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第21話 どうやら何処かに太后が居るらしい。
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皇帝は忍びでのんびりした道中を心がけていた。そう、できれば――― 避けたいものがあるのだ。
実際途中で早馬がやってきた。馬車から受け取ったその知らせには。
「……この近くでしばらく滞在しようと思うんだ……」
カヤは育ての母に向かって引きつった表情でそう言った。
「あれが来たのかい」
「ああ」
「よし、私がちょっと具合悪くなることとするか」
全くもって賛成だ、と息子はうなづいた。また一方で返事を書く。「すみませんが少々留守をお願いします」と。
「何とかなるかね?」
ふふん、と育ての母は生みの母を嫁が上手く追い返すのか、と含める。
「ダリヤ様と一緒なら、おそらく」
「そんな嫁なら、私も早く会ってみたいものだが」
満足そうにカイはうなずく。
「だが私もあれには会いたくはないよ。お前の話だと、まるで変わっていないというじゃないか。見た目以上に、中身が」
「母さん、見た目というのは、考えた以上に中身を引きずるものだよ。俺だって、未だに身体が軽いから、こうやって来てしまったし。まあ軽率だと言われても仕方ないけどね」
「まあお前はまだ、あの男の様な冷静さを持ってるからましだね」
「そんなに良く知ってのかい?」
「ああ、お前には話したことなかった…… ね」
「その間は何なんだよ」
「いや、単にお前が聞かないから話さなかっただけさ。私自身にあの男はそう関わりが無かったから、思い出という程のものもない。そもそも私はあの男は好きではないよ」
「でしょうね」
カヤはため息をつく。
「似た者同士だよ、あの二人は」
*
一方の宮中は。
「……奇妙な影?」
女官長は道具方からの報告を受け、怪訝そうな顔をした。
「はい。見たことの無い姿の女の影が時々見られる、複数のうちのものからなのですが……」
「どの様に現れるのか?」
「様々です。皇宮の北の宝物倉が並ぶ辺りで、何度かするりするりと揺れる服が見られまして」
「それだけか?」
「いえ、その後、配膳方の倉でやはり同じ様に。そこでは座り込んで空を見上げていたとか、頭に布を巻いていたとか、そんな目撃情報もあるのですが」
「……それだけ見られていて、何故それが何だか判らないのです?」
レレンネイは口を歪めた。報告する前に何もしなかったのか、ともう少しで頭から咎めてしまいそうである。
だが、どうもこの報告する女官はその奇妙なものに対し、怖がっている節がある。
「……で、それはいつからだ?」
「あの…… ちょうど天下御免のお客人がいらしてからなのですが」
「あの方が?」
女官長はダリヤの正体をきちんと把握している。だが下級女官などには詳しくは説明していない。確かに天下御免の印を持っている、ということは説明してあるが、それがどんな者であるかは。
「ところが、その方ではないのに、その天下御免の印を下げている様なのです」
「は」
しまった、とレレンネイは思った。すると。
「判りました。その旨、皇后陛下にもご報告しておきましょう。天下御免の印が見えたということは口にしないよう」
はい、と道具方の女官は恐縮して立ち去った。
*
「居るのですか?」
それからすぐ報告を受けたアリカは、女官長の表情が実に苦々しいものであることに気付いた。
「はい」
「……ちょっと下がってもらえますか? 聞いてみたいことがあるので……」
「は? ええ、はい」
レレンネイは首を傾げながらその場から下がった。アリカは天井に向かい、あまり大きくはない声で問いかけた。
「知っていたのですか」
『いいえ』
「そういうことができるのですか?」
『あの方なら』
「では、今何処に居るか、すぐに探して私に知らせて下さい。ダリヤ様にも相談してみます」
は、と低い声が返る。
やってきたのが太后だというなら、一体彼女は何を考えているのだろう。アリカは考える。
あちこちの倉の辺りをひらひらと回っている。わざわざ? 天下御免の印は、その倉の中のものも自由にして良いというものでもあるのに。
「何処かに居る、ということか?」
のたのたしていては身体がなまる、とばかりにダリヤは庭でそれまで棒を振り回して汗を流していた。それを拭きながら部屋の中へと入ってくる。
「その様です」
「酔狂なことをする。それとも何だ。お主のことを対面無しで見てみたかったとか?」
「それは考えられますが。あの、皇帝陛下がお生まれになった時に…… ということでしたら、私の赤子に対しては……」
「いや、あれの復讐は、カヤが帝位についた時点で一応終わっているはずなのだよ」
「と、仰有いますと?」
「あれは桜の国の民の血が皇帝になったことで一応納得した――― はずなのだ。同志達もお主に既に付いているのだろう?」
「そのはずなのですが」
「そこはびしっと言ってやるがいい。お主は何はともあれ皇后なのだからな」
成る程、とアリカはうなづいた。
「如何なる経緯であれ、既にその地位にあるならば、それ相応の態度を取らないと舐められるぞ」
それは判っている。ただ姿を見せない彼等に対し、どうしたものか。
「ダリヤ様でしたら、どうなさいますか? 姿を見せない味方というものには」
「一喝するぞ。出て来い、と」
腰に両手を当て、何を今更、という口調で初代の皇后は言った。
「軍がそうだった。まあ私は初代と共に戦ってきた者だからな。それを知っている者が多かったから良かったのかもしれんが。さて、お主はどうしたものかな」
実際途中で早馬がやってきた。馬車から受け取ったその知らせには。
「……この近くでしばらく滞在しようと思うんだ……」
カヤは育ての母に向かって引きつった表情でそう言った。
「あれが来たのかい」
「ああ」
「よし、私がちょっと具合悪くなることとするか」
全くもって賛成だ、と息子はうなづいた。また一方で返事を書く。「すみませんが少々留守をお願いします」と。
「何とかなるかね?」
ふふん、と育ての母は生みの母を嫁が上手く追い返すのか、と含める。
「ダリヤ様と一緒なら、おそらく」
「そんな嫁なら、私も早く会ってみたいものだが」
満足そうにカイはうなずく。
「だが私もあれには会いたくはないよ。お前の話だと、まるで変わっていないというじゃないか。見た目以上に、中身が」
「母さん、見た目というのは、考えた以上に中身を引きずるものだよ。俺だって、未だに身体が軽いから、こうやって来てしまったし。まあ軽率だと言われても仕方ないけどね」
「まあお前はまだ、あの男の様な冷静さを持ってるからましだね」
「そんなに良く知ってのかい?」
「ああ、お前には話したことなかった…… ね」
「その間は何なんだよ」
「いや、単にお前が聞かないから話さなかっただけさ。私自身にあの男はそう関わりが無かったから、思い出という程のものもない。そもそも私はあの男は好きではないよ」
「でしょうね」
カヤはため息をつく。
「似た者同士だよ、あの二人は」
*
一方の宮中は。
「……奇妙な影?」
女官長は道具方からの報告を受け、怪訝そうな顔をした。
「はい。見たことの無い姿の女の影が時々見られる、複数のうちのものからなのですが……」
「どの様に現れるのか?」
「様々です。皇宮の北の宝物倉が並ぶ辺りで、何度かするりするりと揺れる服が見られまして」
「それだけか?」
「いえ、その後、配膳方の倉でやはり同じ様に。そこでは座り込んで空を見上げていたとか、頭に布を巻いていたとか、そんな目撃情報もあるのですが」
「……それだけ見られていて、何故それが何だか判らないのです?」
レレンネイは口を歪めた。報告する前に何もしなかったのか、ともう少しで頭から咎めてしまいそうである。
だが、どうもこの報告する女官はその奇妙なものに対し、怖がっている節がある。
「……で、それはいつからだ?」
「あの…… ちょうど天下御免のお客人がいらしてからなのですが」
「あの方が?」
女官長はダリヤの正体をきちんと把握している。だが下級女官などには詳しくは説明していない。確かに天下御免の印を持っている、ということは説明してあるが、それがどんな者であるかは。
「ところが、その方ではないのに、その天下御免の印を下げている様なのです」
「は」
しまった、とレレンネイは思った。すると。
「判りました。その旨、皇后陛下にもご報告しておきましょう。天下御免の印が見えたということは口にしないよう」
はい、と道具方の女官は恐縮して立ち去った。
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「居るのですか?」
それからすぐ報告を受けたアリカは、女官長の表情が実に苦々しいものであることに気付いた。
「はい」
「……ちょっと下がってもらえますか? 聞いてみたいことがあるので……」
「は? ええ、はい」
レレンネイは首を傾げながらその場から下がった。アリカは天井に向かい、あまり大きくはない声で問いかけた。
「知っていたのですか」
『いいえ』
「そういうことができるのですか?」
『あの方なら』
「では、今何処に居るか、すぐに探して私に知らせて下さい。ダリヤ様にも相談してみます」
は、と低い声が返る。
やってきたのが太后だというなら、一体彼女は何を考えているのだろう。アリカは考える。
あちこちの倉の辺りをひらひらと回っている。わざわざ? 天下御免の印は、その倉の中のものも自由にして良いというものでもあるのに。
「何処かに居る、ということか?」
のたのたしていては身体がなまる、とばかりにダリヤは庭でそれまで棒を振り回して汗を流していた。それを拭きながら部屋の中へと入ってくる。
「その様です」
「酔狂なことをする。それとも何だ。お主のことを対面無しで見てみたかったとか?」
「それは考えられますが。あの、皇帝陛下がお生まれになった時に…… ということでしたら、私の赤子に対しては……」
「いや、あれの復讐は、カヤが帝位についた時点で一応終わっているはずなのだよ」
「と、仰有いますと?」
「あれは桜の国の民の血が皇帝になったことで一応納得した――― はずなのだ。同志達もお主に既に付いているのだろう?」
「そのはずなのですが」
「そこはびしっと言ってやるがいい。お主は何はともあれ皇后なのだからな」
成る程、とアリカはうなづいた。
「如何なる経緯であれ、既にその地位にあるならば、それ相応の態度を取らないと舐められるぞ」
それは判っている。ただ姿を見せない彼等に対し、どうしたものか。
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