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64.見届けるべき命令の結果
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「戦争の時には、ここは多少の空襲がありましたが、基本的には街そのものは残りました」
崩れたレンガもある。だがそれは一部分に過ぎない。基本的にビルは建ったまま残っている。
「その時に、入ったか……」
何のことだろう、という顔でイェ・ホウは彼の顔をのぞきこんでいる。
「すぐにどうこう、という問題ではない訳だな」
「長いです」
短いマオの言葉は、状況を正確に物語っていた。
長い戦争の時代の、アンジェラスの軍隊が侵攻を続ける途中、それは入ってきたに違いない。当初は実験。テロワニュはそれで壊滅した。そして開拓。だがアンジェラスの軍も一枚板ではない。
自分やあの旧友の様に、戦線離脱した者も居る。そんな者の中には、あの軍だけのものだった亜熟果香を持ち出した者も居るかもしれない。
開拓の民として使われている者が、それを持ち出したまま脱走したかもしれない。
アンジェラス軍自体が、それを一つの資金源としたという可能性もある。
いずれにせよ、広まるルートは幾らでもあっただろう。
「……戦争が終わってから、かなり経っているはずだよな」
イェ・ホウがこの年齢なのだ。彼が伯爵によって飛ばされてから、十年程度昔に過ぎないだろう。
「あなたは、どうなさりたいのですか?」
マオは問いかける。
「亜熟果香を、か?」
「はい」
無論、そんなものがあるのは好ましくはない、と彼は思う。
正直、それを精製している工場を爆破してやりたい、とも思う。
だがその行動によるデメリットは。
幾らでもある。そもそもそれを生産していることでかろうじて生きている、という人々が居ることも確かなのだ。
かと言って、放っておけば、中毒になる人間が増えていくことも確かである。ただ救いは、習慣性は強くとも、身体に表だった影響が無い、ということである。その習慣性さえ、後で抜くことができれば、問題は…… 少ない。
「長期戦な訳だな」
「この街にも、精製工場で働いてる者が多いのです」
「……だけど」
イェ・ホウが口をはさむ。
「それでも、あって困るものには違いないじゃないか」
「そうだね」
くしゃ、とGは少年の髪に手を差し入れる。止せよ、とイェ・ホウはその手を払う。が、やはり顔が赤らんでいる。子供扱いするなよ、とその目が語っている。
「……だから俺としても、必ずこの地から、それを消し去ってもらいたい。時間はいくらかかってもいい。ただ、絶対、だ」
「はい」
マオは大きくうなづく。
「皆にその旨、伝えましょう」
無期限。自分はその結果を見ることができる。あの老人や、この青年が居なくなった時間にも、自分は生き続ける。自分が口に出した命令の結果は見届けなくてはならない。それが自分の義務なのだ。
「……で、ねーちゃんはどうなんだよ?
「ああ、すまんな。……とにかく十三番倉庫に連れていかれたということは」
「いうことは!?」
噛みつきそうな剣幕に、マオは一瞬退く。
「ねーちゃんは俺のたった一人の身内なんだ! ……何かあったら俺は……」
一瞬詰まる。そして思い切ったように言い放つ。
「俺は、嫌だ!」
くっ、とGはその言葉が胸に刺さるのを感じた。
悲しいとか辛いとか、そういうのではない。そんなものを全てひっくるめて、そんなことが起こるであろう未来そのものに、少年は一言で否定の意志を投げつけているのだ。
「判ってる、イェ・ホウ。マオ、助けに行こう。それは構わないのだろう? 君等は見張っていたのだから」
「はい。……ですから今のところ、命に別状は無いですが」
「だけどねーちゃんは身体が弱いんだ」
「判ってるよ」
「判ってねーよ、あんた等は……」
うつむいて、少年は今にも泣きそうな声になる。握られた拳が震えている。
「俺がどれだけねーちゃんを大事にしてたか判るかよ! ふた親逃げてから、ずーっと俺にはねーちゃんしか居なかったんだ! 働けないのを、いつも気にして気にして、でもどうしようもなくて、そんなのねーちゃんのせいじゃねえのに……」
言葉を無くす。
「それは判ってる」
「判ってねーよ!」
「けどな!」
Gはイェ・ホウの肩をぐい、と自分の方に向ける。
「ここでくだくだ言ってる分には、お前の姉さんは助からないんだぞ? さっきも聞いた。まずどうすればいい? そんな繰り言を考えてる間があったら、姉さんをどうすれば助けられるか、具体的に考えろ。でも今のお前に何ができる?」
「……」
「だったら、どうすればいい?」
「……マオさん」
「何だ?」
「お願いだ、ねーちゃんを助けてくれ! 助けて下さい! 俺ももちろん一緒に行きたいけど……」
マオは軽く首を傾ける。
「もしそれで足手まといだ、というなら、俺は待ってる。信じて待ってる。だから、お願いだ。ねーちゃんを……助けてほしい」
ぽん、とマオはイェ・ホウの肩を叩く。
「それは、元からしようと思っていたことさ」
ちら、と青年はGの方を見る。Gもまた大きくうなづいた。
「お前も来い。……お前の仲間ももしかしたら、捕まってるかもしれないしな」
「あ!」
その時このキッズ・ギャングのリーダーは、ようやく自分の部下も捕まってることを思い出したのだった。
崩れたレンガもある。だがそれは一部分に過ぎない。基本的にビルは建ったまま残っている。
「その時に、入ったか……」
何のことだろう、という顔でイェ・ホウは彼の顔をのぞきこんでいる。
「すぐにどうこう、という問題ではない訳だな」
「長いです」
短いマオの言葉は、状況を正確に物語っていた。
長い戦争の時代の、アンジェラスの軍隊が侵攻を続ける途中、それは入ってきたに違いない。当初は実験。テロワニュはそれで壊滅した。そして開拓。だがアンジェラスの軍も一枚板ではない。
自分やあの旧友の様に、戦線離脱した者も居る。そんな者の中には、あの軍だけのものだった亜熟果香を持ち出した者も居るかもしれない。
開拓の民として使われている者が、それを持ち出したまま脱走したかもしれない。
アンジェラス軍自体が、それを一つの資金源としたという可能性もある。
いずれにせよ、広まるルートは幾らでもあっただろう。
「……戦争が終わってから、かなり経っているはずだよな」
イェ・ホウがこの年齢なのだ。彼が伯爵によって飛ばされてから、十年程度昔に過ぎないだろう。
「あなたは、どうなさりたいのですか?」
マオは問いかける。
「亜熟果香を、か?」
「はい」
無論、そんなものがあるのは好ましくはない、と彼は思う。
正直、それを精製している工場を爆破してやりたい、とも思う。
だがその行動によるデメリットは。
幾らでもある。そもそもそれを生産していることでかろうじて生きている、という人々が居ることも確かなのだ。
かと言って、放っておけば、中毒になる人間が増えていくことも確かである。ただ救いは、習慣性は強くとも、身体に表だった影響が無い、ということである。その習慣性さえ、後で抜くことができれば、問題は…… 少ない。
「長期戦な訳だな」
「この街にも、精製工場で働いてる者が多いのです」
「……だけど」
イェ・ホウが口をはさむ。
「それでも、あって困るものには違いないじゃないか」
「そうだね」
くしゃ、とGは少年の髪に手を差し入れる。止せよ、とイェ・ホウはその手を払う。が、やはり顔が赤らんでいる。子供扱いするなよ、とその目が語っている。
「……だから俺としても、必ずこの地から、それを消し去ってもらいたい。時間はいくらかかってもいい。ただ、絶対、だ」
「はい」
マオは大きくうなづく。
「皆にその旨、伝えましょう」
無期限。自分はその結果を見ることができる。あの老人や、この青年が居なくなった時間にも、自分は生き続ける。自分が口に出した命令の結果は見届けなくてはならない。それが自分の義務なのだ。
「……で、ねーちゃんはどうなんだよ?
「ああ、すまんな。……とにかく十三番倉庫に連れていかれたということは」
「いうことは!?」
噛みつきそうな剣幕に、マオは一瞬退く。
「ねーちゃんは俺のたった一人の身内なんだ! ……何かあったら俺は……」
一瞬詰まる。そして思い切ったように言い放つ。
「俺は、嫌だ!」
くっ、とGはその言葉が胸に刺さるのを感じた。
悲しいとか辛いとか、そういうのではない。そんなものを全てひっくるめて、そんなことが起こるであろう未来そのものに、少年は一言で否定の意志を投げつけているのだ。
「判ってる、イェ・ホウ。マオ、助けに行こう。それは構わないのだろう? 君等は見張っていたのだから」
「はい。……ですから今のところ、命に別状は無いですが」
「だけどねーちゃんは身体が弱いんだ」
「判ってるよ」
「判ってねーよ、あんた等は……」
うつむいて、少年は今にも泣きそうな声になる。握られた拳が震えている。
「俺がどれだけねーちゃんを大事にしてたか判るかよ! ふた親逃げてから、ずーっと俺にはねーちゃんしか居なかったんだ! 働けないのを、いつも気にして気にして、でもどうしようもなくて、そんなのねーちゃんのせいじゃねえのに……」
言葉を無くす。
「それは判ってる」
「判ってねーよ!」
「けどな!」
Gはイェ・ホウの肩をぐい、と自分の方に向ける。
「ここでくだくだ言ってる分には、お前の姉さんは助からないんだぞ? さっきも聞いた。まずどうすればいい? そんな繰り言を考えてる間があったら、姉さんをどうすれば助けられるか、具体的に考えろ。でも今のお前に何ができる?」
「……」
「だったら、どうすればいい?」
「……マオさん」
「何だ?」
「お願いだ、ねーちゃんを助けてくれ! 助けて下さい! 俺ももちろん一緒に行きたいけど……」
マオは軽く首を傾ける。
「もしそれで足手まといだ、というなら、俺は待ってる。信じて待ってる。だから、お願いだ。ねーちゃんを……助けてほしい」
ぽん、とマオはイェ・ホウの肩を叩く。
「それは、元からしようと思っていたことさ」
ちら、と青年はGの方を見る。Gもまた大きくうなづいた。
「お前も来い。……お前の仲間ももしかしたら、捕まってるかもしれないしな」
「あ!」
その時このキッズ・ギャングのリーダーは、ようやく自分の部下も捕まってることを思い出したのだった。
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