反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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13.都市警察の目的とは?

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 ホラ街のマトリバステナ劇場は、中心街の外れにある。基本的にこの惑星の場合、歓楽街は都市の端にある。強烈な日差しが全てを漂白してしまう様な昼にはそこは全くのゴースト・タウンの様に静まり返る。長い夜時間を働き通したそこの住人達にとって、やはり長い昼時間は、身体を充分に休息させるためのものだった。
 ひっそりと静まり返った歓楽街は、四角い建物と、空に絡まりあった電線の影を白い石畳の上に落としている。
 だが全く人が通らないという訳でもない。夜きちんと営業ができる様に、と働く者もほんのわずかだが居る。
 例えば夜生き生きとする様に、と焼け付かない程度の日差しを花にあげたり、昨晩破れてしまったカーテンをつくろったり、作り置きの甘い菓子を焼いたりする人々。
 そんな人々を横目で見ながら、二人は劇場へと向かった。おそらくそれは、他惑星の「大劇場」を知っている者には、「芝居小屋」にしか見えないだろう。
 いいところ100人200人程度しか入らない客席。「ステージ」も狭く、そして何やらかび臭い、と一歩入ったムルカートも思う。

「これはこれは都市警察のダンナ、こないだは大変でしたなあ」

 「劇場」の支配人は眠そうな顔を隠しもせずに言った。それでも愛想はいい。

「ああ大変だったなあ。全くもう、いやんなっちゃうよ」

 へへへ、とネイルは笑う。

「で、踊り子は見つかったのかい?」
「ええ見つかりましたよ。全くあいつは、何で見つかるって判ってて、飛び出すのかねえ。仕事が嫌って顔じゃないんですがねえ。どーも他星系の女ってのはわたしにゃあよく判りませんよ」

 両手を広げて、「支配人」は呆れた、という表情を作る。

「ふーん。何だっけ。マリア?」
「マリエアリカですよ。ま、そっちのお達しもあるし、こっちにも大事な商売道具ですからね、手荒なことはしませんでしたわ。いやだってですよ、時々外に出たいなら出ればいい、ってこっちも言ってるんですがね、何だってあいつはいつもいつも、夜に飛び出すんでしょうねえ。今回は窓まで割るから、その修繕費が大変なんですよ? まあ半分はあいつの賃金から出すと言いましたらそれでいいなんて抜かすし。金が欲しくてこんな仕事しているって言うわりには馬鹿ですよね、あれは」

 支配人は一気にまくしたてる。普段の鬱憤が、こういう所であふれだしてくるらしい。

「何があったんですか?」

 小声でムルカートは訊ねる。

「や、日常茶飯事なんだけどさ」
「日常茶飯事、なんて言わんで下さいよ~」

 口ひげをたわわに生やした支配人はそれに似合わぬ細い身体をすくめた。長い指をやや神経質そうに広げては、何処か芝居がかった口振りで嘆く。

「一応こっちも、ここいらの堅気の女は使えませんからね。だからこそ、他星系で募集かけるんですよ。ええ結構かかりますぜ。だけど仕方ないじゃあありまぜんか。無論ここで女が調達できればそれにこしたこたありませんわ。ですがねえ、どうもここんところ、借金しても砂漠へ逃げる女が増えすぎですわ!! 全く」
「砂漠へ」

 ムルカートはぽかんと口を開ける。この「マジメな」都市警察の青年は、「女の調達」と「砂漠」のつながりがどうにも判らないらしかった。ネイルはそれに気付いて解説を加える。

「それはひどい」
「ひどいでしょう?」

 支配人は苦笑する。

「いやそうじゃない、何だって、女がそれで砂漠に行かなくちゃならないんだっ」

 思わず拳を握りしめる青年に、ネイルも支配人もは? と思わず顔を見合わせた。

「お前、それ本気で言ってる?」
「本気だよ! そりゃあ、確かにお金を払えないのは、良くないけど……」
「ちょっとダンナ、この若いさん、大丈夫?」

 気にしないで、とネイルはひらひらと手を振る。

「お前ちょっと黙れよ」
「だってネイルさん」
「お前が育った環境がどうなのか俺が知ったことじゃないけどさ、ここにはここなりの流儀ってのがあるの。お前が今ここでがたがた騒いでもしょーがないぜ? それより俺達の仕事はなあに?」
「だから俺はそれを聞きたいんだけど」
「お、そう言えば言ってなかったなあ」

 そしてネイルはくる、と支配人の方へ向き直る。

「という訳でサーカスンさん、そのお話の続きを」
「何の話をしていましたっけなあ……」


 
「お前ね、ああいうこと間違ってもああいうとこで言うもんじゃないよ」

 無造作に氷を入れ、パインアップルを一片、端につけたコップに注がれた、透き通った黄色のジュースをストローですすりながら、ネイルは椅子にふんぞり返る。

「でも俺、本当にそう思ったんだから」
「お前がそう思ってる思ってないは別! そりゃあね、俺だって、それは良くないって思ってるよ? いっくら何だって、女の子がかあいそうでしょうね。だけどあそこで言うな、そんだけだよ俺が言いたいのは」
「……」

 不服そうな顔のムルカートは黙って自分の目の前にある白い液体をかきまわす。からからと氷が音を立てる。

「あれはあそこでは常識。そして俺達はあそこから結構な情報をいただいてるんだぜ?」
「しかし都市警察というものは」
「それはそれ。これはこれ。それにな」

 不意にネイルはコップを置くと、ぐい、とムルカートの襟を掴み、間近に顔を寄せた。そして相手に強引に視線を合わさせると、囁く様な声で言った。

「何も砂漠に出たからって全部が全部、死ぬ訳じゃあないんだぜ?」
「……まさか」

 ムルカートは目を丸くする。

「まさか、じゃねーんだよ。最近、結構な数の女が、そうやって砂漠に出たはずなのに、何故か、それからしばらくして、アウヴァールのあちこちで目撃されてんだ。アウヴァールとこっちワッシャードじゃ、女の服装がちょっと違うからな。目につきやすいらしいんだよ」
「……で、でもどうやって」
「そこが、問題なんだよ」

 ちちち、とネイルは指を横に振ってムルカートの襟を離す。いきなり引きつっていた首の後ろが軽くなったので、バランスを崩した彼は椅子に強く尻をついてしまう。

「つまりは、そこで何らかの手引きをしている連中が居るんじゃないか、ってえことだ」
「手引き、ですか」
「ああ。お前はあれこれ言うがな、元々は借金が返せないから女を売りに出すんだ。それは女の問題じゃあねえ。親だの旦那だの、とにかくその女を手の内に入れてる野郎の問題だ。女はたいがいそんな借金を作ることもできねえのが普通だ。なのに、売られるの女だ」
「ひどいですね」
「ところが、だ。ここの女達にとってはそれが普通だからたちが悪い。野郎どももそれが普通だと思ってるからな。だから俺も感情としては、そういう『何か』手助けして逃げさせてやる奴らが居るなら結構拍手しちまうね」
「だったらどうして」
「お前なあ。俺達は一応都市警察の人間な訳よ。目的は何?」
「都市の治安維持…… だと思う」
「だと思う、じゃなくて、そうなの。拍手喝采したいようなことでも、秩序を乱すことであることには変わらないでしょ」

 まあそうだが。ムルカートは次に言うべき言葉を見失った。探そうと思う。だが見つからない。仕方なく、彼は今まで口をつけてなかった飲み物に手を出す。
 何となく、気詰まりな時間が流れていく。ふう、とふと視線を入り口の方に向けた時だった。
 ぎい、と音をさせて、扉が開いた。ああ蝶番に油わささなくてはな、とムルカートは何となく思う。
 だが次の瞬間、その扉から入ってくる人物に、彼の目は吸い寄せられた。
 彼だ。
 それは、彼がずっと監視していたあのコテージに居た人物だった。
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