反帝国組織MM② カラーミー、ブラッドレッド

江戸川ばた散歩

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第1話 連絡員が休暇中のコルネル中佐の元にやってきたのは、一週間前だった。

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「近々あんたに出動要請があると思うよ」

 バゲットとセロリと水の瓶をのぞかせたクラフト紙袋をテーブルの上に置きながら、至って普通の声で彼にそう告げた。

「それはこっちの仕事か? それとも」

 組織の方の仕事か、と。

「あんたの仕事の方さ」

 連絡員は答えた。
 手には既にポットがあった。勝手知ったる他人の家とばかりに、彼は自分の茶を入れていた。
 軍警の方か、と中佐は受け取った。

 軍警としての彼は休暇中だった。
 だが彼が属する反帝組織においては決してそうではない。
 通称「MM」という組織において、幹部の一人である彼は、フルタイムワーカーであった。
 それは、彼の目の前で呑気に渋茶などすすっているこの幹部連絡員も同様である。
 この本名とも通称とも知れない名を持つ連絡員は、時々このようにして、何気なく彼の元を訪れ、仕事を告げ、集合を告げ、時には活動を共にする。いや活動だけではない。

「少し前に、『伯爵』の方のルートを通じて、惑星『クリムゾンレーキ』にウチの手の者を入り込ませたんだけどさ」
「クリムゾンレーキか?」
「知ってるの?」
「一応な」

 一応どころではないが、取り立てて言う程のものでもない。
 中佐はティーポットを取ると、残っていた茶を全部自分のカップへ注いだ。

「止めとけば? もう苦いよ」

 止めまではしない。
 中佐は渋く苦く冷めた茶をぐっと一息に飲み干した。
 呆れた様に眺めつつ、連絡員は続ける。

「元々あそこって、何年前だったかな? 動乱が起こった所だろ?」
「らしいな」
「そうすると、割とあそこの人間自体、そういう体質があるらしいってことかな? 気質かな?」

 中佐はそれには答えず、口直しとばかりにシガレットを取り出すと、面倒くさげにポケットを探った。だがライターが出てこない。
 休暇中なのだ。いつもの軍服のズボンではない。ち、と彼は舌打ちをする。
 キムはほい、と自分のライターを放った。黙ってそれを受け取り中佐は火を点けた。
 
「成る程まあ火が点くのも早いと思ったのよ」
「ふん」
「ところが火の回りが早すぎた」
「と言うと?」

 中佐は目を細め、煙を大きく吐き出した。

「『伯爵』ルートで送り込んだ奴は、元々は帝都の防衛隊で『MMうち』のシンパをオルグさせてた奴なんだけどさ。人事異動だって言うんで向こうの治安維持部隊を何とかしろって潜り込ませた」
「まあ治安維持部隊ってのは基本的に軍の中でも、その場に関係無い奴が行くものだからな」
「そう。ところが」
「失敗か?」
「失敗というとこれもまた問題があるのよ。ある程度成功してる。ところが、増えすぎて、今度はそれがエスカレートしすぎた。で、当の最初の奴自身が、今度はそこの雰囲気に舞い上がりすぎてとうとうクーデター」
「何処にも毒されたがる馬鹿はいるもんだな」
「そういうこと。あそこの気質はどーも伝染性らしいよ」
「馬鹿か」

 中佐は短く言い放つ。

「黙って内部から崩せばいいものを、クリムゾンレーキ全土を帝国から独立させよう、なんて馬鹿騒ぎ。軍でも極秘の情報だよ。近々軍警に出動要請が来るだろうってこと」
「成る程」

 煙草の灰が落ちる。
 彼は灰皿に吸い尽くした一本をにじりつけた。

「それで俺には?」
「もちろん皆殺し」

 お天気の話でもするようにあっけらかんと告げた。

「軍警は生かして逮捕、が基本だろ? だが無論『我々には』そこまで親切にする義理はないしぃ」

 そんなことだろうな、とコルネル中佐は煙草の新しい一本を手に取った。

「命じてはないもの。ずさんな計画。統制のとれてない集団。今の所は、治安維持軍という位置を利用して何とかなってるけど、分裂して捕まるのも時間の問題。それにそういう奴は口が軽い」
「そいつは困ったもんだな。早めに塞がなくちゃならねえよな」

 くくく、と中佐は笑った。

「そういうこと」

 キムもつられて笑った。それは実にさわやかな、陽気さすら感じさせる笑顔だった。

「ところであのひとは、何か言っていたか?」

 連絡員は軽く答える。

「Mが? 別に何も」

 組織の盟主《リーダー》の名を中佐は口にする。キムは普段はその最側近らしい。
 彼の権限そのものは他の幹部よりは小さい。ただ盟主から下った命令を彼ら幹部に直接伝えるのが彼だった。例え幹部達が何処に居ようとも。

「そうか」
「それじゃ、俺帰るわ」

 用は済んだ、とばかりにキムは立ち上がりかけた。
 その身体が止まる。中佐の手が彼の手首を強く掴んでいた。

「何だよ」
「俺は帰っていいなんて言ってない」
「それは俺の勝手でしょ。俺にだって都合というものがあるものね」

 ほお、と両の眉を大きく吊り上げ、中佐は不安定な恰好のキムをぐっと引っ張った。
 軽く引っ張っただけなのに、彼はたやすくバランスを崩し、中佐の座っていた大きなカウチの上に転がった。

「何だよいきなり! 本気出して引っ張る奴がいるかよ!」
「ああ言ってなかったか」
「何を」
「ここのアパルトマンの連中には、お前は俺の愛人だと言ってあるからな」

 げっ、とキムは反射的に口にした。それまでの読めない明るい笑いと違って、本気で当惑している表情になる。
 中佐は再び煙草をひねりつぶした。
 彼はこの連絡員がその表情を崩すのが好きだった。
 おそらく「惑星一つを破壊せよ」と言われても、陽気な笑いを崩さないと思われるこの男が、こういったことをすると、あからさまに調子を崩すのが。

「軍警中佐の愛人が遠路はるばるやってきて、用件だけ告げてさっさと帰るってのは結構不審がられると思うけどなあ」

 くくく、と本当に楽しそうに笑いながら中佐は言葉を重ねる。う、とキムは言葉に詰まる。
 確かにそれは一理あった。軍人はまとまった休暇が少ない職業ではあるのだ。
 しかも近年は「反帝国組織「MM」のせいで、不定期的に厄介な事件が多発しているため、何処よりも忙しい軍警の士官など。

「軍警の中佐としては、結構ここのアパルトマンは都合のいい所なんでなあ」

 気怠げに言いながらも、手は早かった。
 引きずり込んだおかげで下になっていた体勢を、中佐はあっという間に逆転させていた。栗色の長い髪が、さらりとカウチの下に滑り落ちた。中佐は背もたれを蹴飛ばし、簡単にそれを倒してしまう。
 キムは苦い顔をしながらも、拒否はしない。彼もまた嫌いではないのだ。行為も、相手も。

「栄えある帝国の軍人に男の愛人が居るなんていうのはいいのかよ」
「いいんだろ。帝国の軍人なんだし」

 妙にその言いぐさには説得力があった。
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