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15.馴染み薄い「同僚」のことを考えてみる
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そう、知り合い。「同僚」の中で、おそらく伯爵は、Gにとって一番存在であるかもしれなかった。
確かに事あるごとにその屋敷に滞在して話をすることはあったが、かと言ってあの連絡員の様な親密な関係になることはない。それが遊びであっても、意味があっても無くても。
何となく、そこには距離を感じるし、別に近づけようと思わなかった。
何故だろう、と彼は思う。
これが連絡員の愛人でもあるあの中佐だったら予想がつく。Gはあの自らを盟主の銃と呼んではばからない男に関しては、ある種の敬意と同時に距離を置いている。敵には回したくない、とその戦いぶりを見るたびに思う。コルネル中佐には迷いが無い。
「盟主のため」という大義名分は連絡員と変わらないし、連絡員の方がその思いは強いと思われるのに、その行動の迷わなさに関しては、中佐の方が連絡員よりずっと強い。
もっとも、中佐は連絡員がどうこうした、という場合においては、何よりも情が先行している様な気がするのだが…… まあ彼も胸にぐっさりとあの長い爪が刺さるのはごめんだったので、それを口にしたことはない。
ある意味一番「いい同僚」なのかもしれない、と時々は思う。「仕事」の面では信用ができるのだ。無論それだけに、その標的が自分になった時には一番恐ろしいのだが。自分が天使種でなかったら、確実に殺されるだろう。いや、天使種であっても、本気で来られたら、自分に勝ち目はないだろう。
「伯爵」は。
彼がヴァンパイアだ、ということはGも聞いている。それ故に、天使種でもない生身なのに、盟主とは長いつきあいなのだ、と。
ヴァンパイアのことは彼はよく知らない。いや、この時代、「吸血鬼」の伝説は既に無いと言っても良い。だからGにしても、伯爵が自分の正体を告げた時も、だからそれがどうした、という感じが無くもなかった。それは相手にとってはやや不本意な反応かもしれない。しかし仕方が無い。
伯爵によると、彼が吸い取るのは血液ではなく、精気なのだという。だったらあの内調局員の相方であるシャンブロウ種と何処か近いものがあるのだろうか、とも考える。
だが伴侶によってその生存年数が違うシャンブロウ種とはやや違う様にも思われる。それに、そもそもシャンブロウ種が天使種の軍によって狩られたのは、それが「融合型」の進化を遂げた種であったからだった。
天使種は自分たちもまたその「融合型」であったことから、同様の進化を遂げた種族を狩った。
だとしたら、そもそも系統が違う生物だ、ということも考えられる。位相の違う生命体なのかもしれない。たった一人の。
考えてみれば、そんな者ばかりではないか、とGは思う。彼らMMの幹部構成員は、普通の人間とはかけ離れている者ばかりだった。能力がどう、という以前に、生物として。
その「違う」部分が、人を引きつけているのだろうか。Gは時々そう思うのだ。
もっともそれは「時々」である。いつもそんなことを考えていたら、動きがとれない。その件について、大切なことは、とにかく自分は何かと見られる存在である、ということである。
食事が大半終わっても、何やら首のあたりに視線を感じる。しつこいな、と彼は思った。
だから、食べ終わった時、彼は席を立った。
*
「おいもうそろそろ戻ろうぜ」
「……いや、もう少し」
ネイルはいい加減時計を気にし出す。
「そろそろ始まるぜ」
「あ、ああ……」
「俺は別にいいんだけどさ、お前は祈りの時間じゃなかったっけ?」
日が中天に差し掛かる頃だった。店の中でスイッチを入れっぱなしなラジオからがりがり、と音がし始める。
「五分前だぜ」
けたたましい、何処か古めかしい音楽がやがて流れてくる。この音楽が終わるまでに、祈りの体勢をとらなくてはならないのだ。
元々の発祥の地では一日に五回行われていた祈りも、宇宙に出てからはその回数は場所によりまちまちである。この地でも、今では朝と昼と夕べにしか行われない。だがそれだけに、その時間には、その信仰を持つ者は真摯な姿勢で行う。
かつては聖地の方角を向いたというが、今ではそれは無い。聖地ははるか彼方の、人類が捨てた惑星である。それを求めて行く者も無い。よって、現在の祈りの方角は太陽にある。
「……ちょっと出てきます」
ムルカートは立ち上がり、外へ出た。外にもまた、あちこちに取り付けられたスピーカーにより、けたたましい音楽が鳴り響いている。
残されたネイルは、杯に半分残った自分の飲み物をすすると、窓の向こうに居る相方の様子を眺めていた。信仰を持たない者にとって、その行動は不思議と言えば不思議である。
「よくやるよな」
ふと、そんな言葉が口から漏れた時だった。
「やっはりそう思います?」
低い甘い声が、ネイルの耳に届いた。
「おや」
にこやかに笑う青年が、ネイルの目の前に立っていた。Gだった。
「何か、俺に御用ですか?」
「いや、あなたのお連れの方が、俺に御用なのではないですか?」
「連れが?」
ちら、とネイルは窓の外を見る。外でも内でも、ラジオから祈りの声が流れている。頭を地面にすりつけるようにして祈る相方の姿がネイルの視界に入った。
「そうなんですか?」
「ずっと、見られていたような気がするんですが」
「なるほど。でも彼はあの通り今祈りの最中なので、少し待ってくれませんかね?」
にこやかにネイルは笑い、今まで相方が座っていた席をすすめる。人懐こい笑いだ、とGは思う。初対面の相手が一発で気を許してしまうような、無邪気にすら見える笑いだった。
どうぞ、と場所を変えたGに、イアサムはとん、と飲み物を出す。
「そちらも、何かもう一杯如何ですか?」
「いや、仕事中だし、相方が戻ってきたら、出るから」
「かしこまりました」
手を胸に置いて、イアサムはそのまま奥へと戻っていく。
「でも確かに、何かあなたが入ってきたあたりから、彼は気にしてましたね」
ネイルはさらりと言う。そうですか、とGは答えた。
「仕事中なのですか?」
「ええ」
「差し支えなければ、何のお仕事か……」
「都市警察ですよ」
ひら、とネイルは服の裏地を見せた。白い、そのあたりで皆が着ているような服なのに、裏地に、刺繍で縫い取りをした布を貼り付けている。
「取り外しができるんですがね」
そう言ってぱち、と取り付けているスナップを外してみせる。Gはその動作にくす、と笑う。
「旅行の方には、ここの習慣は奇妙に見えませんか?」
「そうですね。確かにこんな風に祈りを捧げるところは、さすがに俺も見たことはない」
「ここだけですね」
「そうなんですか?」
「今では対象が一つである宗教なんてものは、殆どの地ではないでしょう?」
「そういうものですか。よくご存じですね」
「いや、俺も聞いた話です」
さらり、とネイルは答える。
「でも、今はその対象が、神ではなく天使に移った、ということなのかもしれませんね」
Gはその言葉にふと眉をひそめる。
「ああ、ちょっと口がすべった。内緒ですよ」
そしてまた人懐こい笑みを浮かべる。Gもまた、それにつられて口元がゆるむ自分を感じた。
最後にベルの様な音が響いて、ずっとひざまづき、頭を地に付けていた人々が立ち上がる。店の外で祈りを捧げていた客が一人二人と戻ってきた。
その人々の列に混じって戻ってきたムルカートは、視界に入ったものに気付くと、思わず目をこすった。
確かに事あるごとにその屋敷に滞在して話をすることはあったが、かと言ってあの連絡員の様な親密な関係になることはない。それが遊びであっても、意味があっても無くても。
何となく、そこには距離を感じるし、別に近づけようと思わなかった。
何故だろう、と彼は思う。
これが連絡員の愛人でもあるあの中佐だったら予想がつく。Gはあの自らを盟主の銃と呼んではばからない男に関しては、ある種の敬意と同時に距離を置いている。敵には回したくない、とその戦いぶりを見るたびに思う。コルネル中佐には迷いが無い。
「盟主のため」という大義名分は連絡員と変わらないし、連絡員の方がその思いは強いと思われるのに、その行動の迷わなさに関しては、中佐の方が連絡員よりずっと強い。
もっとも、中佐は連絡員がどうこうした、という場合においては、何よりも情が先行している様な気がするのだが…… まあ彼も胸にぐっさりとあの長い爪が刺さるのはごめんだったので、それを口にしたことはない。
ある意味一番「いい同僚」なのかもしれない、と時々は思う。「仕事」の面では信用ができるのだ。無論それだけに、その標的が自分になった時には一番恐ろしいのだが。自分が天使種でなかったら、確実に殺されるだろう。いや、天使種であっても、本気で来られたら、自分に勝ち目はないだろう。
「伯爵」は。
彼がヴァンパイアだ、ということはGも聞いている。それ故に、天使種でもない生身なのに、盟主とは長いつきあいなのだ、と。
ヴァンパイアのことは彼はよく知らない。いや、この時代、「吸血鬼」の伝説は既に無いと言っても良い。だからGにしても、伯爵が自分の正体を告げた時も、だからそれがどうした、という感じが無くもなかった。それは相手にとってはやや不本意な反応かもしれない。しかし仕方が無い。
伯爵によると、彼が吸い取るのは血液ではなく、精気なのだという。だったらあの内調局員の相方であるシャンブロウ種と何処か近いものがあるのだろうか、とも考える。
だが伴侶によってその生存年数が違うシャンブロウ種とはやや違う様にも思われる。それに、そもそもシャンブロウ種が天使種の軍によって狩られたのは、それが「融合型」の進化を遂げた種であったからだった。
天使種は自分たちもまたその「融合型」であったことから、同様の進化を遂げた種族を狩った。
だとしたら、そもそも系統が違う生物だ、ということも考えられる。位相の違う生命体なのかもしれない。たった一人の。
考えてみれば、そんな者ばかりではないか、とGは思う。彼らMMの幹部構成員は、普通の人間とはかけ離れている者ばかりだった。能力がどう、という以前に、生物として。
その「違う」部分が、人を引きつけているのだろうか。Gは時々そう思うのだ。
もっともそれは「時々」である。いつもそんなことを考えていたら、動きがとれない。その件について、大切なことは、とにかく自分は何かと見られる存在である、ということである。
食事が大半終わっても、何やら首のあたりに視線を感じる。しつこいな、と彼は思った。
だから、食べ終わった時、彼は席を立った。
*
「おいもうそろそろ戻ろうぜ」
「……いや、もう少し」
ネイルはいい加減時計を気にし出す。
「そろそろ始まるぜ」
「あ、ああ……」
「俺は別にいいんだけどさ、お前は祈りの時間じゃなかったっけ?」
日が中天に差し掛かる頃だった。店の中でスイッチを入れっぱなしなラジオからがりがり、と音がし始める。
「五分前だぜ」
けたたましい、何処か古めかしい音楽がやがて流れてくる。この音楽が終わるまでに、祈りの体勢をとらなくてはならないのだ。
元々の発祥の地では一日に五回行われていた祈りも、宇宙に出てからはその回数は場所によりまちまちである。この地でも、今では朝と昼と夕べにしか行われない。だがそれだけに、その時間には、その信仰を持つ者は真摯な姿勢で行う。
かつては聖地の方角を向いたというが、今ではそれは無い。聖地ははるか彼方の、人類が捨てた惑星である。それを求めて行く者も無い。よって、現在の祈りの方角は太陽にある。
「……ちょっと出てきます」
ムルカートは立ち上がり、外へ出た。外にもまた、あちこちに取り付けられたスピーカーにより、けたたましい音楽が鳴り響いている。
残されたネイルは、杯に半分残った自分の飲み物をすすると、窓の向こうに居る相方の様子を眺めていた。信仰を持たない者にとって、その行動は不思議と言えば不思議である。
「よくやるよな」
ふと、そんな言葉が口から漏れた時だった。
「やっはりそう思います?」
低い甘い声が、ネイルの耳に届いた。
「おや」
にこやかに笑う青年が、ネイルの目の前に立っていた。Gだった。
「何か、俺に御用ですか?」
「いや、あなたのお連れの方が、俺に御用なのではないですか?」
「連れが?」
ちら、とネイルは窓の外を見る。外でも内でも、ラジオから祈りの声が流れている。頭を地面にすりつけるようにして祈る相方の姿がネイルの視界に入った。
「そうなんですか?」
「ずっと、見られていたような気がするんですが」
「なるほど。でも彼はあの通り今祈りの最中なので、少し待ってくれませんかね?」
にこやかにネイルは笑い、今まで相方が座っていた席をすすめる。人懐こい笑いだ、とGは思う。初対面の相手が一発で気を許してしまうような、無邪気にすら見える笑いだった。
どうぞ、と場所を変えたGに、イアサムはとん、と飲み物を出す。
「そちらも、何かもう一杯如何ですか?」
「いや、仕事中だし、相方が戻ってきたら、出るから」
「かしこまりました」
手を胸に置いて、イアサムはそのまま奥へと戻っていく。
「でも確かに、何かあなたが入ってきたあたりから、彼は気にしてましたね」
ネイルはさらりと言う。そうですか、とGは答えた。
「仕事中なのですか?」
「ええ」
「差し支えなければ、何のお仕事か……」
「都市警察ですよ」
ひら、とネイルは服の裏地を見せた。白い、そのあたりで皆が着ているような服なのに、裏地に、刺繍で縫い取りをした布を貼り付けている。
「取り外しができるんですがね」
そう言ってぱち、と取り付けているスナップを外してみせる。Gはその動作にくす、と笑う。
「旅行の方には、ここの習慣は奇妙に見えませんか?」
「そうですね。確かにこんな風に祈りを捧げるところは、さすがに俺も見たことはない」
「ここだけですね」
「そうなんですか?」
「今では対象が一つである宗教なんてものは、殆どの地ではないでしょう?」
「そういうものですか。よくご存じですね」
「いや、俺も聞いた話です」
さらり、とネイルは答える。
「でも、今はその対象が、神ではなく天使に移った、ということなのかもしれませんね」
Gはその言葉にふと眉をひそめる。
「ああ、ちょっと口がすべった。内緒ですよ」
そしてまた人懐こい笑みを浮かべる。Gもまた、それにつられて口元がゆるむ自分を感じた。
最後にベルの様な音が響いて、ずっとひざまづき、頭を地に付けていた人々が立ち上がる。店の外で祈りを捧げていた客が一人二人と戻ってきた。
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