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第11話 球体の語るもの
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エガナが帰っていった後、フヨウが報告にやってきた。
「あの飾り編み自体は行商の持ちこんだものだったということです。珍しいので売れると思ってある程度の数買い込んだとか。実際、何点かは売れて、次にまた欲しいという顧客もあるそうで」
「その西のとある地域というのは判った?」
「いえ、そこまでカリョンは知らない様です。ただ行商自体は定期的に来る者ということで、連絡先を聞いてきました。製品自体の販売に関しては禁止しなくても良かったでしょうか」
「止めようと思えば止められるのだけど」
アリカは唇を噛む。
「納得できる理由を説明できない。だから大本を見つけ出して処理する方がいい。行商から生産地をたどり、その辺りの植生や人々の生活の様子を調べて欲しい。そして報告を早く」
「了解致しました。今夜我々、集合致しますので、その時に部下を配置致します」
アリカは軽くうなづいた。
「それにしても、美しいものですね」
エガナが置いていった発光する飾り編みを眺めながら、フヨウはつぶやく。ちょうどその置いた位置は光が入らなかったので、ぼんやり発光するそれがよく判る。
「美しいし、使いようによっては、医療にも役立つ…… が、今の時代にはただの毒だ。生産しているのがどの地方のどの程度の規模の者なのか、健康の被害は無いのか、その辺りが判れば、その者達だけ住処を移動させることも可能かもしれない」
「移動…… でございますか」
さすがに規模が大きい、とフヨウは驚く。
「しかしその方が製品の停止より、反発は激しくないでしょうか」
「そう。だから正確な情報が欲しい。副帝都付近でこの程度だとしても、近隣の藩候領では当たり前のものになっている可能性もある。もしその地を担当している藩候が特産品としようとしていたならば、……ともかく、まずは情報だ」
「承知」
そう言うと、フヨウは姿をさっとくらました。やはり近くに控えていたサボンはその動きに不安を感じた。
「だから早く正確な地図が欲しいんですか?」
「そうですね。ここに来てからずっと私と貴女で情報を継ぎ合わせ継ぎ合わせ、それまでに伝わってきた地図と、あとはこれ」
ぽんぽん、とアリカは寝室の真ん中に置かせた球体を叩く。
「ここまで大きなものを作るのにも時間がかかりましたわね」
「案外この『綺麗な球形』が上手くできなかったんですよ。まあこれは多少上下が凹んでいますけど、私の理想には近い形です」
低めのワゴンの上に斜めの軸を通した球体がいつからか置かれている。
当初は木製であれ焼き物であれ、綺麗な球体を作ること自体が難しかった。食器や壺に使うろくろを技術方で改良することでようやくそれは形になった。
そしてその中心に軸を通し、なおかつそれを斜めにして倒れない台を作るのは更に時間がかかった。その間に安定させるための技術を見つけ出したり、技術方の方では進歩があったのだが。
サボンはその球体の上にアリカが描き、現在では色のついた粘土で起伏をつけているものがなかなか解せない。
「いつも思うんですけど、これは一体何なんです?」
「私達の住んでいるところですよ」
アリカはそう答える。のだが、その後の説明がサボンはに理解できない。
「私の『知識』の中にあったこの地上を、もっと遠くから眺めたものなんですが…… だと、思うのですが…… その何処が今現在の帝都なのか、それが今一つはっきりしないのですよ」
アリカの話はこうだった。今の皇帝を皇帝たらしめているものが、この大地のもっと上からやってきたのだと。そして落ちた。
落ちたせいで砂漠ができた。その砂漠に近い辺りに、初代帝や初后ダリヤの居た部族があったのだ、と。
―――のだが。
サボンには「その」意味が判らないのだ。そしてアリカも「その」部分については詳しく語らない。いや、語ってもそれ以上は全く理解の外だと思っているのかもしれない、とサボンは思う。
アリカからしてみたら、自分達の住んでいる場所は世界の全てではなく、空に輝く星々の様な、広すぎる宙に浮かぶ一つの固まりの表面に過ぎないことは「知識」が教えてくれ、自分もそれに納得できることだった。
皇帝もダリヤも、理解の程度は違えど、地上が球体であるとか、季節の違いの理由等、判っていることはあった。ただ彼等はそれ以上のことを知ろうとは思っていなかった。ダリヤは北を行くことによって、砂漠の向こう側のことを心配していたが、カヤに至ってはそれもしない。
アリカは帝国がある程度緩やかな統治ができていることに関してはありがたい、と思っている。今のところは。
だが「思いもしないこと」というものは、いつ何処からやってくるとも限らないのだ。
そのためには知り得たことを確実にする必要があった。
正確な地図を作るという作業は、この「外から見た」球体を精査するということだ。過去の記録と付き合わせた大まかな地図は現在何とか帝国全土図として完成しつつある。そしてそれを元に、正確な距離や標高を調べたいのだ。
「それをしてどうなるという訳ではないのかもしれないし、私の考えすぎなのかもしれないけど――― 砂漠の向こうから攻めてくる、私達よりずっと優れた文化を持ったもの達が来たらどうしたものでしょうね」
アリカは何処を見ようとしているのか。それが知りたくて、サボンは時々顔見せに来る父将軍に、軍人として地理の大切さがどの様なものなのか、聞いてみることがあった。
「土地を知ることは敵を知ることだ」
サヘ将軍はそう言った。
「できるだけ多くの情報を持っていることは大切だ、としか今は言い様が無いな」
いつか来るだろう何かに備えているのだろう。その程度にしか予想ができない自分がサボンは歯がゆかった。
「あの飾り編み自体は行商の持ちこんだものだったということです。珍しいので売れると思ってある程度の数買い込んだとか。実際、何点かは売れて、次にまた欲しいという顧客もあるそうで」
「その西のとある地域というのは判った?」
「いえ、そこまでカリョンは知らない様です。ただ行商自体は定期的に来る者ということで、連絡先を聞いてきました。製品自体の販売に関しては禁止しなくても良かったでしょうか」
「止めようと思えば止められるのだけど」
アリカは唇を噛む。
「納得できる理由を説明できない。だから大本を見つけ出して処理する方がいい。行商から生産地をたどり、その辺りの植生や人々の生活の様子を調べて欲しい。そして報告を早く」
「了解致しました。今夜我々、集合致しますので、その時に部下を配置致します」
アリカは軽くうなづいた。
「それにしても、美しいものですね」
エガナが置いていった発光する飾り編みを眺めながら、フヨウはつぶやく。ちょうどその置いた位置は光が入らなかったので、ぼんやり発光するそれがよく判る。
「美しいし、使いようによっては、医療にも役立つ…… が、今の時代にはただの毒だ。生産しているのがどの地方のどの程度の規模の者なのか、健康の被害は無いのか、その辺りが判れば、その者達だけ住処を移動させることも可能かもしれない」
「移動…… でございますか」
さすがに規模が大きい、とフヨウは驚く。
「しかしその方が製品の停止より、反発は激しくないでしょうか」
「そう。だから正確な情報が欲しい。副帝都付近でこの程度だとしても、近隣の藩候領では当たり前のものになっている可能性もある。もしその地を担当している藩候が特産品としようとしていたならば、……ともかく、まずは情報だ」
「承知」
そう言うと、フヨウは姿をさっとくらました。やはり近くに控えていたサボンはその動きに不安を感じた。
「だから早く正確な地図が欲しいんですか?」
「そうですね。ここに来てからずっと私と貴女で情報を継ぎ合わせ継ぎ合わせ、それまでに伝わってきた地図と、あとはこれ」
ぽんぽん、とアリカは寝室の真ん中に置かせた球体を叩く。
「ここまで大きなものを作るのにも時間がかかりましたわね」
「案外この『綺麗な球形』が上手くできなかったんですよ。まあこれは多少上下が凹んでいますけど、私の理想には近い形です」
低めのワゴンの上に斜めの軸を通した球体がいつからか置かれている。
当初は木製であれ焼き物であれ、綺麗な球体を作ること自体が難しかった。食器や壺に使うろくろを技術方で改良することでようやくそれは形になった。
そしてその中心に軸を通し、なおかつそれを斜めにして倒れない台を作るのは更に時間がかかった。その間に安定させるための技術を見つけ出したり、技術方の方では進歩があったのだが。
サボンはその球体の上にアリカが描き、現在では色のついた粘土で起伏をつけているものがなかなか解せない。
「いつも思うんですけど、これは一体何なんです?」
「私達の住んでいるところですよ」
アリカはそう答える。のだが、その後の説明がサボンはに理解できない。
「私の『知識』の中にあったこの地上を、もっと遠くから眺めたものなんですが…… だと、思うのですが…… その何処が今現在の帝都なのか、それが今一つはっきりしないのですよ」
アリカの話はこうだった。今の皇帝を皇帝たらしめているものが、この大地のもっと上からやってきたのだと。そして落ちた。
落ちたせいで砂漠ができた。その砂漠に近い辺りに、初代帝や初后ダリヤの居た部族があったのだ、と。
―――のだが。
サボンには「その」意味が判らないのだ。そしてアリカも「その」部分については詳しく語らない。いや、語ってもそれ以上は全く理解の外だと思っているのかもしれない、とサボンは思う。
アリカからしてみたら、自分達の住んでいる場所は世界の全てではなく、空に輝く星々の様な、広すぎる宙に浮かぶ一つの固まりの表面に過ぎないことは「知識」が教えてくれ、自分もそれに納得できることだった。
皇帝もダリヤも、理解の程度は違えど、地上が球体であるとか、季節の違いの理由等、判っていることはあった。ただ彼等はそれ以上のことを知ろうとは思っていなかった。ダリヤは北を行くことによって、砂漠の向こう側のことを心配していたが、カヤに至ってはそれもしない。
アリカは帝国がある程度緩やかな統治ができていることに関してはありがたい、と思っている。今のところは。
だが「思いもしないこと」というものは、いつ何処からやってくるとも限らないのだ。
そのためには知り得たことを確実にする必要があった。
正確な地図を作るという作業は、この「外から見た」球体を精査するということだ。過去の記録と付き合わせた大まかな地図は現在何とか帝国全土図として完成しつつある。そしてそれを元に、正確な距離や標高を調べたいのだ。
「それをしてどうなるという訳ではないのかもしれないし、私の考えすぎなのかもしれないけど――― 砂漠の向こうから攻めてくる、私達よりずっと優れた文化を持ったもの達が来たらどうしたものでしょうね」
アリカは何処を見ようとしているのか。それが知りたくて、サボンは時々顔見せに来る父将軍に、軍人として地理の大切さがどの様なものなのか、聞いてみることがあった。
「土地を知ることは敵を知ることだ」
サヘ将軍はそう言った。
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