反帝国組織MM⑨ジュ・トゥ・ヴ~本当に彼を求めているのは誰なのか何なのか

江戸川ばた散歩

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8.水曜日のショウ

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 だとしたら、つじつまが合う、と彼は鈍い光の中、鍵盤に指を走らせながら考えていた。
 入り口のネオンチューブには、淡い緑とオレンジの光が走る。静かな時間帯だった。「クラブ」には、そろそろそんな時間を楽しむ人々が集い初めていた。
 彼のピアノの音に、時々六弦の音が混じる。あの長い髪を編んだ方のプレーヤーだった。確か名前はオリイとか言った。
 ひどく口数の少ないこのプレーヤーは、複雑な模様のついた腰の無い素材の、身体に緩やかな服が好きそうだった。
 その腰の無い布を、低い舞台の上に無造作に広げて、足は胡座を組んでいる。そうやって見ると、髪だけがひどくきっちりと編まれているのが不思議なくらいだった。
 オリイの出す六弦の音は時々不意に揺れる。曖昧な昇り方をし、降り方をし、そして時々、こんな所で、という高さでゆらゆらと揺れる。
 その揺らめきが、彼を一瞬記憶の中に引きずり込みそうになるのだが……自然に動く手が、彼を現実に引き戻していた。
 この音は危険だ、と彼は思う。何か、自分の意志とは別のところで、記憶が引きずり出され、無用な物思いの渦に巻き込もうとするのだ。
 それは、まずい。
 だから、そうでない無粋な物事を、彼は敢えて考えることにしていた。
 エビータの寝室に呼ばれた相手は、第一層に閉じこめられるか、さもなければ殺されるか。それは第三層の彼らが知っているくらいだから、決して秘密なことではないのだろう。それと知っていて、彼らはそのことを止めはしない。
 この人工惑星の全体の利益からしてみれば、エビータのお召しくらいは、大したリスクではないのだ。
 そして、お召しは決して、ここにずっと住んでいる人間である必要はない。ここが財団の「後宮」である限り、秘密を探ろうとする若くて生き生きとした工作員達も多いのだ。

 とすると。

 彼は連絡員の言ったことを思い返す。

 奴の部下もまた、エビータのお召しによって、消されたのだろうか。

 考えられることだ。そして明日、それは自分の身に降りかかってくることかもしれない。
 一つの小曲が終わって、彼は指を止めた。と、ふと彼は頬の辺りに、何やらうずくような感覚を覚えた。ちら、と舞台の方を見ると、オリイのその大きな目がこちらを向いているのに気付いた。

 ……俺を、見ている?

 だがその目は、ひどく無機質なものに見えた。
 気のせいだろうか、と彼は目を細め、ぱらぱらと楽譜を繰る真似をする。短いストロベリィ・ブロンドの、タキシードによく似た上下を身につけた女給仕が、彼の元にカクテルとカードを渡した。
 カードにはリクエスト曲が書いてある。あちらのお客からだ、と女給仕はハスキイなアルトの声で告げると、オールバックに流した頭をすっと後ろに向けた。
 Gはそのカードに書かれた№の楽譜を繰る。ひどく古い曲らしい。そして、共通語ではない言葉でタイトルが。

「……へえ、意味深」

 小柄な打楽器のプレーヤーのニイは次の曲目を知るべく、彼の手元をのぞき込んだ。そして客には聞こえない程度の声でつぶやく。

「どういう意味?」

 彼はちら、とニイに向かって聞こえるか聞こえないかの声で問いかける。

「『あなたが欲しいジュトゥヴ』」
「……それは確かに」

 背の高いジョーもまた、仲間の言葉に呼応し、にっと笑う。からかわないでくれよ、とGはつぶやくと、楽譜を台の上に乗せた。
 ニイはオリイに近づくと、曲のタイトルを囁いているようだった。オリイはやはり黙ったままうなづく。そしてすっと立ち上がると、舞台の下手へと音も立てずに歩いて行った。いや、音はした。その服の、腰の無い布が動く、さらさらという音だけが。
 彼は再び鍵盤に指を動かし始めた。舞台の裏手では、次の出し物の準備が為されている。
 きらびやかな衣装をつけた女達が、頭につけた羽根や、身体にぴったりした服にこれでもかとばかりにつけた小さな模造パールの位置、なかなかいい位置にいかないストッキングの花柄、足中に編み上げる靴の紐に四苦八苦している。
 そんな様子を感じとるのは、彼は嫌いではなかった。
 いつの間にか、ピアノの音の上に、微かなハイハットの音と、ブラシでその顔を撫でられるスネアの音が絡まってきた。そして低いベースの音も。
 音楽は、いい、と彼は思う。
 何だかんだ言って、自分が記憶を封じている時にもそれを手放さなかったのは、それが好きだ、ということに他ならないと思う。
 小休止となった時、彼は先ほど女給仕から手渡されたカクテルを口にした。フルーティな、香りの良いカクテルだった。アルコールはさほどに強くはない。

「君はこの後もいるのかい?」

 アルトの声が、斜め後ろから彼の耳元をくすぐった。振り向くと、そこには先ほどの女給仕が居た。手には彼の手にしているものとよく似たグラスがあった。
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