西向きの窓を開けて~六代帝の時代の女子留学生の前日譚

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
15 / 29

14話目 カエンの理由と世界の見方

しおりを挟む
「逃げ?」
「その頃ワタシの家の水道に毒が盛られてな」
「毒!」
「何故だと思う? 政敵は父を消すために、一番簡単な方法を選んだのさ。家族全員、果ては家に住む使用人全部を一度に抹殺しようとした。だって何しろ簡単だろう? 誰でもいい。全く面の割れてない風来坊でも雇って、ただの消毒薬だとか何とか言って家の水源に放り込ませればいい。ひどく簡単なことさ」

 アーランは背がぞくり、とした。その事実ではない。それを淡々と言ってしまうカエンに、だった。

「使用人が何人か死んだ。朝一番に起きる庭師と、調理場で働く者だ。早起きだった母は、死ぬには至らなかったが、ひどくそこで身体を壊した」

 心臓がどきどきするのが判る。

「それが判った時、ワタシ達は脱出の手配が整うまで、何も口にすることができなかった。いや違う、向こうの街にたどり着くまで、だ。さすがに横断鉄道に乗ってしまえば水は飲めたが、何もワタシ達は持って来なかったし、何しろ恐怖でそれどころではなかった。母は母で身体を壊しながらも同行していたし。あれ程身近に医者が欲しいと思ったことはなかったな。ああ、だからか。それがワタシのきっかけだ」
「たどり着くまで」
「そう。たどり着くまで」

 うなづく気配がする。

「それが最初だった。父が今の地位を安定させるまで、手を変え品を変え、何度も家の連中は命を狙われた。君の言い方を使えば、『好き好んでそう生まれた訳じゃない』だな」
「……」

 そうかもしれない。
 痛い所をつかれた、とアーランは思った。少なくともあの施設で、彼女は自分が殺されると思ったことはなかった。

「アーランには悪いが、不公平は当然だ。どんなに社会が変わろうとも、絶対そこに完全な平等なんて存在しないさ」

 だがその言い方にはやや神経を逆なでするものがあった。なのでやや声を荒げる。

「それが正しいと思っているの?」

 カエンは再び首を振る。

「正しいとか正しくないじゃない。そういうものだ、とワタシは言っているだけだ。事実を言っているだけだ」
「そうやってあんた達貴族は、自分達の立場を正当化するんだわ」
「貴族か。貴族の存在が特別正しいと考えたことはない。無ければあんなもの無くたっていいんだ」

 カエンは目をそらす。

「確かにワタシは金銭的に、とか社会的に、とかでは自分が恵まれた環境に生まれたとは思う。生まれてこのかた、生きてゆけるかという心配はしたことがない。確かに暗殺の不安はあったがな。だが逆に、どう生きるか、ということは心配したことがある」
「何それ。どうって…… 生まれてきたら、生きるしかないじゃない。考える余地なんてないわ。とにかく死ぬまで生きるのよ。どんなことをしたって。それが当然じゃない」

 そう、それが当然だ。カエンのその疑問がどうして出てくるかが彼女には判らない。だがカエンはうなづく。

「そう。それでいい。それが正しいんだ。そんなことは、そんなことをわざわざ考えない人の方がよっぽど良く知ってるんだ。だがワタシは馬鹿だからその問題に何年もとりつかれてしまった」
「それで見つかったの?」
「ワタシなりに、ならな」
「何?」
「人間の、唯一平等な部分を見つけたんだ」
「何よ。そんなもの無いって言ったじゃない」
「平等ではない、と言ったが、平等な部分が無い、とは言ってはいないさ。病気さ。怪我さ。死さ。そういったものには貴族だろうが平民だろうが、全く関係がない。皆同じように死病には殺されるんだ。名家の令嬢に生まれて名家の貴夫人と呼ばれた母は結局その毒物が身体にずっと残ったままでな、ワタシが幼いうちに亡くなった」
「亡くなったの?」
「アーランは、その中でも医者にかかる金がないから死ぬ者が居る、とか反駁したいのだろう?」
「……もちろんよ!」

 アーランは声を荒げていた。だがそれは先ほどのものより威勢は少なかった。

「……どれだけの人々が、生まれたばかりで死んでしまう羽目になるか知ってる? どういうふうに死んでいくのか知ってる? あんたには判らないわ。私の母さんは、働きすぎで過労でとうとう病気になった。お金は無かったから救護院に拾われるしかなかったわ。でも救護院だって大した余裕がある訳じゃない。通りいっぺんの治療をしておしまいよ。医者は言ったわ。もう少し十分な薬があれば、とか、もう少し栄養のあるものを長い間食べさせることが出来れば、って。救護院には余裕がないのよ」
「……それ本当?」

 突然カラシュが口をはさんだ。

「だって国は、救護院には充分な費用を送っているはずよ」

 意外な、という顔で訊ねる。

「本当よ! ……途中でピンハネされてるのよ」
「途中で」

 カラシュは真剣な顔つきになる。

「こんなこと言うと不敬罪にあたるのかもしれないけれど、どれだけ皇帝陛下が素晴らしい方で、善政を敷いたとしても、間にのさばるものが腐っていちゃしょうがないわ」
「腐った肉の入ったサンドイッチは食べられない訳ね」
「そうよ」
 「確かにな」

 声が揃った。

「だがそれはそれとして、その誰もが平等に持っている部分に関わっていきたい、とワタシは思ってしまったんだ。何はともあれ、何処の誰だって、手をつくせば治るかもしれないし、どれだけ金を積もうが寄付をしようが、何もしなければ治らない。だったらやるだけのことをすれば、何らかの結果が見えるんじゃないかと思ってしまったんだ。平等だが、それこそ『好きでもないのに』決められてる何とやらに、一矢報いることができるんじゃないか、と何だか判らんが闘志が湧いてしまってな」
「物好き」
「あまり君と変わらんと思うがな」
「どうしてよ」
「カラシュはどうだか知らんが」

 カエンはちらと彼女の方へ視線を飛ばす。 

「少なくともアーラン、君はその点だけはワタシと近いよ」
「どうして」
「さあ、どうしてだろうな」

 カエンははっきりとは答えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...