〈完結〉ごめんなさい、自分の居た場所のしていたことが判らなかった。

江戸川ばた散歩

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5 カコちゃんの過去

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 翌年。

「今までありがとうございました」

 と加子は静かに言って、頭を下げた。
 その顔には穏やかな笑みがいつも以上にふわりと広がっていた。
 門の外には迎えの車が待っていた。加子はもらった花束と共に、その車に乗り込んで行った。
 もう彼女が戻ってくることは無かった。
 望み通り、野辺山加子は、彼女をもらってくれる誰か、と結婚して、会社を辞め、寮を出ていったのだ。




「しかし辞めなくても良かったのにさ。ウチの会社、別に結婚したから辞めろとは言わないしさ」

 自室での「お茶会」で宮本はみりん揚を口にしながら言った。

「そんなこと言ったら、あたし等なんかとっちゃくれないだろ、ウチの会社。いいじゃないか。あの子はずーっと専業主婦になりたかったんだし」
「…専業主婦って、そんなにいいものですか?」

 真理子は口をはさんだ。
 英会話のラジオの途中で呼び出されたのだ。
 宮本は専用のマグカップにほうじ茶を注いでやった。

「そりゃあねえ」

 宮本より数歳年上の坂上がうなづいた。

「何たって、金は亭主が稼いできて、こんな世知辛い世の中には出ていかないで済むんだし」
「そうだよね。ここだからともかく、カコちゃんが他の企業とかで働いてたら、何か病気になっちゃいそう」
「家事は好きそうだし、いいじゃないか。あれだって立派な労働さ」

 宮本は大きくうなづいた。

「でもあんた、その労働を認められなかったんだろ?」
「ああ全く! ひとを何だと思ってたんだろうねえ。いやいっそそう言ってやりゃあ良かったかもねえ。わたしゃもうあくまでハウスキーパーだからね、とかさ」

 宮本は嫌そうに首と手を大きく振った。
 聞く所によると彼女は、浮気した亭主に子供ができてしまい、離婚したのだそうだ。
 亭主にも女にも怒りはしたが、家のローンも残っているし、この先生まれてくる子供には罪は無い、子供も独立しているし、ということで、慰謝料は殆ど取らなかったらしい。

「ま、わたしのことはいいさ。問題はカコちゃんさね。あの子に何もありませんように、だよ」

 言いながら拝む様な動作をする宮本に、坂上はババ臭い、と一言で片付けた。
 あんたに言われたくないよ、と宮本は即座に切り返した。

「けどまあ、私も同感さあ。堂上さんはどうかねえ」

 首を傾げる真理子に、同席していた中井が、カコちゃんの旦那さんよ、と付け足した。

「そぉだねえ。あのひとはいいんじゃないかなあ。確かに次長さんからのお見合いだったけどさあ、結構その後もお付き合いあったんだろ?」
「まぁねえ…あん時はびっくりしたよ。あのカコちゃんが朝帰り!ってさ」
「ああじゃあ、カコちゃんのアレ、ダンナは知ってたんだ」

 中井はぽん、と手を打った。

「アレ?」

 思わず真理子は問い返していた。
 ん? と彼女以外そこに居た三人は、顔を見合わせた。

「え? カコちゃんの身体のことだけど」
「身体?」

 確かに強くはなさそうだけど、と真理子が思った時だった。

「ええと…… マリちゃん、カコちゃんと風呂、一緒になったこと、…ない?」

 中井は何処か言いにくそうに問いかけた。

「え? ―――あ、無いけど。だって、あのひと早いし」
「そうだよねえ」

 三人はため息をついた。

「カコちゃんは早く食べて早く風呂入って早く寝てしまうし、あんたは遅くまで勉強して、皆の中でも最後くらいだもんねえ」

 宮本の言葉に他の二人もうんうん、とうなづいた。蛍光灯の光が、呼応するかの様にちかちかと震えた。

「あ―――とね。カコちゃんの身体って、ちょっと、傷跡が多いんだよ」
「傷跡?」

 どき、と真理子は自分の心臓が跳ねるのを感じた。
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