未来史シリーズ⑪ベル~父をたずねてここまできたぜ

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
13 / 19

第13話 菓子テロ!

しおりを挟む
 ちなみにこの話をしていたのは、午後のお茶用の菓子を作っていた時だった。マスターは客の合間を見て、スコーンの生地をさくさく、まぜこぜしていた。
 マスターはとにかく手際がいい。
 その一例として、お茶の時間用のお菓子作りもある。マスターは料理も菓子も自分で作る。もっとも彼が作るのは、スコーンやクッキー、ビスケットと言った焼き菓子程度だが。生ケーキや綺麗な冷菓の様なものは、やっぱりケーキ屋に契約注文しているという。

「『トロイカ』のケーキは美味いだろ?」

 あたしはうなづく。最初に来た時に食べたケーキも「トロイカ」製だったらしい。

「だけど俺達がここにやって来るまでは、あそこの奥さん、ほんっとうにシュミでしか作ってなかったんだぜ? ところがある日差し入れてくれたのがもー、滅茶苦茶、美味かったの。それで頼む様になって」

 当初、潰れかけたこの店を建て直していたマスターを、この町の人々は「物好き」と思っていたらしい。だけど、愛想が良くて元気で、妙な一芸を持っていて、良く働くマスターに興味と好意を持ったのだという。
 これは当人の証言だけではなく、洋菓子店「トロイカ」をやっているコリューブ夫人から聞いたのだから確かだ。しかも彼女はマスターの影響で店を出してしまった位だ。
 そう言いながら、マスターはスコーンのタネをざくざくと混ぜていた。

「じゃあ、これも」
「そ、コリューブ夫人直伝」

 バターをまぶされた生地はほどよくぽろぽろとして、今にも「丸めて焼け」と言わんばかりだった。



 ちなみにマスターとドクトルがこの「アンデル」にやって来たのは、ここが無人駅だったからだという。「だって面白そうじゃないか」というのがマスターの言だった。
 そして列車から降りた彼等は、それぞれに住処を探そうと思ったのだと。
 まずドクトルは。
 彼はまず、病院や医院を探した。助手でも何でも仕事が無いか、と。ところがあったのは、医院の残骸だけだった。それもまた、器具一切を残したままの。
 どうもこの医院の持ち主は夜逃げしたらしい。そこで「住みたいなら住めばいいさ」と近所のひとは言った。大家とか権利とかは、と聞くと、「住んでいればそのうち判るさ」ということだった。実際住み着いてから、面倒くさそうにやって来たらしい。
 そして彼はその殆ど廃墟と化していた医院の大掃除を始めた。そこは本当に小さな、個人経営のものだったらしいが、設備は一通り揃っていた。ある程度古いそれは逆に、十年近くブランクのある彼にとっては手慣れたものだったのだという。
 器具を一通り確認し、洗浄できるものは洗浄し、消毒できるものは煮沸消毒し……
 治療室関係で四日。居住スペースに二日(部屋は幾つかあったが、寝室とキッチン以外に手をつけるつもりは無かったらしい)かけ、何とか彼はその建物を使える様にはした。



 一方その頃マスターは。
 彼は彼で、食う寝るところに住むところを探していた。
 そこで、ここに来た途端目にとまったこの店に、「住み込み店員募集」と張り紙があったので入ってみた。即刻オッケー。
 ラッキーだと思っていたら、翌日当時のマスターに逃げられた。何じゃこりゃ、と思っているうちに、この店の所有者がやってきて、借金の返済を要求してきたそうな。
 そころがマスターはそんなこと知ったことじゃない。無論このやって来たひとにしても、マスターに負わせるのも何だと思ったらしい。ついでに言うなら、その取り立て人はカタギのひとではなかったので、逃げた方を追って半殺しにするとか言ってたそうな。
 するとマスターはこう言ったのだと。「借金肩代わり+も少し借りたい」と。逃げも隠れもしない、この店をちゃんと軌道に乗せるから、と言い放ったのだと。
 驚いたのは当の貸し主の方だった。そしてそんなアホなことを言ってくるヤツは初めてだ、と笑い飛ばしたという。そこでその貸し主は条件をつけた。三日後にもう一度来るから、自分をうならせるコーヒーを入れてみろ、と。そうすれば融資すると。
 そこで喫茶に関しては無知だったマスターは、三日間走りに走り回ったそうな。この町にもう一軒だけあるカフェのマスターに教えを請いに行ったというから大したものだ。



「で、そん時は非常事態だったから、俺はこのミラクル・ボイスを使った訳よ」

 へへへ、とマスターはスコーンをオーブンに入れながら笑った。

「一見そう聞こえないんだけど、実は泣きが凄く入ってる声の出し方ってのがあってね」
「それどーやってやるの?」
「内緒。うふ♪」

 ……まあいい。ともかく彼は、三日間で何とか融資を取り付け、それを一年で返してしまったそうだ。……見事としか言い様が無い。

「と言ってもなロッテ、俺はごくごく当たり前の経営法で真面目ーっにやっただけなのよ。単に俺の前任が、そうしなかっただけ」
「そういうもの?」
「そういうもの。それと、少し臆病過ぎたってことかなー」

 と言うよりは、あんたの神経が太すぎるだけの様な気がしますが。
 そしてその店を立て直す時にも、ドクトルは毎日やって来てはごはんを食べてたらしい。そこで会えば会ったで、お互い「進行状況」の話にばかりになる。時には「勝負だ!」とまで言い出したそうだ。しかし「医院」と「カフェ」で何を競争するというんだろう。
 ともかくマスターのカフェとドクトルの医院がスタートしたのは同時期くらいだった。
 医院にもカフェにも人は次々とやってきた。それだけ、町の人々は、「駅前カフェ」と「医院」が在ることを待っていたのかもしれない、と彼等は思い、しみじみとしたものを感じたらしい。
 マスターが焼けたスコーンを出すと、良い香りがあたりにふわっと広がった。
 途端、窓際テーブル席の常連カップルが「ロッテちゃーん」と手を挙げ、声を掛けた。「はーい」とあたしはオーダー追加を取りに行く。
 ……そう、マスターが店内で焼き菓子を自分で作る様になったのは、この効果を狙っていたりもするのだ。あたしも型崩れしたものを小休止の時に口にできるけど、……焼きたてのものは本当にっ!! ……美味しい。

「今日は何のスコーン? チョコ入ってるみたいだけど」
「あ、チョコチップ+バナナです」
「聞いたーっ?」

 隣りの女の子集団がそれをまた聞きつける。はいはい、とあたしはそっちにもオーダーを取りに行く。
 無論その時に、新規のお客さんには紅茶に合いますよー、という言葉も忘れない。はいそれで紅茶もオーダー。まーすーたあー、とあたしは声を張り上げる。マスターはオッケー、と紅茶や食器の用意をする。
 この焼き菓子もまた日替わりというか、マスターの気まぐれだの、ストックしてある材料だのによって変わって来るのだ。
 たまたま今日は、生地にそのまま混ぜ込んでしまう程チョコをストックしていなかったことと、この間あたしが買い込んだバナナが熟れすぎになりつつあったこと結果、「バナナスコーンチョコチップ入り」となった。
 ちなみにドクトルは甘いものはさほどに好きという訳ではないから、張り合いが無い、ということだ。

「じゃああたし、いい味見役じゃない?」
「……太るぜ」
「いいもんあたし『ガリ』なんだから」

 ぬかせ、とマスターは蜂蜜色の目をむいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

処理中です...