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第46話 どうやって、この状況を使ってやろう?
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「おや、目を覚ましたかい」
「……」
ひどく気持ちよさそうに、男は身体を拭き、濡れた髪を拭く。
「話……」
「ああ、まだ覚えていたのか、話だね、話」
「……九州の……」
言葉をぼかして、彼は問いかける。頭ははっきりしている。
何処までこの男が知っているか、それだけでいいのだ。そもそも、九州の、だけでは、何を知っているか、の決定的な決めてにはならない。
彼自身に出身地のなまりがあった――― それだけでかまをかけてるだけかもしれないのだ。
「そう、君のおうちのことだよ。馬場大介《ババダイスケ》くん」
危険信号が、走った。
彼は自分の名を、店では言ったことはない。DBはイニシャルだ。だがイニシャルだと一度も言ったことはない。もし言ったところで、その名前ずばりがそうそう出てくることはないだろう。
だとしたら。
「僕の家の…… 何を知ってるんですか」
せいぜい下手に出るしかない。
「何、偶然さ」
そう言いながら、男は冷蔵庫から、ミネラルウォーターを出す。くい、とプラスチックを切る音が彼の耳に飛び込む。
「たまたまうちの会社の、取引先の企業の社長の部屋に、とある宴会の時の写真が飾られていたんだよ」
「……宴会……」
「それは九州のとある会社グループの、新会長か何かの就任祝いだったそうだ。私はそれには特に興味はなかったが、その写真の片隅で、見たんだよ」
あ。
彼は軽く口を開いた。そうだ、そんなこともあった。その辺りの時期、「兄」は何かと自分を連れだしたはずだ。そんな「宴会」があったかもしれない。
ただそれがいつのものだったか、思い出せない。あまりにも似たようなものが多くて、いちいち覚えてもいられなかった。ただ「兄」は言った。ここに居る奴の顔はちゃんと把握しろ、と。結局全部はできなかった。
「それを手掛かりに、少しばかり、その企業グループの内情について調べさせたんだよ。そうしたら、新会長の母親違いの弟が、数年前から出奔したか何かで行方不明、というじゃないか」
なるほど、とDBは男を睨め付ける。
「安心すればいい、別に君の実家に、弟がこんな生活を今送ってるなんて強請ろうとは思ってはいないから」
ふうん、と彼は思う。
甘いね。
もし自分が、そんな情報を掴んだなら。
絶対に自分なら、有効利用したと彼は思う。ただ有効利用するための理由は現在は何処にもないからしないだけで。
では自分は、今はどうやって、この状況を使ってやろう?
DBの頭は急速に思考の回転速度をアップさせる。
彼はそっと目を伏せた。
「……言わないで、くれる?」
しおらしい声を、立ててみせる。ちら、と上目遣いで相手を見やる。ほう、と男は眉を上げた。
「君が望むなら、言わないでいても、いいんだが」
そう言いながら、男はDBのそばへと近づいてくる。手を伸ばし、くいっ、と顔を上げさせる。
「向こうには何の関係もないんだ、僕がただ」
喉を詰まらせたような声を出してみせる。ふふ、と相手は満足したような笑みを浮かべる。
「だから、言わないで」
「いいだろうさ。しかしそのためには、もう少し君が私の言うことを聞いてくれないと困るねえ」
「……どうすれば、いいの」
聞きながら、それでも視線は外さない。ここで周囲を伺うようなことをすれば、相手にこちらの考えていることがばれるだろう。
「……そうだな……」
舌なめずりでもしそうな声が耳に届く。
「とりあえずは、もう少し、付き合っていてもらおうか」
「それだけで、いいの?」
やや大げさに、嬉しそうな声を立てる。
「そう、だがさすがにこっちも君ほど若くはないからな。少しばかり回復するにも時がかかる」
「……じゃあお願い、風呂をつかわせて」
「風呂を?」
そう、と彼はうなづいた。ふむ、と埴科は彼から手を離した。
「確かに今の状態では興ざめだな」
「……だから…… 手を解いてよ。身体がこれじゃあ洗えない。……あなただって、前のが残ってる状態でもう一度、なんてあまり気持ちよくないでしょう?」
それもそうだな、と指向の割りには何処か潔癖性な男は、彼を後ろに向かせる。
しゅ、という音が聞こえる。……布だ。ハンカチか何かだったのだろう。
その間に彼は、周囲をざっと見渡す。さすがにこれだけ時間が経っていれば、落とされている服の位置も把握できる。
「ああ痛かった……」
「そ、そんなに痛かったのか?」
男の声が、やや気弱そうに問いかける。
「うん……」
手首をさすりながら、ゆっくりと顔を上げる。
と―――
次の瞬間、彼は立ち上がりざま、勢い良く男を突き飛ばしていた。
「……」
ひどく気持ちよさそうに、男は身体を拭き、濡れた髪を拭く。
「話……」
「ああ、まだ覚えていたのか、話だね、話」
「……九州の……」
言葉をぼかして、彼は問いかける。頭ははっきりしている。
何処までこの男が知っているか、それだけでいいのだ。そもそも、九州の、だけでは、何を知っているか、の決定的な決めてにはならない。
彼自身に出身地のなまりがあった――― それだけでかまをかけてるだけかもしれないのだ。
「そう、君のおうちのことだよ。馬場大介《ババダイスケ》くん」
危険信号が、走った。
彼は自分の名を、店では言ったことはない。DBはイニシャルだ。だがイニシャルだと一度も言ったことはない。もし言ったところで、その名前ずばりがそうそう出てくることはないだろう。
だとしたら。
「僕の家の…… 何を知ってるんですか」
せいぜい下手に出るしかない。
「何、偶然さ」
そう言いながら、男は冷蔵庫から、ミネラルウォーターを出す。くい、とプラスチックを切る音が彼の耳に飛び込む。
「たまたまうちの会社の、取引先の企業の社長の部屋に、とある宴会の時の写真が飾られていたんだよ」
「……宴会……」
「それは九州のとある会社グループの、新会長か何かの就任祝いだったそうだ。私はそれには特に興味はなかったが、その写真の片隅で、見たんだよ」
あ。
彼は軽く口を開いた。そうだ、そんなこともあった。その辺りの時期、「兄」は何かと自分を連れだしたはずだ。そんな「宴会」があったかもしれない。
ただそれがいつのものだったか、思い出せない。あまりにも似たようなものが多くて、いちいち覚えてもいられなかった。ただ「兄」は言った。ここに居る奴の顔はちゃんと把握しろ、と。結局全部はできなかった。
「それを手掛かりに、少しばかり、その企業グループの内情について調べさせたんだよ。そうしたら、新会長の母親違いの弟が、数年前から出奔したか何かで行方不明、というじゃないか」
なるほど、とDBは男を睨め付ける。
「安心すればいい、別に君の実家に、弟がこんな生活を今送ってるなんて強請ろうとは思ってはいないから」
ふうん、と彼は思う。
甘いね。
もし自分が、そんな情報を掴んだなら。
絶対に自分なら、有効利用したと彼は思う。ただ有効利用するための理由は現在は何処にもないからしないだけで。
では自分は、今はどうやって、この状況を使ってやろう?
DBの頭は急速に思考の回転速度をアップさせる。
彼はそっと目を伏せた。
「……言わないで、くれる?」
しおらしい声を、立ててみせる。ちら、と上目遣いで相手を見やる。ほう、と男は眉を上げた。
「君が望むなら、言わないでいても、いいんだが」
そう言いながら、男はDBのそばへと近づいてくる。手を伸ばし、くいっ、と顔を上げさせる。
「向こうには何の関係もないんだ、僕がただ」
喉を詰まらせたような声を出してみせる。ふふ、と相手は満足したような笑みを浮かべる。
「だから、言わないで」
「いいだろうさ。しかしそのためには、もう少し君が私の言うことを聞いてくれないと困るねえ」
「……どうすれば、いいの」
聞きながら、それでも視線は外さない。ここで周囲を伺うようなことをすれば、相手にこちらの考えていることがばれるだろう。
「……そうだな……」
舌なめずりでもしそうな声が耳に届く。
「とりあえずは、もう少し、付き合っていてもらおうか」
「それだけで、いいの?」
やや大げさに、嬉しそうな声を立てる。
「そう、だがさすがにこっちも君ほど若くはないからな。少しばかり回復するにも時がかかる」
「……じゃあお願い、風呂をつかわせて」
「風呂を?」
そう、と彼はうなづいた。ふむ、と埴科は彼から手を離した。
「確かに今の状態では興ざめだな」
「……だから…… 手を解いてよ。身体がこれじゃあ洗えない。……あなただって、前のが残ってる状態でもう一度、なんてあまり気持ちよくないでしょう?」
それもそうだな、と指向の割りには何処か潔癖性な男は、彼を後ろに向かせる。
しゅ、という音が聞こえる。……布だ。ハンカチか何かだったのだろう。
その間に彼は、周囲をざっと見渡す。さすがにこれだけ時間が経っていれば、落とされている服の位置も把握できる。
「ああ痛かった……」
「そ、そんなに痛かったのか?」
男の声が、やや気弱そうに問いかける。
「うん……」
手首をさすりながら、ゆっくりと顔を上げる。
と―――
次の瞬間、彼は立ち上がりざま、勢い良く男を突き飛ばしていた。
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