12 / 38
第12話 友人を連れての小将軍の帰宅
しおりを挟む
「若様!」
やあ、とウリュンは扉を開けた使用人に、やや苦笑する。
「お帰りになるのが判っておりましたら……」
彼の後に続く二人の青年に、使用人は目を走らす。
「友人だ。今夜は泊まる。部屋の用意を」
「はい」
足早に使用人は下がる。奥ではやがてざわざわと声がし始める。
「とりあえず食事と寝るところくらいは提供できると思うよ」
「食事と寝るところって、君」
サハヤは眼鏡の位置を直す。先程から彼の視線は止まるところを知らない。
「いや、でも、こっちの家は狭い方だし」
「だからそれは君の感覚だよウリュン。僕なんかからしたら、この部屋一つ…… いや」
腕を広げる。高い天井を見上げてはあ、とサハヤは息をつく。
「この長椅子一つ取っても、寝台より豪華じゃあないか」
彼等は入ってすぐの間に並べられた椅子に掛けていた。文様の入った、ざっくりとした荒い目の布地が張られた椅子。官舎の、麻縄ががっしりと巻かれたそれより遙かに上等であることは間違いない。
「でも椅子には違いないだろ。副帝都の本宅に来てくれたら、君をずいぶん驚かせることができるだろうな」
「いつかご招待してくれ」
はあ、とサハヤは眉間を押さえた。
将軍の官宅ということで、興味があった。豪華だろう、と予想はある程度していた。
だが結局、予想は予想に過ぎない、ということが彼には実感できた。彼の認識では、これは「家」じゃない。少なくとも、彼の知る「家」とは全く違った「建物」だった。
一方、もう一人の客人は、と言えば。
「そんなに叩いてもほこりが立つだけだぞ、セン」
ぽんぽんと椅子のあちこちをはたく友人に、ウリュンは再び苦笑する。うむ、とセンは表情一つ変えることなくうなづく。
「いい椅子だ」
「君がそういうとは思わなかった!」
「丈夫だ」
低い声でそう言うと、センは黒に近い色によく磨かれた肘掛けを今度は叩いた。
やがて使用人が彼等の前に小振りな卓を運んで来る。その上には茶器と、軽いふわふわとした焼き菓子が置かれる。
ウリュンは淡い黄色のそれを一つつまみ、口の中でふしゅんと溶かす。
「食事の支度はしばらくできないのか?」
「軽いものでしたらすぐにでも用意致しますが」
使用人はさらりと答える。
「皆様だけでしょうか? それでしたら若様のお部屋へお持ち致しますか? それとも」
「父上は?」
言葉を遮ってウリュンは問い掛ける。
不在ということは無いだろう。帰りを暗に示したのは、他ならぬ父自身なのだ。
「はい、お帰りです」
「父上と食事を一緒にできるだろうか? 彼等を紹介したい」
そうですね、と使用人は少し考え込む表情となる。
「少々遅くなりますが。旦那様は只今お客様と」
「判った。話は色々あるのだな。じゃあ頼む。もう少し腹にたまるものをくれないか。これじゃあ、妹達のお茶の時間の様だ…… と、」
顔を上げた。もしや。
「誰か、来ているのか? 母上か?」
彼は慌てて問い掛ける。
「いえ」
即答する。微妙に彼の口の端は上がっていた。
「奥様ではございません。第三様が、お嬢様方としばらく滞在する、とのことで」
「いやまて、マドリョンカはまだ十五じゃなかったか?」
「いえいえ若様」
ぱっ、と使用人の表情が明るくなる。
「マドリョレシナお嬢様は先日、十六のお誕生日をお迎えになりました」
「そ、そうだったか?」
仕方ありませんね、と微妙に笑みを浮かべつつ、使用人は再び下がって行った。
その姿が見えなくなると同時に。
「何だ、君、妹さんの誕生日を忘れていたのか?」
サハヤは横に座る友人に問い掛けた。
「あー…… 五人もいるからな、つい……」
「五人…… それは多いな…… いや、五人だろうが六人だろうが! 姉妹の誕生日を忘れるなんて!」
「サハヤは誕生日をいちいち覚えているのか?」
低い声がウリュンの向こう側から問い掛ける。
「ふっ。君は覚えていないだろうね」
「誕生など、新年に祝えばいい。俺の故郷ではそうだった」
「ツァイ・ツ・リュアイ・リョセン、君の故郷ではそうだったかもしれないがね、僕の故郷でそれをしたら、女達にしばらく相手をされなくなるよ」
「別にされなくても良いじゃないか」
「困る! 困るんだ!」
サハヤは即座に声を張り上げた。
「君は僕等の故郷を知らないからそんなことを言えるんだ」
「知っている。南東海府のテ島だろう。あそこは海草が美味い」
「ああ、だったら俺はいつか行ってみたいな」
ウリュンはやっとそこで口を挟む。この二人の会話に飛び込むのはなかなかに難しいものがある。
「そうだね、いつか来るといい」
「俺の方にも来るといい」
センもまた、真ん中に座るウリュンにさらりと言う。
「何も無い。だが夜の星の数と、乳茶は自慢できる」
「上等」
にやり、とウリュンは笑う。
そう、いつか行ってみたいものだ。南東海府のテ島も、センの故郷の草原の地も―――
いつか。
「お食事の用意ができました」
三人がそう呼ばれたのは、それから半時程してからだった。
やあ、とウリュンは扉を開けた使用人に、やや苦笑する。
「お帰りになるのが判っておりましたら……」
彼の後に続く二人の青年に、使用人は目を走らす。
「友人だ。今夜は泊まる。部屋の用意を」
「はい」
足早に使用人は下がる。奥ではやがてざわざわと声がし始める。
「とりあえず食事と寝るところくらいは提供できると思うよ」
「食事と寝るところって、君」
サハヤは眼鏡の位置を直す。先程から彼の視線は止まるところを知らない。
「いや、でも、こっちの家は狭い方だし」
「だからそれは君の感覚だよウリュン。僕なんかからしたら、この部屋一つ…… いや」
腕を広げる。高い天井を見上げてはあ、とサハヤは息をつく。
「この長椅子一つ取っても、寝台より豪華じゃあないか」
彼等は入ってすぐの間に並べられた椅子に掛けていた。文様の入った、ざっくりとした荒い目の布地が張られた椅子。官舎の、麻縄ががっしりと巻かれたそれより遙かに上等であることは間違いない。
「でも椅子には違いないだろ。副帝都の本宅に来てくれたら、君をずいぶん驚かせることができるだろうな」
「いつかご招待してくれ」
はあ、とサハヤは眉間を押さえた。
将軍の官宅ということで、興味があった。豪華だろう、と予想はある程度していた。
だが結局、予想は予想に過ぎない、ということが彼には実感できた。彼の認識では、これは「家」じゃない。少なくとも、彼の知る「家」とは全く違った「建物」だった。
一方、もう一人の客人は、と言えば。
「そんなに叩いてもほこりが立つだけだぞ、セン」
ぽんぽんと椅子のあちこちをはたく友人に、ウリュンは再び苦笑する。うむ、とセンは表情一つ変えることなくうなづく。
「いい椅子だ」
「君がそういうとは思わなかった!」
「丈夫だ」
低い声でそう言うと、センは黒に近い色によく磨かれた肘掛けを今度は叩いた。
やがて使用人が彼等の前に小振りな卓を運んで来る。その上には茶器と、軽いふわふわとした焼き菓子が置かれる。
ウリュンは淡い黄色のそれを一つつまみ、口の中でふしゅんと溶かす。
「食事の支度はしばらくできないのか?」
「軽いものでしたらすぐにでも用意致しますが」
使用人はさらりと答える。
「皆様だけでしょうか? それでしたら若様のお部屋へお持ち致しますか? それとも」
「父上は?」
言葉を遮ってウリュンは問い掛ける。
不在ということは無いだろう。帰りを暗に示したのは、他ならぬ父自身なのだ。
「はい、お帰りです」
「父上と食事を一緒にできるだろうか? 彼等を紹介したい」
そうですね、と使用人は少し考え込む表情となる。
「少々遅くなりますが。旦那様は只今お客様と」
「判った。話は色々あるのだな。じゃあ頼む。もう少し腹にたまるものをくれないか。これじゃあ、妹達のお茶の時間の様だ…… と、」
顔を上げた。もしや。
「誰か、来ているのか? 母上か?」
彼は慌てて問い掛ける。
「いえ」
即答する。微妙に彼の口の端は上がっていた。
「奥様ではございません。第三様が、お嬢様方としばらく滞在する、とのことで」
「いやまて、マドリョンカはまだ十五じゃなかったか?」
「いえいえ若様」
ぱっ、と使用人の表情が明るくなる。
「マドリョレシナお嬢様は先日、十六のお誕生日をお迎えになりました」
「そ、そうだったか?」
仕方ありませんね、と微妙に笑みを浮かべつつ、使用人は再び下がって行った。
その姿が見えなくなると同時に。
「何だ、君、妹さんの誕生日を忘れていたのか?」
サハヤは横に座る友人に問い掛けた。
「あー…… 五人もいるからな、つい……」
「五人…… それは多いな…… いや、五人だろうが六人だろうが! 姉妹の誕生日を忘れるなんて!」
「サハヤは誕生日をいちいち覚えているのか?」
低い声がウリュンの向こう側から問い掛ける。
「ふっ。君は覚えていないだろうね」
「誕生など、新年に祝えばいい。俺の故郷ではそうだった」
「ツァイ・ツ・リュアイ・リョセン、君の故郷ではそうだったかもしれないがね、僕の故郷でそれをしたら、女達にしばらく相手をされなくなるよ」
「別にされなくても良いじゃないか」
「困る! 困るんだ!」
サハヤは即座に声を張り上げた。
「君は僕等の故郷を知らないからそんなことを言えるんだ」
「知っている。南東海府のテ島だろう。あそこは海草が美味い」
「ああ、だったら俺はいつか行ってみたいな」
ウリュンはやっとそこで口を挟む。この二人の会話に飛び込むのはなかなかに難しいものがある。
「そうだね、いつか来るといい」
「俺の方にも来るといい」
センもまた、真ん中に座るウリュンにさらりと言う。
「何も無い。だが夜の星の数と、乳茶は自慢できる」
「上等」
にやり、とウリュンは笑う。
そう、いつか行ってみたいものだ。南東海府のテ島も、センの故郷の草原の地も―――
いつか。
「お食事の用意ができました」
三人がそう呼ばれたのは、それから半時程してからだった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる