四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

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第7話 皇帝登場

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「面白い話だ」

 はっ、と二人の少女は顔を上げた。
 男の声だった。反射的にアリカは立ち上がった。
 障子戸が開き、男が入ってきた。
 アリカは目を見開いた。
 サボンはその場に平伏した。
 若い、男だった。
 歳の頃は二十を少し過ぎたあたりだろう。
 色味も髪も素っ気ない、その姿。
 だが衣服の色が。

「そなたは平伏しないのか」

 朱黄色の上着をざっと着た男は、アリカに向かって問い掛けた。

「あなた様が、皇帝陛下、ですか」
「そうだ」

 真っ直ぐ男は、アリカと視線を合わせた。
 アリカは見る。背はそう高くない。筋骨隆々という訳でもない。どちらかと言ったらなで肩かもしれない。
 だから彼女の口は、こう動いていた。

「本当に?」
「失礼ですよ!」

 床に伏せたまま、サボンはアリカのスカートの裾を引っ張った。

「あなた様が陛下であるという証明ができない限り、私には平伏はしかねます」
「この場に皇帝以外の若く見える男が出入りできると思っているのか?」
「全くできない訳ではないでしょう。確かに警備は厚くございますが、人の作ったもの。何処かに何らかの出入り手段はありましょう」
「そんなことがあったら、近衛回隊の連中の首が飛ぶな」
「首は飛ばすものですか?」
「首を飛ばすのが、最も判りやすい方法だろう? そなたの話にもあったではないか」

 ふっ、と男は口元を緩めた。

「何故メ族は首を刎ねられた?」

 ああ、とサボンはこのやりとりに恐怖した。
 何を考えているんだ一体、と全身に震えが走るのを感じた。
 ここに来るなら陛下に決まっている。
 そうでなかったとしても、この様な悠長で物騒な話をすることは無いでしょう、と。
 そもそもその話をしているという時点で、自分と彼女が入れ替わっているということが判ってしまっているのではないか。
 彼女の中で一気にそれだけの考えが巡った。

「古来―――」

 アリカはそんなサボンの気持ちなど全く感じていない様に続ける。

「斬首というものは禁じ手でございました」
「ほお?」

 男は顎を指で挟んだ。

「その昔、各地あまたあった小さな国々の多くで、こう信じられておりました。その首と胴体がつながっている者は良き死である、と」
「良き死」
「次の世界に行くも良し、もう一度この世界に生まれ変わるも良し、肉体の欠けること無く死んだ者は、選択した次の生に、自分で動き行けることができる、と。それ故に人々は斬首だけは嫌がった、とされています」
「全てが全て、そうかな?」
「いいえ」

 アリカは首を横に振った。

「東南の桜州、かつての藩国『桜』ではそれを最も苦しまない死としていたそうです。かの国では来世は信じられていましたが、肉体の状態とは無関係である、あくまで大切なのは心である、と信じられておりました」
「メ族ではどうだった?」
「メ族は―――」

 アリカは詰まった。

「言って見るがいい。そなたは知っているのではないか?」
「話せば長うございます」
「なるほど。長くなる。では長く聞こうではないか」

 そう言って男はアリカの顎を掴んだ。
 だがアリカは瞬きもせず、男を見据えるだけだった。

「私はまだあなた様が皇帝陛下かどうか、の問いにお答え下さったとは思っておりません」

 まだそんなことを! サボンの額から脂汗がたらたらと流れ落ちる。

「お答えを下さらない限り、私はあなた様のその手を取りかねます」
「これはまた。ではそなたは、この場でこの色を纏える者が居ると思うのか?」
「気持ちが押さえつけない限り、どんな場であれ、仕立てる者が居る以上、可能でしょう」
「そうか」

 くくく、と彼は笑った。

「では見るがいい」

 卓上の水菓子の盆から、小刀を取り上げた。大きな袖をまくる。
 あっ、とサボンは喉の奥で息を詰めた。
 つ。
 左腕の内側、白に一筋の赤が、走った。
 からん、と卓の上に小刀は投げ出される。

「傷が」
「証拠を、と言いたいのだろう? そなたは」

 彼はそう言うと、赤い筋に舌を這わせた。ぺろり。血のにおいが、軽くアリカの鼻まで届いた。

「まずい」

 彼はそう言うと、血を舐め取った腕を、アリカに突き出した。

「あ」

 思わず彼女は口にしていた。
 埋まる。埋まって行く。
 見る見るうちに、血は止まり傷はふさがり、やがて新たな皮膚がその上を覆う。
 それは本当に、ほんのわずかな間だった。

「数々のご無礼、お許し下さい」

 アリカはすっ、と膝を折った。そのままサボンと並んで平伏する。

「陛下お一人でふらりと来られる、とは聞いておりましたが、それは数ある王の後宮へのあり方として、私の頭脳が納得致しませんでした。誠に申し訳ございません」

 あああああああ。それを聞いてサボンは血の気が一気に退いた。まずい、すごくまずいわ、と頭の中でもう一人の自分が駆け回るのを感じた。
 だが。
 あっはっは、と笑い声が降って来た。

「珍しい女だ、そなたは」

 つ、とアリカは顔を上げた。その目の前に手が差し出される。

「来い」
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