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第45話 とにかく、手を何とかしなくては。
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「……あ」
目を開ける。どうやら、気を失っていたらしい。
DBはもう一度目をつぶる。状況の確認。
どうして今僕はここに居る? 確か。
薄暗い部屋の中。ざああああ、と水の音がする。身体が痛い。背中が? 腰が? それとも。
ああそれだけじゃない。皮膚感覚。何処か擦れている。ひりつく。痛い。何ヶ所? でもいちいち観察することもないだろう。予想はついていた。
もう一度目を開ける。目を凝らす。ライトは二ヶ所。それもひどく照度が低い。
ホテルだ、とは思う。普通の、ホテルだ。どちらかというとビジネスの類。
手が動かない。後ろ手に縛られているようだ。それが何であるか、によって対応は変わってくる。
彼はごそごそ、と手を動かしてみる。金属の様な音はしない。少しばかりほっとする。布か、ロープか。どちらかは判らないが、とにかく切ろうと思えば切れる類だろう。
あの時。呼び出されて、駅方面まで行った彼に、埴科という「エリートサラリーマン」風の男は話は別の所で、と言った。
ともかく話の内容が判らないことには対応のしようが無い。DBはとりあえず埴科について、女装のまま、ホテルまで行ったのだ。
何ってことのない、ごくごくありふれたビジネスホテルのカウンターは、うつむき加減の彼を男とは思わなかったようで、どうぞごゆっくり、と声までかけてくれた。
それから。
「話をするんじゃないですか?」
入り口の所で立ちつくしていたら、奥へ来る様に、と埴科は言った。いつも以上に、髪もきっちりとセットし、整髪料の匂いが胸にむかむかするくらいだった。
「話は後だ。いや、話をしたいのだったら、先にこっちの願いを聞いてくれないかな」
言葉の調子はあくまで柔らかだった。だが反射的に、DBの中には嫌悪感が湧いた。
「話が先です。そうしたら、その分だけは何かしら聞いてもいい」
「いや、そんなことをしたら君は話だけ聞いて、さっさと飛び出してしまうだろう?」
DBは軽く唇をなめた。図星だ。そんな、自分の不利益が判っていて、従ってやる道理はない。そもそもそんな言葉で自分を釣るあたり、間違ってる。
だがどうやら、相手は引かないようだ。
「判った」
せいぜいしおらしく、従ったフリをしてみせる。ぽん、と男は二つ並んだベッドの一つを叩いた。そうしろ、ということか。彼は内心、けっ、と毒づいた。
それから――― のことは、まあ色々、だ。
手が後ろで拘束され、あちこちが痛い、ときたら、幾らでも想像はできるだろう。その内容は彼にとってはそう重要なことではなかった。昔、名古屋の男にもさんざんされたこととそう変わったものではない。ただ違うのは、名古屋の男は「嫌いではなかった」が、さっきまで自分をそうしていた男は、「嫌い」なのだ。
けっ、と今度は彼も声を立てる。
もぞもぞ、と動いて、ベッドサイドの時計の数字を見る。
……ああまずいな、と彼は思う。呼び出されてから、既に四時間は経っているだろ。連れ出されて、ここに入ってから三時間は経っている。そのうちの一時間だか三十分だかは眠っていた、とみるべきで…… 眠っていた、ということは。
別段感じたのどうので失神していた訳ではないだろう。自分の身体だから、そのあたりは彼にも判る。
思考と裏腹な眠気の様なものが、頭や身体にまだ残っている。何らかの薬を使われたに違いない。
ただそれは大人のオモチャの店や、渋谷の路上などで売られているものではなく、どちらかというと、マイナー・トランキライザーのようなものだろう、と彼は感じていた。
こいつが入手しようとする類だったら、そうだろう、と。
危ない橋は絶対渡らないタイプだ。だとしたら、むしろそれは、病院か何かでもらう類のものだろう。使いすぎて下手なことになったら、見つかった時の自分の立場が危うくなるような、そんなものは決して使わない。おそらく自分で、病院の内科か何かに、眠れないとか何とか言ってもらったのだろう。
それに、この感覚には覚えがあった。眠いことは眠いし、身体全体に弛緩作用があったが、頭全体は、割合はっきりしている。
名古屋の男はそういう遊びはしなかったが、その友人が、どちらかというと神経症の気があって、副作用はないんだからー、と小さい玉を一つ口に放り込んだことがあった。副作用は、あった。すぐに眠くなって、その時は、数時間眠り込んでしまった。
いずれにしても、この感覚のままでは、上手くは出られないな、と彼は思う。頭ははっきりしているし、考え込みすぎる部分は死んでいる状態なので、対策を考えるには悪くない。
とにかく、手を何とかしなくては、と彼は思った。しかし案外それは固く結んであるようで、思いの外上手く解けない。
そうこうしているうちに、がちゃ、と音がして、湿った空気と一緒に、男が浴室から出てきた。
半眼開きで、DBは相手を眺める。
目を開ける。どうやら、気を失っていたらしい。
DBはもう一度目をつぶる。状況の確認。
どうして今僕はここに居る? 確か。
薄暗い部屋の中。ざああああ、と水の音がする。身体が痛い。背中が? 腰が? それとも。
ああそれだけじゃない。皮膚感覚。何処か擦れている。ひりつく。痛い。何ヶ所? でもいちいち観察することもないだろう。予想はついていた。
もう一度目を開ける。目を凝らす。ライトは二ヶ所。それもひどく照度が低い。
ホテルだ、とは思う。普通の、ホテルだ。どちらかというとビジネスの類。
手が動かない。後ろ手に縛られているようだ。それが何であるか、によって対応は変わってくる。
彼はごそごそ、と手を動かしてみる。金属の様な音はしない。少しばかりほっとする。布か、ロープか。どちらかは判らないが、とにかく切ろうと思えば切れる類だろう。
あの時。呼び出されて、駅方面まで行った彼に、埴科という「エリートサラリーマン」風の男は話は別の所で、と言った。
ともかく話の内容が判らないことには対応のしようが無い。DBはとりあえず埴科について、女装のまま、ホテルまで行ったのだ。
何ってことのない、ごくごくありふれたビジネスホテルのカウンターは、うつむき加減の彼を男とは思わなかったようで、どうぞごゆっくり、と声までかけてくれた。
それから。
「話をするんじゃないですか?」
入り口の所で立ちつくしていたら、奥へ来る様に、と埴科は言った。いつも以上に、髪もきっちりとセットし、整髪料の匂いが胸にむかむかするくらいだった。
「話は後だ。いや、話をしたいのだったら、先にこっちの願いを聞いてくれないかな」
言葉の調子はあくまで柔らかだった。だが反射的に、DBの中には嫌悪感が湧いた。
「話が先です。そうしたら、その分だけは何かしら聞いてもいい」
「いや、そんなことをしたら君は話だけ聞いて、さっさと飛び出してしまうだろう?」
DBは軽く唇をなめた。図星だ。そんな、自分の不利益が判っていて、従ってやる道理はない。そもそもそんな言葉で自分を釣るあたり、間違ってる。
だがどうやら、相手は引かないようだ。
「判った」
せいぜいしおらしく、従ったフリをしてみせる。ぽん、と男は二つ並んだベッドの一つを叩いた。そうしろ、ということか。彼は内心、けっ、と毒づいた。
それから――― のことは、まあ色々、だ。
手が後ろで拘束され、あちこちが痛い、ときたら、幾らでも想像はできるだろう。その内容は彼にとってはそう重要なことではなかった。昔、名古屋の男にもさんざんされたこととそう変わったものではない。ただ違うのは、名古屋の男は「嫌いではなかった」が、さっきまで自分をそうしていた男は、「嫌い」なのだ。
けっ、と今度は彼も声を立てる。
もぞもぞ、と動いて、ベッドサイドの時計の数字を見る。
……ああまずいな、と彼は思う。呼び出されてから、既に四時間は経っているだろ。連れ出されて、ここに入ってから三時間は経っている。そのうちの一時間だか三十分だかは眠っていた、とみるべきで…… 眠っていた、ということは。
別段感じたのどうので失神していた訳ではないだろう。自分の身体だから、そのあたりは彼にも判る。
思考と裏腹な眠気の様なものが、頭や身体にまだ残っている。何らかの薬を使われたに違いない。
ただそれは大人のオモチャの店や、渋谷の路上などで売られているものではなく、どちらかというと、マイナー・トランキライザーのようなものだろう、と彼は感じていた。
こいつが入手しようとする類だったら、そうだろう、と。
危ない橋は絶対渡らないタイプだ。だとしたら、むしろそれは、病院か何かでもらう類のものだろう。使いすぎて下手なことになったら、見つかった時の自分の立場が危うくなるような、そんなものは決して使わない。おそらく自分で、病院の内科か何かに、眠れないとか何とか言ってもらったのだろう。
それに、この感覚には覚えがあった。眠いことは眠いし、身体全体に弛緩作用があったが、頭全体は、割合はっきりしている。
名古屋の男はそういう遊びはしなかったが、その友人が、どちらかというと神経症の気があって、副作用はないんだからー、と小さい玉を一つ口に放り込んだことがあった。副作用は、あった。すぐに眠くなって、その時は、数時間眠り込んでしまった。
いずれにしても、この感覚のままでは、上手くは出られないな、と彼は思う。頭ははっきりしているし、考え込みすぎる部分は死んでいる状態なので、対策を考えるには悪くない。
とにかく、手を何とかしなくては、と彼は思った。しかし案外それは固く結んであるようで、思いの外上手く解けない。
そうこうしているうちに、がちゃ、と音がして、湿った空気と一緒に、男が浴室から出てきた。
半眼開きで、DBは相手を眺める。
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