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22話目 「ちょっとした式」。

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「何がちょっとした式よーっ!」

 待機場所でアーランは非常に静かに叫んだ。普通それは囁き声というものである。

「まあリュイフア様の基準だからな。普通と違っておられて当然かと」

 平然としてカエンはその「ちょっとした式」の参列者のリストを眺める。彼女はいつもの第一中等の黒と白の制服ではなく、紺とえんじの紅中私塾の制服を着込んでいた。似合わないな、とアーランはそれを見て思う。
 だがアーランがわめきたくなるのも無理はなかった。
 教育庁長官は当然かもしれない。一応この国の教育界にとっては最初の出来事である。
 だがどうしてその上の文化大臣だの、教育庁とは並立して相互にそう関わりを持たないはずの保存庁長官、軍務省の対外庁技術局の長官、対内庁辺境局長官、…そして何故か国務大臣とその下の内務庁警察局長官までやってくるのかアーランには見当が付かなかった。
 だがしかし、それだけではなかった。
 それで終わりかと思ったら、その上が更に居たのである。

「どーしてこんな『ちょっとした式』に皇帝陛下と皇后陛下のお二方が行幸されるっていうのよーっ!」

 それでも皇帝に対する敬語を何とか忘れていないあたり、アーランもまだ冷静さを残していたと言うべきか。   

 「ちょっとした式」は帝都中央総合駅の中央広場で行われることになっている。アーランは帝都に足を踏み入れるのは初めてだった。

「さすがにすごい作りだな。天井もずいぶん高い」
「カエンも初めてなの?」
「ここしばらくずっと学都にいたからな。帝都に足を踏み入れることができる歳になってからは特に……」
「でも副帝都に実家があるんでしょ。あの西向きの窓がある」
「ああ。だが帝都にワタシ一人で行っても何もならないだろう? 副帝都の方だって、最近ではワタシが帰ると必ず父上はいないし。避けられているふしはあるな。ワタシもそう思われてはそう近付きたくもない。残念だがな」
「嫌いなの?」
「嫌いじゃないさ。ただ、互いに互いを見るのが時々辛くなるんだ。父上の奥さんのこともあるしな」
「そういうものかしら? 私は母さんを早く亡くしたから、やっぱり居るうちは会いたいと思うけど。それともお父様の奥さまは嫌い?」
「嫌いとか、そういうんじゃなくてな。何となく、そこが自分の居場所ではない、という気がしてくる。それこそ学都へ行ってからは学都がワタシの居場所だった。学都と家では相当違うせいもあるが。奇妙なものだ。自分の家に居ると自分らしく居られない気がする」

 あ、そうか、とアーランは思った。

「何となくそれは判る」
「そう?」
「うん。でも別に、実家だからって、そこが自分の居場所だって決めつけなくてもいいと思う」

 アーランはそうだわ、とうなづきながら答える。

「だって家はあくまでお父様の居場所で、カエンはただそこに生まれただけでしょ。そうよ、私もあんたも好きでそこで生まれた訳じゃない。だから自分の居場所を探せばいいんだわね。そーよ」

 くす、とカエンは微かに唇の端を上げた。

「アーランは強いな」
「カエンだって強いわよ。それに、これからはもっともっと強くならなきゃならないのよ。ここで弱音吐いてどうすんの」
「そうだな」

 この時二人が待っていたのは、貸し切りにされた帝都中央総合駅の待合室の一つだった。
 ここには大陸横断列車と都市間列車、その二つの路線が交わるのが中央総合駅である。さすがにそれは「帝国」内でも六ヶ所しか無い。
 帝都中央総合駅は、その中では二番目の規模を誇る、最高の建築技術をもってして建てられた駅舎である。内装とて半端なものではない。
 ドーム型の天井は、三階建ての館の吹き抜けを思わせる。最高部では五階建てくらいあるのではないか、とアーランは思った位だ。
 考えてみれは、先日彼女達が捕まって逃げだした場所と同じ高さなのだ。だが上から下を眺めるのと、下から上を見上げるのではどうしてこうも高さの感覚が違うのか。アーランは一瞬くらり、とふらついたが、危うくカエンに支えられて転ばすにすんだ。
 壁と天井は境がなく、古典的なアラベスクが刻まれている。だがその壁を所々貫くような柱に掛かっているのは現代美術の先端だったりする。
 そんな駅舎の前で式が行われるというのだ。何てこと、とやはりアーランは詳細を告げてくれなかった夫人に内心毒づく。
 大陸横断列車の時間は「連合」との関係で決まっている。故に式の時間もそれに合わせられた。
 「もしものことを考えて」二人は前日の深夜に帝都入りしていた。荷物はそう多くはなかった。アーランが意外だったのは、カエンの荷物も自分と大差なかったことである。
 都市間列車の中でも主要駅だけを取り上げれば、松芽枝の次は帝都である。
 それでもこの時代であるから、その一区間に五時間はかかったのだが。二人は夜行列車で送り出されたのだ。そして今、日は中天にある。
 半時程して、呼び出しがかかった。
 外へ出ると、空は真っ青で雲一つ無かった、ふと見上げたアーランはまぶしそうに顔をしかめた。

「いい天気ね」
「うん。出発日和だ」
「何ごともなければいいけど」

 そう言えば、同じことを以前も願った気がする。アーランは思い出す。
 あれは一ヶ月前だった。「候補」で馬車で松芽枝の紅中私塾へやってきた時だ。信じてもいない「神様」に祈った。
 何ごとかはあった。だが結局、自分はこうやってここに「留学生」として居る。
 神様はいない。都合いい時にだけ助けてくれる神様なんて。
 アーランは思う。
 そんなものは当てにはならない。ともかく動けば何かが変わる。彼女はいつの間にかそして愚痴をこぼすのは止めた。

「ま、それでも何ごとかあっても、何とかなるさ」

 あっさりとカエンは言う。頼もしいわね、と本心半分、からかい半分でアーランは肩をすくめた。
 駅舎周辺は巨大な広場になっている。
 交通の関係で大がかりな催し物はそこで行われることが多かった。例えばサーカス然り、例えば軍人の出発式然り。
 警察局の深緑の制服を着込んだ職員があたふたと駆け回っている。
 そのうちの幾人かは慣れた手付きで天幕を張っている。
 尤も天幕とは言っても、あくまで日除け程度のものだった。だがその大きさときたら、アーランとカエンが呆れるほどのものだった。
 天幕が立ち上がると、その下にはずらずらと椅子が並べられる。椅子と言っても、公式の式典仕様の駅舎の備品である。上等の木材を磨き込んで作られた、一つ一つは小振りではあるが、しっかりした、細工も美しいものだった。
 その天幕の更に周囲を、警察局の一般職員がうろうろしている。何となくものものしい雰囲気すら感じさせる。
 「ちょっとした式」にこんな警備が要るんだろうか? 
 アーランは後ろで組みながら眺める。「式」と言われて彼女が思い浮かぶのは学校の進級式とか卒業式といったものだけだった。
 そもそも、何のために式を行わなくてはならないのか、彼女にはよく判らない点もある。

「そうだな。区切りを付けなくてはならないって所はあるからね」
「そういうもの?」
「そういうものなんだろ。まあそれを行うことによって、そういう式があるって知った人全てへのデモンストレーションにはなる訳だし」

 なるほど、とアーランはうなづいた。デモンストレーションね。
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