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第31話 育ての母は、宮中の孫の近くに住むこととなる。
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皇帝の育ての母であるカイは、宮中でもアリカや皇太子の居る場所に住処をしつらえられることとなった。
当初は太公主の、そして皇帝の住む場所の近くに、ということも提案された。皇帝はできるだけ近くに居て欲しかったのだ。
だが当人がそれを拒んだ。
「なかなかに、お前と太公主様のことに関してはあたしも難しいんだよ。納得するのが」
嫌いではないのだ、という。実際会ってみて、太公主が良い女性だということもよく判っている。
「それでもやはり、あまりにもお育ちが違いすぎてな。なかなかに気を遣ってしまう。向こうもそうだろう」
それに関しては皇帝も一言も無かった。自分にしてもこの場所に来て暮らしだした頃は戸惑いの連続だったのだから。
「それにやはり、お前をここに引き留めた最後の砦だと思うと、あたしからすると、なかなか気持ちからどうしても抜けない棘の様なお人なんだよ」
それでは仕方がない、と孫の近くに行くことにしたのだ。ダリヤもしばらくは滞在するということだったので、その辺りは当座、客人館ということになった。
正直その方がアリカにとってもありがたかった。きちんと皇帝に人の心を教えてくれたひとが祖母としてやってきてくれるのは非常に嬉しいものがある。当人もこう言った。
「確かにあんたにゃ、子供を育てるのは難しそうだ」
それは年端もいかないとかそういうことではなく。
「あんたはあたし等にはできないことができるってことだろう? だったらそれをすればいい。その上で、乳母なりあたしが、生きてるうちはちゃんと母上には愛情と敬意を払うように育てるさ」
「ありがとうございます」
その言葉には素直に頭が下がった。本当の年の功とはそういうものなのだろう、とアリカは納得した。
「それでそう、サボンさん、あんたはどちらかというとこの方に付いているんだね。フヨウさんは」
「私はご存知の残桜衆ですので、護衛の方が」
「じゃああんたの方があたしとはよく居ることになるかね。よろしく頼むよ」
言いたい口調で言いたいことを言って、それでいて嫌味が無い。このひとは偉い、とフヨウも思った。それに何と言っても残桜衆にとって頭が上がらなかったイチヤを去らせてしまった人である。
*
「私ね、実は里では結構期待されていたんです」
ある夜、フヨウはサボンに打ち明けた。
「小さな頃から体術も記憶術もある程度優れていたし、行動の読みや隠れる術もできるし、ということで」
「な、何か凄いことしてたのね」
「そういうところだったんです。でもやって来てすぐに皇后陛下がお決まりになって。朱は警護し甲斐がない、とぼやいていました。実際あの方、皇后陛下なのだし」
「でもあの方は格別に武芸とかできる訳ではないわ」
少なくとも自分は知らない。そしてこの一年弱はずっと妊娠していたのだから、その様な訓練ができる訳がない。
「でも戦意を喪失させる術に関しては凄いと思います」
「戦意……」
サボンは苦笑した。アリカは思ったことを言っただけなのだろう。
ただそれが効果的かどうか、の計算はしている。それに関しては確信があった。
「太后さまはどちらへ行かれたのかしら」
「あの方は天下御免をお持ちですから、何処へでも」
「その天下御免、は何処まで利くの?」
「細かくは…… それはダリヤ様にお聞きになったほうがいいと思いますね。私も知りたいです」
「じゃあまあ、それがあれば生きていくには困らない手形、ということと考えて…… これからそれを持って一人で彷徨うのかしら」
「下手なことを考えない限りは何でもしていい、ということなんだと思います。……でもあの方は、それを持つ前に、何というか、先帝陛下を」
その辺りが今ひとつサボンには想像がつかないのだ。
「まだ皇帝でなかった陛下が死にそうになったから、先帝陛下は命を受け渡したのでしょう」
アリカはそう説明した。「知識」と「記録」からするとそれしか考えられないという。だがそれ自体が凡人のサボンとしては想像ができない。
「でも私達はきちんとお勤めしていれば、きっといつかその時をお見受けすることができると思います」
「それはそれで、何だけど」
枝葉を払って考えれば、近くですやすや眠っている赤子が即位する時は、今の皇帝がこの世から消える時だ、ということなのだ。
「ただサボンさん、貴女はその時どうします?」
「え?」
「私は警護ですから、御代が変わろうが何だろうが、皇宮勤めを致しますが、あの方が皇后陛下から皇太后陛下になられても、ずっとご一緒しますか?」
「そんなこと」
サボンは肩をすくめる。
「遠いことすぎて、私には浮かばないわ」
いや、その前に自分がここで暮らしている以上、何が起こるか判らないのだ。そうでなくとも、急な病にかかって命を落とすかもしれない。
「生きている以上は、あの方の側にいるつもり。要らない、と言われない限りは」
「そうですか」
フヨウは納得した様にうなづいた。
「では長く、私達は一緒に仲良くやっていきたいですね、サボンさん」
「呼び捨てでいいわ、同僚ですもの。私もフヨウと呼んでいい?」
うなづく彼女の表情がやっと和らいだ。
当初は太公主の、そして皇帝の住む場所の近くに、ということも提案された。皇帝はできるだけ近くに居て欲しかったのだ。
だが当人がそれを拒んだ。
「なかなかに、お前と太公主様のことに関してはあたしも難しいんだよ。納得するのが」
嫌いではないのだ、という。実際会ってみて、太公主が良い女性だということもよく判っている。
「それでもやはり、あまりにもお育ちが違いすぎてな。なかなかに気を遣ってしまう。向こうもそうだろう」
それに関しては皇帝も一言も無かった。自分にしてもこの場所に来て暮らしだした頃は戸惑いの連続だったのだから。
「それにやはり、お前をここに引き留めた最後の砦だと思うと、あたしからすると、なかなか気持ちからどうしても抜けない棘の様なお人なんだよ」
それでは仕方がない、と孫の近くに行くことにしたのだ。ダリヤもしばらくは滞在するということだったので、その辺りは当座、客人館ということになった。
正直その方がアリカにとってもありがたかった。きちんと皇帝に人の心を教えてくれたひとが祖母としてやってきてくれるのは非常に嬉しいものがある。当人もこう言った。
「確かにあんたにゃ、子供を育てるのは難しそうだ」
それは年端もいかないとかそういうことではなく。
「あんたはあたし等にはできないことができるってことだろう? だったらそれをすればいい。その上で、乳母なりあたしが、生きてるうちはちゃんと母上には愛情と敬意を払うように育てるさ」
「ありがとうございます」
その言葉には素直に頭が下がった。本当の年の功とはそういうものなのだろう、とアリカは納得した。
「それでそう、サボンさん、あんたはどちらかというとこの方に付いているんだね。フヨウさんは」
「私はご存知の残桜衆ですので、護衛の方が」
「じゃああんたの方があたしとはよく居ることになるかね。よろしく頼むよ」
言いたい口調で言いたいことを言って、それでいて嫌味が無い。このひとは偉い、とフヨウも思った。それに何と言っても残桜衆にとって頭が上がらなかったイチヤを去らせてしまった人である。
*
「私ね、実は里では結構期待されていたんです」
ある夜、フヨウはサボンに打ち明けた。
「小さな頃から体術も記憶術もある程度優れていたし、行動の読みや隠れる術もできるし、ということで」
「な、何か凄いことしてたのね」
「そういうところだったんです。でもやって来てすぐに皇后陛下がお決まりになって。朱は警護し甲斐がない、とぼやいていました。実際あの方、皇后陛下なのだし」
「でもあの方は格別に武芸とかできる訳ではないわ」
少なくとも自分は知らない。そしてこの一年弱はずっと妊娠していたのだから、その様な訓練ができる訳がない。
「でも戦意を喪失させる術に関しては凄いと思います」
「戦意……」
サボンは苦笑した。アリカは思ったことを言っただけなのだろう。
ただそれが効果的かどうか、の計算はしている。それに関しては確信があった。
「太后さまはどちらへ行かれたのかしら」
「あの方は天下御免をお持ちですから、何処へでも」
「その天下御免、は何処まで利くの?」
「細かくは…… それはダリヤ様にお聞きになったほうがいいと思いますね。私も知りたいです」
「じゃあまあ、それがあれば生きていくには困らない手形、ということと考えて…… これからそれを持って一人で彷徨うのかしら」
「下手なことを考えない限りは何でもしていい、ということなんだと思います。……でもあの方は、それを持つ前に、何というか、先帝陛下を」
その辺りが今ひとつサボンには想像がつかないのだ。
「まだ皇帝でなかった陛下が死にそうになったから、先帝陛下は命を受け渡したのでしょう」
アリカはそう説明した。「知識」と「記録」からするとそれしか考えられないという。だがそれ自体が凡人のサボンとしては想像ができない。
「でも私達はきちんとお勤めしていれば、きっといつかその時をお見受けすることができると思います」
「それはそれで、何だけど」
枝葉を払って考えれば、近くですやすや眠っている赤子が即位する時は、今の皇帝がこの世から消える時だ、ということなのだ。
「ただサボンさん、貴女はその時どうします?」
「え?」
「私は警護ですから、御代が変わろうが何だろうが、皇宮勤めを致しますが、あの方が皇后陛下から皇太后陛下になられても、ずっとご一緒しますか?」
「そんなこと」
サボンは肩をすくめる。
「遠いことすぎて、私には浮かばないわ」
いや、その前に自分がここで暮らしている以上、何が起こるか判らないのだ。そうでなくとも、急な病にかかって命を落とすかもしれない。
「生きている以上は、あの方の側にいるつもり。要らない、と言われない限りは」
「そうですか」
フヨウは納得した様にうなづいた。
「では長く、私達は一緒に仲良くやっていきたいですね、サボンさん」
「呼び捨てでいいわ、同僚ですもの。私もフヨウと呼んでいい?」
うなづく彼女の表情がやっと和らいだ。
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