未来史シリーズ-③flower~閉ざされた都市で、人形は扉を開ける鍵を探す

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
68 / 113

66.「あ、でーとのお誘いだったんだ」

しおりを挟む
 何しろそもそもそういう感情になったこと自体怪しいのだ。

 変わった人ですねえ、と土岐はその頃からHALのことをそう評していた。どんな点だ、と布由が訊ねると、全部ですよ、と土岐は答えた。
 メジャーデビューはほぼ同じ時だった。
 ただ、そのやり方はやや異なっていた。BBはメジャーデビューの前日と翌日にライヴをし、区切りをきっちりとファンにも自分にもつける形だったのに対し、向こうのバンドは、出た二枚目のアルバムの広告の端に書かれたレーベルの名前がメジャーのものに変わったということで、さりげなくそれを告げる形をとった。
 そのあいまいさは、何となく自分に対するHALの態度にも似ている、とその頃布由は思った。
 最初に会った時に交換した電話もそうそう鳴ることはない。気がつくとかけているのは布由の方だった。
 それは例えば声を聞きたいとかの単純な理由というよりも、むしろ「かかってこないから悔しい」という感情に近かった。
 そしてまた向こうの言葉がしゃくにさわる。

『あれ布由くん、どうしたの……』
「……いや特に用はないけど……」

 まあ実際そうである。

『あ、そう』

 沈黙が続く。
 そこで耐えきれずに切ろうか、と布由は思うのだが、いきなりHALはのんびりとした声で、思い出したように、

『あ、そういや、この間可愛い車見つけたんだけど~』

 などと話題を切り出すものだから切るに切れない。それでいて意外に面白い話題なので、その風の無い春の日だまりのような口調に半ば眠気を覚えながらもつい聞いてしまう。
 ところがその話題が終わると、また彼は言うのだ。

『……で、何の用だったっけ』

 再び沈黙がある。
 そして同じことが繰り返される。そして布由の一ヶ月の電話代が一気に跳ね上がるのだ。
 さすがに業を煮やしたのはやはり布由の方だった。何回目かの電話の時、何度か同じことが繰り返された時、布由は切り出した。

「今度のオフいつ?」

 何かいつも振り回されている、と彼は感じていた。布由は振り回すのは好きだが、振り回されるのは基本的には嫌いなのだ。ここいらで体勢を変えておかないと危険だ、と本能が叫んでいた。

『オフ? ……んー…… あんまり無いんだけど』
「捜して」

 沈黙がある。だが、受話器にぐっと耳を押しあて、耳を澄ましてみれば、向こう側で紙をぱらぱらと繰る音が聞こえた。

『**日』

 え、とさすがに布由は問い返していた。

『**日なら空いてるけど』
「本当?」

 もっともその日、自分が空いているかどうかは布由は確かめていなかった。

「じゃ呑みに行こう」
『呑むのはちょっと』

 ああそう言えば呑めない奴だっけ、と布由は思い出す。

「じゃ遊びにいこう。昼から。それと夕飯。おごるから」
『いいね』

 あっさりと答えが返ってくる。布由はあまりのあっさりさに気が抜けそうだった。
 だが思わず自分の言った言葉を頭の中でくり返してみて赤面する。どうしてそこまで自分が一生懸命にならなきゃならないんだ!

『じゃ**で*時に』

 約束の時間と場所を決めて電話は切られた。途端に布由は脱力する。まるでこれじゃ、中坊高校生の頃に、好きになった女の子をデートに誘う時みたいじゃないか!
 その事実に布由は愕然とする。下手すると、その時以上に緊張していたのではないか、とも思う。
 はあぁぁぁ、と彼はため息をついた。


 
 それまで布由は、ステージだの、雑誌の取材だのでしかHALを見たことがなかった。したがって、何てことないただのシャツとジャケットとジーンズという組合せの相手を見た時には驚き同時に新鮮だった。

「こんな所で待ち合わせなんて、昨今のガキでもしないと思うな」

 さらさらとそんなことを開口一番、HALは待ち合わせの相手に言った。そこは待ち合わせの人が多すぎて、結局待ち合わせに向かないのではないか、と言われている場所でだった。
 だが布由にはすぐに判った。カクテルパーティで呼ばれた自分の名のように、その姿は彼の視界の中に飛び込んできた。
 その頃短い金髪にしていた布由と違い、HALは長く伸ばした焦げ茶の髪を無造作にゆらゆらさせて適当に結んでいるだけだった。だがそれでも目立っている。周囲から浮き上がって見えた。
 とりあえずサングラスをしているが、軽い煙草を喫う時に、ややそれがずれる。そういう時に顔が判るのか、布由は自分の来る前に、何人かの男がHALをナンパしているのを目撃している。そして、

「遅かったじゃん」

 素気なく相手は言った。

「何か言われた?」
「あん?」

 彼はサングラスを取ってジャケットのポケットに入れる。

「別に。ただ邪魔だったから、『おとといきやがれ』とか言ってやっただけ」

 はあ、と布由はため息をつく。言われた側がやや気の毒になった。
 そのくらい横を歩く友人は、「美人」だった。
 ところがこの「美人」は外見と声のギャップが激しい。しかも意外にそういう時には柄が悪いのだ。言葉にどすが利いている。
 布由は彼がメンバー同士で喋っている所を知っているので良かったが、初対面でそれをされたら、確実に10mは退くだろう。

「でも珍しいね、布由くん」
「うん、まあ」

 あいまいに布由は答える。

「何か俺に直接会わなくちゃならない用事あったの?」
「……まあ別に、用事ってほどの用事って訳じゃ」
「あ、でーとのお誘いだったんだ」

 は?

 彼はやや流行とはズレた、一見時代遅れ、なサングラスを掛けていた。それが非常に大きかったので、隠れていたが、その下の目は思いきり開かれていた。

「違うの?」
「……でーとって君ねえ」
「てっきり俺はそうだと思っていたけど? 違うんなら残念」

 あまり背の高い方ではない布由だが、HALはそれよりもさらに小さい。
 ナンパされるのも当然で、そこいらの女の子が高いヒールを履けば軽く抜かされてしまうくらいなのだ。
 しかも奇妙なぐらい華奢である。何となく布由は自分が女の子と歩いているような気分になる。

「残念って」
「俺は結構楽しみにしていたんだけど?」

 結局この声が、全てをかき乱すのだ。

「それはまあ。仲良くしたいとは思っていたけど」
「あ、じゃあやっぱりそれでいいんだ」

 いいんだ、と言われても。布由は返す言葉に困ってしまった。
 実際その後の行動は明らかにデートだった。遊んで、話して、食べて……それから。
 だが何故そうなったのかが、布由にはどうしても思い出せないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...