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9.キャサリンとクローヴァ姉妹
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身体にぴったりした、タキシードによく似たその給仕服は、特注だろうか。男のものを仕立てなおしたのだろうか。起伏の大きい彼女の身体の線を被いながらも際だたせている、と彼は思った。
服の下の肉体が、隠されたまま、自己主張をしている。
彼は身体ごと彼女の方を向くと、穏やかに笑った。
「居ますが。まだ仕事時間は残っています」
「そうか。では残念だな」
「何か僕にご用ですか?」
「いや特に用は無い。だがあまり水曜日の最後のショウは見て楽しいものではないからな」
水曜日の最後のショウ?
「どういうことですか? ミズ……」
「キャサリンだ」
「ではキャサリン……」
そう言ってから、彼はふとその名が、ハウスキーパーのエルディの姉の名であることを思い出した。だがここで彼はそれを口にはしなかった。
「……ええ…… キャサリン、どういうことですか? 水曜日のショウ、と特別言うからには何か特別なことがあるのですか?」
「君は外から、最近来たのだったな? サンド君」
彼女はペリドットのような若草色の目をやや細め、やや横目にGを見た。彼はうなづく。
「無論外にも、色んな趣味の者は居るのは判る…… だが別に見なくていいものなら、見たくないものというものはあるだろう?」
細い眉がく、と歪む。眉と眉の間に、深い皺が刻まれた。そして彼女はポケットから細い、長いシガレットを取り出すと、火をつけた。軽い香りが、彼の鼻をつく。
「……まあいい。どんなショウか、判れば水曜日に休暇をもらっても誰も文句は言うまい……」
「でも僕の仕事ですから……」
「ふん」
すると彼女はく、と自分とほとんど同じ目線の彼の顔を自分の方に向けた。重ねられた唇から、先ほどのシガレットの香りがするのを感じる。
「……何を……」
「ふん、驚きもしないな」
彼はそういう彼女を軽くにらみつける。だが目の前の男装の女はびくともしない様だった。
「遊びだったら止してくださいよ。僕はそういうつもりはない」
「だがこの惑星に来たのだろう?全くのうぶという訳でもあるまい」
「……それは…… そうでしょう。あなただって」
「当然だ」
半分まで吸った煙草を、近くの灰皿にく、と擦りつける。
「こんなところで、そんなもの守っていたところで、何にもならない、ということだ。まあそれは君が他人だから言えることかもしれないがな」
「あら、そういうこと言うのかしら? お姉さま」
キャサリンの肩が片方、少しばかり引いたと思うと、澄んだ声が、彼の耳に飛び込んできた。
「初めましてピアノ弾きさん」
キャサリンを姉と呼ぶなら…… これはクローバアだ、と彼は記憶をひっくり返す。エルディの、もう一人の姉なのだろう。
姉よりやや濃い色の髪の毛が大きくゆったりとウェーブして、広く開いた背中の半分までを被っている。
そしてやはり広く開いた胸は谷間も深く、衣装にくるまれた部分はぽん、と丸く張り出している。隠れていない部分は、やや上気してうっすらと赤く染まっている。
姉とは別の意味で、ひどく美しい女だ、とGは思った。
姉の瞳がペリドットとすれば、この妹のそれは、アメジストだった。姉のような鋭さの代わりに、女性特有の柔らかさがその色にはかいま見えたような気がした。
むき出しの腕は白く細く、しなやかだ。そしてその腕を姉の首に後ろからまとわりつかせると、クローバアは彼に笑いかけながら言った。
「お姉さまはあなたが可愛らしいからそんなこうおっしゃるのよ」
「か」
可愛らしい? 彼はさすがにその言葉には目を大きく見開いた。
「……そ、それは……」
「うふふ」
小首を傾げて、クローバアは透き通った声で笑う。新たな煙草に火をつけると、キャサリンは妹をたしなめる。だが決してその声には非難の色はない。
「からかうのはよしておけ」
「あら、だって先にからかったのはお姉さまだわ。あたしにお姉さま以上の何ができましょう?」
Gはその会話に今更戸惑いはしなかったが、戸惑うふりだけはそのまま続けていた。
「あなたはこの後の出演なのですか?」
だが名前は言わない。名前をまだ彼は彼女の口から聞いてはいないのだ。
「名前を呼んで。それが好きよ。クローバアよ。幸運の葉の名よ。ええあたしはこの後には今日は出ないわ。出てたまるものですか」
最後の言葉は、吐き捨てるかのようだった。そして姉もまた、全くだ、とそれに同意を示す。
「あたしにも一杯、いただけないかしら? お姉さま」
「ああ、いいだろう。ほら」
キャサリンは腰のポケットから、カクテルのためのコインを一つ出すと、妹に渡した。普段は持っていないのだろうか、と彼がやや疑問に思う。するとクローバアはその視線に気付いたのか、言った。
「この服の何処にポケットがついていると思って?」
全くだ、と彼はうなづいた。模造パールがとりどりにつけられた歌手や踊り子の衣装には、そんな余裕は、少しも無いかのようだった。
ありがとお姉さま、と一言言うと、クローバアは身軽に身体を翻し、カウンターへと早足で歩いて行った。
「……何やら不服そうな顔だな」
アルトの声は、大きく開いた背を眺める彼の肩にぶつかった。
「可愛いなんて言われて、はいはいと素直にうなづけはしませんよ。僕は男なんですから」
彼は多少の抵抗を試みてみる。
「だが本当なら仕方ないだろう? それとも君は、男は逞しく女はたおやかであるべきなどと思っている類か?」
「そういう訳ではありませんが……」
すると彼女はく、と笑い、シャツにくるまれたそのしなやかな腕を、彼の首に巻き付けた。
ずいぶんと強い力だ、と彼は感じる。だが彼の知っている男達とは違い、その力の入れ具合は、確かに女性特有の感覚だった。悪くはない、と彼は思う。別段彼は女性が嫌いな訳ではないのだ。
「だったら素直に誉め言葉と取ればいい。そのほうが、楽だろう?君のような容貌の者は」
「どうでしょうね」
「楽だぞ」
「あまり僕は、楽であることと縁が無いのですよ」
服の下の肉体が、隠されたまま、自己主張をしている。
彼は身体ごと彼女の方を向くと、穏やかに笑った。
「居ますが。まだ仕事時間は残っています」
「そうか。では残念だな」
「何か僕にご用ですか?」
「いや特に用は無い。だがあまり水曜日の最後のショウは見て楽しいものではないからな」
水曜日の最後のショウ?
「どういうことですか? ミズ……」
「キャサリンだ」
「ではキャサリン……」
そう言ってから、彼はふとその名が、ハウスキーパーのエルディの姉の名であることを思い出した。だがここで彼はそれを口にはしなかった。
「……ええ…… キャサリン、どういうことですか? 水曜日のショウ、と特別言うからには何か特別なことがあるのですか?」
「君は外から、最近来たのだったな? サンド君」
彼女はペリドットのような若草色の目をやや細め、やや横目にGを見た。彼はうなづく。
「無論外にも、色んな趣味の者は居るのは判る…… だが別に見なくていいものなら、見たくないものというものはあるだろう?」
細い眉がく、と歪む。眉と眉の間に、深い皺が刻まれた。そして彼女はポケットから細い、長いシガレットを取り出すと、火をつけた。軽い香りが、彼の鼻をつく。
「……まあいい。どんなショウか、判れば水曜日に休暇をもらっても誰も文句は言うまい……」
「でも僕の仕事ですから……」
「ふん」
すると彼女はく、と自分とほとんど同じ目線の彼の顔を自分の方に向けた。重ねられた唇から、先ほどのシガレットの香りがするのを感じる。
「……何を……」
「ふん、驚きもしないな」
彼はそういう彼女を軽くにらみつける。だが目の前の男装の女はびくともしない様だった。
「遊びだったら止してくださいよ。僕はそういうつもりはない」
「だがこの惑星に来たのだろう?全くのうぶという訳でもあるまい」
「……それは…… そうでしょう。あなただって」
「当然だ」
半分まで吸った煙草を、近くの灰皿にく、と擦りつける。
「こんなところで、そんなもの守っていたところで、何にもならない、ということだ。まあそれは君が他人だから言えることかもしれないがな」
「あら、そういうこと言うのかしら? お姉さま」
キャサリンの肩が片方、少しばかり引いたと思うと、澄んだ声が、彼の耳に飛び込んできた。
「初めましてピアノ弾きさん」
キャサリンを姉と呼ぶなら…… これはクローバアだ、と彼は記憶をひっくり返す。エルディの、もう一人の姉なのだろう。
姉よりやや濃い色の髪の毛が大きくゆったりとウェーブして、広く開いた背中の半分までを被っている。
そしてやはり広く開いた胸は谷間も深く、衣装にくるまれた部分はぽん、と丸く張り出している。隠れていない部分は、やや上気してうっすらと赤く染まっている。
姉とは別の意味で、ひどく美しい女だ、とGは思った。
姉の瞳がペリドットとすれば、この妹のそれは、アメジストだった。姉のような鋭さの代わりに、女性特有の柔らかさがその色にはかいま見えたような気がした。
むき出しの腕は白く細く、しなやかだ。そしてその腕を姉の首に後ろからまとわりつかせると、クローバアは彼に笑いかけながら言った。
「お姉さまはあなたが可愛らしいからそんなこうおっしゃるのよ」
「か」
可愛らしい? 彼はさすがにその言葉には目を大きく見開いた。
「……そ、それは……」
「うふふ」
小首を傾げて、クローバアは透き通った声で笑う。新たな煙草に火をつけると、キャサリンは妹をたしなめる。だが決してその声には非難の色はない。
「からかうのはよしておけ」
「あら、だって先にからかったのはお姉さまだわ。あたしにお姉さま以上の何ができましょう?」
Gはその会話に今更戸惑いはしなかったが、戸惑うふりだけはそのまま続けていた。
「あなたはこの後の出演なのですか?」
だが名前は言わない。名前をまだ彼は彼女の口から聞いてはいないのだ。
「名前を呼んで。それが好きよ。クローバアよ。幸運の葉の名よ。ええあたしはこの後には今日は出ないわ。出てたまるものですか」
最後の言葉は、吐き捨てるかのようだった。そして姉もまた、全くだ、とそれに同意を示す。
「あたしにも一杯、いただけないかしら? お姉さま」
「ああ、いいだろう。ほら」
キャサリンは腰のポケットから、カクテルのためのコインを一つ出すと、妹に渡した。普段は持っていないのだろうか、と彼がやや疑問に思う。するとクローバアはその視線に気付いたのか、言った。
「この服の何処にポケットがついていると思って?」
全くだ、と彼はうなづいた。模造パールがとりどりにつけられた歌手や踊り子の衣装には、そんな余裕は、少しも無いかのようだった。
ありがとお姉さま、と一言言うと、クローバアは身軽に身体を翻し、カウンターへと早足で歩いて行った。
「……何やら不服そうな顔だな」
アルトの声は、大きく開いた背を眺める彼の肩にぶつかった。
「可愛いなんて言われて、はいはいと素直にうなづけはしませんよ。僕は男なんですから」
彼は多少の抵抗を試みてみる。
「だが本当なら仕方ないだろう? それとも君は、男は逞しく女はたおやかであるべきなどと思っている類か?」
「そういう訳ではありませんが……」
すると彼女はく、と笑い、シャツにくるまれたそのしなやかな腕を、彼の首に巻き付けた。
ずいぶんと強い力だ、と彼は感じる。だが彼の知っている男達とは違い、その力の入れ具合は、確かに女性特有の感覚だった。悪くはない、と彼は思う。別段彼は女性が嫌いな訳ではないのだ。
「だったら素直に誉め言葉と取ればいい。そのほうが、楽だろう?君のような容貌の者は」
「どうでしょうね」
「楽だぞ」
「あまり僕は、楽であることと縁が無いのですよ」
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