四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
34 / 38

第34話 保存食を作って欲しい

しおりを挟む
「解せぬ」
「そうでしょうか」
「お主は死ぬかもしれないことにわざわざ代わらせた相手をそうも思うのか?」
「いえ、私が言い出したのです」
「何故」
「私は彼女とずっと一緒に育ってきました。もし彼女が居なくなった時、私は彼女以上の主人を持てるとは思えません。私のこの性格では」
「……まあ…… な……」

 さすがにそれはうなづけるところである。

「だとしたら、もし頼まれたならば代わろうとは思っておりました。私には無くすものは彼女という主人しかなかったのですから」
「確かに主人は無くしたな……」

 そして今のアリカが主人となり、二人とも生き残った。

「あとこれは結果論ですが、彼女がこの『知識』を持って生き残れていたら、二代様のようになっていたかもしれません――― それは私には耐えがたいことです」
「そう思えるのか?」
「彼女の根は善良ですから、……相当なものを見ない振りをしないと、耐えられるものではないのではないですか?」
「まあ、な……」

 ダリヤはうなづく。彼女等の得た「知識」の中には、吐き気を催す様な光景も山程ある。
 それが何処の世界のいつのものかは判らないが、作り物ではないであろう何処かの歴史が。

「私なら耐えられます」
「先帝は目を逸らさなかったな。あれは我が孫ながらそこは強かった。だがカヤはそうではないな。そこは母親の弱さを引き継いでる」
「上手く逸らせたならそれで良いではないですか。太后様は下手なことにお使いになりそうになった。そこはまずいと思います」
「だからお主は彼奴の心をとりあえず折っておいたのか?」
「どうでしょう」

 アリカは首を傾げた。

「折ったというより、上手い応答が見つからなかったから退場した、という様に見えましたが」
「あれにはそれで充分だ。自己卑下が根の部分で酷いくせに、妙にプライドが高い。だから普段我々の持つ言葉の力を行使するだけに、言葉に弱い」

 成る程、とアリカはうなづいた。

「―――まあ、お主なら、当分は何とかできるだろう。少なくともお主はできないこととできることを区別して他者に振り分けることは上手そうだ」
「できないことをやって失敗するよりは」
「全くだ。ところで私には保存食を作ってくれる様に命じてもらえぬかな」
「保存食」
「言っていたろう? 豆を甘く煮潰したのを寒天で寄せるものだ」

 わかりました、と晴れやかな口調でアリカは答えた。



「と言ってもまだ試作段階だよ!」

 サボンから伝言をもらったタボーは呆れた様に両手を広げた。

「保存食にできるだけの煮詰め方がどの位なのか、まだそこまでやっていないけどねえ」
「何でももう今週中には出たいとか」
「突然な方だ!」

 研究班の皆集合、とタボーは配膳方の女官に声を張り上げた。
 この頃、普段の食事を作ることと並行して、皇后の「知識」から出る望みに応えられる様にする女官が、若い者の中から集められていた。
 例えば飾り菓子に使う「飴がけ」などの調査に市場の露店に観察しに行ったのもこの若い者だった。
 これという技術があったら、宮中の者という証明をした上で職人に対し教えを請う。どうしてもその場で判らない時には足を運ばせることもある。その交渉もしなくてはならない。
 またその一方で、各地から集った女官から聞き取り調査をすることもある。心太から寒天に至る辺りでは、海岸沿いの出身の者をわざわざ故郷に派遣させたこともあった。

「豆にしても、どれがいいんですかね、あの方は」
「馬に乗る方だから、重さは大丈夫ということなんですが」
「みっしり、か」

 そういうことだろうな、と伝えるサボンも思った。
 サボン自身は、豆を煮詰めたものを漉して粒を無くしたものを、さっぱりと口に入れたら崩れてしまうくらいに固めたものが好きだった。
 暑い時期、氷室から貴重な氷を出して削ったものに甘い蜜を掛けるのがかつては好きだった。だがあれは時には頭が痛くなる。そこまででなくとも、冷たい清水の中にしばらく容器を置いておけば美味しくいただけるこの菓子はよくまあ完成させることができたな、と口にできる都度思うのだった。
 そして情報は隠さないでおくこと、というお達しにより、次第に市井でも心太や寒天を使う菓子が広がってきていた。海辺の藩候領ではあちこちからの注文が増えた、との声が上がっている。
 それは豆に関しても同様だった。どちらかというと豆は主食、もしくは塩味系のスープに入れるものとしての使われ方が多かった。蒸したり煮たりして柔らかくするのは、調味料を作る時くらいだったという。
 また、砂糖の需要も増えたため、寒冷地での砂糖大根、南方での砂糖黍も作られることが奨励されだした。
 だが需要があるからと言って、一つの作物を作ることに集中しすぎるのは土にも生態系にも良くない。アリカは皇帝を通してその辺りを藩候達に通達させていた。

「基本は皆自分達の食べるものは自分達の領地で作る方がいいと思います」

 皇帝はそれに対しては「そうだな」としか言わなかった。

「ま、ともかくあのお方の御出立までには詰めてみるよ。できるだけみっしりとだね」
「はい、みっしりと」

 タボーとサボンはそう言って苦笑し合った。



 そんな通達をした後、アリカの元に戻ろうとすると、女官長から呼び止められた。

「手紙が二通あるのだけど。皇后陛下のご実家から、陛下と、それと貴女宛」
「私にもですか」
「そう書いてあるわ」

 ほら、とレレンネイは手紙の上書きを指す。
 途端、サボンは受け取った封をすぐさま開けた。書き手の字に見覚えがあったのだ。

「女官長様」
「急ぎの用事?」
「……いえ、急ぎかどうか判らないのですが…… すぐ上の姉君がご結婚なさるとか」

 手紙はマドリョンカからだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

処理中です...