反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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40.あの時の自分に会わせてあげたい。

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「そうだね。じゃあ上手く言ってお帰りよ。……ところで、そこのエレカ、邪魔じゃない?」
「邪魔よね。何だったらそっちへ移動させておく方が、後々いいかも」
「キーは」
「こういう所の車のキーなんて付けっぱなしよ」

 ありがとう、とGは再び笑顔を見せた。じゃあね、とミセスの伍長は当直の上司の所へ向かい、数分後、Gに手を振って帰って行った。
 どうもありがとう。Gは内心もう一つお礼を言う。
 途端に、それまでにこやかだった表情が、厳しいものに変わる。あれがイアサムだったら。
 間違えるはずはない、と彼は思っていた。あれだけあの時、至近距離で散々見た相手なのだ。顔だけじゃない。身体の端から端までよく覚えている。
 落とし前ついでだ、と彼は簡単に行動を決める。もしそれが本当にイアサムで無かったとしても構わなかった。
 Gは廊下から、ベッドが何処へ運ばれたか考える。
 同時にこうも考える。
 あれがイアサムとしたなら、何のサンプルとしてね連れて来られているのか。歳をとるのがゆっくりであるのが、彼の――― 出身が判らない惑星の、人間の特徴だとしたら。
 それは突然変異だろうか。それとも、進化の一種だろうか。
 エレベーターを待ちながら、彼は考える。廊下に、微かな車輪の跡がついていた。だとしたら、階上? 階下?
 階下には、Gが飛んで降りてしまった倉庫があったはずだった。
 考えてみれば、自分はあそこでどう処置されようとしていたのか。ついつい気力が抜けていたので、どうでもいい、と考えていたが、少し間違ったら、まずい方向に運ばれていただろう。彼は自分の考えにややぞっとする。
 正規の「実験」だったら、地下でなく、階上ということも考えられる。あの伍長は、よくそんなサンプルのなれの果てを見ているということだ。「受付嬢」の彼女が。
 す、とエレベーターが止まる。すっ、と音も無く開く。彼はにっこりと笑った。
 自分が呼んだだけではない。上から降りてきた者が居た。そう確か。

「コールゼン少尉?」

 Gは相手の肩章を見て、即座にそう問いかけた。笑顔に圧倒されたのか、何だ、とコールゼン少尉はやや引きつり気味に答える。どうやら自分の着ているのは、士官の軍服ではないらしい。

「実は」

 そのまま彼は、エレベーターの中に飛び込み、closedのボタンを押した。途端、箱の中は密室となる。がたん、と揺れる感触がある。笑顔のまま、Gはコールゼン少尉の両肩を壁に押しつけた。

「……な、貴様……」
「今さっき、連れていったサンプルは、何処だ?」
「何でそれを……! 貴様の様な下士官が……」
「答えろよ」

 ぐい、と彼は少尉の腰を探る。どうやら、医療士官ではないらしい。銃を抜き取り、そのままぐい、と少尉のあごの下に突きつけた。
 かち、と安全装置を外す音が響く。
 がたがた、と少尉の身体が震える。イアサムが居るなら、この時代は、決して戦争が当たり前であった頃では無い。
 その時足元にすう、と持ち上がる様な感触があった。はっ、と彼は気付く。誰かがエレベータを呼んだのだ。
 少尉はそれに気付き、ぐっ、と彼を押し戻そうとした。Gはとっさに少尉の下腹部を蹴り上げる。
 ぐぉ、と喉の奧で詰まった様な音が吐き出される。食卓のベルの様な音がして、扉が開いた。

「きゃ……」

 白衣を着た女が、声を上げそうになったので、彼は迷わずにその口を手で塞ぐ。扉が閉まる。女をそのまま向かい側の廊下の壁に押しつける。先ほどよりはお手柔らかに。

「この階に、サンプル体が来ている?」
「……え」
「答えて」

 それでも、ぐい、と銃をそのふくよかな胸に押しつけることは忘れない。女性に手荒なことをするのは性に合わないが、女性だからと言って危険でないとは限らない。殺人人形が少女の姿をしていたこともある。

「……は、はい…… この階です……」
「案内して」

 にっこりと彼は笑う。この状態だ、というのに目の前の女の頬は赤らんでいる。上等だね、と思うと同時にひどく嫌悪感が生まれるのに気付く。
 腰のあたりに銃を突きつけたまま、彼は女を先に歩かせた。こつこつ、と人の通りのない廊下に、靴音だけが響く。時々緩めのブーツが、かぽかぽと気の抜ける音を立てるのが耳障りだった。

「……こ、ここです」

 使用中の赤いランプが点灯している。開けて、と彼は短く女に命じた。

「……それは……」
「開けると実は違ったなんてことは無しだよ」

 言いながら彼は銃を押しつける手の力を強めた。

「……嘘ではありません……」
「じゃあ、開けて」

 女は扉の一部分に手を当てた。指紋照合らしい。す、と音もさせずに扉は開く。開かれた向こうは、広い部屋だった。彼は目を一瞬細める。これでもかとばかりに照明が効いている。

「……た、大佐……」

 女の声が裏返る。大柄な白衣の男が、その声に振り向いた。

「何だ貴様、ここにそんな格好で入っていいと思っておるのか!」

 Gはその途端、どん、と女を突き飛ばした。叫び声とともに、女は器具の乗ったワゴンへと飛び込む。音を立てて、金属のトレイが、ガラスの注射器が、薬瓶が一気に落ちた。
 開けた視界の中に、診察台に縛り付けられた少年が居た。
 アイマスクを掛けられ、胸と頭の一部にコードが取り付けられている。目が判らない。だが、そのあからさまになった身体には、見覚えがある。Gは確信する。

「その子供を渡してもらおうか」

 先刻少尉から奪い取った銃をエンハレス大佐の胸へと向ける。

「……何」

 答えは聞かない。次の瞬間、白衣の胸に、赤い血が飛び散った。Gは床に倒れ込むその身体を突き飛ばす。その勢いで、近くの器具がまた音を立てて散らばった。
 そして眼鏡の少佐に向かい、銃を再び突きつける。

「解除しろ。すぐにだ。さもなければあんたも同じだ」

 途端、マイセル少佐は飛び上がる様にして、少年の乗せられている台のスイッチを切った。ベルトがひゅん、と音を立てて引っ込む。Gは取り付けられているコードを引き抜くと、麻酔が効いているのだろうか、ぐったりしている少年の身体をシーツでくるみ、横抱きにした。無論その間も、片手は銃を持ち、立ちすくむ職員を威嚇する。

 そうそのまま、何とか。

 そう思った時だった。
 けたたましい音を立てて、ベルが鳴った。古典的な音が、辺りに響き渡る。神経をさかなでる、ある種の音。あの女、と彼は舌打ちをする。どうして腰が立たないくせに、非常ベルのボタンには手が届くのか。
 彼は開けはなったままの扉から飛び出した。階段。エレベーター。降りるための選択肢はそう多くはない。慣れない靴にこの少年を抱えたままでは、窓から飛び出すのもそう簡単にはいかない。

 さて、どうしよう?

 ほとんど何も考えずに、起こしてしまった行動である。行き当たりばったりもいいところだ。馬鹿じゃないか俺、と考えている部分も、明らかに彼にはあった。
 ただ、そうせずには居られなかったのだ。この抱えている少年が、あのイアサムとだと確信した時に。自分はこの子をどうしても助けなくてはならない。
 助けなくては、あの時の自分は、あの時間に彼とは出会えない。あの時の自分に、彼は、イアサムを会わせてあげたかった。
 横抱きにしていた身体を、肩にかつぎあげる。走るにはこの方がまだ楽だった。ふと、その時甘い匂いが少年の身体から漂う。彼は立ち止まる。何?
 立ち止まった拍子に、音が耳につく。足音が、ばらばらと聞こえてくる。エレベーター方面だった。
 倒れた少尉の身体がはさまっていたせいか、エレベーターは止まったままだった。彼はその身体を廊下へ引きずり出し、足を踏み出しかけたところで、はたと止まった。
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