四代目は身代わりの皇后④十年後~皇后アリカの計画と皇太子ラテの不満

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
2 / 38

第2話 皇后は子供では無い方向に手を広げて行く

しおりを挟む
 少年達は朝早くから学問所へと行く。
 家庭教師を雇っても良いはずなのだが、あえてそちらへ行く様にと指示されていた。
 時々やってくる母親の側近の女官に彼は聞いたことがある。

「サボンは確か母上と一緒に家庭教師についたんだよね?」
「ええ。でも私はさっぱりその辺りは苦手で」

 そう言いながらラテの頭を撫でる彼女の笑顔は柔らかい。

「学問が苦手だったの? だって母上の仕事を一緒にやっているじゃない」

 そう、現在のこの皇后の首席側近女官は、他の者がさっぱり理解できない皇后の仕事を理解して周囲に伝える立場でもある。

「それは私が陛下と一番長いお付き合いをさせていただいているからですよ。あの方は時々考えていることが多すぎて、それを言葉にするのが難しくなってしまうことがあるのです」
「……よく判らない」

 少年がそう言うと、サボンは軽く目を伏せた。二十代も真ん中の、輝く女盛りになりつつあった。
 いつか女官長になるのではないか、とも囁かれているが、本人がそれは否定している。

「私はあくまで側近ですから」

 女官を統括するものではない、と。



 現在の女官長はもとの縫製方筆頭である。レレンネイは皇子が生まれてから五年後、病気で宮中を退いた。
 縫製方筆頭ブリョーエは自分が指名された時、即座に固辞した。だが皇后は彼女にこう言った。

「最も多部署を持つ縫製方を仕切っていたその手腕を生かして欲しい」

 宮中でも衣食住の三本柱、縫製方、配膳方、技術方は確かに重要である。だがまずは儀典方の方から選ばれるのではないか。皆そう思っていた。儀典方筆頭にしても同様だった。

「儀典方はまず現在の帝国における儀典についてまとめて報告することから頼みたい」

 渋々、という様子ではあったが儀典方はその命令を呑んだ。実際、帝国における儀典関係は統一して既に何十年も経つというのに、まだ酷く流動的なものだったのだ。

「何も今まであったものを否定しようというものではない。ただどんなものがあったのか、そしてどう儀典方ではしていきたいのか、その展望が知りたい」

 言い切るその声に逆らえる者は誰も居なかった。
 同様に国軍にも現在に至るまでの軍管区制度の変遷や、歴代の担当者とその業績について細かく記した者を要求した。
 そして最も厳しく精査を命じられたのは司法方だろう。呼ばれた司法方筆頭は、山の様に積まれた、しおりを挟んだ過去の資料をワゴンに積まれて持って行く様に命じられた。

「口で言っていると数日でも済まない。矛盾がある点に関して書き付けを挟んである。誤っているなら訂正を。そうでないなら事実と意図を説明できる様にせよ」

 腰ほどの高さのワゴンには、司法方筆頭の首の辺りまで切り紙の書類が積まれていた。

「全部ですか」
「そう言った」
「全部ご覧になったのですか」
「是。そうでなくてどうして矛盾と言えるか?」
「大法典とは」
「それと照らし合わせての矛盾と言っているのだが」
「解釈が」
「あるならそれをまとめて後に説明せよ」

 司法方筆頭は相当頭に血が上ったらしく、翌日辞表を提出した。皇后は「そうか」と言っただけでそれを受理させた。そして副頭に引き継ぎを命じた。
 横暴だ、という声は無論出た。だが皇帝自身がこう言った。

「とりあえず職務を遂行するように。その上で皇后の命令が道理に合わないものであるというならば俺に直接言うがいい」

 そして実際のところ、誰もそれをできなかった。
 各部署の結果が出た後、皇后は技術方から訓練教育方を独立させた。

「この先帝国の臣民全体が最低限読み書き計算ができる様になるための施策を作成するように」

 その大本の技術方には、三つのことを命じた。
 まず先に試作させた炭筆と墨筆の改良と簡易化と費用を安くする方法。
 次に紙の増産。これは材料の洗い出し直しも兼ねていた。この時代の紙は大本の植物の繊維の色がそのまま出ていることが多かった。そして弱かった。
 より丈夫で良質な白い紙を、と皇后は望んだ。
 そして最後に現在の測量術の確認だった。
 正直、技術方は皇后が何をしたいのかさっぱり判らなかった。だがその理由はこの命令の一年後には判明した。皇后は国軍と組んで北限渡りをする様に彼等に命じたのだ。

「世界の果てから落ちてしまいます」
「それを見た者が居るのか?」

 それには答える者が出なかった。そして確かに技術方には疑問に感じていた者が居たらしく、希望者は予想以上に現れた。
 国軍の中から北の地、草原、砂漠近くの出身の者が選ばれて「北限渡り」が行われることとなった。
 一方で南方からは船を出させた。できるだけ外海に出ない状態で西へと進むと何処まで行き着くのか?
 それに関しては海沿い、特に南の藩候が協力を要請された。

「西には野蛮人の島があると聞きます」
「ではそれを確かめてきて欲しい。その野蛮人達が攻めてこないという保障は無い」
「今まではございませんでした」
「これから全く無いという保障ができるか?」

 にべも無い。
 その様にして、ちゃくちゃくと皇后はその心中に温めてきた計画を実行に移していったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...