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第10話 褒め言葉としての「凡庸」
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「ラテ様は賢い御子ですから、色々見えすぎることがあるんですね」
サボンは茶を呑みながら一通りエガナの話を聞くとそう言った。
「見えすぎる」
「私も昔から、陛下の先読みにはついていけないことが度々ありましたから」
「そういうことが…… いえ、うちのフェルリにはそこまでのことは無いのですが。ただ私が少し石頭なのでしょうね」
「母親というものはそういうものなのではないですか? 私もその辺りは判りづらいのですが、……そうそう、カリョンは向こうではどうだったのですか?」
「あのひとは本当に元気でしたね。やっぱり何かしら美しいものを作り出したり、それを広げることに向いているのでしょう」
だとしたら、今回はその一端をアリカが削いでしまうことになるだろう。そうサボンは踏んでいた。
サボンの見せた表情は単に新しい技術や素材が入ってきた時のものではなかった。むしろ入ってきた資料を眺めながらこの先のことを案じる時の表情に近かった。
だがあの飾りの何処が、発光するということがどう不安を呼び起こすというのだろう? そこまでサボンには思い浮かばなかった。
「ところでどうしてエガナさんはあれを急ぎで持ち込んできたんですか?」
「ああ…… これは陛下から元々言われていたことで」
「あの方から」
「その時の話の持っていき方がちょっと面白かったのですよ」
「と、言うと?」
「あの方にある程度の信頼をいただけていることは非常に誇りに思います。……なんですが、あの方が私を乳母として重用する理由が、どうやら『もの凄く凡庸』だかららしいのですよ」
「凡庸」
「どんな場所に置いても、一人の主婦として埋もれてしまう様な凡庸さをこれでもかとばかりに持っていることが貴重だ、と仰有いました。私はそれは果たして褒められているのか心配になったのですが」
「……それは褒めてます。最高に」
「そうなんですよね、私も十年お勤めしてようやく実感できているというか」
エガナは苦笑した。
「ええ。貴女のその部分こそが、陛下が絶対にラテ様に向けられない部分なのですから。成長した後には、どんな知識の固まりの様な方を近づけても構わないけど、子供時代はできるだけ良い意味での凡庸さを覚えさせて欲しい、ということでしょう」
「私もそう思います。先ほどあの飾りを持っていったあの方のご様子を見てもそう思いますもの」
考え込むと、そのままあの格好で皇帝の元に行くという。すたすたと一人で。頭がそれ以上に回っている様子が無かった。だからこそサボンが残されたのだ。相手をしている様に、と。
「サボンさんはあの方について行けているのですか? ……その、失礼な聞き方ですが」
サボンは首を横に振った。
「全くもって無理です。ただ私ができる範囲をあの方はご存知ですので、それに応じた作業をする様にいつも言われているのですよ」
「それでも私達にはさっぱり判らない言葉や記号を常にあの方は大きな紙に書いていらっしゃる様ですが」
「ええ。ですから私はそれは理解できる訳ではないのです。道具として、どれだけ使えて、他の者にはするに忍びない話をするにぎりぎり知識を得ているだけです」
「するに忍びない」
「本当に同じ話ができるのは皇帝陛下だけです。そしていつかは、ラテ様が。だからこそ、そうでない生活を今のうちに充分していただきたいのです」
「フェルリも、いつかはサボンさんの様な役割を与えられるということなのでしょうか」
それにはサボンも首を傾げた。
「それはラテ様がフェルリ君にどういう存在であって欲しいか、で決まります。あの方はしたいことが山の様にありますが、ラテ様があの方の様になるとは限りません。正直言えば、現在の皇帝陛下の様に、穏やかに暮らしていただきたいと思うのですが」
それでは済まないだろう、とサボンは思う。自分は十年の間アリカの「したいこと」に付き合ってきた。
その「したいこと」自体は聞いている。地図を作りたいというのが表向きの理由だ。
だがその活動をする中で、何かしらの意識改革と技術革新が臣下から自発的に行われることを目指している――― そう思えて仕方がない。
アリカは歯がゆいのだろう。自分が持っている知識が「通じない」ことが。
ある程度の「納得できる理論」が、一般の学者の中からヒントを与えることで生じない限り、それは決して次の段階に向かわない。
その差を埋めるためのことを、彼女はじりじりと進めている。
一つ一つは抽象的に見えたり、無関係に見えることであったとしても、彼女の中ではつながっているのだ。
その話をする時の表情と、先ほど飾りを手にした時のそれは似通っていた。
だとしたら、それは「現在の常識を飛び越えたもの」なのだろう。だからこそ、アリカは皇帝のところに即座に向かったのだ。
*
「待たせてすまない」
戻ってきたアリカは二人にそう言った。
「エガナ、陛下はラテには来たい時に来ればいい、と仰有っていた。ただ、太公主様のお加減が最近宜しくない」
「ではお見舞いということで伺っていただきます。太公主様へのお土産を選んでいただきますわ」
「それがいい」
「無論こちらへも」
「……どうだろう」
アリカは首を傾げた。
「時間が経つと、少し私が忙しくなるかもしれない。近いうちにつれてきてくれないだろうか」
「承知致しました」
ラテは太公主のことを優しいおばあさま、という印象を持っている。
本当のことは言わない。自分の父が若い頃から一番愛していた女性ということは。彼が同じ立場にならねば判らないことなのだから。
サボンは茶を呑みながら一通りエガナの話を聞くとそう言った。
「見えすぎる」
「私も昔から、陛下の先読みにはついていけないことが度々ありましたから」
「そういうことが…… いえ、うちのフェルリにはそこまでのことは無いのですが。ただ私が少し石頭なのでしょうね」
「母親というものはそういうものなのではないですか? 私もその辺りは判りづらいのですが、……そうそう、カリョンは向こうではどうだったのですか?」
「あのひとは本当に元気でしたね。やっぱり何かしら美しいものを作り出したり、それを広げることに向いているのでしょう」
だとしたら、今回はその一端をアリカが削いでしまうことになるだろう。そうサボンは踏んでいた。
サボンの見せた表情は単に新しい技術や素材が入ってきた時のものではなかった。むしろ入ってきた資料を眺めながらこの先のことを案じる時の表情に近かった。
だがあの飾りの何処が、発光するということがどう不安を呼び起こすというのだろう? そこまでサボンには思い浮かばなかった。
「ところでどうしてエガナさんはあれを急ぎで持ち込んできたんですか?」
「ああ…… これは陛下から元々言われていたことで」
「あの方から」
「その時の話の持っていき方がちょっと面白かったのですよ」
「と、言うと?」
「あの方にある程度の信頼をいただけていることは非常に誇りに思います。……なんですが、あの方が私を乳母として重用する理由が、どうやら『もの凄く凡庸』だかららしいのですよ」
「凡庸」
「どんな場所に置いても、一人の主婦として埋もれてしまう様な凡庸さをこれでもかとばかりに持っていることが貴重だ、と仰有いました。私はそれは果たして褒められているのか心配になったのですが」
「……それは褒めてます。最高に」
「そうなんですよね、私も十年お勤めしてようやく実感できているというか」
エガナは苦笑した。
「ええ。貴女のその部分こそが、陛下が絶対にラテ様に向けられない部分なのですから。成長した後には、どんな知識の固まりの様な方を近づけても構わないけど、子供時代はできるだけ良い意味での凡庸さを覚えさせて欲しい、ということでしょう」
「私もそう思います。先ほどあの飾りを持っていったあの方のご様子を見てもそう思いますもの」
考え込むと、そのままあの格好で皇帝の元に行くという。すたすたと一人で。頭がそれ以上に回っている様子が無かった。だからこそサボンが残されたのだ。相手をしている様に、と。
「サボンさんはあの方について行けているのですか? ……その、失礼な聞き方ですが」
サボンは首を横に振った。
「全くもって無理です。ただ私ができる範囲をあの方はご存知ですので、それに応じた作業をする様にいつも言われているのですよ」
「それでも私達にはさっぱり判らない言葉や記号を常にあの方は大きな紙に書いていらっしゃる様ですが」
「ええ。ですから私はそれは理解できる訳ではないのです。道具として、どれだけ使えて、他の者にはするに忍びない話をするにぎりぎり知識を得ているだけです」
「するに忍びない」
「本当に同じ話ができるのは皇帝陛下だけです。そしていつかは、ラテ様が。だからこそ、そうでない生活を今のうちに充分していただきたいのです」
「フェルリも、いつかはサボンさんの様な役割を与えられるということなのでしょうか」
それにはサボンも首を傾げた。
「それはラテ様がフェルリ君にどういう存在であって欲しいか、で決まります。あの方はしたいことが山の様にありますが、ラテ様があの方の様になるとは限りません。正直言えば、現在の皇帝陛下の様に、穏やかに暮らしていただきたいと思うのですが」
それでは済まないだろう、とサボンは思う。自分は十年の間アリカの「したいこと」に付き合ってきた。
その「したいこと」自体は聞いている。地図を作りたいというのが表向きの理由だ。
だがその活動をする中で、何かしらの意識改革と技術革新が臣下から自発的に行われることを目指している――― そう思えて仕方がない。
アリカは歯がゆいのだろう。自分が持っている知識が「通じない」ことが。
ある程度の「納得できる理論」が、一般の学者の中からヒントを与えることで生じない限り、それは決して次の段階に向かわない。
その差を埋めるためのことを、彼女はじりじりと進めている。
一つ一つは抽象的に見えたり、無関係に見えることであったとしても、彼女の中ではつながっているのだ。
その話をする時の表情と、先ほど飾りを手にした時のそれは似通っていた。
だとしたら、それは「現在の常識を飛び越えたもの」なのだろう。だからこそ、アリカは皇帝のところに即座に向かったのだ。
*
「待たせてすまない」
戻ってきたアリカは二人にそう言った。
「エガナ、陛下はラテには来たい時に来ればいい、と仰有っていた。ただ、太公主様のお加減が最近宜しくない」
「ではお見舞いということで伺っていただきます。太公主様へのお土産を選んでいただきますわ」
「それがいい」
「無論こちらへも」
「……どうだろう」
アリカは首を傾げた。
「時間が経つと、少し私が忙しくなるかもしれない。近いうちにつれてきてくれないだろうか」
「承知致しました」
ラテは太公主のことを優しいおばあさま、という印象を持っている。
本当のことは言わない。自分の父が若い頃から一番愛していた女性ということは。彼が同じ立場にならねば判らないことなのだから。
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