未来史シリーズ-③flower~閉ざされた都市で、人形は扉を開ける鍵を探す

江戸川ばた散歩

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65.「仲は良かった。少なくとも俺はそう思っていたけど」

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 彼は目の前に現れた相手を五秒間、瞬きもせずに眺めた。後になってしまえば、ずいぶん馬鹿面していたのではないか、と彼は思う。だが確かにそうせずにいられなかったのだろう、とそれは今でも認められる。
 目の前の相手は、綺麗だった。
 本当に同じくらいの歳の男か、と自分の目を疑ったのだ。
 本名を明かさない、HALと名乗った彼は、さほど大きくはない自分より更に小柄で、華奢だった。
 そして、この国の人間離れした整った顔立ち。くっきりした眉に大きな目。ステージでは当時の風潮そのままに、ステージではメイクもしているとは聞いたが、しなくてもいい、する必要などない、と布由は思った。
 そしてその口からあからさまな西のイントネーションがこぼれるのがひどく不思議だった。
 もちろんインタビューだの、その「対談」には基本的に標準語を使っているのだが、終わってから同じバンドのギタリストやベーシストと喋っている時には露骨な西のものだ。

 何か凄く、変だ。

 音も聴かないうちからそんな印象を持ってしまった。



 最初に音を聴いたのは、その雑誌の主催するライヴだった。首都で行ったそのライヴは、ドラマーの件もあり、それまでやや反目しているのではないか、と噂されていたその二つのバンドの仲を良くした。
 少なくとも、布由はそこで仲が良くなったと思っている。
 当時のBBのギタリストと、向こうのギタリストである芳紫は子供のように後の打ち上げパーティで騒いでいたし、ベーシスト同士である土岐と藍地はきわめて友好的に話していた。
 朱明は様々な人々と交流をするという趣味と特技があるらしく、あちこちでその姿を見かけた。
 そしてヴォーカリスト同士は。

「変わった声だね」

 HALはたまたま横に座った布由に言った。そうか? と布由は生真面目にHALに問い返した。うん、と彼はうなづいた。
 だが変わった声と思ったのは自分の方だった。歌い方こそ、それまであったバンドの影響がやや感じられたが、声質が違った。少なくとも布由は、この類の音楽を演っていて同じ声質のヴォーカリストをこの国では知らない。
 さほど呑めないらしいHALは、その打ち上げの時にもほとんど茶かジュースのようなものしか呑んでいなかった。素面で誉めあうというの何だと思ったが、結局そうなってしまっていた。

「HALくんこそ、かなり変わった声だと思うよ。少なくとも俺はHALくんのような声、他に知らないもの」
「そぉかなあ」

 ぼんやりと彼はウーロン茶を口にしている。

「ああそう言えば、この間の対談はどうもありがとうごさいました」

 そしてぺこんと頭を下げる。とってつけたような敬語だ、と布由は思った。あまり言い慣れていないような気がした。

「ああ、こちらこそ…… 俺は面白かったけど」
「そうですか? 俺はまた変なこと口走ってしまったかと思ったけど」
「そんなことないですよ」
「ふーん…… ならいいけど…… いいですけど」

 そして会話が止まってしまう。何となく布由は居心地が悪い。だが、かと言って立ってしまうのも何である。

「……あ、そういえば、前のミニアルバム、やっと聴きました。凄いですねえ、感心した」
「え?」
「FEWくん言ってたでしょう? ミニアルバムのこと」

 そう言えば言ったかな、と彼は思い返す。

「結構手に入れるのに苦労して…… あの…… 何か、店の方売り切れとかだったから」
「え?」

 布由は目を瞬かせる。

「……だから、向こうのインディーズ専門店で」
「そんな! 言ってくれれば直接送ったのに!」

 慌てて布由は言う。思わず口から出てしまった。

「……あ、そうか、その方法があったか……」

 どうやら本気でそのことに気がつかなかったようである。

「そう言えばそうですよねえ。俺達のとこも前のビデオ出す時に、……あ、あの時は全部配っちゃって藍地以外の手もとに残らなかったんだっけ……」

 ぶつぶつと、独り言とも何ともつかないことを彼はつぶやく。

「……えーと…… とにかく、聴いててすごいなと」
「……ありがとう…… 俺もあのオムニバス、聴いたよ」

 気が抜けてしまって、布由はていねい語を使う気も失せていた。
  つまりは、HALは非常にマイペースなのだ、とその時布由は非常によく理解できた。

 そして布由は、そのマイペースな同業者とそれ以来、電話番号を知る間柄となった。

   *

「何か弾く?」
「いや、いい。だってそれは土岐のためにチューニングされたものだろう?チューンは一つに一つだ。私が触ったら狂うだろう?」
「ま、そーだけど」

 考えてみれば、彼女達レプリカの性格設定もチューニングというのだ。同じ言葉だから彼女もそれを重視するのだろう、と布由は受け取る。

「それより、聞きたいことがあった」
「何だ? 答えられることしか俺は答えないからな」
「お前自身のことなら答えられるだろう?お前とHALはどういう関係だったんだ?」

 どういう関係ってね、と布由は苦笑する。
 そしてパイプ椅子を一つ引っ張り出すと、まあ座れよ、と勧める。朱夏はありがとう、と意外とていねいに言う。親切にされたらありがとう。そのあたりは教わった通りに守っている。 

「仲は良かった。少なくとも俺はそう思っていたけど」
「HALは?」
「それは俺は判らん。俺は奴じゃないからな」
「お前は好き、だったのか?」

 がくん、と布由は力が抜けるのを感じる。

「何?」
「だから、いなくて寂しい、という奴か、と聞いてるんだ」

 ああそういう意味か、と布由は思う。
 何だかんだ言っても、朱夏はまだ言葉が足りない。それで布由は土岐と違って時々ぎくりとする。土岐に言わせると、自分には朱夏のように人見知りなく聞く可愛いものが始終家に居るから、と平然と答えた。
 妻子持ちにはこういう時負けるんだ、と布由は思わず舌打ちしたくなる。

「……まあ確かにな。驚いたし、やっぱり当時ライバルとか言われていたし」
「ライバル?」
「わりあいあの頃は、いろんなことで張り合っていたんだよ。……まあ向こうにそういう気があったかどうかは知らないが」
「……ふーん…… じゃあ布由とHALは仲が良かった…… 寝てたりもしてたのか?」

 さすがに布由も椅子からずり落ちそうになった。そもそもどれだけ格好つけようが、結局はポーカーフェイスとは無縁の男である。
 馬鹿野郎土岐、これはいくら何でも子供はそんな質問しねーぞ!

「……しゅ、朱夏……」
「何だ?」
「それって、どういう意味で聞いてる?」
「どういう意味って…… 言葉の通りだが?」
「だから、ただ寝てるって言う意味で言ってるのか、それとも」
「ああ、もちろん後者だ」

 あ、そう、と力なく布由は答える。

「あ、でもこっちに居たHALは男だし、安岐はいくら何でも男と寝る趣味はないとか言っていたし…… じゃあ違うのか」

 布由は頭を抱えた。どうしたのだ、と朱夏は構わずに首をかしげる。

「……あいにくそういう関係もあったよ」
「なるほど」
「だけど奴が、俺に対してその朱夏の言うところの『いなくて寂しい』気持ちがあったかどうかは、俺は知らないよ」
「そうなのか?」
「少なくとも俺はそう思ったけど」
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