38 / 38
第38話 サボンとマドリョンカ、二人の立場
しおりを挟む
おめでとうおめでとう、と披露のための宴会となると、マドリョンカは婚儀の際の畏まった衣装から、もっと砕けた艶やかなものに着替えていた。
「綺麗だわ」
サボンはぼつんとつぶやく。
「ああいう格好が好きなのか?」
リョセンは彼女に問いかけた。
確かに今もサボンは女官としての外に出向く礼装をしている。そしてこの先もそうそう私事で艶やかな服をまとうことは少ないだろう。
「憧れないと言ったら嘘になります。でも」
彼の方を見上げる。
「私はあの方についていないと」
「そうか」
「そう言い切ってしまう私は、おかしいでしょうか」
「そんなことは無い」
「そう本当に思って下さいますか?」
「俺だってそうだ。任務に常に真剣で居たい。動きにくい衣装は合わない」
「いえそういう意味では……」
サボンは思わず苦笑する。だが次の彼の言葉に息を呑んだ。
「先だって郷里で嫁を取れと言われた」
一瞬、身体の血が一気に足元に下りて行くかと思った。
「……そ…… うですか」
「だが断った」
「え」
「帝都で仕事があるから、郷里では嫁は取れない、と言った」
「良いのですか」
「育ての母は嘆いた、教えの母はお前らしい、と言った。生みの母はではもう帰らなくていい、と笑って言った」
「……笑って、ですか?」
三者三様の反応。その一番不可解な反応をしたのが、生みの母だとは。
「三人のうちの二人が、戻らぬことを許可してくれた。俺は帝国の軍でずっとやっていく」
「どうして? 草原の人々は強くて素晴らしい兵士にはなるけど、結局は馴染めず郷里に戻ることが多いとあの方に聞いたのですが」
「では貴女は俺が草原に来てくれと言ったら来てくれるのか?」
音が。
自分の周囲から、音が消えたとサボンは思った。
「それは」
自分の声だけが、困った程に震えている。
「私に側に居てほしい、ということですか?」
「ああ」
頭の中が、思考が、ぐるぐると回り出す。
「私はあの方の側に――― できる限り居たいんです」
「判ってる」
「だけど?」
「だが貴女の他に誰かという気持ちにもなれない」
「リョセン様―――」
「今日は一緒に来れて俺は嬉しかった。また菓子を持ってそちらへ寄ってもいいだろか」
「無論です。でも今日は…… ここの御馳走を一緒にいただきましょう」
サボンは彼の腕を引っ張り、多くの御馳走が並ぶテーブルの中へと入っていった。
*
「あの子」
マドリョンカは皿に料理を思い切り乗せている女官の姿を見つけた。横には見覚えのある兄の友人が。
「妹君の女官の方だろう?」
「ええ、そうよ」
彼女の夫君となった男は、昔のアリカを殆ど覚えていなかった。
その方がいい。マドリョンカも思う。
「またそのうち、子供が出来たらご招待したいわ」
「沢山作りたいな」
「無論よ」
そして、その中で一番丈夫で賢い娘を。それも、賢しいのではなく、地頭が良い娘を。
そうでなければ「皇后」にはなれない。
マドリョンカは自分の身近にいた二人を見て悟った。
夫となった彼は決して頭は悪くない。
身体もそれなりだし、音楽の才能がそれなりにあり、運動神経も悪くない。先日は皆で一緒に狩りに出かけた。馬の扱いも上々だ。
自分も決して悪い方ではないと思う。賢しい方かもしれないが。
ただそれはわからない。もしかしたら、シャンポンの様に地頭がいい子ができる可能性もある。マヌェの様に全身弱い子ができるかもしれない。だったら沢山自分は子を作ろう、と彼女は思う。
ふと胸の絹でできた牡丹に手をやる。
この衣装。相変わらず桜の公主のもとに足は運んでいる。そしてできるだけそこから美しい衣装のヒントを掴んでいる。色合い、重ね、形、長さ、飾り……
それをまた、彼の傘下の衣装屋に流している。
「この先も君には期待しているよ」
「任せて」
この男に恋はしていない。
少なくとも、目の前で繰り広げられている非常に純な関係の様なものは自分達には無い。
だが目的が近いならば、家同士の仲の良いところで上手くやっていけるだろう。お互いそう思ったのだ。
何よりシャンポンがほっとした顔だったのがありがたかった。彼女がマヌェのことで精一杯なのも確かなのだが、それ以上に彼とは「違う」ことに無意識に気づいていたからだろう。彼は自分の側の人間だ。
そして自分は、ともかくあの歳のそう変わらない異母妹よりのし上がりたい。当人ではなく、その名前より。
存在としては無理だろうが、権力としては。
そのためには、何としても自分は娘を沢山作らなくては。
「何年か後が楽しみだわ」
マドリョンカはつぶやいた。
「綺麗だわ」
サボンはぼつんとつぶやく。
「ああいう格好が好きなのか?」
リョセンは彼女に問いかけた。
確かに今もサボンは女官としての外に出向く礼装をしている。そしてこの先もそうそう私事で艶やかな服をまとうことは少ないだろう。
「憧れないと言ったら嘘になります。でも」
彼の方を見上げる。
「私はあの方についていないと」
「そうか」
「そう言い切ってしまう私は、おかしいでしょうか」
「そんなことは無い」
「そう本当に思って下さいますか?」
「俺だってそうだ。任務に常に真剣で居たい。動きにくい衣装は合わない」
「いえそういう意味では……」
サボンは思わず苦笑する。だが次の彼の言葉に息を呑んだ。
「先だって郷里で嫁を取れと言われた」
一瞬、身体の血が一気に足元に下りて行くかと思った。
「……そ…… うですか」
「だが断った」
「え」
「帝都で仕事があるから、郷里では嫁は取れない、と言った」
「良いのですか」
「育ての母は嘆いた、教えの母はお前らしい、と言った。生みの母はではもう帰らなくていい、と笑って言った」
「……笑って、ですか?」
三者三様の反応。その一番不可解な反応をしたのが、生みの母だとは。
「三人のうちの二人が、戻らぬことを許可してくれた。俺は帝国の軍でずっとやっていく」
「どうして? 草原の人々は強くて素晴らしい兵士にはなるけど、結局は馴染めず郷里に戻ることが多いとあの方に聞いたのですが」
「では貴女は俺が草原に来てくれと言ったら来てくれるのか?」
音が。
自分の周囲から、音が消えたとサボンは思った。
「それは」
自分の声だけが、困った程に震えている。
「私に側に居てほしい、ということですか?」
「ああ」
頭の中が、思考が、ぐるぐると回り出す。
「私はあの方の側に――― できる限り居たいんです」
「判ってる」
「だけど?」
「だが貴女の他に誰かという気持ちにもなれない」
「リョセン様―――」
「今日は一緒に来れて俺は嬉しかった。また菓子を持ってそちらへ寄ってもいいだろか」
「無論です。でも今日は…… ここの御馳走を一緒にいただきましょう」
サボンは彼の腕を引っ張り、多くの御馳走が並ぶテーブルの中へと入っていった。
*
「あの子」
マドリョンカは皿に料理を思い切り乗せている女官の姿を見つけた。横には見覚えのある兄の友人が。
「妹君の女官の方だろう?」
「ええ、そうよ」
彼女の夫君となった男は、昔のアリカを殆ど覚えていなかった。
その方がいい。マドリョンカも思う。
「またそのうち、子供が出来たらご招待したいわ」
「沢山作りたいな」
「無論よ」
そして、その中で一番丈夫で賢い娘を。それも、賢しいのではなく、地頭が良い娘を。
そうでなければ「皇后」にはなれない。
マドリョンカは自分の身近にいた二人を見て悟った。
夫となった彼は決して頭は悪くない。
身体もそれなりだし、音楽の才能がそれなりにあり、運動神経も悪くない。先日は皆で一緒に狩りに出かけた。馬の扱いも上々だ。
自分も決して悪い方ではないと思う。賢しい方かもしれないが。
ただそれはわからない。もしかしたら、シャンポンの様に地頭がいい子ができる可能性もある。マヌェの様に全身弱い子ができるかもしれない。だったら沢山自分は子を作ろう、と彼女は思う。
ふと胸の絹でできた牡丹に手をやる。
この衣装。相変わらず桜の公主のもとに足は運んでいる。そしてできるだけそこから美しい衣装のヒントを掴んでいる。色合い、重ね、形、長さ、飾り……
それをまた、彼の傘下の衣装屋に流している。
「この先も君には期待しているよ」
「任せて」
この男に恋はしていない。
少なくとも、目の前で繰り広げられている非常に純な関係の様なものは自分達には無い。
だが目的が近いならば、家同士の仲の良いところで上手くやっていけるだろう。お互いそう思ったのだ。
何よりシャンポンがほっとした顔だったのがありがたかった。彼女がマヌェのことで精一杯なのも確かなのだが、それ以上に彼とは「違う」ことに無意識に気づいていたからだろう。彼は自分の側の人間だ。
そして自分は、ともかくあの歳のそう変わらない異母妹よりのし上がりたい。当人ではなく、その名前より。
存在としては無理だろうが、権力としては。
そのためには、何としても自分は娘を沢山作らなくては。
「何年か後が楽しみだわ」
マドリョンカはつぶやいた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる