四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩

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第38話 サボンとマドリョンカ、二人の立場

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 おめでとうおめでとう、と披露のための宴会となると、マドリョンカは婚儀の際の畏まった衣装から、もっと砕けた艶やかなものに着替えていた。

「綺麗だわ」

 サボンはぼつんとつぶやく。

「ああいう格好が好きなのか?」

 リョセンは彼女に問いかけた。
 確かに今もサボンは女官としての外に出向く礼装をしている。そしてこの先もそうそう私事で艶やかな服をまとうことは少ないだろう。

「憧れないと言ったら嘘になります。でも」

 彼の方を見上げる。

「私はあの方についていないと」
「そうか」
「そう言い切ってしまう私は、おかしいでしょうか」
「そんなことは無い」
「そう本当に思って下さいますか?」
「俺だってそうだ。任務に常に真剣で居たい。動きにくい衣装は合わない」
「いえそういう意味では……」

 サボンは思わず苦笑する。だが次の彼の言葉に息を呑んだ。

「先だって郷里で嫁を取れと言われた」

 一瞬、身体の血が一気に足元に下りて行くかと思った。

「……そ…… うですか」
「だが断った」
「え」
「帝都で仕事があるから、郷里では嫁は取れない、と言った」
「良いのですか」
「育ての母は嘆いた、教えの母はお前らしい、と言った。生みの母はではもう帰らなくていい、と笑って言った」
「……笑って、ですか?」

 三者三様の反応。その一番不可解な反応をしたのが、生みの母だとは。

「三人のうちの二人が、戻らぬことを許可してくれた。俺は帝国の軍でずっとやっていく」
「どうして? 草原の人々は強くて素晴らしい兵士にはなるけど、結局は馴染めず郷里に戻ることが多いとあの方に聞いたのですが」
「では貴女は俺が草原に来てくれと言ったら来てくれるのか?」

 音が。
 自分の周囲から、音が消えたとサボンは思った。

「それは」

 自分の声だけが、困った程に震えている。

「私に側に居てほしい、ということですか?」
「ああ」

 頭の中が、思考が、ぐるぐると回り出す。

「私はあの方の側に――― できる限り居たいんです」
「判ってる」
「だけど?」
「だが貴女の他に誰かという気持ちにもなれない」
「リョセン様―――」
「今日は一緒に来れて俺は嬉しかった。また菓子を持ってそちらへ寄ってもいいだろか」
「無論です。でも今日は…… ここの御馳走を一緒にいただきましょう」

 サボンは彼の腕を引っ張り、多くの御馳走が並ぶテーブルの中へと入っていった。



「あの子」

 マドリョンカは皿に料理を思い切り乗せている女官の姿を見つけた。横には見覚えのある兄の友人が。

「妹君の女官の方だろう?」
「ええ、そうよ」

 彼女の夫君となった男は、昔のアリカを殆ど覚えていなかった。
 その方がいい。マドリョンカも思う。

「またそのうち、子供が出来たらご招待したいわ」
「沢山作りたいな」
「無論よ」

 そして、その中で一番丈夫で賢い娘を。それも、賢しいのではなく、地頭が良い娘を。
 そうでなければ「皇后」にはなれない。
 マドリョンカは自分の身近にいた二人を見て悟った。
 夫となった彼は決して頭は悪くない。
 身体もそれなりだし、音楽の才能がそれなりにあり、運動神経も悪くない。先日は皆で一緒に狩りに出かけた。馬の扱いも上々だ。
 自分も決して悪い方ではないと思う。賢しい方かもしれないが。
 ただそれはわからない。もしかしたら、シャンポンの様に地頭がいい子ができる可能性もある。マヌェの様に全身弱い子ができるかもしれない。だったら沢山自分は子を作ろう、と彼女は思う。
 ふと胸の絹でできた牡丹に手をやる。
 この衣装。相変わらず桜の公主のもとに足は運んでいる。そしてできるだけそこから美しい衣装のヒントを掴んでいる。色合い、重ね、形、長さ、飾り……
 それをまた、彼の傘下の衣装屋に流している。

「この先も君には期待しているよ」
「任せて」

 この男に恋はしていない。
 少なくとも、目の前で繰り広げられている非常に純な関係の様なものは自分達には無い。
 だが目的が近いならば、家同士の仲の良いところで上手くやっていけるだろう。お互いそう思ったのだ。
 何よりシャンポンがほっとした顔だったのがありがたかった。彼女がマヌェのことで精一杯なのも確かなのだが、それ以上に彼とは「違う」ことに無意識に気づいていたからだろう。彼は自分の側の人間だ。
 そして自分は、ともかくあの歳のそう変わらない異母妹よりのし上がりたい。当人ではなく、その名前より。
 存在としては無理だろうが、権力としては。
 そのためには、何としても自分は娘を沢山作らなくては。

「何年か後が楽しみだわ」

 マドリョンカはつぶやいた。
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