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第34話 リーダーからの提案
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レコーディングスタジオの扉を開けると、HISAKAが先ほど録られたのであろうテイクを流しながら難しい顔をしていた。
「何ですか用って」
「ああ、ちょっと聞いておきたいことがあって」
「聞いておきたいこと?」
「あなたの相手のこと」
「DBですか?」
まあ座って、とHISAKAは自分の横に手招きする。椅子を少しだけ斜めに回して、少し向き合う体勢になる。
「うん、その彼。何処のどういうひとなの?」
「……さあ。今は店づとめをしているんですが、いずれは昼の仕事につきたいと言ってましたがね」
「そう。じゃあ特定の企業に勤めてるとか、そういうことではないのね」
「無いようですね」
「……結構、知らないのね、P子さん」
HISAKAは形のいい眉を大きく上げた。そういえばそうだなあ、とあらためてP子さんは思う。どうでもよかったことは確かだ。
「まあいいけど。で、籍とか入れる気あるの?」
さて。そういえばそういう問題があったなあ、とやはり改めてそこでP子さんは思い当たった。
「向こうがそうしてもいいって言うなら、それも悪くはないですが」
「……なるほどね。まあ確かにそう言うなら、そうするしかないでしょうけど。そうしないとしたら、リスクは大きいけど、判ってるわよね?」
「まあそれなりに」
母親は、父親が死んでから、自分と妹の二人を抱えて一生懸命働いていた。
中学生の頃だった。母親は一応教師を十何年もやっていたベテランだった。それでも既にある程度分別のついた二人の子供を養っていくのは大変だった。
あの母親でも大変は大変だっただろう。
だがP子さんには、漠然とした楽観的未来が見えていた。それが彼女の気持ちを不思議とネガティヴにはさせなかった。
まあその代わり、周囲が結局心配してしまうのだが。
「実家の方には?」
「さすがに母親はびっくりしましたがね。妹はこうですよ。『あーちゃんに男ができるなんて考えたこともなかった……』」
「……そう言いたくなる気持ちは分からなくもないけどね。そう、お母様はそれだけだったの?」
「孫ができないよりは、いいらしいですよ」
HISAKAは少しだけ目を細める。
「ウチの母上は、公務員ですからね。まだ定年じゃあないけれど、退職後の心配は要らないらしくって。妹もちゃんとOLしてるし、お付き合いしている男性も居るらしいし。つまりはワタシ一人が心配のタネだったようですが、……ワタシ一人くらいなら、ずっと心配してるのも張り合いになるとか何とか言われましたねえ」
「は」
思わずHISAKAは苦笑した。
「なるほど、大物のお母様ね」
「親不孝してますよ、ワタシは」
「そんなことないわよ。生きてれば充分」
HISAKAはそう言って目を軽く伏せる。
「親でもきょうだいでも、生きていてさえくれればいいわよ」
そう言えば。P子さんは思い出す。
HISAKAは確か、家族を何かの事故でいっぺんに亡くしてしまっている。本人の口からはっきり聞いた訳ではないが、MAVOあたりがつぶやいているのを聞いたことがある。
「どんな迷惑かけていても、ちゃんと子供が元気で好きなことして、楽しく生きていてくれれば上等だ、って思うのがいい親だ、と私は思うわよ」
「……まあそういう意味では、うちの親はいい親でしょうね」
「そうよいい親よ。……で、P子さん、そのあなたのその子供の父親だけど」
「はいはいはい」
そこにようやく戻ったか、と顔を上げる。
「昼間の仕事につく気があるなら、ウチの事務所に入れる気はない?」
「事務所ですか?」
そう、とHISAKAはうなづいた。
レコード会社のPHONOの資本の下にはあるが、予算の範囲内の人事に関しては、このリーダーの力は大きい。
事務所の実働隊が、昔からのPH7のスタッフであるのは、そのせいでもある。
「気心知れたひとじゃあないと、私は私たちの周囲に置きたくはないのよ」
「でも彼は、そう言った実務に関しては、海とも山とも知れませんよ」
「別に事務とかデスクワークしろって言ってはいないわよ。だいたい客商売が続いているんでしょ? だったら何でもできると思うわよ」
はっきりとHISAKAは言いきった。
「……そういうもんですかね」
「あなたはできる?」
「……無理ですね」
「だったら、そういうこと」
どういうことなんだろう、とP子さんは、にこやかに微笑むリーダーに首をかしげた。
「何ですか用って」
「ああ、ちょっと聞いておきたいことがあって」
「聞いておきたいこと?」
「あなたの相手のこと」
「DBですか?」
まあ座って、とHISAKAは自分の横に手招きする。椅子を少しだけ斜めに回して、少し向き合う体勢になる。
「うん、その彼。何処のどういうひとなの?」
「……さあ。今は店づとめをしているんですが、いずれは昼の仕事につきたいと言ってましたがね」
「そう。じゃあ特定の企業に勤めてるとか、そういうことではないのね」
「無いようですね」
「……結構、知らないのね、P子さん」
HISAKAは形のいい眉を大きく上げた。そういえばそうだなあ、とあらためてP子さんは思う。どうでもよかったことは確かだ。
「まあいいけど。で、籍とか入れる気あるの?」
さて。そういえばそういう問題があったなあ、とやはり改めてそこでP子さんは思い当たった。
「向こうがそうしてもいいって言うなら、それも悪くはないですが」
「……なるほどね。まあ確かにそう言うなら、そうするしかないでしょうけど。そうしないとしたら、リスクは大きいけど、判ってるわよね?」
「まあそれなりに」
母親は、父親が死んでから、自分と妹の二人を抱えて一生懸命働いていた。
中学生の頃だった。母親は一応教師を十何年もやっていたベテランだった。それでも既にある程度分別のついた二人の子供を養っていくのは大変だった。
あの母親でも大変は大変だっただろう。
だがP子さんには、漠然とした楽観的未来が見えていた。それが彼女の気持ちを不思議とネガティヴにはさせなかった。
まあその代わり、周囲が結局心配してしまうのだが。
「実家の方には?」
「さすがに母親はびっくりしましたがね。妹はこうですよ。『あーちゃんに男ができるなんて考えたこともなかった……』」
「……そう言いたくなる気持ちは分からなくもないけどね。そう、お母様はそれだけだったの?」
「孫ができないよりは、いいらしいですよ」
HISAKAは少しだけ目を細める。
「ウチの母上は、公務員ですからね。まだ定年じゃあないけれど、退職後の心配は要らないらしくって。妹もちゃんとOLしてるし、お付き合いしている男性も居るらしいし。つまりはワタシ一人が心配のタネだったようですが、……ワタシ一人くらいなら、ずっと心配してるのも張り合いになるとか何とか言われましたねえ」
「は」
思わずHISAKAは苦笑した。
「なるほど、大物のお母様ね」
「親不孝してますよ、ワタシは」
「そんなことないわよ。生きてれば充分」
HISAKAはそう言って目を軽く伏せる。
「親でもきょうだいでも、生きていてさえくれればいいわよ」
そう言えば。P子さんは思い出す。
HISAKAは確か、家族を何かの事故でいっぺんに亡くしてしまっている。本人の口からはっきり聞いた訳ではないが、MAVOあたりがつぶやいているのを聞いたことがある。
「どんな迷惑かけていても、ちゃんと子供が元気で好きなことして、楽しく生きていてくれれば上等だ、って思うのがいい親だ、と私は思うわよ」
「……まあそういう意味では、うちの親はいい親でしょうね」
「そうよいい親よ。……で、P子さん、そのあなたのその子供の父親だけど」
「はいはいはい」
そこにようやく戻ったか、と顔を上げる。
「昼間の仕事につく気があるなら、ウチの事務所に入れる気はない?」
「事務所ですか?」
そう、とHISAKAはうなづいた。
レコード会社のPHONOの資本の下にはあるが、予算の範囲内の人事に関しては、このリーダーの力は大きい。
事務所の実働隊が、昔からのPH7のスタッフであるのは、そのせいでもある。
「気心知れたひとじゃあないと、私は私たちの周囲に置きたくはないのよ」
「でも彼は、そう言った実務に関しては、海とも山とも知れませんよ」
「別に事務とかデスクワークしろって言ってはいないわよ。だいたい客商売が続いているんでしょ? だったら何でもできると思うわよ」
はっきりとHISAKAは言いきった。
「……そういうもんですかね」
「あなたはできる?」
「……無理ですね」
「だったら、そういうこと」
どういうことなんだろう、とP子さんは、にこやかに微笑むリーダーに首をかしげた。
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