反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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16.連絡員とその愛人はそのとき。

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「どうよ」

とにこにこしながら連絡員は相手の杯に飲み物を注いだ。

「さあて」
と注がれた相手はそれを取ると、わざとらしくゆっくりとストローですする。

「どう向こうが出るか、が問題だよな」

 白い布の下で、赤い髪が影の様に揺れる。似合わないと言えばこれほど似合わない格好は無い、と連絡員は自分の愛人に対して思う。
 自分は、と言えばそのあたりは棚に上げているが。まあまんざらでもないな、と中佐は思っていた。何故かこの連絡員は、軍服もこんな地方の衣装もあっさり馴染ませてしまう。

「それで、表向き、あのコテージの奴は何なのさ」
「表向き、はただのリゾート野郎さ。それは確かだ。見事なまでにな」
「裏向きは?」
「まあ俺の表の仕事的には、あの家主は今この惑星内で広がりつつある『逃がし屋』の疑いがかかってるらしいな。付け足しのようにさ。都市警察の資料にはそうあったが」
「逃がし屋、ね。それは多少不穏だな」
「多少な」

 ずず、とわざとらしく中佐は杯の中身を吸い尽くした。そしておかわり、と目の前の自分の愛人にそれを突き出す。

「それも女専門だ」
「となると、二つ意味が出てくるね」
「ああ」

 人混みの中での会話はごく小さな声か、時には声を立てずに行うのが、彼らの常だった。

「一つは、経済的側面…… これが広がれば、踏み倒すのを前提に、女を担保に金を借りる者が増える、ということ。もう一つは、それまでの意識が変わる、ということかな」
「いずれにせよ、あまりこの惑星には都合のいいことじゃねえな」

 そうだろうね、キムはうなづく。

「この惑星は、このままであって欲しい、というのがMの考えだ」
「そうらしいな」

 それが何故なのか、はこの二人の口からは決して出て来ない。取り立ててその理由は必要なことではないのだ。Mの要望であるなら。

「ただし今回はさすがに帝都政府の利害とも一致するな」
「それは仕方ないでしょ」

 当たり前の様にキムは言う。

「仕方ない、か?」
「そう。仕方ないんだよ」

 なるほどね、と中佐は肩をすくめる。彼は彼で、M率いる「MM」という反帝国組織と帝都政府との絡まりに気付いてはいた。それが矛盾する関係に一見思えるようなことである、ということも。

「あんたはさ、いいね」

 テーブルに両肘をついて、キムはやや身体を乗り出す様にして手の上にあごを乗せる。

「何を今更」
「あんたは迷わないからさあ」
「俺は、ということは、誰かさんは迷ってる訳かよ?」
「迷ってるね。我らが可愛い同僚君は」
「Gか」

 キムはうなづく。

「彼、今ここに居てね。強引に動こうとすれば動く術なんて幾らでもあるくせに、何かと理由つけて動かないんだぜ」
「ふうん?」

 もう一杯、と更に杯を突き出す。キムは呆れて、ポットのふたを開けてみせる。中身は既に空だった。仕方ねえなあ、と中佐は手を挙げて、カフェの店員にポットの代わりを求めた。

「聞いてくれる?」
「お前が言いたいんだろ?」
「確かに。俺が言いたいんだね。じゃあ聞いてよ。あいつ、例の奴と寝てたんだ」

 だから? という様に中佐はその金色の瞳で続きをうながす。

「今ここで、じゃないよ。こないだの仕事の時。惑星ペロンでさ」
「……」

 中佐は腰のベルトにつけたポケットから煙草を取り出す。
 それはいつもの強いものではない。一応この土地のものだった。紙巻きとしてはポビュラーなものだった。それに黙って火をつけて、彼は連絡員の話を聞いていた。

「何か、あんまりじゃない、って感じがしたのよ」
「あんまり、ねえ」
「なんかひどく、嫌な感じがしたんだけどさ」
「ふうん。それで、キム君としては、裏切り者をどうしたいと思った訳?」
「どうしたものかな、と思ってる」

 ふう、と中佐は煙を吐き出した。

「相手の方を見つけだして殺れ、とは伝えておいたけどね。こんなことが続く様だったら、奴自身が殺られるのを待つみたいなもんだよね」
「別に俺は奴がどうなろうが知ったことじゃねえがな」
 
 くい、と半分吸いかけた煙草を皿に灰皿に押しつける。

「別にいいじゃないか。裏切ったなら、始末したらどうだ? マトモにやりあえば、お前の方が勝てるだろ」
「どうかな。俺には時間制限があるし」

 それだけじゃねえだろう、と中佐は言おうと思ったが、やめた。
 結局、キムはGを殺したくなどないのだ。簡単すぎる程の答えが、この自分の愛人の言動一つ一つからこぼれているのが中佐には判る。気付いていないのは、本人だけなのだ。厄介なものだな、と中佐は思う。
 ある意味、Gより板挟みなのはこいつなのかもな、とわざとらしい程にずるずる、とストローでコップの底の底まで吸い尽くしてしまいながら彼は考える。
 こんなことをしても、大して嫌そうな反応を示しもせず、ただ曖昧に笑っているだけ、というのは、このレプリカントにしては重傷だった。
 中佐は盟主MとGの関係については良くは知らない。自分が生まれる以前の過去のことなど、全く知らないし、知る気も無い。彼にとって大切なのは、現在であり、現在が連続して形作る未来でしかない。
 過去何があったか、などということは大した問題ではない。本当に大切な過去だったら、それは現在に確実に反映させるものであり、自分があえて探らなくても勝手に向こうから姿を現すものだ、と中佐は思っている。
 現に、この目の前の愛人に関してはそうだった。
 このレプリカントの過去は必要だったから彼の前に姿を現した。そういうものなら、中佐は真っ向から受け止める。逃げるつもりもなければ、避けるつもりもない。そこにあるのはまぎれもない現実であり、避けようが逃げようが、いつか自分が相対するものだからだ。
 そして、その結果として自分という存在が完全破壊されたとしても、それはそれで致し方ないことだ、とも。
 もっとも中佐はせっかく地獄の手前で引き戻されたのだから、できるだけしぶとく自分は生き抜いてやろう、とは考えているが。
 ただ彼は、前からやって来るものから逃げていたところで仕方が無い、と思うのだ。必要なものなら、どんなに時間をかけたところで、いつかは真っ向からやってくるものなのだ。
 Gはそこからずっと時間を稼いでいる様にしか彼には見えない。実際、中佐はGと盟主Mが相対している所を殆ど見たことが無い。というより、記憶を取り戻してからこのかた、GはMと顔を合わせたことが無いのだ。
 故意的に避けている、と連絡員は中佐に言ったことがある。
 間接的だ。連絡員の追跡を避けている、というのが中佐の聞いた内容の全てである。だが彼らの地位において、そんな行動をとること自体、危険なものであるのは間違いない。それでもMはそれを大目に見、キムはその都度探しに行く。
 まるでそれが必要であるかのように。
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