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第13話 家から、遠くへ遠くへ。
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「あれ?」
目が覚めた時、俺はACID-JAMの楽屋ではなく、見覚えのある部屋の中に居るのに気付いた。
換気扇が普段より大きな音を立てている。風がずいぶん強いらしい。
「よぉ、起きたか。ずいぶんよく寝てたな」
雑誌を眺めていたトモさんと、バドワイザーの缶が目に入った。
そしてその時、そこが彼の部屋だということに、俺はようやく気付いた。
灰皿には煙草の吸いがらがない。この人はそうだ。だいたい人が寝入っていたり、体調が悪い時には煙草を吸わない。
俺はぱっと身体を起こした。
「え? 何で俺ここに居んの?」
「ああ、天気予報が」
天気予報? いきなり出てきた単語に俺は眉を寄せた。
「何か台風が東京を直撃するとかどうとかで、ACID-JAMも今日は終わると早々閉めたんだよ。で、お前はよく寝てるから」
そう言えばそうだった。
「―――すみません」
俺は起き上がりながら言った。すると彼の乾いた大きな手が、すっと伸びてきて俺の額に触れた。
「まだ熱いな」
「あ、大丈夫。俺もともとそんな体温低くないし……」
だがその言葉に説得力はなかった。彼の手を外すと、俺は寝かされていたベッドから降りようとした。
「電車、止まらないうちに帰るから」
「お前今、何時だと思ってんの?」
呆れた顔で彼は壁の時計を指した。時計の針はとうに終電の時間を過ぎていた。
ぺん、と俺は自分の額をはたく。
立ち上がろうとした俺は案の定、ふらり、とよろけた。慌てて彼の手がそれを支えた。
「熱がまだ高いんだから、寝てろ。それとも俺に遠慮でもしてるのか? やめろよ似合わない」
「遠慮なんかしてない」
遠慮じゃない。習慣だ。たいていの風邪は高熱が出ても、一人で下げて治した。
人に心配をかけるのが嫌だった。心苦しいのだ。
それが親兄弟であってもそうだ。人が自分のために何かをしてくれるというのは、ひどく慣れないものであり、居心地の悪いものだった。
だったら、ここで無理にでも平気な顔をして帰ればいいのだ。
「本当に大丈夫。いつも―――」
「何が、いつも?」
珍しいな、と俺は思う。彼の顔は何となく怒っているように見えたのだ。
「熱なんて、だいたいぐっすり寝込めば、勝手に下がるから――― 別に誰かの手を煩わせることなんかないんだ」
「お前、いつもそうしてきたの?」
え? と思わず俺は問い返していた。
怒っていたはずのトモさんは、何かひどく悲しそうに俺の髪に手を突っ込んだ。
頭がぼんやりしていたから、なかなか彼の言っていることの意味が取れない。
「そうしてくれる人がいなかったのか?」
ああ、そういう意味か。
「違う、そういう人は居たよ。家にはいつも誰かしら居たから…」
そうだ。それはいつも俺が勝手にそうしていただけなのだ。
だってそうだ。母親も父親も、祖母も、歳の離れた兄貴も俺に関してはいつもこう言った。手の掛からない奴だ、と。
そうだろうか、と時々俺は考えた。
そしてそうかもしれない、と思うことにした。家族に心配をかけるのは嫌だった。
ただでさえ旧家という奴は、周囲の目がうるさいのだ。親戚だって多い。
それだけで、親は何かと気を張っているのは子供心にも判った。
だとしたら、子供としては多少なりとも親の負担を軽くしてやりたいと。
そういうふうに理屈づけはしなかったにせよ、思うのではなかろうか。それに。
「それに姉貴が熱出した時や、兄貴が家出した時の大騒ぎ見てたら、俺はそういうの、嫌だな、と思ったし――― 人の振り見て我が振り直せ―――」
「どういうこと?」
彼は俺を再びベッドの上に座らせた。
立っているのがしんどかったのだから、肩をちょっと押されただけで、どすん、と尻餅をついた恰好になってしまった。
「うちの姉貴は、頭とか結構いいし、優しいひとなんだけど、身体あんまり強くない人だったから――― 何かそういう時って、お袋さんって、すごいがんばって看病すんだよね。夜中にトイレとかに、子供の頃起きたりするじゃない。そうすると、そんな時間に起きてられたりすると――― 見てて辛くなっちゃって」
彼の眉根がほんの少し、苦しそうに寄せられたように見えた。
「俺はだから、―――もし目を覚ました時に、お袋さんが俺のそばに居たりしたら、辛くなるだろうな、と思って」
「でもマキノ、それは当然だぞ? そういうもんなんだぞ? 子供は親に甘える権利があるんだ」
彼は俺の横に腰を下ろした。
「うん、俺もそうは思うんだけど――― でも、嫌なんだ。俺のためにそうされるのって、俺には重いの。疲れるの」
「それじゃお前、俺にそうされたりすると、やっぱり心苦しい?」
俺はうなづいた。うなづいていた。
「何かね。嬉しいって思う自分も確かに居るんだけど」
肩をすくめてみせる。
ああ何でそんなこと喋っているんだろう。これは熱のせいだ。酔っている。言うつもりはなかったのだ。
だが事実だった。
田舎から都心へ出てきたのも、どんな理由がくっついていようが、結局は家から出たかったからに他ならない。家から、遠くへ遠くへ。
決して悪い環境ではないのに、どうしても、家とかその周りとかは、何かしら居心地が悪くて。
そしてその理由を自分以外の誰かに求めてしまいそうで。
そんな自分が嫌で。
ふう、とため息をつく。自分でもびっくりするほどそれは大きなものだった。
すると彼はその大きな手で俺の肩を引き寄せた。
「でもなマキノ、とりあえず今帰るなんて言っても俺は承知しないぞ」
彼はきっぱりと言った。
俺はうなづく。それは判っている。さすがに台風が来そうで、なおかつ終電も行ってしまった時間で、さすがにわざわざ帰ろうとは思わない。
「うん判ってる。けどトモさんは俺のこと気にせず、眠る時は眠ってよ。でないと、俺は心苦しい」
「それはそうだな」
そして彼は手を伸ばして、灯を消した。
目が覚めた時、俺はACID-JAMの楽屋ではなく、見覚えのある部屋の中に居るのに気付いた。
換気扇が普段より大きな音を立てている。風がずいぶん強いらしい。
「よぉ、起きたか。ずいぶんよく寝てたな」
雑誌を眺めていたトモさんと、バドワイザーの缶が目に入った。
そしてその時、そこが彼の部屋だということに、俺はようやく気付いた。
灰皿には煙草の吸いがらがない。この人はそうだ。だいたい人が寝入っていたり、体調が悪い時には煙草を吸わない。
俺はぱっと身体を起こした。
「え? 何で俺ここに居んの?」
「ああ、天気予報が」
天気予報? いきなり出てきた単語に俺は眉を寄せた。
「何か台風が東京を直撃するとかどうとかで、ACID-JAMも今日は終わると早々閉めたんだよ。で、お前はよく寝てるから」
そう言えばそうだった。
「―――すみません」
俺は起き上がりながら言った。すると彼の乾いた大きな手が、すっと伸びてきて俺の額に触れた。
「まだ熱いな」
「あ、大丈夫。俺もともとそんな体温低くないし……」
だがその言葉に説得力はなかった。彼の手を外すと、俺は寝かされていたベッドから降りようとした。
「電車、止まらないうちに帰るから」
「お前今、何時だと思ってんの?」
呆れた顔で彼は壁の時計を指した。時計の針はとうに終電の時間を過ぎていた。
ぺん、と俺は自分の額をはたく。
立ち上がろうとした俺は案の定、ふらり、とよろけた。慌てて彼の手がそれを支えた。
「熱がまだ高いんだから、寝てろ。それとも俺に遠慮でもしてるのか? やめろよ似合わない」
「遠慮なんかしてない」
遠慮じゃない。習慣だ。たいていの風邪は高熱が出ても、一人で下げて治した。
人に心配をかけるのが嫌だった。心苦しいのだ。
それが親兄弟であってもそうだ。人が自分のために何かをしてくれるというのは、ひどく慣れないものであり、居心地の悪いものだった。
だったら、ここで無理にでも平気な顔をして帰ればいいのだ。
「本当に大丈夫。いつも―――」
「何が、いつも?」
珍しいな、と俺は思う。彼の顔は何となく怒っているように見えたのだ。
「熱なんて、だいたいぐっすり寝込めば、勝手に下がるから――― 別に誰かの手を煩わせることなんかないんだ」
「お前、いつもそうしてきたの?」
え? と思わず俺は問い返していた。
怒っていたはずのトモさんは、何かひどく悲しそうに俺の髪に手を突っ込んだ。
頭がぼんやりしていたから、なかなか彼の言っていることの意味が取れない。
「そうしてくれる人がいなかったのか?」
ああ、そういう意味か。
「違う、そういう人は居たよ。家にはいつも誰かしら居たから…」
そうだ。それはいつも俺が勝手にそうしていただけなのだ。
だってそうだ。母親も父親も、祖母も、歳の離れた兄貴も俺に関してはいつもこう言った。手の掛からない奴だ、と。
そうだろうか、と時々俺は考えた。
そしてそうかもしれない、と思うことにした。家族に心配をかけるのは嫌だった。
ただでさえ旧家という奴は、周囲の目がうるさいのだ。親戚だって多い。
それだけで、親は何かと気を張っているのは子供心にも判った。
だとしたら、子供としては多少なりとも親の負担を軽くしてやりたいと。
そういうふうに理屈づけはしなかったにせよ、思うのではなかろうか。それに。
「それに姉貴が熱出した時や、兄貴が家出した時の大騒ぎ見てたら、俺はそういうの、嫌だな、と思ったし――― 人の振り見て我が振り直せ―――」
「どういうこと?」
彼は俺を再びベッドの上に座らせた。
立っているのがしんどかったのだから、肩をちょっと押されただけで、どすん、と尻餅をついた恰好になってしまった。
「うちの姉貴は、頭とか結構いいし、優しいひとなんだけど、身体あんまり強くない人だったから――― 何かそういう時って、お袋さんって、すごいがんばって看病すんだよね。夜中にトイレとかに、子供の頃起きたりするじゃない。そうすると、そんな時間に起きてられたりすると――― 見てて辛くなっちゃって」
彼の眉根がほんの少し、苦しそうに寄せられたように見えた。
「俺はだから、―――もし目を覚ました時に、お袋さんが俺のそばに居たりしたら、辛くなるだろうな、と思って」
「でもマキノ、それは当然だぞ? そういうもんなんだぞ? 子供は親に甘える権利があるんだ」
彼は俺の横に腰を下ろした。
「うん、俺もそうは思うんだけど――― でも、嫌なんだ。俺のためにそうされるのって、俺には重いの。疲れるの」
「それじゃお前、俺にそうされたりすると、やっぱり心苦しい?」
俺はうなづいた。うなづいていた。
「何かね。嬉しいって思う自分も確かに居るんだけど」
肩をすくめてみせる。
ああ何でそんなこと喋っているんだろう。これは熱のせいだ。酔っている。言うつもりはなかったのだ。
だが事実だった。
田舎から都心へ出てきたのも、どんな理由がくっついていようが、結局は家から出たかったからに他ならない。家から、遠くへ遠くへ。
決して悪い環境ではないのに、どうしても、家とかその周りとかは、何かしら居心地が悪くて。
そしてその理由を自分以外の誰かに求めてしまいそうで。
そんな自分が嫌で。
ふう、とため息をつく。自分でもびっくりするほどそれは大きなものだった。
すると彼はその大きな手で俺の肩を引き寄せた。
「でもなマキノ、とりあえず今帰るなんて言っても俺は承知しないぞ」
彼はきっぱりと言った。
俺はうなづく。それは判っている。さすがに台風が来そうで、なおかつ終電も行ってしまった時間で、さすがにわざわざ帰ろうとは思わない。
「うん判ってる。けどトモさんは俺のこと気にせず、眠る時は眠ってよ。でないと、俺は心苦しい」
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