女性バンドPH7②マイペースな女性ギタリストが男の娘と暮らしていた件について。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
34 / 51

第34話 リーダーからの提案

しおりを挟む
 レコーディングスタジオの扉を開けると、HISAKAが先ほど録られたのであろうテイクを流しながら難しい顔をしていた。

「何ですか用って」
「ああ、ちょっと聞いておきたいことがあって」
「聞いておきたいこと?」
「あなたの相手のこと」
「DBですか?」

 まあ座って、とHISAKAは自分の横に手招きする。椅子を少しだけ斜めに回して、少し向き合う体勢になる。

「うん、その彼。何処のどういうひとなの?」
「……さあ。今は店づとめをしているんですが、いずれは昼の仕事につきたいと言ってましたがね」
「そう。じゃあ特定の企業に勤めてるとか、そういうことではないのね」
「無いようですね」
「……結構、知らないのね、P子さん」

 HISAKAは形のいい眉を大きく上げた。そういえばそうだなあ、とあらためてP子さんは思う。どうでもよかったことは確かだ。

「まあいいけど。で、籍とか入れる気あるの?」

 さて。そういえばそういう問題があったなあ、とやはり改めてそこでP子さんは思い当たった。

「向こうがそうしてもいいって言うなら、それも悪くはないですが」
「……なるほどね。まあ確かにそう言うなら、そうするしかないでしょうけど。そうしないとしたら、リスクは大きいけど、判ってるわよね?」
「まあそれなりに」

 母親は、父親が死んでから、自分と妹の二人を抱えて一生懸命働いていた。
 中学生の頃だった。母親は一応教師を十何年もやっていたベテランだった。それでも既にある程度分別のついた二人の子供を養っていくのは大変だった。
 あの母親でも大変は大変だっただろう。
 だがP子さんには、漠然とした楽観的未来が見えていた。それが彼女の気持ちを不思議とネガティヴにはさせなかった。
 まあその代わり、周囲が結局心配してしまうのだが。

「実家の方には?」
「さすがに母親はびっくりしましたがね。妹はこうですよ。『あーちゃんに男ができるなんて考えたこともなかった……』」
「……そう言いたくなる気持ちは分からなくもないけどね。そう、お母様はそれだけだったの?」
「孫ができないよりは、いいらしいですよ」

 HISAKAは少しだけ目を細める。

「ウチの母上は、公務員ですからね。まだ定年じゃあないけれど、退職後の心配は要らないらしくって。妹もちゃんとOLしてるし、お付き合いしている男性も居るらしいし。つまりはワタシ一人が心配のタネだったようですが、……ワタシ一人くらいなら、ずっと心配してるのも張り合いになるとか何とか言われましたねえ」
「は」

 思わずHISAKAは苦笑した。

「なるほど、大物のお母様ね」
「親不孝してますよ、ワタシは」
「そんなことないわよ。生きてれば充分」

 HISAKAはそう言って目を軽く伏せる。

「親でもきょうだいでも、生きていてさえくれればいいわよ」

 そう言えば。P子さんは思い出す。
 HISAKAは確か、家族を何かの事故でいっぺんに亡くしてしまっている。本人の口からはっきり聞いた訳ではないが、MAVOあたりがつぶやいているのを聞いたことがある。

「どんな迷惑かけていても、ちゃんと子供が元気で好きなことして、楽しく生きていてくれれば上等だ、って思うのがいい親だ、と私は思うわよ」
「……まあそういう意味では、うちの親はいい親でしょうね」
「そうよいい親よ。……で、P子さん、そのあなたのその子供の父親だけど」
「はいはいはい」

 そこにようやく戻ったか、と顔を上げる。

「昼間の仕事につく気があるなら、ウチの事務所に入れる気はない?」
「事務所ですか?」

 そう、とHISAKAはうなづいた。
 レコード会社のPHONOフォノの資本の下にはあるが、予算の範囲内の人事に関しては、このリーダーの力は大きい。
 事務所の実働隊が、昔からのPH7のスタッフであるのは、そのせいでもある。

「気心知れたひとじゃあないと、私は私たちの周囲に置きたくはないのよ」
「でも彼は、そう言った実務に関しては、海とも山とも知れませんよ」
「別に事務とかデスクワークしろって言ってはいないわよ。だいたい客商売が続いているんでしょ? だったら何でもできると思うわよ」

 はっきりとHISAKAは言いきった。

「……そういうもんですかね」
「あなたはできる?」
「……無理ですね」
「だったら、そういうこと」

 どういうことなんだろう、とP子さんは、にこやかに微笑むリーダーに首をかしげた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...