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24話目 「何を待っているんだ?」
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公には「第一回女子連合留学生壮行会」とされている。紅華日報や天虹通信の見出しにもそう書かれることだろう。
今回の「女子連合留学」の主旨が初老の教育庁長官から述べられた。
大して感銘を呼ぶような内容でも話し方でもなかったが、その前後には礼儀正しく拍手が起こった。
次々に、参列していた各高官が、アーランとカエンの斜め前に立っては短い祝辞を述べていく。そのたびに二人は立ったり座ったりを繰り返した。
ある一人の順番の時、カエンはこっそりとアーランをつついた。そして聞こえるか聞こえないかくらいの声で保存庁長官だ、と囁いた。
保存庁長官は、三十代後半位にアーランには見えた。その歳で、文化省内五庁の一つである保存庁の長官を務めているのだから、かなりの有能な人材らしい。
文化省内のその五庁は、その各庁の持つ役割の特性から、過去・現在・未来と分けられて考えられることがある。「未来」の文化のための教育庁と科学庁、「現在」の文化のための監察庁と広報庁、そして「過去」の文化の保存庁である。その性格のせいか、保存庁の役人はつい全てのものごとに保守的になるという傾向が強いと以前説明されたことがある。
この時アーランが考えていたのは、あの拉致された場所のことだった。
カエンはあの時、そこが保存庁長官の別宅ではないか、と言い出した。カラシュは違うと言った。あまりにも簡単すぎる、と。
結局その件について、カラシュは出ていくまで一言も話さなかった。従って真相は判らずじまいである。学長も、その話は一言も口にしなかった。
保存庁長官は礼儀作法の大家から誉められていい程の、上等の言葉を並べた祝辞を述べた。さすがに「伝統の保存者」だ、とアーランは妙に感心してした。心が込められていないのが丸判りなのが奇妙におかしかった。
全ての祝辞が終わった所で、二人は皇帝の前に出るように言われた。
記念品の授与としう奴である。二人には細工の施された金時計が渡されることになっていた。
皇帝の前にゆっくりと進み出ると、あらかじめコンデルハン夫人に教わっていた礼をする。
もしものためにね、と学長は笑っていたが。そういう意味があったのか、とアーランは内心、苦虫を咬みつぶしたような顔の自分を想像する。
「もっと前に来るがいい」
はっ、とアーランは心臓に何かぴくりと刺されたような気がした。
この声。
低い声だった。何処かけだるそうな、だが確実に魅力的な。
アーランは言われるままに近付く。
皇帝は脇の台から、自ら記念品の時計を取り、二人に手渡そうとする。
ちらり、とアーランは後ろに控えて座る皇后の方を見た。
と、ふっと軽い風がふっと通り過ぎようとする。
ヴェールが揺れた。
は?
アーランは目を丸くした。
その時だった。
どん、と鈍く低く響く音が、足から腰へ、腹へと響いた。
何ごと!?
彼女は音の方を振り向く。火薬の臭いが遠くからゆるゆると風に乗ってくるのが判る。
深緑の警察局の役人が失礼ながら、と言いながらも天幕の下に飛び込んでくる。彼はまず自分の上役に、警察局長官へと耳打ちをする。
警察局長官は内務庁長官に、そして内務庁長官は国務大臣へ、と次第に伝えていく。
国務大臣は、一礼して報告を始めた。
「おそれながら皇帝陛下、ただいま駅舎周辺数カ所にて火薬発火物の爆発があったとのことです」
「駅舎のか。で、それは大陸横断(列車)には大事ないか」
「ただ今調べさせております」
また起こってしまった。アーランは思わずため息をついた。ここまで来てこういうことがあるなんて。
ふと、肩が暖かくなったのに気付く。カエンが手を置いていたのだ。何となくその温みで少しだけアーランは安心する。
第二報がやってきた。再び同じ伝言ゲームが繰り返される。国務大臣は再び告げる。
「線路付近ということです」
「陛下、おそれながら申し上げます。今回、本日の出発は見合わせた方がよろしいのではないでしょうか」
文化大臣が口をはさむ。
「今日の日程は前々から決めていたことだ。そうそう変更などできん」
皇帝は断言した。単に独断としか聞こえかねない言葉ではあったが、彼が様々な条件を加味してこの日を選んだことは、周囲の高官達全てが知る所だった。
アーランは身近に聞くその声にやや身震いがする。そしてそれに気付いたカエンが、震えるアーランの肩を抱く。
「陛下、しかし大陸横断列車というのは、連合との信頼関係によって成り立つものです。これまで一度の事故も起こり得なかったということが、唯一の交通機関としてのこの列車の有効性を……」
辺境庁長官まで口をはさみ出す。長身の武官、姿勢の良い彼は、騒乱に対するエキスパートである。
「陛下、この少女達の身の安全もお考え下さい」
眼鏡を掛けた小柄な教育庁長官も、身を乗りだしてきた。
我も我もとばかりに、皆中止を口にする。
もともとこの皇帝の元では意見の応酬は活発であった。一度意見を口にすると、堰を切ったように皆自分の意見を口にし、侃々諤々と討論を始めてしまった。
もちろんその中には、それでも出発すべきだという意見もあった。が、大半は「中止にしろ」というものにアーランには聞こえた。
だが皇帝は動じない。
論争になってしまったと見ると、とりあえずは、と思ったのか、再び椅子に座り込んでしまった。
足を組み、頬杖をつくと、辺りの騒ぎを眺める。
ヴェールの女性は座らずに皇帝の傍らに立ったままだったが、やはり動じることはなかった。
ふとアーランの耳に、カエンのつぶやきが入ってきた。
何を待っているんだ?
今回の「女子連合留学」の主旨が初老の教育庁長官から述べられた。
大して感銘を呼ぶような内容でも話し方でもなかったが、その前後には礼儀正しく拍手が起こった。
次々に、参列していた各高官が、アーランとカエンの斜め前に立っては短い祝辞を述べていく。そのたびに二人は立ったり座ったりを繰り返した。
ある一人の順番の時、カエンはこっそりとアーランをつついた。そして聞こえるか聞こえないかくらいの声で保存庁長官だ、と囁いた。
保存庁長官は、三十代後半位にアーランには見えた。その歳で、文化省内五庁の一つである保存庁の長官を務めているのだから、かなりの有能な人材らしい。
文化省内のその五庁は、その各庁の持つ役割の特性から、過去・現在・未来と分けられて考えられることがある。「未来」の文化のための教育庁と科学庁、「現在」の文化のための監察庁と広報庁、そして「過去」の文化の保存庁である。その性格のせいか、保存庁の役人はつい全てのものごとに保守的になるという傾向が強いと以前説明されたことがある。
この時アーランが考えていたのは、あの拉致された場所のことだった。
カエンはあの時、そこが保存庁長官の別宅ではないか、と言い出した。カラシュは違うと言った。あまりにも簡単すぎる、と。
結局その件について、カラシュは出ていくまで一言も話さなかった。従って真相は判らずじまいである。学長も、その話は一言も口にしなかった。
保存庁長官は礼儀作法の大家から誉められていい程の、上等の言葉を並べた祝辞を述べた。さすがに「伝統の保存者」だ、とアーランは妙に感心してした。心が込められていないのが丸判りなのが奇妙におかしかった。
全ての祝辞が終わった所で、二人は皇帝の前に出るように言われた。
記念品の授与としう奴である。二人には細工の施された金時計が渡されることになっていた。
皇帝の前にゆっくりと進み出ると、あらかじめコンデルハン夫人に教わっていた礼をする。
もしものためにね、と学長は笑っていたが。そういう意味があったのか、とアーランは内心、苦虫を咬みつぶしたような顔の自分を想像する。
「もっと前に来るがいい」
はっ、とアーランは心臓に何かぴくりと刺されたような気がした。
この声。
低い声だった。何処かけだるそうな、だが確実に魅力的な。
アーランは言われるままに近付く。
皇帝は脇の台から、自ら記念品の時計を取り、二人に手渡そうとする。
ちらり、とアーランは後ろに控えて座る皇后の方を見た。
と、ふっと軽い風がふっと通り過ぎようとする。
ヴェールが揺れた。
は?
アーランは目を丸くした。
その時だった。
どん、と鈍く低く響く音が、足から腰へ、腹へと響いた。
何ごと!?
彼女は音の方を振り向く。火薬の臭いが遠くからゆるゆると風に乗ってくるのが判る。
深緑の警察局の役人が失礼ながら、と言いながらも天幕の下に飛び込んでくる。彼はまず自分の上役に、警察局長官へと耳打ちをする。
警察局長官は内務庁長官に、そして内務庁長官は国務大臣へ、と次第に伝えていく。
国務大臣は、一礼して報告を始めた。
「おそれながら皇帝陛下、ただいま駅舎周辺数カ所にて火薬発火物の爆発があったとのことです」
「駅舎のか。で、それは大陸横断(列車)には大事ないか」
「ただ今調べさせております」
また起こってしまった。アーランは思わずため息をついた。ここまで来てこういうことがあるなんて。
ふと、肩が暖かくなったのに気付く。カエンが手を置いていたのだ。何となくその温みで少しだけアーランは安心する。
第二報がやってきた。再び同じ伝言ゲームが繰り返される。国務大臣は再び告げる。
「線路付近ということです」
「陛下、おそれながら申し上げます。今回、本日の出発は見合わせた方がよろしいのではないでしょうか」
文化大臣が口をはさむ。
「今日の日程は前々から決めていたことだ。そうそう変更などできん」
皇帝は断言した。単に独断としか聞こえかねない言葉ではあったが、彼が様々な条件を加味してこの日を選んだことは、周囲の高官達全てが知る所だった。
アーランは身近に聞くその声にやや身震いがする。そしてそれに気付いたカエンが、震えるアーランの肩を抱く。
「陛下、しかし大陸横断列車というのは、連合との信頼関係によって成り立つものです。これまで一度の事故も起こり得なかったということが、唯一の交通機関としてのこの列車の有効性を……」
辺境庁長官まで口をはさみ出す。長身の武官、姿勢の良い彼は、騒乱に対するエキスパートである。
「陛下、この少女達の身の安全もお考え下さい」
眼鏡を掛けた小柄な教育庁長官も、身を乗りだしてきた。
我も我もとばかりに、皆中止を口にする。
もともとこの皇帝の元では意見の応酬は活発であった。一度意見を口にすると、堰を切ったように皆自分の意見を口にし、侃々諤々と討論を始めてしまった。
もちろんその中には、それでも出発すべきだという意見もあった。が、大半は「中止にしろ」というものにアーランには聞こえた。
だが皇帝は動じない。
論争になってしまったと見ると、とりあえずは、と思ったのか、再び椅子に座り込んでしまった。
足を組み、頬杖をつくと、辺りの騒ぎを眺める。
ヴェールの女性は座らずに皇帝の傍らに立ったままだったが、やはり動じることはなかった。
ふとアーランの耳に、カエンのつぶやきが入ってきた。
何を待っているんだ?
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