉を噛みしめるようにして意味を確認しているようだった。これは完全に混乱しているな、と当のP子さんはそんなリーダーを見ながら、妙に冷静に考えていた。
いや無論彼女とて混乱しなかった訳ではない。
「そういえば」最近ナプキンを買った記憶が無い。忙しかったから忘れていた、と言ってしまえばおしまいなのだが、確かにそうなのだ。
無ければ無いで、まあ気楽でいいわ、という程度にしか彼女は考えていないから、つい忘れたら忘れっぱなしになっているのである。
しかし確かにそれはまずかった、と彼女も思わなくもない。
そして更によく考えてみれば、そういうことを考えてDBと寝ていた訳ではないのである。
回数が多い訳ではないが、その気になった時にだらだら、だから、当然用意もしていない。不注意とののしられても当然ではあるのだが。
のだが。
まあそれもありだよなあ、と考えている自分に、実はP子さん自身、静かに、実に静かに驚いているのだ。
それはおそらく、そんな身体の事実そのものより、彼女を驚かせるものだったに違いない。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる