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5.「いつでも第一層に引きずり込まれるため」の第二層
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明確な結果というものは、期待されていないのだ、と彼は与えられた部屋のベッドの上に寝ころんで、考える。
小綺麗な部屋だった。結構な広さだ。確かに悪くない。
天井は高いし、ベッドの枠は銀色に輝く細工の美しい、一種の工芸品の類だ。役割が役割だけに、ピアノもアプライトながらちゃんと置かれてはいるし、そのためなのかどうなのか、その部屋には一応防音機能が働いていた。
ただ、そこは、それでも牢獄だ、と彼は感じていた。
窓に格子がはまっている訳でも、扉に鍵がついている訳でもない。だが、そこは決して自由ではない。
例えば、この部屋には、毎日ベッドのシーツを変えたり、ポットの湯を熱いものに取り替えていく掃除の少女がやってくるという。それが果たして本当に見かけ通りのただの少女なのか、それすらも判らないのだ。
見かけ通りの歳でない者は、自分という例でよく判っている。
この惑星ペロン自体を味方につけるかどうかは、自分の行動如何にかかっているのだ。
どんな仕事であっても。組織に身を置いた時点、いやそれ以前、あの麗人に逆らうことができなかった時点から、同じなのだ。ただ舞台が違うだけで。
自分は、同じことばかりを繰り返しているのだ。
さしあたりは。
彼はベッドから起きあがると、上着を取り、寝室の扉を開けた。居間にあたる部分には、掃除人の少女が、新しいご主人の一人のために、朝食とお茶用の丸テーブルのクロスを新しいものに換えているところだった。
「お出かけですか? 旦那様」
可愛らしい声が、顔を上げた少女の口からこぼれる。二つに分けた赤褐色の三つ編みが同時に揺れた。
「うん、食事に出てくる。遅くなるから、仕事が済んだらさっさと帰っていいよ」
「判りました。でも、姉達が『クラブ』で働いていますので、それが退けるまで、ここで待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お姉さん達が?」
「はい。この第二層の『クラブ』から、私達の住む第四層へ戻るには、手間が掛かりますので、私達は一緒の方が都合がよいのです。ご迷惑でしたら、外で待ちますが……」
「いや、いいよ。待っているといい」
言葉を投げて、扉を開けようとすると、ありがとうございます、と可愛らしい声が飛んだ。ふと彼は、聞き忘れていたことがあることを思い出した。
「君、それにお姉さんの名は何って言うの?」
「エルディです。姉の名はキャサリンとクローバア」
「ふうん、綺麗な名だね」
そして笑みを一つ投げると、案の定、少女の頬はばら色に変わった。
*
第二層、と彼が住居を与えられた階層は呼ばれている。
ペロンは、中心に向かって内部に層が作られた惑星である。表面に近い、宇宙港などある所から第十層第九層…… と呼ばれ、中心、最奥部に第一層と呼ばれる、つまりは「エビータ」の鎮座まします場所があるという訳である。
奥に行けば行くだけ、入り込むのも容易ではない。そして脱走も容易ではない。
彼が入り込んだ職種は、あの掃除の少女の姉達と同じ『クラブ』におけるピアノ弾きだった。
ただ、その少女の姉達と違って、自分がここに住まわされる理由は、一つしかない。
「いつでも第一層に引きずり込まれるため」
ここは後宮なのだ。惑星に住む全ての人間が、いつでもそのために徴用されることがあり得る場所なのだ。ただその機会は、階層が上であればあるだけ、容易であるということでもある。
つまり、彼はピアノ弾きで徴用されている訳ではないことを知って応じた、ということになっている役割なのだ。
彼はそんな雰囲気から逃れるかのように、下階層行きのチューブに乗り込んでいた。そのためのパスは手にしていた。下階層の人間が上に出入りするのは容易なことではない。だがその逆はパス一枚をひらりと見せれば充分である。
彼はすぐ下の階層の、チューブを出てすぐ目についた繁華街にふらりと足を向けていた。派手な格好はしていない。無造作に切った髪、アースカラーのニットシャツに、飾り気のないパンツ。その上にやや長めのジャケットを羽織っただけだった。
ふらふらと見渡すと、そこにはやはり繁華街特有の雑多さと賑やかさと、そして食べ物の匂いが漂っていた。さて、と彼は思う。その混じり合った食物の匂いは、どれも彼を誘っていた。
のだが。
襟をいきなりむんずと掴まれたので、彼は思わず振り返った。
小綺麗な部屋だった。結構な広さだ。確かに悪くない。
天井は高いし、ベッドの枠は銀色に輝く細工の美しい、一種の工芸品の類だ。役割が役割だけに、ピアノもアプライトながらちゃんと置かれてはいるし、そのためなのかどうなのか、その部屋には一応防音機能が働いていた。
ただ、そこは、それでも牢獄だ、と彼は感じていた。
窓に格子がはまっている訳でも、扉に鍵がついている訳でもない。だが、そこは決して自由ではない。
例えば、この部屋には、毎日ベッドのシーツを変えたり、ポットの湯を熱いものに取り替えていく掃除の少女がやってくるという。それが果たして本当に見かけ通りのただの少女なのか、それすらも判らないのだ。
見かけ通りの歳でない者は、自分という例でよく判っている。
この惑星ペロン自体を味方につけるかどうかは、自分の行動如何にかかっているのだ。
どんな仕事であっても。組織に身を置いた時点、いやそれ以前、あの麗人に逆らうことができなかった時点から、同じなのだ。ただ舞台が違うだけで。
自分は、同じことばかりを繰り返しているのだ。
さしあたりは。
彼はベッドから起きあがると、上着を取り、寝室の扉を開けた。居間にあたる部分には、掃除人の少女が、新しいご主人の一人のために、朝食とお茶用の丸テーブルのクロスを新しいものに換えているところだった。
「お出かけですか? 旦那様」
可愛らしい声が、顔を上げた少女の口からこぼれる。二つに分けた赤褐色の三つ編みが同時に揺れた。
「うん、食事に出てくる。遅くなるから、仕事が済んだらさっさと帰っていいよ」
「判りました。でも、姉達が『クラブ』で働いていますので、それが退けるまで、ここで待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お姉さん達が?」
「はい。この第二層の『クラブ』から、私達の住む第四層へ戻るには、手間が掛かりますので、私達は一緒の方が都合がよいのです。ご迷惑でしたら、外で待ちますが……」
「いや、いいよ。待っているといい」
言葉を投げて、扉を開けようとすると、ありがとうございます、と可愛らしい声が飛んだ。ふと彼は、聞き忘れていたことがあることを思い出した。
「君、それにお姉さんの名は何って言うの?」
「エルディです。姉の名はキャサリンとクローバア」
「ふうん、綺麗な名だね」
そして笑みを一つ投げると、案の定、少女の頬はばら色に変わった。
*
第二層、と彼が住居を与えられた階層は呼ばれている。
ペロンは、中心に向かって内部に層が作られた惑星である。表面に近い、宇宙港などある所から第十層第九層…… と呼ばれ、中心、最奥部に第一層と呼ばれる、つまりは「エビータ」の鎮座まします場所があるという訳である。
奥に行けば行くだけ、入り込むのも容易ではない。そして脱走も容易ではない。
彼が入り込んだ職種は、あの掃除の少女の姉達と同じ『クラブ』におけるピアノ弾きだった。
ただ、その少女の姉達と違って、自分がここに住まわされる理由は、一つしかない。
「いつでも第一層に引きずり込まれるため」
ここは後宮なのだ。惑星に住む全ての人間が、いつでもそのために徴用されることがあり得る場所なのだ。ただその機会は、階層が上であればあるだけ、容易であるということでもある。
つまり、彼はピアノ弾きで徴用されている訳ではないことを知って応じた、ということになっている役割なのだ。
彼はそんな雰囲気から逃れるかのように、下階層行きのチューブに乗り込んでいた。そのためのパスは手にしていた。下階層の人間が上に出入りするのは容易なことではない。だがその逆はパス一枚をひらりと見せれば充分である。
彼はすぐ下の階層の、チューブを出てすぐ目についた繁華街にふらりと足を向けていた。派手な格好はしていない。無造作に切った髪、アースカラーのニットシャツに、飾り気のないパンツ。その上にやや長めのジャケットを羽織っただけだった。
ふらふらと見渡すと、そこにはやはり繁華街特有の雑多さと賑やかさと、そして食べ物の匂いが漂っていた。さて、と彼は思う。その混じり合った食物の匂いは、どれも彼を誘っていた。
のだが。
襟をいきなりむんずと掴まれたので、彼は思わず振り返った。
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