反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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65.祈るだけでは何も変わらない

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「……」

 マオの部下らしい男が、無言のまま手招きをする。
 レンガ作りの十三番倉庫は、この街の端、港の側にあった。妙に広々とした場所に作ってあるな、と見た途端、Gは思った。しかしそうではない。広々とした場所に作ったのではなく、元は十三もの倉庫があった場所が、次々に壊され、残ったのがこの倉庫だけなのだ。

「何故そこだけが残ったんだい?」

 Gはマオに訊ねる。

「結局、あれが輸入した亜熟果香のもとである果実の貯蔵倉庫だったからですよ。ああいう外見をしてていても、中の機能は最新のものですから。もとの果実は、一定の温度が保たれていれば、安定した状態で、腐るまでの期間も長く、また、未熟な果実はここで熟すのを待つことができます」
「入り口は?」

 Gは誰ともなしに問いかける。部下の男が正面と西側の二箇所、と答えた。

「見張りとかは」
「格別に居る訳ではないです」
「子供とあなどってるな」

 子供だろ、とマオはイェ・ホウの頭をはたく。

「たとえ数名でも武器を持って待っていられるんなら上等さ。で、だ。イェ・ホウ、お前が行くんだ」
「……俺が」
「向こうの連中は、あくまでお前らガキどもが動いてるだけ、としか思っていないだろう。そのあたりの思いこみは利用させてもらわないとな」
「怖じ気づいたか?」

 Gはにやりと笑ってイェ・ホウを見る。途端に少年は、顔を上げて強く彼をにらんだ。

「誰が」
「オッケー、その根性だ」



「けれど」

 イェ・ホウが十三番倉庫の正面入り口へと向かうのをやや離れて見ながら、マオはつぶやいた。

「何だ?」
「あのガキが、本当にいつかあなたを助けるのですか?」
「ああ」

 正確に言えば、過去の自分なのだが。
 そのあたりを言うとややこしくなるので、彼は省略する。

「では、何があっても、奴はちゃんとこちらがフォローしなくてはなりませんね」

 それにはGは答えなかった。
 視界の中のイェ・ホウは、倉庫の鉄製の扉に手を掛けるところだった。マオはそれを見て、部下に合図をする。裏手から入り込め。そういう段取りができていた。

「どうしますか?」
「とにかく捕らわれている子供達の救出が一番だ。……助けた後のことだが」
「判っています。彼らは我々の集団の内部に入れます。無論彼らが望めば、ですが」
「望むも望まないも、顔を一度覚えられたら、ある程度の庇護は必要だろうな。有無を言わせないでいい」

 おや、とその時ようやくマオは口元を緩ませた。

「何だ?」
「いや、そういう答えが返ってくるとは思いませんでしたから」
「子供は、子供のうちはそういう中に居ればいい。そこで反発して出たくなった時に、戦えばいいんだ。もっとも奴は、今までが戦いだったようだけどね」
「そのようですね」

 イェ・ホウとその姉を良く知る漢方薬屋の男は、大きくうなづいた。

「親父さんにそう伝えましょう」
「うん。……それにしても、遅いな」

 Gは少年が入っていった鉄の扉を見つめる。開かれたままではあったが、中が暗くて良く判らない。

「どうしたのでしょう」
「……ん……」

 Gは目を細める。危険があったなら、裏手から回った者が何らかの報告をしてくるだろう。その様子ではない。しかし、すぐに出てくることは叶わない状況。

「……俺が見てこよう」
「あなたが?」
「何かあっても、俺は、必ず生き残る。それはよく聞いているだろう?」
「ええまあそれは……」
「ただ、そんなことがあったら、俺はまたここではない何処かへ行かなくてはならないから」
「そうならないことを、祈りたいものですが」
「祈りで世界は救えないよ」

 歪んだ笑いがGの口元に浮かぶ。
 祈りで全てが叶うなら、きっとあのひとは、あの金髪の男を生き返らせていただろう。
 祈ってるだけでは何にもならない。

「じゃあ後を頼む」

 はい、とマオはうなづいた。
 通りの向こう側で見ていた形だったGは、そのまま道を横切った。徒手空拳。何を持っている訳でもない。何ごとも無いことを無意識に祈る。だけどそれが叶うとは一つも思っていない。祈りは祈りだ。それはそれでいい。だけど祈るだけでは何も変わらない。
 行動が必要なのだ。
 Gは扉に手をかけた。つとめて、何事も無い、ただの興味本位だ、という素振りで中をのぞき込む。

「何をしている?」

 数歩入り込んだ時に、声を掛けられる。

「……あ、扉が開いてたから」
「部外者は入るんじゃない!」

 Gは振り向きざま、目をこらす。
 なるほどこの倉庫の中にぴったりだな。目の前の男は、Tシャツと半ズボン姿だった。
 いや倉庫だけじゃない。この気候そのものにぴったりじゃないか。
 そんなことを思いながら、彼は素早く後ろに回り、片手で男の後ろ手を取った。そしてもう片方の手で、首を締め付ける。
 男は何が起きたかすぐには判らない様だった。こんな優男が、という気持ちがあったのだろうか。

「答えろ。さっき十四、五のガキが入って来たろう?」

 ぐい、とGは容赦なく男の首を締め付けながら問いかける。

「……い、痛え! ……やめろ、苦しい……」
「俺は聞いてるんだよ」

 更に力が加えられる。
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