反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
35 / 78

34.美味しい紅茶

しおりを挟む
 それにしても。彼は子供をまじまじと観察する。
 頬がこけ、顔色も悪い。
 それは、亜熟果香のせいではないのだろう。亜熟果香は強烈な習慣性のある香の一種だが、健康を直接的に損ねることはない。
 帝都政府の直下の国家警察において、「麻薬」として取り締まることのできるものは、「習慣性があり」「身体を損ねる」ことが医学的に証明されているものである。
 その定義から行くと、亜熟果香はそれに当たらない。
 全星域で最も恐ろしい麻薬と言われている、通称「スウィートハニィ」と呼ばれる「RQ1889D」と匹敵する習慣性があるくせに、「身体を損ねる」決定的な証拠が掴めないために、野放しになっているのだ。
 実際、何処かの国の太古から伝わる「香道」をたしなむ金持ちの間では、余興として、亜熟果香の純度の高いものをその中に入れることもあるというくらいである。
 しかしどう言葉と使い方を繕ったところで、その習慣性の強さが、様々な裏組織で利用されてきたことには違いはない。
 つまりは、彼の属する「MM」でも何処かしらで使われてはいるのである。使われていない、と考える程に彼はさすがに甘くはなかった。
 一度組織への忠誠を誓っておきながら、裏切った下部構成員にそれを大量に与えたのち放出する。
 確かに身体への直接の影響は無い。しかし身体はともかく、頭の方は。
 砂漠で喉の乾きを訴える旅人の様に、ふらふらと足取りもおぼつかなく歩き回り、誰にでも香は無いかと訊ね歩き、追いすがり、やがては幻覚を見て、都会の交差する交通機関の中に飛び込んで、その肉片を散らしてしまう者を、彼も見て知っている。
 それはそれで、仕方ないことだとは思っていたのだけど。

「……ふぁ……」

 子供の喉から、そんな声が漏れる。かっ、と目が開く。
 次の瞬間、その身体が、大きく跳ね上がった。

「ひゃあぁぁぁぁぁぁ……」

 悲鳴が部屋の大気を引き裂いた。起こした背をさらに前に丸めながら、子供は、声にならない声で、悲鳴を上げ続ける。大きく広げた黒い目は、周りの肉が落ちてしまっているため、ぎらぎらと大きく開いていた。
 禁断症状か、とGは立ち上がりながら思った。しかし彼の知る症状とは、どうもやや違っている。

「……大丈夫だよ」

 前のめりになりながらも、顔だけが前を見据えている。
 そんな子供の背中を、Gは寝台の脇に座り、そっと抱きしめる。がたがた、と触れた部分から震えが伝わってくる。
 やがて、ここが路地ではないことが判ったのだろうか、子供はゆっくりと周囲を見渡し、やがて背中にかかる温もりの正体を確かめるべく、ゆっくりと振り向いた。

「だれ?」

 はっ、と彼は気付く。かすれたその声が発音しているのは、北京官話だった。全星域でも、その言葉を使う地方は滅多に無い。この宿にしたところで、主人が話していたのは、公用語だった。
 北京官話が使われている星系は、彼が知る限り二つしか無い。その二つの中でも、ある都市に限られるのだ。星系全体でそれを使う様な都市は、あり得ない。
 聞き間違いではないだろうか。
 Gはとりあえず、子供をもう一度寝かせると、ワゴンの上にあった魔法瓶に手を伸ばした。湯くらいはそれでも用意してあったらしい。
 白湯だけでは何となく心許ないので、掛けておいた上着の内ポケットを探ると、ティーバッグが幾つか出てきた。
 こんなもの入れただろうか、と一瞬彼も思った。入れた記憶は無い。ピニルに入ったティーバッグの、その外見には、花やら果物やらの古典的な柄と、English Breakfastなどの銘柄が印刷されている。
 そのまま使うのはまずいのではないだろうか、とさすがに彼も少しためらった。何せ彼がこの時間この場所に飛んだのは、紅茶に仕掛けられた薬物のせいでもあったのだ。
 しかし開けたパッケージからは、「嫌な感じ」はしない。全く大丈夫とは言えなかったが、薬物や毒物が「確実に」仕込まれているということはなさそうだ。
 備え付けのカップに彼はティーバッグを入れると、熱い湯を落とす。途端、周囲にふわっ、と乾いた香りが広がった。一口含む。大丈夫だ、薬物や毒物の気配は無い。
 伯爵の元で呑んだ紅茶にまんまとはまってしまったのは、明らかに彼自身の不覚だった。普段から彼は、伯爵邸で、何かと美味しい紅茶を御馳走になっていた。それが、その中に含まれているかもしれない薬物の存在を、忘れさせていた。油断もいい所だった。
 それとも、こんな事態を当初から想定して、伯爵は自分に美味なるティータイム、という奴を何かと過ごさせていたのだろうか。
 考えるとキリが無い。彼は思考停止する。葉がすっかり開き、ある程度まで冷めたであろうことを確認してから、彼は子供にカップを手渡した。

「ほら」

 両手で抱え込む様にして、カップを持たせ、ゆっくり呑むように彼はうながした。言葉は判るだろう。あの時自分に喋り掛けてきたのは、公用語だったのだから。
 ごくん、と皮ばかりに見える喉が、上下するのが判る。それを合図の様に、子供は、カップの中身を一気に飲み干した。そんなに勢い良く呑んだら、火傷をする、と思いながらも、その勢いに彼は止めることができない。
 ふう、と子供は空っぽになったカップを眺め、そして次に彼の方を向いた。

「もう一杯、呑むかい? 出涸らしになってしまったかもしれないけど」

 子供は大きくうなづいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...