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第37話 父将軍との久しぶりの対話
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ぼかん、とサボンは美しい晴れ姿のマドリョンカを見て思わず目を見開き口を開けていた。
だが自分の失態に気付くと、サボンは慌てて真顔になる。
「お久しぶりです」
「お招きありがとうございます。こちらは我が主からの祝いの言葉が」
そう言ってサボンはアリカから言付かった文を手渡す。礼に則り、長い紙を朱色の絹の飾り紐できっちり巻いてある。
「ありがとうございます」
「ご自分は伺えない故、様子をよく見、楽しんできて欲しい、と言われました」
「ぜひそうなさって下さい」
お互いに軽く目を伏せ、礼をし合う。後は式の後だ、と。
マドリョンカは花嫁はこちらだ、と連れられて行く。家の者も同様だった。
その中には、力持ちの家人に抱かれたマヌェの姿があった。側にはシャンポンが心配そうに付き添っている。
「……お身体が」
「良くない、とウリュンは言ってます」
「そう……」
サボンはアリカであった頃から、あの二人の姉とはさして交流があった訳ではない。特に、マヌェに関してはミチャ夫人があまり彼女に会わせようとしなかったと言ってもいい。
ウリュンに対しては、いずれ家長になる身として、庇護の対象として欲しいということだったろうか。ミチャ夫人は彼にはきょうだいの一人として少しでも気を留めて欲しい、という態度を崩さなかった。
結果として当時のアリカはサボンとばかり過ごすこととなり――― 使用人達も四姉妹より身分が上だが一人置かれているお嬢様にはあまり気を遣わなかった。
現在の状況としては、幸いなことだったが。
「サボンどのにはお久しぶりだ」
ふっと考えを巡らせていたら、つい人気が殆ど失せていたことに気付いた。そしてそこには父の姿があった。
「外においてはお久しぶりでございます」
「ずいぶんと大人びたものだな」
「何かと宮中の仕事は大変ですが、面白うございますゆえ」
「そなたの主もお元気か?」
「はい。ますますお元気で、何かと新たな仕事を見つけては取り組んでおられます。私はそれについて行くのに精一杯ですが、とても楽しいです」
「そうか、楽しいか」
そしてぽん、と肩に手を置くと。
「ともかく身体にだけは気をつけるよう」
真剣な目だった。
「あの」
「何だね」
「マヌェ嬢は……」
「うむ」
サヘ将軍は目を伏せる。
「何処が悪いという訳ではない。ただともかくどんどん力が抜けて行くのだ、と当人が言っている」
「お医者の方は……」
「同じだ。そもそもの命数が尽きようとしているのではないか、と皆同じ様に言う」
「命数が」
「元々が生まれた時も危険だった娘だ。今の今まで生きていただけでも幸運だったのかもしれない。あれが生きているうちに妹の綺麗な姿を見たい、ということで、今回の婚儀も早めたのだ」
「お相手の方は」
「……正直驚いた」
「そうなのですか?」
父が驚くことなど。サボンはアリカだった時から考えたこともなかった。
彼は勇猛な、だが思慮深い軍人の常として、驚く様はそうそう見せることが無いと思っていたのだ。
「相手の祖父君は狩りの仲間でもあるし、副帝都に居た時には無邪気に家族ぐるみで遊んでいたこともある。……とはいえ、今度の婿君は、シャンボンの方が好ましかったのだと思っていたのだが」
「皆同じことをおっしゃるのですね」
「本当に仲が良かったのだぞ。だからあの男勝りの娘が嫁げるならあそこしかないだろうな、と思っていたものだ」
だがそのシャンポンは、すぐ下の妹のことしか今は考えていないだろう。
「では何故マドリョンカ様を?」
「婿君曰く。夢を見る時期は終わった。祖父の跡を継いで有能な商人として独り立ちできる様になるべく働くつもりだ。そしてその相手として、マドリョンカが欲しいのだ、と」
「好きという訳では?」
「そもそも最初の結婚というものはうちも向こうも、それで左右されるものではないだろう」
自分がそうだったように、と言葉が暗に込められている。ダウジバルダ・サヘが本当に好きな少女を妻にできたのは、先に有力な家の娘を本妻にできたからなのだ。
「シャンポンは確かに、そんな彼には合わないだろう」
「そうですか……」
副帝都の自宅での窓から、遠目で見たことがある、楽しそうに走り回って遊ぶ二人。それはもう子供時代のことと。
「マドリョンカは――― あれはあれで、何か思うところがあるらしい。そしてあれはともかく…… 綺麗なものが好きで、贅沢もしたいだろう。そしてその生活を維持するためなら、夫の仕事にも役立つことをする。何かしら親としては判らないが、奇妙な熱量を感じてな」
「熱量」
「愛とか恋とかではないもの――― そう、むしろ野心に近いか」
「野心…… ですか?」
サボンは首を傾げた。
「お主もそれは薄そうだな、ツァイツリョアイリョセン?」
「は」
短く、とても短く答え、彼はうなづく。
「自分は自分の出来る役目を果たすだけで」
「うむ。お主はそれで良い。そのままこの女官と仲良くしてやって欲しいものだ」
「ち……」
ちうえ、と思わず口にしそうになり、慌ててサボンは手で口を覆った。
「構わないのですか?」
リョセンは変わらぬ表情で、将軍に問いかけた。
「今は宮中の女官として独り立ちしているもと召使いに、此方が何を言えよう? ただもし喜ばしい日が来たならば、此方にも教えてもらえると有り難いものだ」
それは、とサボンは口にしそうになり――― 止めた。
「将軍の元で働きうることがまずは一番」
リョセンのその短い言葉が、サボンは嬉しかった。
自分達はそう簡単にはいかないのだ、ということをサボンは父親に説明ができないのだ。
だが自分の失態に気付くと、サボンは慌てて真顔になる。
「お久しぶりです」
「お招きありがとうございます。こちらは我が主からの祝いの言葉が」
そう言ってサボンはアリカから言付かった文を手渡す。礼に則り、長い紙を朱色の絹の飾り紐できっちり巻いてある。
「ありがとうございます」
「ご自分は伺えない故、様子をよく見、楽しんできて欲しい、と言われました」
「ぜひそうなさって下さい」
お互いに軽く目を伏せ、礼をし合う。後は式の後だ、と。
マドリョンカは花嫁はこちらだ、と連れられて行く。家の者も同様だった。
その中には、力持ちの家人に抱かれたマヌェの姿があった。側にはシャンポンが心配そうに付き添っている。
「……お身体が」
「良くない、とウリュンは言ってます」
「そう……」
サボンはアリカであった頃から、あの二人の姉とはさして交流があった訳ではない。特に、マヌェに関してはミチャ夫人があまり彼女に会わせようとしなかったと言ってもいい。
ウリュンに対しては、いずれ家長になる身として、庇護の対象として欲しいということだったろうか。ミチャ夫人は彼にはきょうだいの一人として少しでも気を留めて欲しい、という態度を崩さなかった。
結果として当時のアリカはサボンとばかり過ごすこととなり――― 使用人達も四姉妹より身分が上だが一人置かれているお嬢様にはあまり気を遣わなかった。
現在の状況としては、幸いなことだったが。
「サボンどのにはお久しぶりだ」
ふっと考えを巡らせていたら、つい人気が殆ど失せていたことに気付いた。そしてそこには父の姿があった。
「外においてはお久しぶりでございます」
「ずいぶんと大人びたものだな」
「何かと宮中の仕事は大変ですが、面白うございますゆえ」
「そなたの主もお元気か?」
「はい。ますますお元気で、何かと新たな仕事を見つけては取り組んでおられます。私はそれについて行くのに精一杯ですが、とても楽しいです」
「そうか、楽しいか」
そしてぽん、と肩に手を置くと。
「ともかく身体にだけは気をつけるよう」
真剣な目だった。
「あの」
「何だね」
「マヌェ嬢は……」
「うむ」
サヘ将軍は目を伏せる。
「何処が悪いという訳ではない。ただともかくどんどん力が抜けて行くのだ、と当人が言っている」
「お医者の方は……」
「同じだ。そもそもの命数が尽きようとしているのではないか、と皆同じ様に言う」
「命数が」
「元々が生まれた時も危険だった娘だ。今の今まで生きていただけでも幸運だったのかもしれない。あれが生きているうちに妹の綺麗な姿を見たい、ということで、今回の婚儀も早めたのだ」
「お相手の方は」
「……正直驚いた」
「そうなのですか?」
父が驚くことなど。サボンはアリカだった時から考えたこともなかった。
彼は勇猛な、だが思慮深い軍人の常として、驚く様はそうそう見せることが無いと思っていたのだ。
「相手の祖父君は狩りの仲間でもあるし、副帝都に居た時には無邪気に家族ぐるみで遊んでいたこともある。……とはいえ、今度の婿君は、シャンボンの方が好ましかったのだと思っていたのだが」
「皆同じことをおっしゃるのですね」
「本当に仲が良かったのだぞ。だからあの男勝りの娘が嫁げるならあそこしかないだろうな、と思っていたものだ」
だがそのシャンポンは、すぐ下の妹のことしか今は考えていないだろう。
「では何故マドリョンカ様を?」
「婿君曰く。夢を見る時期は終わった。祖父の跡を継いで有能な商人として独り立ちできる様になるべく働くつもりだ。そしてその相手として、マドリョンカが欲しいのだ、と」
「好きという訳では?」
「そもそも最初の結婚というものはうちも向こうも、それで左右されるものではないだろう」
自分がそうだったように、と言葉が暗に込められている。ダウジバルダ・サヘが本当に好きな少女を妻にできたのは、先に有力な家の娘を本妻にできたからなのだ。
「シャンポンは確かに、そんな彼には合わないだろう」
「そうですか……」
副帝都の自宅での窓から、遠目で見たことがある、楽しそうに走り回って遊ぶ二人。それはもう子供時代のことと。
「マドリョンカは――― あれはあれで、何か思うところがあるらしい。そしてあれはともかく…… 綺麗なものが好きで、贅沢もしたいだろう。そしてその生活を維持するためなら、夫の仕事にも役立つことをする。何かしら親としては判らないが、奇妙な熱量を感じてな」
「熱量」
「愛とか恋とかではないもの――― そう、むしろ野心に近いか」
「野心…… ですか?」
サボンは首を傾げた。
「お主もそれは薄そうだな、ツァイツリョアイリョセン?」
「は」
短く、とても短く答え、彼はうなづく。
「自分は自分の出来る役目を果たすだけで」
「うむ。お主はそれで良い。そのままこの女官と仲良くしてやって欲しいものだ」
「ち……」
ちうえ、と思わず口にしそうになり、慌ててサボンは手で口を覆った。
「構わないのですか?」
リョセンは変わらぬ表情で、将軍に問いかけた。
「今は宮中の女官として独り立ちしているもと召使いに、此方が何を言えよう? ただもし喜ばしい日が来たならば、此方にも教えてもらえると有り難いものだ」
それは、とサボンは口にしそうになり――― 止めた。
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自分達はそう簡単にはいかないのだ、ということをサボンは父親に説明ができないのだ。
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