10 / 78
9.古典的な、銀行強盗の光景
しおりを挟む
駅付近イクォール繁華街という訳ではない。
いや、以前は繁華街だった名残はあちこちにある。現在はただの共同住宅になっている三階建ての建物も、窓の装飾、取り外した看板の跡などが、かつてはそこが客商売だったことを物語っている。
現在は、と言えば、繁華街をバスの三つ四つ向こうの通りに取られた状態の、中途半端な場所になっている。
ロゥベヤーガはこのあたりの政治的中心でもあるのだが、その機能を持つ場所は、繁華街からもう少し先である。鉄道駅で言うなら、隣のフジェクヤーガということになる。
そんな、全く人通りが無い訳ではない。それでも駅のそばなのだ。
繁華街に店を出している人々が住まう共同住宅や、病院の支部、銀行の支店というものがそこには集まっていた。
Gの目的はその銀行にあった。この場所にどのくらい滞在するのか、まだ予想がつかないだけに、行動の自由を保障する程度の金はいつも何かしら必要ではあった。
もっとも、銀行へ向かう彼自身あまりいい気分ではなかった。そもそも自分があっさりと所持金を取られるというのは。しかも「半分」である。全部取っても構わないのに「半分」。何となく馬鹿にされた様な気もする。
しかしまあ、起きてしまったことは仕方ない。彼は教えられたラフダ銀行の看板を探した。
すぐに見つかるよ、とイアサムは言ったが、確かにそうだった。
その建物は周囲から浮いていた。特にそこだけが高いとか大きいとか言う訳ではないが、他の建物が、二十年三十年といった年季が入っているのに対し、そこだけがぴかぴかに浮き上がっている。
そして、周囲の白い建物の中で、黄色と青の二色に塗ってあるあたり…… 彼は頭を抱えた。誰がこんなデザインにしたのだ、とため息をついた。
それはどうも、駅から一歩足を踏み出した旅行者誰にも共通するらしく、道の突き当たりである駅から出てきた大きな荷物を持った人々が、時々ぎょっとした顔でその建物を見上げている。
まあしかし、旅行者にとっては、頼りになる場所であるので、多少景観を壊しても便利は便利、ということかもしれない。
気を取り直して、Gは通りを渡って銀行へと足を進めた。
扉は自動ではない。彼は重いガラスの入った扉を押した。すると少し奥まったところに、男性の従業員だけがずらりと並んでいる。さすがにこういう場所では、あの長い服を着ている者はいない。白い、短い襟を立てたシャツに、サスペンダをつけた黒いパンツで統一されていた。
客はさほど入っていなかった。彼は迷わずに、人気の無いカウンタへと向かう。カードを確認すると、従業員は少しお待ちください、と言って、彼に待合いの席を手で示した。
待合いの席は、無造作に置かれた木製のベンチだった。座ると一瞬、かたん、と揺れた。足の長さのせいなのか、それとも地面がまっすぐではないのか、とにかく位置をすらすとかたかたと揺れる。面白い。
高い場所にある窓は、円の中に幾何学模様が入っている。そこから昼時間近い朝の光が射し込み、降り注いでいる。いい感じだ、と彼はまた思う。
だからこそ、何故外観があんな風なのか、彼には理解ができなかった。
彼はこの街の、強烈なまでの白さが気に入っていた。あの白さは、陽の光にも似ている。全てのものをその中に包み込んでしまって、何も考えられなくしてしまうものだ。
無論彼の中では、そう考える自分自身を危険だと思っている。自分は自分であり、他の誰でもない。自分以外のものに染まってしまうことを、彼は許せないのだ。
数分、彼はややぼうっとした視線で辺りを見渡していた。と、その視線が、ある一点で止まる。おや?
「リヨンさん」
先ほどの従業員が彼の名を呼ぶ。彼はつ、とベンチを立った。
「クレジットですね」
ええ、と答えながら彼は耳を澄ます。隣のカウンターでは、別の客のカードが置かれている。名前が呼ばれる。聞きながらGは自分の金を素早く懐に納める。カードをポケットに入れる。
ありがとうございました、という従業員の声を背に、彼は銀行を出ようとする ―――その時だった。
はっ、と息を呑む音がした。
それが誰の喉から発したものなのかは判らない。だが、その音が彼の視線を再び内側に向けさせていた。
声は、今さっき自分を相手にしていた従業員だった。
そして、その横の従業員は、口を塞がれていた。カウンターごしに、サングラスをした男が、片手で従業員の首を抱く様にして口をふさいでいる。空いた方の手には、大きな銃があった。
あらら、とGは思った。ひどく古典的な、銀行強盗の光景が、そこには繰り広げられていた。
同じ様にベンチで待っていた客は、ある者は立ち上がり、ある者は座ったまま、視線を銃の男に向けている。どうしようか、と生唾を飲んでいる者もいれば、取り押さえるタイミングを推し量っている者もいる。
そしてGは、と言えば、そんな客の姿をちらちらと伺っていた。
あっちに一人。こっちに一人。
単独犯ではないだろう、と彼は状況を素早く判断する。ベンチから立ち上がった一人が、長い服の、ゆったりとした袖の中に手を入れた。
そして背後に。
すっ、と彼は背中から近づく気配を感じていた。だが避けることはしない。
案の定、次の瞬間、彼は自分の身体が、肉厚の、濃い体毛の男の腕に押さえられているのが判った。目の前の従業員同様、首を今にも折られかねない勢いで、腕が回されている。体臭がきついな、と彼は息を呑むジェスチュアをしながら、半面、そんなことを考えていた。
いや、以前は繁華街だった名残はあちこちにある。現在はただの共同住宅になっている三階建ての建物も、窓の装飾、取り外した看板の跡などが、かつてはそこが客商売だったことを物語っている。
現在は、と言えば、繁華街をバスの三つ四つ向こうの通りに取られた状態の、中途半端な場所になっている。
ロゥベヤーガはこのあたりの政治的中心でもあるのだが、その機能を持つ場所は、繁華街からもう少し先である。鉄道駅で言うなら、隣のフジェクヤーガということになる。
そんな、全く人通りが無い訳ではない。それでも駅のそばなのだ。
繁華街に店を出している人々が住まう共同住宅や、病院の支部、銀行の支店というものがそこには集まっていた。
Gの目的はその銀行にあった。この場所にどのくらい滞在するのか、まだ予想がつかないだけに、行動の自由を保障する程度の金はいつも何かしら必要ではあった。
もっとも、銀行へ向かう彼自身あまりいい気分ではなかった。そもそも自分があっさりと所持金を取られるというのは。しかも「半分」である。全部取っても構わないのに「半分」。何となく馬鹿にされた様な気もする。
しかしまあ、起きてしまったことは仕方ない。彼は教えられたラフダ銀行の看板を探した。
すぐに見つかるよ、とイアサムは言ったが、確かにそうだった。
その建物は周囲から浮いていた。特にそこだけが高いとか大きいとか言う訳ではないが、他の建物が、二十年三十年といった年季が入っているのに対し、そこだけがぴかぴかに浮き上がっている。
そして、周囲の白い建物の中で、黄色と青の二色に塗ってあるあたり…… 彼は頭を抱えた。誰がこんなデザインにしたのだ、とため息をついた。
それはどうも、駅から一歩足を踏み出した旅行者誰にも共通するらしく、道の突き当たりである駅から出てきた大きな荷物を持った人々が、時々ぎょっとした顔でその建物を見上げている。
まあしかし、旅行者にとっては、頼りになる場所であるので、多少景観を壊しても便利は便利、ということかもしれない。
気を取り直して、Gは通りを渡って銀行へと足を進めた。
扉は自動ではない。彼は重いガラスの入った扉を押した。すると少し奥まったところに、男性の従業員だけがずらりと並んでいる。さすがにこういう場所では、あの長い服を着ている者はいない。白い、短い襟を立てたシャツに、サスペンダをつけた黒いパンツで統一されていた。
客はさほど入っていなかった。彼は迷わずに、人気の無いカウンタへと向かう。カードを確認すると、従業員は少しお待ちください、と言って、彼に待合いの席を手で示した。
待合いの席は、無造作に置かれた木製のベンチだった。座ると一瞬、かたん、と揺れた。足の長さのせいなのか、それとも地面がまっすぐではないのか、とにかく位置をすらすとかたかたと揺れる。面白い。
高い場所にある窓は、円の中に幾何学模様が入っている。そこから昼時間近い朝の光が射し込み、降り注いでいる。いい感じだ、と彼はまた思う。
だからこそ、何故外観があんな風なのか、彼には理解ができなかった。
彼はこの街の、強烈なまでの白さが気に入っていた。あの白さは、陽の光にも似ている。全てのものをその中に包み込んでしまって、何も考えられなくしてしまうものだ。
無論彼の中では、そう考える自分自身を危険だと思っている。自分は自分であり、他の誰でもない。自分以外のものに染まってしまうことを、彼は許せないのだ。
数分、彼はややぼうっとした視線で辺りを見渡していた。と、その視線が、ある一点で止まる。おや?
「リヨンさん」
先ほどの従業員が彼の名を呼ぶ。彼はつ、とベンチを立った。
「クレジットですね」
ええ、と答えながら彼は耳を澄ます。隣のカウンターでは、別の客のカードが置かれている。名前が呼ばれる。聞きながらGは自分の金を素早く懐に納める。カードをポケットに入れる。
ありがとうございました、という従業員の声を背に、彼は銀行を出ようとする ―――その時だった。
はっ、と息を呑む音がした。
それが誰の喉から発したものなのかは判らない。だが、その音が彼の視線を再び内側に向けさせていた。
声は、今さっき自分を相手にしていた従業員だった。
そして、その横の従業員は、口を塞がれていた。カウンターごしに、サングラスをした男が、片手で従業員の首を抱く様にして口をふさいでいる。空いた方の手には、大きな銃があった。
あらら、とGは思った。ひどく古典的な、銀行強盗の光景が、そこには繰り広げられていた。
同じ様にベンチで待っていた客は、ある者は立ち上がり、ある者は座ったまま、視線を銃の男に向けている。どうしようか、と生唾を飲んでいる者もいれば、取り押さえるタイミングを推し量っている者もいる。
そしてGは、と言えば、そんな客の姿をちらちらと伺っていた。
あっちに一人。こっちに一人。
単独犯ではないだろう、と彼は状況を素早く判断する。ベンチから立ち上がった一人が、長い服の、ゆったりとした袖の中に手を入れた。
そして背後に。
すっ、と彼は背中から近づく気配を感じていた。だが避けることはしない。
案の定、次の瞬間、彼は自分の身体が、肉厚の、濃い体毛の男の腕に押さえられているのが判った。目の前の従業員同様、首を今にも折られかねない勢いで、腕が回されている。体臭がきついな、と彼は息を呑むジェスチュアをしながら、半面、そんなことを考えていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる