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5 カコちゃんの過去
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翌年。
「今までありがとうございました」
と加子は静かに言って、頭を下げた。
その顔には穏やかな笑みがいつも以上にふわりと広がっていた。
門の外には迎えの車が待っていた。加子はもらった花束と共に、その車に乗り込んで行った。
もう彼女が戻ってくることは無かった。
望み通り、野辺山加子は、彼女をもらってくれる誰か、と結婚して、会社を辞め、寮を出ていったのだ。
*
「しかし辞めなくても良かったのにさ。ウチの会社、別に結婚したから辞めろとは言わないしさ」
自室での「お茶会」で宮本はみりん揚を口にしながら言った。
「そんなこと言ったら、あたし等なんかとっちゃくれないだろ、ウチの会社。いいじゃないか。あの子はずーっと専業主婦になりたかったんだし」
「…専業主婦って、そんなにいいものですか?」
真理子は口をはさんだ。
英会話のラジオの途中で呼び出されたのだ。
宮本は専用のマグカップにほうじ茶を注いでやった。
「そりゃあねえ」
宮本より数歳年上の坂上がうなづいた。
「何たって、金は亭主が稼いできて、こんな世知辛い世の中には出ていかないで済むんだし」
「そうだよね。ここだからともかく、カコちゃんが他の企業とかで働いてたら、何か病気になっちゃいそう」
「家事は好きそうだし、いいじゃないか。あれだって立派な労働さ」
宮本は大きくうなづいた。
「でもあんた、その労働を認められなかったんだろ?」
「ああ全く! ひとを何だと思ってたんだろうねえ。いやいっそそう言ってやりゃあ良かったかもねえ。わたしゃもうあくまでハウスキーパーだからね、とかさ」
宮本は嫌そうに首と手を大きく振った。
聞く所によると彼女は、浮気した亭主に子供ができてしまい、離婚したのだそうだ。
亭主にも女にも怒りはしたが、家のローンも残っているし、この先生まれてくる子供には罪は無い、子供も独立しているし、ということで、慰謝料は殆ど取らなかったらしい。
「ま、わたしのことはいいさ。問題はカコちゃんさね。あの子に何もありませんように、だよ」
言いながら拝む様な動作をする宮本に、坂上はババ臭い、と一言で片付けた。
あんたに言われたくないよ、と宮本は即座に切り返した。
「けどまあ、私も同感さあ。堂上さんはどうかねえ」
首を傾げる真理子に、同席していた中井が、カコちゃんの旦那さんよ、と付け足した。
「そぉだねえ。あのひとはいいんじゃないかなあ。確かに次長さんからのお見合いだったけどさあ、結構その後もお付き合いあったんだろ?」
「まぁねえ…あん時はびっくりしたよ。あのカコちゃんが朝帰り!ってさ」
「ああじゃあ、カコちゃんのアレ、ダンナは知ってたんだ」
中井はぽん、と手を打った。
「アレ?」
思わず真理子は問い返していた。
ん? と彼女以外そこに居た三人は、顔を見合わせた。
「え? カコちゃんの身体のことだけど」
「身体?」
確かに強くはなさそうだけど、と真理子が思った時だった。
「ええと…… マリちゃん、カコちゃんと風呂、一緒になったこと、…ない?」
中井は何処か言いにくそうに問いかけた。
「え? ―――あ、無いけど。だって、あのひと早いし」
「そうだよねえ」
三人はため息をついた。
「カコちゃんは早く食べて早く風呂入って早く寝てしまうし、あんたは遅くまで勉強して、皆の中でも最後くらいだもんねえ」
宮本の言葉に他の二人もうんうん、とうなづいた。蛍光灯の光が、呼応するかの様にちかちかと震えた。
「あ―――とね。カコちゃんの身体って、ちょっと、傷跡が多いんだよ」
「傷跡?」
どき、と真理子は自分の心臓が跳ねるのを感じた。
「今までありがとうございました」
と加子は静かに言って、頭を下げた。
その顔には穏やかな笑みがいつも以上にふわりと広がっていた。
門の外には迎えの車が待っていた。加子はもらった花束と共に、その車に乗り込んで行った。
もう彼女が戻ってくることは無かった。
望み通り、野辺山加子は、彼女をもらってくれる誰か、と結婚して、会社を辞め、寮を出ていったのだ。
*
「しかし辞めなくても良かったのにさ。ウチの会社、別に結婚したから辞めろとは言わないしさ」
自室での「お茶会」で宮本はみりん揚を口にしながら言った。
「そんなこと言ったら、あたし等なんかとっちゃくれないだろ、ウチの会社。いいじゃないか。あの子はずーっと専業主婦になりたかったんだし」
「…専業主婦って、そんなにいいものですか?」
真理子は口をはさんだ。
英会話のラジオの途中で呼び出されたのだ。
宮本は専用のマグカップにほうじ茶を注いでやった。
「そりゃあねえ」
宮本より数歳年上の坂上がうなづいた。
「何たって、金は亭主が稼いできて、こんな世知辛い世の中には出ていかないで済むんだし」
「そうだよね。ここだからともかく、カコちゃんが他の企業とかで働いてたら、何か病気になっちゃいそう」
「家事は好きそうだし、いいじゃないか。あれだって立派な労働さ」
宮本は大きくうなづいた。
「でもあんた、その労働を認められなかったんだろ?」
「ああ全く! ひとを何だと思ってたんだろうねえ。いやいっそそう言ってやりゃあ良かったかもねえ。わたしゃもうあくまでハウスキーパーだからね、とかさ」
宮本は嫌そうに首と手を大きく振った。
聞く所によると彼女は、浮気した亭主に子供ができてしまい、離婚したのだそうだ。
亭主にも女にも怒りはしたが、家のローンも残っているし、この先生まれてくる子供には罪は無い、子供も独立しているし、ということで、慰謝料は殆ど取らなかったらしい。
「ま、わたしのことはいいさ。問題はカコちゃんさね。あの子に何もありませんように、だよ」
言いながら拝む様な動作をする宮本に、坂上はババ臭い、と一言で片付けた。
あんたに言われたくないよ、と宮本は即座に切り返した。
「けどまあ、私も同感さあ。堂上さんはどうかねえ」
首を傾げる真理子に、同席していた中井が、カコちゃんの旦那さんよ、と付け足した。
「そぉだねえ。あのひとはいいんじゃないかなあ。確かに次長さんからのお見合いだったけどさあ、結構その後もお付き合いあったんだろ?」
「まぁねえ…あん時はびっくりしたよ。あのカコちゃんが朝帰り!ってさ」
「ああじゃあ、カコちゃんのアレ、ダンナは知ってたんだ」
中井はぽん、と手を打った。
「アレ?」
思わず真理子は問い返していた。
ん? と彼女以外そこに居た三人は、顔を見合わせた。
「え? カコちゃんの身体のことだけど」
「身体?」
確かに強くはなさそうだけど、と真理子が思った時だった。
「ええと…… マリちゃん、カコちゃんと風呂、一緒になったこと、…ない?」
中井は何処か言いにくそうに問いかけた。
「え? ―――あ、無いけど。だって、あのひと早いし」
「そうだよねえ」
三人はため息をついた。
「カコちゃんは早く食べて早く風呂入って早く寝てしまうし、あんたは遅くまで勉強して、皆の中でも最後くらいだもんねえ」
宮本の言葉に他の二人もうんうん、とうなづいた。蛍光灯の光が、呼応するかの様にちかちかと震えた。
「あ―――とね。カコちゃんの身体って、ちょっと、傷跡が多いんだよ」
「傷跡?」
どき、と真理子は自分の心臓が跳ねるのを感じた。
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