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51.惑星テロワニュが壊滅する日
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大通りは、飾り立てた人の海だった。
色とりどりのボンネットの女性が、ふくらんだ袖のふくらんだスカートで、広場を闊歩する。
コレットのスカートのかなり派手めの色合いの花柄だったが、この人混みの中では、ごくごくありふれたものに見えた。逆に、白いシャツとダークグレイのパンツだけのGが目立つくらいである。
「あのさあ」
時々聞こえてくる、通りの楽隊の奏でる音楽の合間を縫う様にコレットは切り出した。
「おごってくれるのは嬉しいんだけどさ、サンドさんあんた、ちゃんとお金持ってるのかい?」
「まあね。……でもちょっと不安が」
「何だよそれ!」
コレットは肩をすくめ、目を丸くする。
「いや、お金は持っているのだけど、使えるのかどうか、ちょっと俺には自信が無くて」
「ちょっと見せてごらん」
ぱっ、と彼女は手を差し出す。彼はポケットに入れていたコインを幾つか差し出す。彼女は一目見て、額にしわを寄せる。
「……ああ、これは駄目だね」
「駄目かな?」
「こんなコイン、見たことが無い。サンドさんあんた、何処の星から来たんだよ。換金…… できたらいいんだろうけど、今日は祭りだからねえ」
ふう、とコレットはため息をつく。向かい合って座るカフェのテーブル。彼らの前には、二杯のコーヒーが置かれている。
「まあいいさ。出会ったのも何かの縁だ。今日のところは、あたしが払うよ」
「……ちょっと待って」
彼はふと、広場に目をやる。天気の良い広場の一角に、大きな傘を立てて、その下にピアノが置かれている。普段こんな使われ方をしたら、楽器が傷むのは間違いない。
「あれは、弾けないの?」
「ピアノかい? そんなことはないだろうけど」
「このカフェのものだよね」
彼はすっと立ち上がる。どうするんだろう、とコレットは足を組み直し、彼の背中を見送った。
数分後、蝶ネクタイのボーイ長の後に、彼は現れた。
「弾けるのかい?」
「まあたぶん」
あの後宮の人工惑星でも、こんな仕事を演じていたのだ。できないことは無い。ぽろぽろ、と彼は立ったまま、鍵盤に指を走らせる。
「どんなものが弾けるのかね?」
ボーイ長は腕組みをして、問いかける。
「今この惑星でどんなものが流行ってるのかは、判らないですから」
古典的なものを、と彼は弾き始めた。
陽気な音の曲が、よく晴れた空の下、ゆったりと流れる。次第に客達は椅子ごと視線を彼に向ける。
風は穏やかで、日射しは暖かい。聞いていると眠くなってしまいそうな程の曲を。彼の指はゆったりと、しかしなめらかに白と黒の鍵盤の上をすべる。
ほおっ、とコレットは驚き半分、感心半分のため息をついた。
やがて一曲が終わると、あちこちから拍手が、ぱちぱちと起こった。それは決して歓声の様な大げさなものではない。たまたまそこに居た人々が、ほんのつかの間の時間を穏やかで楽しいものにしてもらった報酬としての、拍手だった。
「もう一曲やってくれたら、あんたの連れの分も無料でいいよ」
ボーイ長はにやりと笑った。
*
「本当にごちそう様。ふふ」
フォークとナイフを皿の上に斜めに置くと、コレットは笑った。遅めの昼食を彼らはカフェのテーブルで済ませていた。
結局彼はボーイ長に乞われるままに、そのまま一時間半ほど、時々小休止を入れつつ、延々ピアノを弾いていたのだ。
「さすがに久しぶりだったから、腕が少し痛いな」
「でもおかげで、美味しいお昼が食べられたわ。ありがと」
「本当に、美味しい。何ってことない、チキンサンドの様に思われるんだけどな」
「あらあんた、『シャノワール』のサンドイッチがどんなものでも美味しいのは、このテロワニュでは至極当たり前なことだわ」
「テロ…… 何だって?」
「テロワニュ。あんたこの惑星の名前も知らないなんて、そんなことあり?」
「……いや、ちょっとど忘れしていただけだよ」
Gは笑顔を作りながら、大急ぎで記憶の中の惑星リストを開く。テロワニュ。さしたる特徴は無いはずだった。だが。
「ところでコレット、この惑星の今の指導者は誰だったかな?」
「旅行者ってやーねえ。そんなことも調べて来なかったの? ……『しみったれのガブリエル』よ」
彼女は後半、声を落とした。
「しみったれ?」
「しっ、大きな声を出さないの!」
彼女は水を入れたグラスをぐっと彼の前に突き出しながら、その指を一本立てた。
「ガブリエル・キュレーがけちで有名なのは、この街では誰もが知ってることだわ」
キュレー。彼はその名を記憶の底から引っぱり出したトロワニュの歴史の中に探す。はっ、と彼は微かに息を呑む。
「……ふうん。じゃあ、出兵に反対してたりするのは、そのせいもあるのか」
「そうよ。だって、お隣のハンオク星域なんて、こないだ思いっきり爆撃を受けて、ずいぶんひどい目にあったってことじゃない。……まあだからこそ、下手に手を出せないのかもしれないけれどさ」
Gは黙って、ボーイに手を上げると、食後のコーヒーを頼んだ。一時間半のピアノの報酬は、好きなランチ用のメニューと食後のコーヒーだった。
「何処から来たの? あんたは。サンドさん」
両肘を立てて、彼女はそう言えば、と問いかける。
「俺?」
どう言おうかな、と彼は考える。
「遠いとこ」
「ふうん」
「それ以上は、聞かないの?」
「聞いてほしいの?」
なるほど、と彼は思う。
「あたしのとこに来る客は、二通りしか無いんだよ。そういうことを話したい客と、話したくない客」
「その二つしか無いんじゃないの?」
「結構鈍いんだね。普通は、それにもう一つ入るの。話そうと思いもしない客」
くい、と彼女は水を口に含む。
「それが、大半なんだよ」
なるほど、と彼はうなづきながら微笑む。表情を崩してはいけない、と自分自身に言い聞かせながら。
「……そう言えば、新聞はあったかな」
「あるに決まってるでしょ? ここは『シャノワール』よ。カフェなのよ!」
「そうだね」
Gはつと席を立つ。先ほどのボーイ長に、新聞の在処を訊ねる。天井の高い屋内の一角に、幾種類の新聞や雑誌が置かれている広いテーブルがあった。
ちょうどそこには、明かり取りの窓から差し込む光が、ねっとりとした空気感を作っていた。光自体が重さを持っていそうで、Gはその光の持つ熱が新聞を広げる彼の首筋に注がれるのを感じた。
取り上げた新聞の上に、彼が視線を真っ先に走らせたのは、「日付」だった。
共通歴569年。
それはあのハンオク星域のオクラナで、壊滅的な爆撃のあった年だった。
7月―――23日。
彼は唇を噛む。
それは、惑星テロワニュが壊滅する日だった。
色とりどりのボンネットの女性が、ふくらんだ袖のふくらんだスカートで、広場を闊歩する。
コレットのスカートのかなり派手めの色合いの花柄だったが、この人混みの中では、ごくごくありふれたものに見えた。逆に、白いシャツとダークグレイのパンツだけのGが目立つくらいである。
「あのさあ」
時々聞こえてくる、通りの楽隊の奏でる音楽の合間を縫う様にコレットは切り出した。
「おごってくれるのは嬉しいんだけどさ、サンドさんあんた、ちゃんとお金持ってるのかい?」
「まあね。……でもちょっと不安が」
「何だよそれ!」
コレットは肩をすくめ、目を丸くする。
「いや、お金は持っているのだけど、使えるのかどうか、ちょっと俺には自信が無くて」
「ちょっと見せてごらん」
ぱっ、と彼女は手を差し出す。彼はポケットに入れていたコインを幾つか差し出す。彼女は一目見て、額にしわを寄せる。
「……ああ、これは駄目だね」
「駄目かな?」
「こんなコイン、見たことが無い。サンドさんあんた、何処の星から来たんだよ。換金…… できたらいいんだろうけど、今日は祭りだからねえ」
ふう、とコレットはため息をつく。向かい合って座るカフェのテーブル。彼らの前には、二杯のコーヒーが置かれている。
「まあいいさ。出会ったのも何かの縁だ。今日のところは、あたしが払うよ」
「……ちょっと待って」
彼はふと、広場に目をやる。天気の良い広場の一角に、大きな傘を立てて、その下にピアノが置かれている。普段こんな使われ方をしたら、楽器が傷むのは間違いない。
「あれは、弾けないの?」
「ピアノかい? そんなことはないだろうけど」
「このカフェのものだよね」
彼はすっと立ち上がる。どうするんだろう、とコレットは足を組み直し、彼の背中を見送った。
数分後、蝶ネクタイのボーイ長の後に、彼は現れた。
「弾けるのかい?」
「まあたぶん」
あの後宮の人工惑星でも、こんな仕事を演じていたのだ。できないことは無い。ぽろぽろ、と彼は立ったまま、鍵盤に指を走らせる。
「どんなものが弾けるのかね?」
ボーイ長は腕組みをして、問いかける。
「今この惑星でどんなものが流行ってるのかは、判らないですから」
古典的なものを、と彼は弾き始めた。
陽気な音の曲が、よく晴れた空の下、ゆったりと流れる。次第に客達は椅子ごと視線を彼に向ける。
風は穏やかで、日射しは暖かい。聞いていると眠くなってしまいそうな程の曲を。彼の指はゆったりと、しかしなめらかに白と黒の鍵盤の上をすべる。
ほおっ、とコレットは驚き半分、感心半分のため息をついた。
やがて一曲が終わると、あちこちから拍手が、ぱちぱちと起こった。それは決して歓声の様な大げさなものではない。たまたまそこに居た人々が、ほんのつかの間の時間を穏やかで楽しいものにしてもらった報酬としての、拍手だった。
「もう一曲やってくれたら、あんたの連れの分も無料でいいよ」
ボーイ長はにやりと笑った。
*
「本当にごちそう様。ふふ」
フォークとナイフを皿の上に斜めに置くと、コレットは笑った。遅めの昼食を彼らはカフェのテーブルで済ませていた。
結局彼はボーイ長に乞われるままに、そのまま一時間半ほど、時々小休止を入れつつ、延々ピアノを弾いていたのだ。
「さすがに久しぶりだったから、腕が少し痛いな」
「でもおかげで、美味しいお昼が食べられたわ。ありがと」
「本当に、美味しい。何ってことない、チキンサンドの様に思われるんだけどな」
「あらあんた、『シャノワール』のサンドイッチがどんなものでも美味しいのは、このテロワニュでは至極当たり前なことだわ」
「テロ…… 何だって?」
「テロワニュ。あんたこの惑星の名前も知らないなんて、そんなことあり?」
「……いや、ちょっとど忘れしていただけだよ」
Gは笑顔を作りながら、大急ぎで記憶の中の惑星リストを開く。テロワニュ。さしたる特徴は無いはずだった。だが。
「ところでコレット、この惑星の今の指導者は誰だったかな?」
「旅行者ってやーねえ。そんなことも調べて来なかったの? ……『しみったれのガブリエル』よ」
彼女は後半、声を落とした。
「しみったれ?」
「しっ、大きな声を出さないの!」
彼女は水を入れたグラスをぐっと彼の前に突き出しながら、その指を一本立てた。
「ガブリエル・キュレーがけちで有名なのは、この街では誰もが知ってることだわ」
キュレー。彼はその名を記憶の底から引っぱり出したトロワニュの歴史の中に探す。はっ、と彼は微かに息を呑む。
「……ふうん。じゃあ、出兵に反対してたりするのは、そのせいもあるのか」
「そうよ。だって、お隣のハンオク星域なんて、こないだ思いっきり爆撃を受けて、ずいぶんひどい目にあったってことじゃない。……まあだからこそ、下手に手を出せないのかもしれないけれどさ」
Gは黙って、ボーイに手を上げると、食後のコーヒーを頼んだ。一時間半のピアノの報酬は、好きなランチ用のメニューと食後のコーヒーだった。
「何処から来たの? あんたは。サンドさん」
両肘を立てて、彼女はそう言えば、と問いかける。
「俺?」
どう言おうかな、と彼は考える。
「遠いとこ」
「ふうん」
「それ以上は、聞かないの?」
「聞いてほしいの?」
なるほど、と彼は思う。
「あたしのとこに来る客は、二通りしか無いんだよ。そういうことを話したい客と、話したくない客」
「その二つしか無いんじゃないの?」
「結構鈍いんだね。普通は、それにもう一つ入るの。話そうと思いもしない客」
くい、と彼女は水を口に含む。
「それが、大半なんだよ」
なるほど、と彼はうなづきながら微笑む。表情を崩してはいけない、と自分自身に言い聞かせながら。
「……そう言えば、新聞はあったかな」
「あるに決まってるでしょ? ここは『シャノワール』よ。カフェなのよ!」
「そうだね」
Gはつと席を立つ。先ほどのボーイ長に、新聞の在処を訊ねる。天井の高い屋内の一角に、幾種類の新聞や雑誌が置かれている広いテーブルがあった。
ちょうどそこには、明かり取りの窓から差し込む光が、ねっとりとした空気感を作っていた。光自体が重さを持っていそうで、Gはその光の持つ熱が新聞を広げる彼の首筋に注がれるのを感じた。
取り上げた新聞の上に、彼が視線を真っ先に走らせたのは、「日付」だった。
共通歴569年。
それはあのハンオク星域のオクラナで、壊滅的な爆撃のあった年だった。
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