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第8話 もう一人の自分
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がちゃがちゃ、と鍵を閉める音がする。
遠ざかる気配がする。窓の外は既に暗い。体育館の倉庫の中は、既に冷え切っていた。
だが中里にはそれは関係無い。
彼は気配が完全に体育館から消えてしまうのを伺うと、あらかじめ用意してきたロープで自分の手足を縛り始めた。
購入したホームセンターは何度も足を運んだ所だった。
だがそれはいつも、園芸部の、花壇の世話のためだった。種や苗、土や肥料、あの台風の日に持ち出したシートもそこで買ったものだ。
そんな行き慣れたところで、こんな目的のものを手に入れることになるとは。
早くしなくては。そろそろ自分の指が上手く動かなくなりつつあるのに気づく。完全に動かせなくなるその前に、できるだけ自分の身動きをとれない様にしなくては。
もっとも、自分で縛って結ぶのだから、「危険な自分」もいずれはそれを解いたり、引きちぎってしまうのは彼にも予想できた。しかも「彼」は、自分自身よりも、力も動きも強く、勢いも鋭いものがあるのだ。
そうでなくてはあんな「仕事」はできなかっただろう。
そう思いながらも、彼は自分の体を倉庫の柱にぐるぐると巻き付け、堅く堅く結び目を作る。足首と膝下にも同様に。そして最後に手首と指一本一本にロープを掛け、その上で、口でぐい、と結び目を作った。
売場で見つけたチェーンの方が良いか、とも思ったが、手錠まではそこには無かった。
時間があれば、もっと効果的なものを手に入れることができたかもしれない。だがそれでも、おそらく市販されている程度のものなら、「彼」はそれを引きちぎってしまうだろう。だったら同じことだ。
所詮、時間稼ぎだ。
せめて朝が来るまで。夜が明けるまで。
「彼」が動き出すのは、いつも夜中だった。
昼間なら、「彼」を止めてくれる者もいるのではないか。
中里はこんな期待しかできない自分を悔しく思う。
それが例えば「失敗だ」と思った「B」や「インスペクター」でもいい。いっそ警察でも機動隊でもいい。
いや、何なら、急所を的確に狙って、即死させてくれる一発の銃弾でいいのだ。
自分の生きられる年数がそう長くないことは、中里は知っている。そして「彼」も知っているだろう。
だが自分自身でそれを奪うことは、中里にはできなかった。
屋上から飛び降りても平気な程の体、痛みも暑さも寒さも感じない体。自分自身でとどめを刺す程の度胸は無かった。
……いやそれよりまず、そんなことは考えつかなかったのだ。
「う」
頭の中が急にざわつきだす。痛みがある訳ではない。ただ、ざわざわとひっきりなしに、何かが蠢いている。そんな感覚が広がる。
頭を大きく振り、その感覚を振り払おうとする。
だがそれは無駄だった。いや、それより、その感覚が次第に薄れてくること自体が、実はもっと怖いのだ。
彼は自分で縛った両手が、意志に反してぴくぴく、と跳ね始めるのを、次第にフレーム越しの様に感じられる視界の中に見ていた。
「……何だよコレは」
聞き覚えのある自分の声が、普段以上に凶暴な口調で耳に飛び込む。
―――お前を動かさないためだよ。
そう言えば、そんな風に自分から「彼」に話しかけたのは、「R」と呼ばれる様になってから、初めてだった。
そんなことが自分にもできたんだ、と改めて中里は思った。
一方、こんな風に「R」が切れかかる時、「彼が」自分に話しかけてくることは、度々あった。
「てめぇ、誰に向かって言ってんだよ!」
倉庫の中に、声が反響した。
「判ってるだろ? てめぇが毎日毎日楽しく楽しく一年を過ごすために、オレが代わりに手を貸してやってるんじゃねぇか。お前はオレのせいにして、その薄呆けたドタマでただのらりくらりとずっと生きてただけじゃねえか」
中里はきん、と鋭い針で胸の奥を突かれた様が気がした。
「判るだろ」
「彼」は鋭い口調で中里に突きつける。
「今までオレがしてきたコトがさ」
ああ覚えてるさ。中里は内心つぶやく。ただずっと、思い出そうとしなかっただけだ。いや、思い出そうなんて意識もなかっただけなんだ。
遠ざかる気配がする。窓の外は既に暗い。体育館の倉庫の中は、既に冷え切っていた。
だが中里にはそれは関係無い。
彼は気配が完全に体育館から消えてしまうのを伺うと、あらかじめ用意してきたロープで自分の手足を縛り始めた。
購入したホームセンターは何度も足を運んだ所だった。
だがそれはいつも、園芸部の、花壇の世話のためだった。種や苗、土や肥料、あの台風の日に持ち出したシートもそこで買ったものだ。
そんな行き慣れたところで、こんな目的のものを手に入れることになるとは。
早くしなくては。そろそろ自分の指が上手く動かなくなりつつあるのに気づく。完全に動かせなくなるその前に、できるだけ自分の身動きをとれない様にしなくては。
もっとも、自分で縛って結ぶのだから、「危険な自分」もいずれはそれを解いたり、引きちぎってしまうのは彼にも予想できた。しかも「彼」は、自分自身よりも、力も動きも強く、勢いも鋭いものがあるのだ。
そうでなくてはあんな「仕事」はできなかっただろう。
そう思いながらも、彼は自分の体を倉庫の柱にぐるぐると巻き付け、堅く堅く結び目を作る。足首と膝下にも同様に。そして最後に手首と指一本一本にロープを掛け、その上で、口でぐい、と結び目を作った。
売場で見つけたチェーンの方が良いか、とも思ったが、手錠まではそこには無かった。
時間があれば、もっと効果的なものを手に入れることができたかもしれない。だがそれでも、おそらく市販されている程度のものなら、「彼」はそれを引きちぎってしまうだろう。だったら同じことだ。
所詮、時間稼ぎだ。
せめて朝が来るまで。夜が明けるまで。
「彼」が動き出すのは、いつも夜中だった。
昼間なら、「彼」を止めてくれる者もいるのではないか。
中里はこんな期待しかできない自分を悔しく思う。
それが例えば「失敗だ」と思った「B」や「インスペクター」でもいい。いっそ警察でも機動隊でもいい。
いや、何なら、急所を的確に狙って、即死させてくれる一発の銃弾でいいのだ。
自分の生きられる年数がそう長くないことは、中里は知っている。そして「彼」も知っているだろう。
だが自分自身でそれを奪うことは、中里にはできなかった。
屋上から飛び降りても平気な程の体、痛みも暑さも寒さも感じない体。自分自身でとどめを刺す程の度胸は無かった。
……いやそれよりまず、そんなことは考えつかなかったのだ。
「う」
頭の中が急にざわつきだす。痛みがある訳ではない。ただ、ざわざわとひっきりなしに、何かが蠢いている。そんな感覚が広がる。
頭を大きく振り、その感覚を振り払おうとする。
だがそれは無駄だった。いや、それより、その感覚が次第に薄れてくること自体が、実はもっと怖いのだ。
彼は自分で縛った両手が、意志に反してぴくぴく、と跳ね始めるのを、次第にフレーム越しの様に感じられる視界の中に見ていた。
「……何だよコレは」
聞き覚えのある自分の声が、普段以上に凶暴な口調で耳に飛び込む。
―――お前を動かさないためだよ。
そう言えば、そんな風に自分から「彼」に話しかけたのは、「R」と呼ばれる様になってから、初めてだった。
そんなことが自分にもできたんだ、と改めて中里は思った。
一方、こんな風に「R」が切れかかる時、「彼が」自分に話しかけてくることは、度々あった。
「てめぇ、誰に向かって言ってんだよ!」
倉庫の中に、声が反響した。
「判ってるだろ? てめぇが毎日毎日楽しく楽しく一年を過ごすために、オレが代わりに手を貸してやってるんじゃねぇか。お前はオレのせいにして、その薄呆けたドタマでただのらりくらりとずっと生きてただけじゃねえか」
中里はきん、と鋭い針で胸の奥を突かれた様が気がした。
「判るだろ」
「彼」は鋭い口調で中里に突きつける。
「今までオレがしてきたコトがさ」
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