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12.コテージの監視人ムルカート・タヴァン
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「部下」はコルネル中佐が立ち去ってのち、一堂に集められた。都市警察とは言え、この地の人間であるので、服は長いものを着ている者が多い。必要がある時のみ、軍装に近い制服を着用する。それでも頭の布は外さない。それは生活の習慣であり、宗教の戒律でもあった。
「何だろうな」
急遽集められた警官達は顔を見合わせる。見事なまでに、そこに居たのは男ばかりである。
この惑星の警察機関に女性が存在しない訳ではないが、彼女達の役割は女性が関わる事件の、取り調べなどに限られる。男性が無闇に見てはならない部分にあたるところに女性が必要なら、仕事を当てる。そんな具合だった。
もっとも、女性が関わる事件は滅多にない。関わる場合でも、大半が戒律とは無関係な他星系の女なので、取り扱いは地元の女よりずさんになる。
さてそんな警官達の中に、最近ヒュリアタからこのロゥベヤーガに転勤してきたムルカート・タヴァンという青年が居た。
「運がいいぞお前。この街は、他の街より女の検挙率が高いんだぜ」
「よせよ」
からかう同僚に、頬を赤らめてムルカートは言い返す。
「俺はそんな理由でここに転勤してきた訳じゃないんだからさ」
「そんな理由そんな理由と言ってもね、それが最大の役得であるのも事実なんだよ」
ふふふ、と同僚は意味ありげに笑う。そんなこと言われても。純情な青年は答えに困る。
だいたい転勤の理由が、自分があのコテージの監視人だった、ということに尽きるから彼も困っている。あの経験はなかなか忘れられるものではない。
安い給料の自分では一生かかっても手にに入れられるか判らない、白い、美しいコテージ。まともに昼時間をずっと監視しているのではたまったものではないので、どちらかというと、夜時間に食料を抱えて木の上に上ったものである。
そしてその中身を時々双眼鏡で観察していたのだが……
何でカーテンをひかないんだ!! と彼は何度怒鳴りたくなったことだろう。
確かに海側に面しているし、そもそもそのコテージの周辺も、所有者のものである。だからそこに居るだけで充分不審なので、文句を言う筋合いはないのだが……
だからと言って、そんな、床まで続く窓の大きな部屋で、連日の様にそんなことを繰り広げていなくてもいいだろう!
しかも、最近戻ってきたその所有者が今回連れていたのは、女ではなく、男だった。友達か仕事仲間だろうか、と彼は期待したのだが、何ってことはない。その二人ときたら、もう朝であろうが昼であろうが、夜であろうが、思い立った時に、したいことをしているという有様である。
ムルカートはさすがに最初の夜、頭を思い切り殴られた様な衝撃を受けた。この惑星では、宗教的にもそれはさほどの禁忌でもないので、それは決して珍しいものではない。だから彼もそれが男同士ということに驚いた訳ではない。
それが非常に美しい光景に見えたことに衝撃を受けたのである。正確に言えば、そう思ってしまった自分に、である。
だが内心の葛藤は「仕事」という言葉でやがて正当化される。眺めているうちに、その光景の出演者の姿をすっかり覚えてしまった彼がそこには居た。
結果として、この青年は、その一点だけにおいて、ヒュリアタの警察署長から推挙され、ロゥベヤーガへと回されることとなったのである。
「……という訳で、諸君には先程説明した人物の捜索をしてもらう。だが、くれぐれも深追いはするな」
「何故ですか?」
ムルカートをからかった男が、手を挙げ、呆れた様に問いかけた。
「それでは我々の仕事では無くなってしまう」
「今回は軍警の管轄の仕事だった。それが戻っただけなのだ。我々は今回そのサポートに過ぎないのだが、当の軍警からの派遣員が『邪魔をしないだけでいい』だからな」
ふう、と署長はため息をつく。
「つまりは何もしないでいい、ってことかなあ」
とつぶやく者も居る。その声を聞きつけたのか、署長は汗をふきながら答える。
「いやいや、邪魔をしないということは結構厄介かもしれんぞ。くれぐれも、気を付けてくれ」
むむむ、とムルカートは釈然としないものを感じた。
*
「何だよ別に何もせんでいいからいーじゃん」
「あんたはそういうけどさ、ネイル」
「まあまあ、そういきり立たないで。それより、今はお仕事お仕事」
ぶすっとした顔のまま、ムルカートは少し年上の同僚についていく。正直言って、彼は予定されていた役割を横から取っていかれた様な気分なのだ。彼は仕事が好きだった。仕事を真面目にこなして、その上でもたらされる達成感というものが好きだったのだ。
先日までの「監視」は、その経過における内部の葛藤はともかく、報告文といい、記憶といい、自分なりに納得できるものだった。与えられた仕事をきちんとこなすことは何と気持ちいいことだろう。
だから彼にしてみれば、そんな人生の楽しみの中心である「仕事」を横から取られたということは、非常に悔しいことなのだ。
「それにさあ。お仕事ってのは楽しいことだけじゃあないのよ」
へへへ、とネイルは言いながら笑う。小柄で、陽気な顔をしたこの同僚は表情に似合わないことを言う。
「それにしてはあんた楽しそうじゃない」
「だって今から行くとこ、お前忘れたの?」
「え」
「マトリバステナ劇場だよ。ホラ街の」
まだ判らなさそうな顔をしている新入りに、にんまりとネイルは笑みを浮かべる。
「他星系の女達のショウが毎晩あるんだぜ?」
「……へ。そんなとこにどうして」
「お前ほんっとうに他の事件とか何っにも聞いてなかったのね」
うるうる、とネイルは急にうつむいて泣き真似をする。
「いっけないよー。自分のお仕事にマジメなのはいいけど、それじゃーいざって時に足をすくわれる」
「……それは俺の勝手でしょ」
「うんうん別にいいのよ俺は。ただ君がそーやって転んだ時にも、俺は別にお手伝いなんかしてやれないからね、と言うだけでね。ま、その時はその時。とりあえずは劇場の踊り子さん達に会えるからいいかー」
軽い。あまりに軽い、とムルカートはふと頭を抱えたくなった。しかしネイルの言うことにも一理ある。やはり自分は新入りなのだし、ちゃんと周囲は見渡しておかなくてはならないな、とその「マジメ」な頭は真っ向から受け止める。
「何だろうな」
急遽集められた警官達は顔を見合わせる。見事なまでに、そこに居たのは男ばかりである。
この惑星の警察機関に女性が存在しない訳ではないが、彼女達の役割は女性が関わる事件の、取り調べなどに限られる。男性が無闇に見てはならない部分にあたるところに女性が必要なら、仕事を当てる。そんな具合だった。
もっとも、女性が関わる事件は滅多にない。関わる場合でも、大半が戒律とは無関係な他星系の女なので、取り扱いは地元の女よりずさんになる。
さてそんな警官達の中に、最近ヒュリアタからこのロゥベヤーガに転勤してきたムルカート・タヴァンという青年が居た。
「運がいいぞお前。この街は、他の街より女の検挙率が高いんだぜ」
「よせよ」
からかう同僚に、頬を赤らめてムルカートは言い返す。
「俺はそんな理由でここに転勤してきた訳じゃないんだからさ」
「そんな理由そんな理由と言ってもね、それが最大の役得であるのも事実なんだよ」
ふふふ、と同僚は意味ありげに笑う。そんなこと言われても。純情な青年は答えに困る。
だいたい転勤の理由が、自分があのコテージの監視人だった、ということに尽きるから彼も困っている。あの経験はなかなか忘れられるものではない。
安い給料の自分では一生かかっても手にに入れられるか判らない、白い、美しいコテージ。まともに昼時間をずっと監視しているのではたまったものではないので、どちらかというと、夜時間に食料を抱えて木の上に上ったものである。
そしてその中身を時々双眼鏡で観察していたのだが……
何でカーテンをひかないんだ!! と彼は何度怒鳴りたくなったことだろう。
確かに海側に面しているし、そもそもそのコテージの周辺も、所有者のものである。だからそこに居るだけで充分不審なので、文句を言う筋合いはないのだが……
だからと言って、そんな、床まで続く窓の大きな部屋で、連日の様にそんなことを繰り広げていなくてもいいだろう!
しかも、最近戻ってきたその所有者が今回連れていたのは、女ではなく、男だった。友達か仕事仲間だろうか、と彼は期待したのだが、何ってことはない。その二人ときたら、もう朝であろうが昼であろうが、夜であろうが、思い立った時に、したいことをしているという有様である。
ムルカートはさすがに最初の夜、頭を思い切り殴られた様な衝撃を受けた。この惑星では、宗教的にもそれはさほどの禁忌でもないので、それは決して珍しいものではない。だから彼もそれが男同士ということに驚いた訳ではない。
それが非常に美しい光景に見えたことに衝撃を受けたのである。正確に言えば、そう思ってしまった自分に、である。
だが内心の葛藤は「仕事」という言葉でやがて正当化される。眺めているうちに、その光景の出演者の姿をすっかり覚えてしまった彼がそこには居た。
結果として、この青年は、その一点だけにおいて、ヒュリアタの警察署長から推挙され、ロゥベヤーガへと回されることとなったのである。
「……という訳で、諸君には先程説明した人物の捜索をしてもらう。だが、くれぐれも深追いはするな」
「何故ですか?」
ムルカートをからかった男が、手を挙げ、呆れた様に問いかけた。
「それでは我々の仕事では無くなってしまう」
「今回は軍警の管轄の仕事だった。それが戻っただけなのだ。我々は今回そのサポートに過ぎないのだが、当の軍警からの派遣員が『邪魔をしないだけでいい』だからな」
ふう、と署長はため息をつく。
「つまりは何もしないでいい、ってことかなあ」
とつぶやく者も居る。その声を聞きつけたのか、署長は汗をふきながら答える。
「いやいや、邪魔をしないということは結構厄介かもしれんぞ。くれぐれも、気を付けてくれ」
むむむ、とムルカートは釈然としないものを感じた。
*
「何だよ別に何もせんでいいからいーじゃん」
「あんたはそういうけどさ、ネイル」
「まあまあ、そういきり立たないで。それより、今はお仕事お仕事」
ぶすっとした顔のまま、ムルカートは少し年上の同僚についていく。正直言って、彼は予定されていた役割を横から取っていかれた様な気分なのだ。彼は仕事が好きだった。仕事を真面目にこなして、その上でもたらされる達成感というものが好きだったのだ。
先日までの「監視」は、その経過における内部の葛藤はともかく、報告文といい、記憶といい、自分なりに納得できるものだった。与えられた仕事をきちんとこなすことは何と気持ちいいことだろう。
だから彼にしてみれば、そんな人生の楽しみの中心である「仕事」を横から取られたということは、非常に悔しいことなのだ。
「それにさあ。お仕事ってのは楽しいことだけじゃあないのよ」
へへへ、とネイルは言いながら笑う。小柄で、陽気な顔をしたこの同僚は表情に似合わないことを言う。
「それにしてはあんた楽しそうじゃない」
「だって今から行くとこ、お前忘れたの?」
「え」
「マトリバステナ劇場だよ。ホラ街の」
まだ判らなさそうな顔をしている新入りに、にんまりとネイルは笑みを浮かべる。
「他星系の女達のショウが毎晩あるんだぜ?」
「……へ。そんなとこにどうして」
「お前ほんっとうに他の事件とか何っにも聞いてなかったのね」
うるうる、とネイルは急にうつむいて泣き真似をする。
「いっけないよー。自分のお仕事にマジメなのはいいけど、それじゃーいざって時に足をすくわれる」
「……それは俺の勝手でしょ」
「うんうん別にいいのよ俺は。ただ君がそーやって転んだ時にも、俺は別にお手伝いなんかしてやれないからね、と言うだけでね。ま、その時はその時。とりあえずは劇場の踊り子さん達に会えるからいいかー」
軽い。あまりに軽い、とムルカートはふと頭を抱えたくなった。しかしネイルの言うことにも一理ある。やはり自分は新入りなのだし、ちゃんと周囲は見渡しておかなくてはならないな、とその「マジメ」な頭は真っ向から受け止める。
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