バンドRINGERを巡る話②ピアノとベースとわらう雨と、それを教えてくれたひと。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
16 / 25

第16話 課題曲は何にするの?

しおりを挟む
 ずん、と低音がその場に響いた。へえ、とBELL-FIRSTの他のメンバーが感心したようにうなづいた。

「上手くなったじゃん、マキちゃん」

 ノセさんの声がかかる。BELL-FIRSTのライヴの前に、俺はステージに上がって、練習の成果を見てもらっていた。

「そう? 俺、上手くなった?」
「うん、上等上等」

 ぱちぱち、と後ろでハリーさんも拍手してくれる。俺は妙に嬉しかった。ピアノの発表会でステージに上ったことは何度もある。拍手だって、ずいぶんもらった。そういうことには慣れているのだ。
 だけど、今もらっている拍手は、今までもらったどの拍手よりも嬉しかった。

「誰かバンドメンバーお探しよ。もったいないよ」
「メンバー? そんな、ねえ」
「だってお前、ベース始めてまだ二ヶ月かそこらだろ?それでこれならすぐ上手くなるよ、なあトモ」
「うん、俺もびっくりした」

 彼は彼で、穏やかな笑みを浮かべながらうなづく。

「だけどここはやっぱり、こうやった方が恰好いいかな」

 彼は俺の手からベースを受け取ると、ハリーさんに合図して、同じフレーズを叩かせた。

「……あーあ」

 ナナさんが面白そうにカウンターからのぞいている。

「トモの奴も結構いけずだよな」

 ナサキさんもくく、と含み笑いをしている。

「でもさ、やっぱり手取り足取り教えてるのは強いよねえ、猫ちゃん」
「ナサキさん!」

 俺は反射的に大声を出していた。まあ怒らないで怒らないで、とナサキさんはぽんぽんと俺の頭をはたいた。

「小さいと思って~」
「そうそう、小さいのにさ、よくトモのロングスケールこなすよな、と俺も思ったのよ」

 ノセさんが助けを入れるかのように口をはさんだ。

「そ。俺もどうしようかな、って思ったんだけど」

 もう一度やってみな、と彼は俺にベースを渡した。
 これはメインベースではなかった。虹色の模様がない、ただの黒いベース、彼のセカンドベースだった。だが彼の趣味らしく、それもまたロングスケールである。つまりは長い。大きい。俺の様な小柄な奴がやるのは結構しんどいはずのものらしい。

「ただこいつ、ピアノやってるから、結構力あんのよ」

 へー、とメンバーは揃って声を立てた。ちょっと手、握ってみ、と彼は俺の手を取ってナサキさんに握らせた。ナサキさんはトモさん程大きな手ではない。だけど俺よりは充分大きい。

「はいぎゅっと」

 ぎゅっと。俺は言われた通り思いっきり握りしめた。その直後、痛ぇーっ!とナサキさんの声がステージ上に響きわたった。慌てて俺は手を離した。

「な、何こいつ、すげえ力」
「でしょ? 俺もびっくりしたことびっくりしたこと」
「へ? そぉ?」
「それに手が小さいのも、結局、ピアノで指広げまくって弾いてるから、全然問題じゃあないし」

 へえ、と再び感心する声が周囲から上がる。

「じゃあお前、けっこうすぐに追い越されるかもな」
「いえいえ、そこまではさせませんって。俺にもプライドというものがあります」
「そう言いながら嬉しそうなくせに~」

 そうだね、と彼は確かに嬉しそうな顔で俺を眺めた。まあ確かに、俺は上達するための要素はたくさん持っていたのかもしれない。
 だけど、彼でなかったら、こうはならなかっただろう。

「あのさマキノ」
「はい?」

 不意に彼が呼んだ。

「うちの曲一曲、完璧にコピーできるようになったら、何かプレゼントするよ。何がいい?」

 おおっ! と周囲が再び湧いた。太っ腹だね~、とハリーさんは自分の体型を棚に上げて言う。

「ぷれぜんと」
「うん。俺にできる範囲でなら」
「トモ君のできる範囲なんてたかが知れてるじゃないーっ!」

 ナナさんがカウンターから声を張り上げる。

「そんなことないですよぉ」

 ぷれぜんと。俺はふっとあの部屋のマーブルのクッションを思い出した。確かあれは。

「何でもいいんですかあ?」
「おい、ちょっとこの言い方って怖いんだぞ」

 ノセさんは人の悪い笑いを浮かべた。俺は彼に負けず劣らずの穏やかな笑みを浮かべる。内心を悟られないように。

「じゃあトモさん、俺を驚かせるようなもの、下さい」
「へ?」
「何でもいいですから」

 は、と彼の表情が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。
 本当は、俺の欲しいものは具体的になかった訳じゃない。だけど、それはまず手に入らないだろう。
 俺は彼のメインベースが欲しかった。どのベースよりも、あの彼の大きな手にしっくりおさまっているように、俺の目には映っていたから。

「驚かせるものかよ…… 結構それって難しくねえ?」

 ナサキさんは腰に手を当てて、金髪を揺らし、へらへら、と笑う。

「難しい方が面白いでしょ?」
「言うねえ。さてトモ、じゃ課題曲は何にするの?」

 ノセさんは含み笑いのまま、彼に訊ねた。

「課題曲ね……」

 彼はしばらく考えていたが、やがて、ぼんぼん、とある曲のイントロをつま弾いた。お、とナサキさんが声を立てた。

「それかよ、おい」
「まあね」

 何ですか、と俺はそばに居たノセさんに訊ねた。

「『LAUGHIN' RAINわらう雨』。よりによって一番ベースがややこしい曲じゃねえの」
「師匠も弟子も、負けず劣らず性格悪いってことじゃない?」

 カウンターからナナさんの声が飛んだ。



「これでいいか?」

 曲が終わった時、俺は大きく一つ息をつき、何気なくカナイの方を向いて訊ねた。

「弾けたのかよ、お前」
「別に俺、ベースが弾けないなんて一度も言ったことないけど?」

 そりゃそうだけど! とカナイは声を荒げそうになり――― ぶるぶると頭を振った。そんなこと言っている場合じゃないのを奴も気付いたらしい。

「お前、この曲以外のも弾ける?」
「だから俺結構、お前らの練習付き合ってたろ?」

 弾けるんだな、と奴は俺に念を押した。俺はうなづいた。大丈夫だ。大して難しい曲ではないのだ。彼が俺に教えてくれたものに比べれば。あの課題曲に比べれば。

「代役演っていいのか?」
「……いい! いや、頼む! 頼みます!」

 ほとんど拝み倒すようなポーズになって、カナイは俺に頭を下げた。
 そして俺はベーシストとして人生最初のステージを踏んだのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...