反帝国組織MM⑨ジュ・トゥ・ヴ~本当に彼を求めているのは誰なのか何なのか

江戸川ばた散歩

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19.未明、限定爆発。

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 襟首を掴まれる感触で、彼は目を覚ました。
 まだ「夜明け」時間だ。大して眠ってはいない。正確に言えば、眠りについたばかりだった。
 適当に羽織ったシャツの布地の、首の部分が冷たい。誰だろう、と思った。横の相手は、まだ眠っているというのに。
 だが胸騒ぎがした。彼は手早く下の服も身に付けると、目を細め、耳を澄ます。窓は開いていた。誰かが入り込んだ?
 彼はイェ・ホウを揺り起こす。調理人の寝起きは良かった。どうしたんだ、と聞く前に唇に指を一本立てると、何やら了解したように、彼に向かってうなづいた。
 きゅ、と靴の紐を締める音が彼の耳にも飛び込む。開けられたままの二階の窓から外を見る。ここから誰かが飛び出した、はずだ。
 と。彼はいきなり身体を押さえ込まれるのを感じた。予期せぬ行動だった。

「ホウ何を……」

 訊ねる暇は無かった。爆音に、声はかき消された。扉が吹き飛んだ。
 相手は自分の頭を抱きかかえるようにして、爆風に背を向けている。火が、階下から吹き出してきた。

「……逃げるぞ!」

 何ごとが起きたか、と彼は思った。
 イェ・ホウは立ち上がると、窓のカーテンの、薄い一枚をレールからはぎ取り、勢い良く、それを引き裂いて行った。引き裂いたそれを、無言で立ち上がったGに渡す。彼は迷うことなく、それを抜けない縛り方で結んで行った。
 行動は無言で行われた。急がないと、下から火が来る。これは限定爆発だ、と彼は気付いていた。階下のワンフロアだけを、周囲に被害が起きないように破壊する方法。
 イェ・ホウは結んだカーテンの端を、ベッドの枠にくくりつけると、一度引っ張ってつながり具合を確認し、Gに向かって手渡した。先に行け、というつもりか、と彼は思った。そして躊躇することなく、彼はカーテンのロープを手に取り、窓から身を躍らせた。
 二階だからそう高くはない。ただ、何度か蹴りつける建物の壁が、炎と煙に包まれているから、さすがに着地する場所に目測をつけにくい。
 それでも、慣れていないことではないから、彼はさっさと地面に足をつける。そして次に降りてくる相手を待って上を見上げた。
 そしてその一方、ちら、と横目で燃える店を見る。見事な程に、店だけが爆発し、炎を上げていた。だがそれ以上燃え広がろうという気配はない。
 よく目を凝らすと、あちこちに、炎の燃え広がりを止める薬剤がまきちらかされている。まるでそれが、炎の結界であるかのように、その粉末状の薬剤のまかれている場所より外には、炎は広がることが無いのだ。
 それは地面だけではない。電柱や、看板、ネオンチューブのサインといった高さのある場所にも同様だった。そういう場所には、とろりとした、濃い液体状の薬剤がかけられている。炎の熱で、それは蒸発し、ガス化して炎をくい止めると同時に、それ自体の存在をも中和させてしまうのだ。
 まさか、と彼は思う。この方法には、見覚えがあった。
 と言うより、彼が教わった方法だった。

 まさか。 

 とん、と地面が微かに震えたので、彼は頭を軽く振り、思考を中断する。今ここで考えたところで、何にもならない。

「大丈夫か? サンド」
「俺は大丈夫、それより……」

 どう見ても、相手は大丈夫ではなかった。彼は思わず一歩踏み出すと、相手の、血に染まった服に触れた。流れる血。背中に、幾つもの破片が突き刺さっている。
 爆発の瞬間。

「何やってんだよ、あんた……」
「大したことはないさ」
「大したことないって、真っ赤じゃないか!」
「大丈夫、こんなことはよくあった……」
「イェ・ホウ!」

 彼はホウの手を引っ張ると、反対側の道の端まで連れて行き、そこで有無を言わせず地面の上に座らせた。そして強引に背中を自分の方に向けさせる。
 確かに致命傷ではない。だが多少の出血はしている。彼は着ていたシャツを脱ぐと、血のにじむシャツの上からそれを回し、袖をぎゅっと結んだ。

「大したことないって言ったろ!」
「黙ってろ!」

 この閉じた街の中では、こういった事態に対して、すぐに救急隊が来るのが普通だ。
 そんなこと判っている。判っているのだ。実際、この事態に驚いた住民が、通報しているし、野次馬は何処の世界にも居る。中には既に、水をバケツで運んで、消火活動にいそしんでいる者すら居るのだ。

「だけど君」

 その姿、と言いかけた相手の口を塞ぐと、彼は座った目で、吐き捨てる様に言った。

「黙ってろって言ったろ!」

 ホウの言いたいことは判る。彼の露わになった肌の上には、見事な程に赤い染みが飛び散っている。逃げ出した二階で、何をしていたのかは、誰が見たって明らかだ。
 だが。

「一度も二度も大して変わるもんか。見たい奴には見せてやりゃいいんだ。あんたは俺が綺麗だって言うんだ。だったら見ればいい」

 さすがにイェ・ホウも彼の剣幕には何も言えないらしく、黙って、自分の胸の前に作られた袖の結び目をじっと見つめた。
 管理局員が救急車と共に到着したのは、それから間もなくだった。何処の惑星でも、この車の走る音は、不安をかきたてるものだ、と彼は思う。
 到着した局員は、イェ・ホウを救急車に促すと、Gに上着を掛けた。

「事情聴取のために、君も来てくれないか?」

 いいですよ、と彼はあっさりと答え、ホウと共に車に乗り込んだ。
 管理局員の仕事は実にてきぱきとしたものだった。傷の手当をあらためて受けるホウの横で、彼は局員の質問を受けることになった。
 彼はいつもの偽名と、現在の住所をさらさらと答える。すると管理局員は、弾かれたように顔を上げた。

「サンド・リヨン? 君は」
「はい。それが何か?」

 局員は、彼の顔を一度じっと見ると、手にした薄型の端末を操作する。数秒後、ああ、という声とともに局員はうなづいた。

「サンド・リヨン君、君には、第一層から召集がかかっているのだが」

 彼は無言のまま、眉をひそめた。その表情をどう取ったのか、局員は彼の返事を待たずに話を続けた。

「昨夜、第二層の管理局から、君が下の層に降りたまま戻らないということで、捜索願が出ていたところだ」
「そうですか。すぐに戻らなくてはなりませんか?」
「なるべくなら、そうして欲しいのだが」

 そうだろう、と彼は思った。第一層からの呼び出しなら、それは「エビータのお召し」なのだ。それはどの層の、どの事件よりも、この惑星に住み、管理する側には優先されるものなのだろう。

「行くのか? サンド」
「行かない訳にはいかないだろうね」

 彼はそう言って、ホウに向かって首を傾け苦笑する。それに、それがそもそもの目的なのだから。
 行かずに済むならそれも良かったけれど。苦笑する自分の表情が、本物であることが彼は奇妙におかしかった。
 それよりも、と彼は思考を切り替えることにした。切り替えなくては、迷いが出るのは判っていた。迷いは出てくるのだ。このままでは。だがどうやら迷っている暇はないらしい。

 それに。

 目を半ば閉じて、あの限定爆発の様子を思い浮かべる。あれは、確かに見覚えがあった。自分が教わった方法だった。……あれを教えてくれたのは……
 予想はできる。そしてその予想はおそらく外れていない。だがその予想の示すことは。
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