反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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35.月梅という漢字を並べた名

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 その調子で、次第に薄くなる三杯の紅茶を飲み干した後、ようやく子供はカップをGに手渡した。

「あ…… ありがと……」
「お腹は、空いている?」
「そうでもない」

 公用語だった。しかしどうも発音がおぼつかない。母語ではない。後で覚えたものだろう、と彼は判断する。

「じゃあ後で、君が食べられそうなものでも買って来よう。欲しいものはある?」

 子供は首を横に振る。

「そう。じゃあ俺が何か見繕ってくるよ。ところで一つだけ、君に聞いてもいい?」

 うん、と子供はうなづく。

「ここは、何って惑星? そして今は何年?」

 途端に子供の目に怒りの様なものが走る。からかわれているのではないか、と思ったのだろう。

「ごめん。でも至って俺は真面目なんだ。正直、今がいつで、ここが何処だか判らないんだ。君は、知っている? 知っていたら、俺に教えてくれない?」

 できるだけゆっくり、優しく、彼は問いかける。そんな声が、口調が、子供であれ、効かないはずが無い、と彼は思っていた。信じていた。経験からくる自信がそこにはある。

「……735年。……ここは、3-18」
「3-18?」

 子供はうなづいた。
 惑星3-18。確かそんな名前の場所があったことは、彼も記憶している。
 数字が惑星の名前についている星系。クーロン。
 元々そこは居住可能な惑星ではない。小惑星帯の中で、重力がたまたま上手くはまったものに設備を付けて、一つ一つに番地を付けた、星系というよりは、むしろ、コロニー群に近い。
 だとしたら、公用語も北京官話も話されている理由は判る。このクーロン星系の中でも、ナンバー3を付けた番地では、北京官話がまかり通っているのだ。
 一つの暗号言語として。

「君はずっと、ここに住んでいるの?」

 今度は自分のための茶を口にし、彼は問いかける。子供は首を横に振る。

「近くの、3-14に、住んでたの。けど、壊れたから」

 壊れた、ではなく、壊された、のではないだろうか。彼はたどたどしい子供の言葉をそう読みとった。

「それで、3-18に売り飛ばされた?」

 ぱっ、と子供の顔が上がる。身構える。Gはカップをワゴンに置くと、両手を挙げた。

「……ああ、そんなに怖がらないで。俺も、そう長い時間、ここに居る訳ではないから…… ただ、今がどういう世界なのか、ちょっと把握しておかなくちゃならないから」

 言ったところで、意味が通じるとは思っていない。実際、子供は首をひねっている。

「OK、こうしよう。今このあたりが、どういう状態なのか、君が教えてくれたら、俺は君に一宿一飯で恩を返す」
「それだけで、いいの?」
「俺にとっては、大事なことなんだ」

 彼はにっこりと子供に微笑みかける。途端、子供は真っ赤になった。
 そう、大事なことだった。何処に飛ぶにしても、とにかく位置を確かめることから活動は始まる。

「俺はサンド。サンド・リヨン。君の名は?」
「ユエメイ」

 こう書くの、と子供は彼の手を掴んで、月梅、と漢字を並べた。ユエメイ?
 何処かでその名前は聞いたことがある、と彼は思った。何処だったろう。記憶をたどる。急には思い出せない。
 ただ一つ言えることは、その名前は、……少女のものだ、ということだった。



「14に家があったの」

 近くの屋台で買ってきた粥と杏仁豆腐を交互に口にしながら、ユエメイは問われたことを話し出す。

「でも、14が壊れたから」
「それ、壊れたの? 壊された、ではないの?」

 もう少し実のあるものを、と彼はあつあつの肉饅頭を口にしていた。

「壊れたの」

 どうやら譲る気はないらしい。

「その時に、母さんも父さんも見えなくなってしまったから、とにかく、誰か、大人にくっついてたら、この18まで連れて来られて」
「売り飛ばされた、と」
「うん」

 ユエメイは黙ってうなづいた。

「その売り飛ばされた先で、……何か、強い匂いのするものを嗅がされた?」
「強いにおい?」

 ほら、とGは彼女の骨張った手を取った。そのことか、と気付いたらしい。

「うん。行った先で。でも一度だけだよ」
「一度だけ?」
「うん。気持ち悪くなって、吐いちゃったから。その代わり、何か知らないけど、しばらくごはん食べさせてもらえなかったけど」

 なるほど、と彼は思った。このやせ方は尋常ではない。
 「売られた子供」の使い道は色々あるが、少女であるなら、その大半は身体を売ることに回されるだろう。それが一番金になるのだ。少年もそれなりの需要はあるが、それでも少女に比べれば多くは無い。

「綺麗じゃないし、だったら、高いアレを使うことない、って誰かが言ってた」
「それは君、幸運だったよ」
「そうなの?」
「そうだよ。君の手についた、そのにおい。その匂いを出すものが欲しくて、人殺しする奴だって、世の中にはたくさん居るんだから」
「ふうん。でもそうだよね。見たことがある」
「あるのかい?」

 うん、と彼女は匙を置く。まだどっちの腕にも半分以上残っている。
 それ以上、胃に入らないのだろう。胃が縮みすぎていて、どれだけ頭が食べろと命令している様に見えても、胃の方が拒否するのだ。

「上の階のお姉さんが、きれいなひとだったの。でもいつも、あのにおいがしてて、下のあたし等の部屋までぷんぷん匂ってきたの」

 匂いが漂う程度では、中毒までは引き起こさない。焚かれている煙を至近距離で吸うことが必要なのだ。

「いつも?」
「いつも」

 ユエメイはうなづく。

「あたし達、お姉さん達のように使われないこども達は、狭い部屋にぎっしり詰め込まれてたから、その匂いがやだって言っても仕方なかったし」
「でもよく逃げ出せたね」
「お姉さんが、刺したから」
「刺した? 誰を?」
「あたし等を、連れてきたひと。お姉さんが、何だかいきなり、叫び声を上げて、りんごをむくナイフを持って」

 こんな風に、と匙を逆手に持ってみせる。

「すごい早口で、違う言葉を言ってた」

 違う言葉。

「それは、君が知らない言葉だった、ってこと?」

 公用語でも、北京官話でも無い言葉。例えば辺境の星域、ノーヴィエ・ミェスタではキリル・アルファベットを使用する言語が使われている。
 辺境では、時々そんな、公用語以外の言語が残っている所がある。最初の移民の中心地域と、その地域が「辺境」であり、帝都本星を中心とした文化圏から遠く離れていることが理由であることが多い。
 すると、そんな場所から女をかき集めていたということだろうか。

「お姉さんはそのまま『連れてきたひと』を刺して、スリップに血がべっとりついたまま、ほかの階にも駈け上っていったの」

 興奮状態と、普通でない力。
 亜熟果香の禁断症状だった。それが「身体を損なう」ことでないのか、と問う者が確か医師団体の中にもあったが、意識の開放と潜在能力の発揮、とかいう言葉に置き換えられ、見逃されている事実の一つである。
 この状態になった時、運動能力が著しく上がっているので、おそらく普段は非力だった女性でも、その様なことができたのだろう。逆に言えば、そうなるまで、その女性は亜熟果香を用いられてきたということなのだが……
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