28 / 113
27.1℃近く低く設定された彼の体温
しおりを挟む
その時、ひどく嫌な気分が走ったので、そのまま勢いで朱明は扉を開けた。手を裏に返し、慣れた場所にある照明のスイッチに手をかける。
だがそれは点かない。
「疲れてるね」
仮眠室はその使用する人数のわりに、常備しているベッドの数が多い。
今もまた、誰も使用していない。空のベッドの上には、きちんと畳まれたシーツと毛布が置かれているだけである。
その一つにHALはちょこんと腰掛けていた。
窓際らしく、外のネオンの明かりをぼんやりと映したカーテンに、それらしいシルエットが浮かんでいる。
朱明は黙ったまま、やや手探りで、その方へ動く。そして座っているHALの前に立つ。
「居たのか」
「ずっと居た訳じゃないよ」
暗くて、表情が見えない。
「待ってたんだ」
「そんなことだろうと思ってた」
朱明は差し向かいのベッドに腰を下ろす。髪をくくっているゴムを取ると、首をぐるりと回す。ぼきぼきと鳴る感触に、彼は確かに自分が疲れていたことに気付いた。
「でも俺は、今それでお前をあれこれ言う気力はねえんだ」
「ふーん……」
朱明は畳まれていたシーツと毛布をぞんざいに広げる。要は寝られればいいのだ。別にベッドメーキングなどできていなくとも構わない。
「じゃ一緒に寝よ」
さらりとHALは言う。
「何言ってんだ」
「別にからかってる訳じゃあないよ」
「信じられるかっていうの。それに俺は眠いんだ。ただ寝たいの。それ以上でもそれ以下でもねえんだ」
「別に俺だってそれ以上ともそれ以下とも言ってないよ。俺だってただ寝たいの。情報の整理が必要だからね」
「だからって何でそこで一緒に、ってのがつくんだよ」
「何かまずい訳? 今更」
別にまずい訳ではないが。朱明は頭を抱える。その間にもHALはずるずると隣のベッドを横に引きずってくる。
「お前は俺と同じ部屋だと眠れないんじゃなかったっけ?」
「いつの話をしてるの」
それは確かに昔の話だった。
「あの頃は確かにそうだったけどさ。お前起きてるとやかましいんだもの。別にそういう気はないんだろうし、お前なりに気はつかっているんだろうけど、ドアばたんばたん閉めるし、ものは落とすし」
「あー、確かにそうだったよな」
「でももうドアは閉じてるし、落とすようなものもないよ」
「電気も消えているし?」
「そう」
「お前が点けないんだろう?」
「俺以外に誰がそんなことするっていうの? ほらどいて、はさむよ」
よいしょ、とHALは引っ張ったベッドを隣と勢いよくくっつける。
朱明は慌てて自分の側のベッドに飛び乗る。
何を考えてるんだ、と彼の闇に隠された顔は、苦虫を噛み潰したようなものになっている。
居場所なら最近はわりあい掴めるが、HALが何を考えているのかは朱明にはさっぱり判らなかった。
今更、と彼が言うように、そういう関係が全く無いという訳ではない。だがだからといって、それが本気であるかどうかなど、さっぱり判らないのだ。
「外」に居た頃だったら。朱明は思う。まだ彼の行動は判りやすかった。
HALには別に思う相手があるのは知っていたし、そのためか、自分がどう思おうと、それが実際の行動につながることはなかった。
だけどあの時から。
HALが厳密には彼自身でなくなった時から、彼の行動は読めなくなった。
九年前。
失われたと思った彼が再び朱明の前に、言葉を交わし触れ合える相手として現れた時、それまで抑えていた感情が切れた。間違えた、と朱明はその時思った。そうしてはいけなかったのだ、と思った。
だがHALは拒まなかった。彼はそうしようと思えばできた筈なのだ。朱明の動きを止めることなど、その時の彼に雑作もないことだった。この部屋の電気を点けないように、「SK」の電気を止めたように。
それなのに。
考え事をしているうちに、横にもぞもぞと入られてしまった。
参ったな、と彼は思うが、確かにHAL自身も「睡眠」を求めていたらしく、気がついた時には軽い寝息を立てていた。
暑苦しい、といつも言われる自分より、1℃近く低く設定された彼の体温が感じられる。
仕方がない、と朱明もまた毛布をかぶった。
だがそれは点かない。
「疲れてるね」
仮眠室はその使用する人数のわりに、常備しているベッドの数が多い。
今もまた、誰も使用していない。空のベッドの上には、きちんと畳まれたシーツと毛布が置かれているだけである。
その一つにHALはちょこんと腰掛けていた。
窓際らしく、外のネオンの明かりをぼんやりと映したカーテンに、それらしいシルエットが浮かんでいる。
朱明は黙ったまま、やや手探りで、その方へ動く。そして座っているHALの前に立つ。
「居たのか」
「ずっと居た訳じゃないよ」
暗くて、表情が見えない。
「待ってたんだ」
「そんなことだろうと思ってた」
朱明は差し向かいのベッドに腰を下ろす。髪をくくっているゴムを取ると、首をぐるりと回す。ぼきぼきと鳴る感触に、彼は確かに自分が疲れていたことに気付いた。
「でも俺は、今それでお前をあれこれ言う気力はねえんだ」
「ふーん……」
朱明は畳まれていたシーツと毛布をぞんざいに広げる。要は寝られればいいのだ。別にベッドメーキングなどできていなくとも構わない。
「じゃ一緒に寝よ」
さらりとHALは言う。
「何言ってんだ」
「別にからかってる訳じゃあないよ」
「信じられるかっていうの。それに俺は眠いんだ。ただ寝たいの。それ以上でもそれ以下でもねえんだ」
「別に俺だってそれ以上ともそれ以下とも言ってないよ。俺だってただ寝たいの。情報の整理が必要だからね」
「だからって何でそこで一緒に、ってのがつくんだよ」
「何かまずい訳? 今更」
別にまずい訳ではないが。朱明は頭を抱える。その間にもHALはずるずると隣のベッドを横に引きずってくる。
「お前は俺と同じ部屋だと眠れないんじゃなかったっけ?」
「いつの話をしてるの」
それは確かに昔の話だった。
「あの頃は確かにそうだったけどさ。お前起きてるとやかましいんだもの。別にそういう気はないんだろうし、お前なりに気はつかっているんだろうけど、ドアばたんばたん閉めるし、ものは落とすし」
「あー、確かにそうだったよな」
「でももうドアは閉じてるし、落とすようなものもないよ」
「電気も消えているし?」
「そう」
「お前が点けないんだろう?」
「俺以外に誰がそんなことするっていうの? ほらどいて、はさむよ」
よいしょ、とHALは引っ張ったベッドを隣と勢いよくくっつける。
朱明は慌てて自分の側のベッドに飛び乗る。
何を考えてるんだ、と彼の闇に隠された顔は、苦虫を噛み潰したようなものになっている。
居場所なら最近はわりあい掴めるが、HALが何を考えているのかは朱明にはさっぱり判らなかった。
今更、と彼が言うように、そういう関係が全く無いという訳ではない。だがだからといって、それが本気であるかどうかなど、さっぱり判らないのだ。
「外」に居た頃だったら。朱明は思う。まだ彼の行動は判りやすかった。
HALには別に思う相手があるのは知っていたし、そのためか、自分がどう思おうと、それが実際の行動につながることはなかった。
だけどあの時から。
HALが厳密には彼自身でなくなった時から、彼の行動は読めなくなった。
九年前。
失われたと思った彼が再び朱明の前に、言葉を交わし触れ合える相手として現れた時、それまで抑えていた感情が切れた。間違えた、と朱明はその時思った。そうしてはいけなかったのだ、と思った。
だがHALは拒まなかった。彼はそうしようと思えばできた筈なのだ。朱明の動きを止めることなど、その時の彼に雑作もないことだった。この部屋の電気を点けないように、「SK」の電気を止めたように。
それなのに。
考え事をしているうちに、横にもぞもぞと入られてしまった。
参ったな、と彼は思うが、確かにHAL自身も「睡眠」を求めていたらしく、気がついた時には軽い寝息を立てていた。
暑苦しい、といつも言われる自分より、1℃近く低く設定された彼の体温が感じられる。
仕方がない、と朱明もまた毛布をかぶった。
0
あなたにおすすめの小説
反帝国組織MM⑧制御不可能~機械仕掛けの二人の最初の仕事は失敗が判っている革命。
江戸川ばた散歩
SF
銀河帝国軍警にして反帝国組織「MM」の幹部構成員の一人コージィ・コルネル中佐は管轄の新人として入ってきた同僚構成員キム・ルマと共に指令を受けて惑星ノーヴィエ・ミェスタへと赴く。
そこでは革命を夢見る青年子女達が「MM」の指示とは知らず、中央の大学のカシーリン教授を立てて活動をしていた。
中佐と同僚の表の任務と裏の任務、最終的な目的とは。
コルネル中佐とキムの出会いの話。そして人が逃げ出した惑星のことも。
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。
反帝国組織MM⑩ルナパァクで会いましょう
江戸川ばた散歩
SF
時系列的には、「オ・ルヴォワ」の後。 友人を「墜として」しまった後、軍を抜けた鷹は、とある集団に属し、粛正される天使種を救助する仕事をしていた。 彼の隣には物言わぬ青年がいる。その正体は。それが彼をどう変えるか。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―
kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。
しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。
帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。
帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる