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第12話 「お腹ん中は、ぐるぐる」
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「お前ソレ嫌いらしいけど、そんなに嫌?」
「リクツじゃないもん」
「嫌なんだろ」
「嫌は嫌だけど。リクツでは嫌だって感じる自分が嫌」
「おお、真面目」
「だってマスター、あんた等が好き同士ってのは仕方ないし。そのくらいは判るし」
「あ、じゃあお前、俺がKとアレでも、マジで構わないんだ」
ほう、と彼は感心した様な声を立てた。
「構う構わないじゃなくてねえ」
はあ、とあたしはため息をついた。
「だって知ってるもん。確かにここではあんまりソレって好かれてもないけど、他星系では違うの知ってるし。文化の差じゃん、結局。それにマスター達はイロイロあってあーなってるんだ、ってことは判るし」
「それがお前の言うとこのリクツ?」
「そ。だけど」
「だけど?」
「お腹ん中は、ぐるぐる」
くくっ、と彼は笑った。だがその笑いはすぐに優しいものに変わった。
「それでいーんじゃないの? けど俺なんか、お前がそーんなにリクツで自分を納得させようとする奴だなんて思わなかったなあ」
そう言いながら彼は、カウンターにもたれて腕を前で組んだ。
「だって事実は事実だもん。事実を認めなくちゃ、人間、前に行けないじゃない。進歩は全てそこから来るんじゃないの?」
「お前ホント、前向き」
「マスターはそうは思わないの?」
はい、とあたしは拭き終わったほうろうのポットをマスターに渡した。彼はははは、と乾いた笑いを漏らした。
「思いたいんだけどねー」
「思えないの?」
「さあ、どーかな。まー俺達の場合なんか、振り返るべき後ろが無いっーのが一番問題」
そう言われてしまうと、どう言っていいのか困る。それはどうも顔に出ていたらしく、マスターは苦笑しながら、あたしの頭をぽん、と叩いた。
「だから別にソレはいいの。リクツで納得できる。納得できないのはも一つの方」
「も一つの方?」
「だーかーらー、あたし、マスターが女だったとしても同じ気持ちになるっての」
ぽん、とマスターは手を叩いた。
「つまりお前は、単純に、『ママハハ』に対して妬いてるんだ」
「妬いてるっーか、『ママが可哀想でしょ!』って感じ」
はーいはいはい、と彼は大きくうなづいた。
「納得。でもそれお前、普通俺に言うか?」
「マスターが女だったら言わない。どろどろになるの見え見えだし。男だから言うの」
「……それはまた複雑怪奇な」
そうなのだ。結局あたしの気持ちはそこで止まる。
あたしのモットー「批判的精神であれ」と思ったとしても、どーしてもうまくいかない感情の部分。
「あーもう、マスターが簡単に憎めるタイプだったら楽だったのにーっ」
言いながらあたしは残りの拭くべき食器を力まかせに拭く。きゅっきゅっ、と音が耳にうるさい。
「俺はやだねー。ママムスメとどろどろの戦いなんか。ホントのスプラッタの方が気楽」
「ホントのスプラッタ、経験してるの?」
「そらまあそれなりに」
ぞ、と背筋に寒気が走るのを感じた。
「……それなりにって」
「んー、だってなー、……」
マスターはそう言いながら、天井を見上げた。そして軽く首を回す。
「……やめた。あまりいい話じゃあない」
「あたしでも?」
「一応お前女だし。チビでガリのガキでも」
「禁句ーっ!」
ぼん、とまたステンレスの盆が音を立てた。
「おいお前ら、またやってるのか……」
そう言いながら、カウベルを鳴らして、ドクトルKが入ってくる。彼は閉店後の、共通時九時頃にやって来るのが普通だ。「お疲れ」とマスターは手を挙げる。
ドクトルはこんな風に、ほぼ毎晩、夕食にやって来る。そしてそのまま泊まり込んで、翌朝朝飯を一緒に食べてく。
医院の方は、朝は九時くらいから。昼の患者が終わって一時くらいから三十分ほど休むと、また午後の患者がやって来る。一体何処からわいて来るんだろう、というくらい、毎日毎日、ひっきりなしに患者は来るらしい。
「で、うちには一応休みがあるだろ?」
「うん」
「ヤツの方には無いの。お休み」
「ええっ!!」
このことを言われた時には、あたしもさすがに驚いた。
「……そんなに患者さん、多いの?」
「多いねー。両隣の町からも来るし、またあいつも来れば来たで、全部診ようとするし、自分に手に負えないとみれば、大病院への紹介状も書いてやってるし」
「へーえ」
さすがにあたしも感心した。
そう、何でも、この「アンデル」と、両隣りの町には、ドクトルが来るまで医者がここ数年、居なかったそうだ。だから仕方なく町の人々は、病気やケガの時には、遠くの病院まで出かけて行ったのだという。
「お前も見たろ? この町の様子は」
うん、とあたしはうなづく。
だいたい無いのは、病院医院だけじゃない。警察も無い。消防も無い。一応食料品や生活用品を扱う店、食堂は何軒かあるけれど、発展というには程遠い。
「貧乏…… って訳じゃないでしょうに」
「うん、貧乏じゃあない。ただ、物騒」
「物騒」の内容はともかく、そのせいで人は居なくなってしまったらしい。
ここにやって来た時、あたしは軽いカルチュアショックを受けた。駅には必ず駅員さんが居て、改札があって、切符売り場があるものだと思っていた。けどここには何も無い。
「それでも駅舎はあるだろ?」
そのことを言うと、マスターはそう返した。ん、とあたしはうなづいた。
「俺達が来る十年位前までは、ちゃんとあそこには駅員が切符も売ってたらしいんだわ」
「じゃあ何で、今は居ないの?」
「そりゃあ、乗るヤツが少ない駅に駅員を置くのは無駄だろ」
と言う訳で人口の低下は駅にまで影響をきたすということがよーく判った。
「リクツじゃないもん」
「嫌なんだろ」
「嫌は嫌だけど。リクツでは嫌だって感じる自分が嫌」
「おお、真面目」
「だってマスター、あんた等が好き同士ってのは仕方ないし。そのくらいは判るし」
「あ、じゃあお前、俺がKとアレでも、マジで構わないんだ」
ほう、と彼は感心した様な声を立てた。
「構う構わないじゃなくてねえ」
はあ、とあたしはため息をついた。
「だって知ってるもん。確かにここではあんまりソレって好かれてもないけど、他星系では違うの知ってるし。文化の差じゃん、結局。それにマスター達はイロイロあってあーなってるんだ、ってことは判るし」
「それがお前の言うとこのリクツ?」
「そ。だけど」
「だけど?」
「お腹ん中は、ぐるぐる」
くくっ、と彼は笑った。だがその笑いはすぐに優しいものに変わった。
「それでいーんじゃないの? けど俺なんか、お前がそーんなにリクツで自分を納得させようとする奴だなんて思わなかったなあ」
そう言いながら彼は、カウンターにもたれて腕を前で組んだ。
「だって事実は事実だもん。事実を認めなくちゃ、人間、前に行けないじゃない。進歩は全てそこから来るんじゃないの?」
「お前ホント、前向き」
「マスターはそうは思わないの?」
はい、とあたしは拭き終わったほうろうのポットをマスターに渡した。彼はははは、と乾いた笑いを漏らした。
「思いたいんだけどねー」
「思えないの?」
「さあ、どーかな。まー俺達の場合なんか、振り返るべき後ろが無いっーのが一番問題」
そう言われてしまうと、どう言っていいのか困る。それはどうも顔に出ていたらしく、マスターは苦笑しながら、あたしの頭をぽん、と叩いた。
「だから別にソレはいいの。リクツで納得できる。納得できないのはも一つの方」
「も一つの方?」
「だーかーらー、あたし、マスターが女だったとしても同じ気持ちになるっての」
ぽん、とマスターは手を叩いた。
「つまりお前は、単純に、『ママハハ』に対して妬いてるんだ」
「妬いてるっーか、『ママが可哀想でしょ!』って感じ」
はーいはいはい、と彼は大きくうなづいた。
「納得。でもそれお前、普通俺に言うか?」
「マスターが女だったら言わない。どろどろになるの見え見えだし。男だから言うの」
「……それはまた複雑怪奇な」
そうなのだ。結局あたしの気持ちはそこで止まる。
あたしのモットー「批判的精神であれ」と思ったとしても、どーしてもうまくいかない感情の部分。
「あーもう、マスターが簡単に憎めるタイプだったら楽だったのにーっ」
言いながらあたしは残りの拭くべき食器を力まかせに拭く。きゅっきゅっ、と音が耳にうるさい。
「俺はやだねー。ママムスメとどろどろの戦いなんか。ホントのスプラッタの方が気楽」
「ホントのスプラッタ、経験してるの?」
「そらまあそれなりに」
ぞ、と背筋に寒気が走るのを感じた。
「……それなりにって」
「んー、だってなー、……」
マスターはそう言いながら、天井を見上げた。そして軽く首を回す。
「……やめた。あまりいい話じゃあない」
「あたしでも?」
「一応お前女だし。チビでガリのガキでも」
「禁句ーっ!」
ぼん、とまたステンレスの盆が音を立てた。
「おいお前ら、またやってるのか……」
そう言いながら、カウベルを鳴らして、ドクトルKが入ってくる。彼は閉店後の、共通時九時頃にやって来るのが普通だ。「お疲れ」とマスターは手を挙げる。
ドクトルはこんな風に、ほぼ毎晩、夕食にやって来る。そしてそのまま泊まり込んで、翌朝朝飯を一緒に食べてく。
医院の方は、朝は九時くらいから。昼の患者が終わって一時くらいから三十分ほど休むと、また午後の患者がやって来る。一体何処からわいて来るんだろう、というくらい、毎日毎日、ひっきりなしに患者は来るらしい。
「で、うちには一応休みがあるだろ?」
「うん」
「ヤツの方には無いの。お休み」
「ええっ!!」
このことを言われた時には、あたしもさすがに驚いた。
「……そんなに患者さん、多いの?」
「多いねー。両隣の町からも来るし、またあいつも来れば来たで、全部診ようとするし、自分に手に負えないとみれば、大病院への紹介状も書いてやってるし」
「へーえ」
さすがにあたしも感心した。
そう、何でも、この「アンデル」と、両隣りの町には、ドクトルが来るまで医者がここ数年、居なかったそうだ。だから仕方なく町の人々は、病気やケガの時には、遠くの病院まで出かけて行ったのだという。
「お前も見たろ? この町の様子は」
うん、とあたしはうなづく。
だいたい無いのは、病院医院だけじゃない。警察も無い。消防も無い。一応食料品や生活用品を扱う店、食堂は何軒かあるけれど、発展というには程遠い。
「貧乏…… って訳じゃないでしょうに」
「うん、貧乏じゃあない。ただ、物騒」
「物騒」の内容はともかく、そのせいで人は居なくなってしまったらしい。
ここにやって来た時、あたしは軽いカルチュアショックを受けた。駅には必ず駅員さんが居て、改札があって、切符売り場があるものだと思っていた。けどここには何も無い。
「それでも駅舎はあるだろ?」
そのことを言うと、マスターはそう返した。ん、とあたしはうなづいた。
「俺達が来る十年位前までは、ちゃんとあそこには駅員が切符も売ってたらしいんだわ」
「じゃあ何で、今は居ないの?」
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と言う訳で人口の低下は駅にまで影響をきたすということがよーく判った。
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