3days,あるいはまだ見ぬチューリップ~学内暗殺者の悲劇

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
7 / 21

第6話 自分は「R」だから。

しおりを挟む
「それはだなあ」

 窓の向こうでしゃがみ込む相手の背に、岩室はため息をついた。

「お前、本当ーっに気付いていないのか?」
「はあ?」

 中里はその時、ようやく顔を彼女の方に向けた。端から見たら思い切り凶悪な表情だった。そして構わずくっくっ、と笑う岩室に、こっちは真面目なんだよ、と彼は悪態をつく。

「だって、気になるんだろ? 心臓が飛び跳ねたんだろ?」
「ああ」

 再び視線を花壇に戻して、中里はぼそっ、とつぶやいた。

「お前、他の女生徒見ても、そうなるのか?」
「いや……」

 彼は簡単に首を振った。それは無い。一度も無い。

「お前なあ…… それで判らなかったら、頭、鳥以下だぞ」
「って!」

 今度は首だけではなく、立ち上がり、身体ごと彼は窓の方を向いた。そして土まみれの真っ黒な手をぐっ、と握りしめた。

「じゃ中里よ、聞くが、お前は羽根のこと、嫌いか?」
「嫌いじゃ―――」

 嫌い。違う。ただ。

「ただ俺は」

 彼はそこで言いごもる。

「ただ何だ?」
「だから、俺は――― あいつが、俺のこと、親父みたいだって言うから、何か……」
「何か?」
「何か、腹が立って」

 ほー、と彼女は眼鏡のフレームからはみ出る程に、両眉を大きく上げた。

「じゃあそれは何故だ?」
「だって、俺はあいつの親父じゃ、ない」
「それじゃお前、一体、羽根の何でありたいんだ?」
「俺は」

 彼は言葉を止め、大きく目を見開いた。俺は。

「ふん、ようやく気付いたか。この鈍感。おーい」

 そう言って、彼女はベッドのある場所のカーテンをさっと開いた。

「あ……」

 そこには顔を真っ赤にし、硬直しているよし野がそこには立っていた。

「と、言う訳だ。はい、めでたくカップルの出来上がり」
「岩室さん、あんたはーっ!!」
「先生、だ」

 そう言いながら、岩室はよし野を外の扉へと押し出した。



 そして日々が過ぎ―――
 慣れないことだらけのこのカップルではあったが、それでも地道に距離を縮めつつあった。
 無論、その背後には、見ているとじれったくなってくる彼らを後押しする岩室の存在もあった。
 堅苦しい呼び方も、名前と愛称に変わったし、内容はともかく、話をしよう、という意気込みが中里についたことは、非常に大きな発展と言えよう。
 腕も組む様になった。もっとも、その時には、よし野がぶら下がっている様な格好になってしまうのは否めなかった。



 そんな秋も深まったある日。
 花壇の冬支度に精を出していた二人は、花壇の上にかがみ込んだまま、珍しい程会話が無かった。
 何か授業であったのかな、と心配する程度には彼も気を回す様になっていた。
 しかしそう納得しようとした時、彼女は不意に口を開いた。

「ねえ」

 何、といつもの調子で彼はそれに応える。

「何で哲ちゃんって、あたしのこと、軽くしか抱きしめてくれないの?」

 がたがた、と彼はその瞬間、立てかけていたフレームの金属棒を取り落とした。

「何で、って」
「だって」

 彼女はじっと上目遣いで中里を見つめる。

「クラスの友達が言ってたもん。そうしてくれるのがとっても気持ちいい、って」
「気持ちいいって…… いや、だけど俺、力、強いから」
「強いから?」

 どうやら一歩も引く気はなさそうである。
 困った、と彼は本気で思った。彼もまた、彼女をぎゅっときつく抱きしめたくてならないのは山々である。無論それ以上だって。
 だけど。
 
 自分は「R」だから。

 普段は意識することすら無いそのその言葉が、彼の中に突然重く、のし掛かってきた。

**

 「R」。
 それはある薬の名称でもあるし、それを服用する者を指す場合もある。そしてまたそれは、日本の「教育大改革」の暗い一面を示すものでもある。

 2032年の「教育大改革」。
 それは表向き、能力主義を徹底したものだった。

 能力や適性の早期発見のため、子供は小学校のうちに頻繁に選別され、振り分けられる。
 そしてその六年間で適正な「振り分け」をされた子供は、最終的には卒業時の小学校卒業適性検査とそれまでの日常成績により、自動的に六年制の中等学校へ送り込まれる。
 能力と適性が全ての基準であるので、遠方からはるばるやってくる生徒も少なくない。そんな生徒には寄宿舎も用意され、国はその生活を補助する。
 二十年経った現在、改革は成功し、かつて社会を悩ませたドロップアウトや引きこもり、いじめや凶悪犯罪も無くなったと思われた―――
 しかしそれは、改革の表側の顔に過ぎなかった。
 確かにそれまでの問題は無くなった。
 一つの理由として、児童の頃からの度重なる振り分け移動の中で、「集団」より「個性」が重要になった―――ひらたく言えば、自分のことで精一杯で、他人をいじめている暇などない、という事も挙げられている。
 しかしそれはあくまで表向きの理由である。
 裏では、もっと単純でかつ効果的な方法が取られていたのだ。
 すなわち、問題の根源を抹殺してしまうこと。

 「ある種」の子供が居る。
 いじめられる可能性を持つ子供、引きこもる可能性のある子供、凶悪犯罪を起こす可能性のある子供……
 彼等は小学校を卒業する時に集められ、更に能力によって二つに分けられる。
 それが「R」と「B」である。

 その時のことを、中里はぼんやりとしか覚えていない。
 小学校の卒業式の日に、証書と一緒にそっと渡された紙には、ある日時と場所が文部科学省の名で指定されていた。
 だがたどり着いた場所に入った途端、彼は意識を失い―――
 気付いた時には、小さな部屋に居た。
 ぼんやりとした頭の彼に、姿を見せない「声」が幾つかのことを告げた。
 自分は「間違うかもしれない」児童だから、ある処置をして、国がわざわざ「正しい」生徒にしてやったのだ、と。
 そして「R」と呼ばれる政府の派遣員として、中等学校に通い、「間違った」生徒を消去するのだ、と。
 断る自由はあった。ただし断った途端、「間違った」児童として消去する、と「声」は言った。
 断ろうとは思ってもいなかった。
 頭の芯がぼんやりとしていて、その後に言われたことも、ああそうですか、と感じるだけだった。元の名も家も既に無いことに対しても、その時の彼は、何とも思わなかった。
 それからずっと、彼の頭の中心はぼんやりとしたままだった。
 自分の身体が異様なまでの力を持ってしまったことも、寒さ暑さや痛みを上手く感じなくなってしまったことも、一日一回「R」と呼ばれる薬を口にしないと、自分が「危険な存在」になってしまうことも、「間違った」生徒をその手で撲殺してしまう時の気持ちも―――
 全てが曖昧になっていた。
 ―――花と、よし野に会うまでは。

 「R」は彼の元に、毎週水曜日、小さな赤いガラスの小瓶に、一週間分を入れて届けられる。一日一粒、計七粒。
 しかし、それが六粒と、一枚の小さな紙の時がある。
 それはその週のうちに、その紙に書かれた「間違った」生徒を消去せよ、という指令なのだ。
 彼はそれに逆らうことはできなかった。いや、逆らおうとも思っていなかった。
 「R」を自分に届けているのは、「B」という、自分よりランクが上の要員だ、ということは中里も知っていた。そしてその「B」の上に「インスペクター」という、標的を決定する者が居ることも。
 だが中里は、それ以上のことは、知らない。
 知ろうとして来なかったのだ。

**
 
「俺だって、よし野のこと、ぎゅっと抱きしめたいよ」
「じゃあ」
「だけど俺が本当にそうしたら、本当にお前なんかつぶれてしまう。俺はそういう奴なんだ」

 すると彼女はにっこりと笑って言った。

「大丈夫だよ」

 そして土で汚れたままの手で、彼の顔をくるみ、軽く唇を合わせた。

「お、おいお前」
「ねえ哲ちゃん、痛かったらあたしそう言うよ。そのために言葉があるんだよ」

 言葉が。

「心を伝えるために、言葉があるんだよ。だから……」

 やれやれ、と窓辺の自分に気付かない程の二人を、岩室は呆れながらも楽しそうに眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...